「男女別々に入らねばならんのか。」
それは『関所』とも言うような所の前で。
女性の方が念入りに調べられるのだという。
もちろん調べる側も女性だが。
「『入り鉄砲に出女』という言葉があったな。侑子の居た『日本』の昔の言葉だが。」
それと似たようなものなのだろうか。
出口も別々だという事で、一軒だけあるという宿で落ち合うことにした。
「ソエルはそちらに行くといい。話が通じなくなる。」
言語体系を読み取れるから、サクラとの会話に不自由は無い。
「じゃ、小狼君、また後でね。」
笑って、手を振って。
自分たちとは違う扉が閉まる音が、やけに大きく響いたように思ったのは。
そしてそれが。
『別れ』になるとは思いもよらないことだった。
それは。
――――――――『映らない』人が傍に居たから。
――――――――――― * ――――――――――
鉛色の空は、今にも泣き出しそうで。
3人と1匹は、未知なる国に足を踏み入れた。
「結構落ち着いた感じだね〜。」
「何となくですが、『ジェイド国』に似ている気がします。」
雪に閉ざされた、おとぎ話の国。
思い起こすように歩みを進めれば。
「・・・・・何だか『猫』が多いな?」
街のあちこちに。
種類も雑多な猫の姿がある。
店先にも、家の窓にも。
果ては人の頭や肩にまで猫が乗ったりしている。
「『ペットブーム』だったりして?」
しかし、それとは違うようにも思う。
それは、『生活』に溶け込んで。
きょろきょろ見渡す皆の耳に、突然甲高い『音』が飛び込んできた。
「?!」
「猫が威嚇してる『声』ー?」
ひょい、と路地を覗き込めば。
背中を丸め、尻尾を膨らませた数匹の猫が目に入る。
その前に居るのは――――――――。
「・・・子ネコ・・・・・・?」
小さな、小さな子ネコ。
すっかり怯えきって、固まって震えている。
「・・・助けないと!」
「よせ、小僧。」
「・・・でも!!」
「猫には猫の掟ってモンがある。たとえ子猫だろうが、それを破ったらどうなるか、身をもって知るべきなんだ。」
猫社会とでもいうべき世界に生きるためには、どうしても避けられないもの。
あの子ネコは、テリトリーを侵すか何かをしたのだろう。
それでも気になって見つめる小狼の目の前に。
風のように走った影が、音もなく降り立った。
「・・・あ?!」
それは、まるで子猫を護るかのように。
おそらくは睨みつけたのだろう、周りの猫たちが1、2歩退いた。
「お母さんかなー?」
「でも似てませんよ?」
子ネコは、耳がぺたんと折れたような感じで、丸くて愛らしい。
それに比して母猫らしき猫は、青みがかかった灰色っぽい毛並みで、ほっそりとしている。
その耳は三角に立っていた。
「父親に似たんだろう。」
それもそうだ、と思いなおし。
「お母さんが来たなら、何とかなるよ。行こう、小狼君。」
促されて、小狼はその場を後にした。
「まずは宿だね。もう着いてるかな?」
しかし。
宿に着いて、そこの主人から聞かされたことには。
「お連れ様が女性?・・・それはもう、『お越しにならない』と思いますよ・・・・?」
どういう意味か、と問い詰めれば。
「この国では、3ヶ月前に、女性が1人残らず『消えた』んです。」
「1人残らず?!」
「捜さねぇのか?」
「もちろん捜しましたとも。今でもです。・・・でも。『帰ってこない』んです。誰一人として。」
「・・・・『神隠し』・・・・?」
「解りません。入国した旅人も、女性だけが『消えて』しまうんです。」
「・・・じゃあ・・・・・・・?」
あの二人は。
「大丈夫だよ〜〜リアンさんが居るんだし〜〜〜。」
「そうだな。あいつが居れば、姫には何の心配もいらねぇだろう。」
『信頼』とも聞こえる言葉の裏に。
焦りのようなものが垣間見えたのは、ファイの錯覚なのだろうか。
とりあえずツインの部屋をキープだけしておく。
後は皆個室になった。
「捜しに行きましょう。」
サクラたちを、そして『羽』を。
足早に宿を出て。
辺りを見渡してみる。
「・・・確かに、男ばかりだな。」
用心深くあたりを探りながら、ゆっくりと歩みを進めれば。
か細い声が、耳朶を打った。
「・・・・ミュウ・・・・・・・。」
はっとして見れば。
そこは先ほどの路地。
小さな小さな子ネコがうずくまり、か細い声を上げている。
そしてその傍らには――――――――。
「・・・・やられたのか・・・・・。」
母猫らしき猫が横たわっていた。
よく見れば、前足の付け根辺りを深く傷つけられたようで。
その目は閉ざされて開かない。
「・・・もしかして、死んじゃったー?」
「・・・いや、まだ生きている。」
何のかんのと言って、真っ先に歩み寄った黒鋼がそのぬくもりを確かめる。
猫は人間への抵抗をするかのように足を突っ張らせたが、攻撃はもとより、それ以上動かす事も出来ない。
「手当てしねぇと死んじまう。」
「猫の事には手出し無用じゃなかったのー?」
「・・・・放っておけねぇだろ。」
そうっと抱えあげれば。
まだ血が腕に伝う。
「君もおいで。」
黒鋼の足元に、必死に纏わりついていた子ネコを、小狼はひょい、と抱き上げた。
その顔を覗き込んで、はっとする。
(翠の目・・・・・。)
それは、今は居ない人を思い起こさせて。
小狼は慌てて首を振った。
*****************************************
宿の主人から借りた救急セットで治療をする。
傷は結構深く、大きい。
主人が用意してくれた籠にタオルを敷いて、そっと寝かせてやる。
身動き一つしないが、元来動物は、不調の時はひたすら眠りをもって治そうとするものだ。
傍から離れようとしない子ネコを、小狼は静かに抱えて撫でてやった。
シュン、としたかのように、元気がない。
気が付けば、もう日が暮れていて。
夕食を食べ終わる頃、外は雨が降り始めていた。
かなり強い降り方だ。
この国の『雨』は強く、1〜2日でやむが、その間は外出もままならないだろうと主人は言った。
(・・・姫は・・・何処でどうして・・・・?)
心配で胸が張り裂けそうになる。
固い表情のまま、小狼は子ネコを撫でていた。
「この国は、何故か猫が多いんですよ。」
熱い飲み物を持ってきた宿の主人が言った。
「うちにも、1匹居ます。・・・まぁ、嬶ぁが居なくなった日にふらりと現れて、そのまま居ついちまいましてね。」
今ではいい晩酌の相手ですよ、と主人は笑った。
「モコナをペットに分類すると、『お1人様1匹』って感じだねー?」
「モコナ、『ペット』じゃないもん!『アイドル』だもん!!」
「あーゴメンゴメン・・・・でも、それぞれで面倒見た方がいいかなー?って思って。」
サクラが宿で留守番というなら、世話を任せられるのだが、今はそうはいかない。
「じゃあ、俺はこの子ネコさんと友達になります。」
「オレはモコナと仲良くしたいな〜〜〜?」
「モコナもファイと仲良くしたい〜〜〜!」
「じゃあ黒様は猫さんでよろしくー。」
「・・・・・なんでそうなるんだ?」
思いっきり眉間に皺を寄せて。
だが、傷ついた猫の世話を他人に押し付けて知らん顔できる性格ではないことを、とっくに見抜いている皆であるから。
ぶつぶついいながら、それでも猫の入った籠を抱えて部屋に戻る黒い背中に、満面の笑顔で手を振ってみたりもするのだった。
「さあ、オレ達も部屋に戻ろうか。」
「・・・・はい。」
まずは寝て、体力を回復。
明日から捜索の段取りなどを決めなければ。
部屋に戻って、ベッドに入っても、当然のように眠れない。
モコモコと布団に入ってきた子ネコを撫でながら、小狼は誰に言うともなしに呟いていた。
「・・・姫は・・・・・無事だろうか・・・・・。」
ゴロゴロ、とネコの喉がなる。
子ネコらしい、柔らかなフワフワした毛が、心を落ち着かせてくれるかのようで。
「どう捜したらいいか、しっかり相談して決めておかないと・・・・。」
少しずつ、睡魔が忍び寄ってくる。
ぽす、と枕に頭を落とし。
まどろみかけた意識のどこかで。
小狼は呼びかけていた。
「・・・・・さくら・・・・・・。」
子ネコもまた。
小狼の懐の辺りで丸くなった。
*****************************************
ひたすら眠っている。
生きているのか、と心配するほど、ピクリ、とも動かない。
ベッドに寝た時に見えるように、高さを合わせてテーブルに籠を置く。
サイドランプを点けるかどうか迷ったが、眠りには必要ないだろうと考えて全部消した。
目を閉じれば。
猫の息遣いが微かに感じられる。
それは、時折乱れるが、全体的に穏やかで。
(一晩経てば、状況は変わるだろうか・・・?)
この猫の事も、居なくなった姫と・・・あの人の事も。
いつの間にかまどろんでいて。
何かが唇に触れた――――――。
「・・・・・・?!」
窓の外は、うっすらと明るくなっている。
それにすら気付かぬほど深く眠っていた、というのにも自分で驚いたりもしたが。
いや、それよりも。
忍者である自分に気付かれることなく近づいて、唇を『舐めた』のは。
思わず見開いた、黒鋼の目に映ったのは――――――――夕闇色の、瞳。
「な・・・・?!」
しかしそれは、自分が『知っている人』のものではなく。
何処か青い、灰色の毛並みを持つ猫のものであると認識するのにずいぶんと時間がかかった。
自分が固まっていた間、当の猫はそ知らぬ顔で、自分の胸の上で前足を舐めたりしている。
(・・・・まさか、『味見』したんじゃねぇだろうな・・・・?)
舌なめずりをしたような気がして。
「・・・・俺は『美味かった』かよ・・・・?」
それには当然ではあるが、猫は答えず。
ポンポン、とあちこちを中継して出窓の方に行った。
あれほどの怪我をしたというのに、もう治ったのだろうか。
いや、少し引きずるような動きをしている。
さすがに完治はしていないのだろう。
回復能力も驚嘆に値するが、それよりもその『瞳』に、動悸を押さえられない。
それは、今は此処に居ない人を、否応なく思い出させて。
自分の心に。
それほど深く、その存在が刻まれているとは、思いもよらないことだった。
――――――――――― * ――――――――――
猫はきちんと座って、窓の外を見ている。
外は――――――――しのつく雨。
「外には出れねぇ。止むまで待つんだな。」
背後に並んで立ち、声をかけると、こちらを見上げてくる。
それは、何かを言いたそうで。
しかし何も言いたくなさそうでもあって。
この猫『も』。
『表情』を読ませない――――――――『あの人』のように。
「階下に降りるぞ。」
声をかけて。
そっと抱え上げる。
少し暴れたが、抱え込めば大人しくなり――――――――いや。
ひょい、と。
腕からすり抜けて肩の上に乗った。
抱えられるのは嫌いなのだろうか。
(一種の防衛反応だろうな。)
抱えられるという事は、自由が利かないという事。
世間の荒波の中で生きていくには、あまりにも危険なことだ。
それは十分に理解できるので、黒鋼も無理強いはしなかった。
*****************************************
階下の居間には、既にファイも小狼も、モコナも、そして子ネコもいた。
「へぇ・・・・・治りが早いんだねぇ・・・・・。」
ファイが感心したように呟く。
実際、かなりの深手だった。
それがほとんど治っている。
嬉しそうに纏わりつく子ネコを、動く尻尾で遊ばせている様は、やはり母子なのだろう。
何処となく、皆の顔も綻ぶ。
「・・・猫さんに負けていられませんね。俺たちも『できる事』をしないと。」
まるで自分に言い聞かせるかのように。
小狼の呟きに、それでも皆は頷く。
宿の主人に地図を貰い、3人であれこれと議論しつつ、今後どのように捜索するかを決めた。
「雨は明日には止むと思いますよ。・・・ただ、寒気が近づいてるんで、雪になるかもしれません。」
宿の主人の言葉に、小狼の顔が曇った。
サクラの服装は、暑い玖楼国のもの。
『寒さ』には対応していない。
リアンがどうにかしてくれているだろうが、それでもやはり気にかかる。
自分たちの服は、2軒隣の洋服屋で調達した。
風俗的にもジェイド国に似ているような気がする。
固い表情で窓を見遣る小狼に、大人組はかける言葉がない。
今は何を言っても。
意味を持たない、虚しい『音』でしかない。
「・・・・必ず、見つけるさ。」
そう。
サクラも。
羽も。
あの人、も。
――――――――必ず、この手で。
*****************************************
雨足は、僅かに弱まったようにも思える。
「明日には止むと思いますよ。」
宿の主人の言葉は正しいだろう。
(明日から、本格的に捜さないと。)
小狼は、ぎり、と拳を握り締める。
その手を取って、ポンポン、と叩いて。
ファイはにっこり笑った。
「小狼君、気持ちは解るけど、もっと気を鎮めて。」
「・・・・ファイさん・・・・・。」
「このままじゃ、たとえ眠っても『眠れていない』状態になっちゃうよ。」
それは、『危険な事』。
判断力も、咄嗟の対応も、あらゆる事に影響が出る。
「・・・・はい・・・・。」
解っているのだけれど。
部屋に引き取っても、心が昂っているのが自分でも解る。
そしてそれは、マイナスの方向に――――――――。
「・・・・・・ミャウ?」
まるで遊んで欲しい、というかのように、子ネコがすり寄ってきた。
片手でコロンと、とひっくり返して。
お腹にほお擦りしてみたり、腕をもふもふとしてみたり。
その柔らかな肉球をもみもみとすれば。
(わぁ・・・・気持ちいい・・・・・。)
これをされるのを嫌う猫もいるが、この子ネコはむしろ好きらしい。
じっとして、為すがまま、といった感じだ。
「・・・・何処に居るんだろうね・・・・・?」
もみもみもみもみ。
「明日から、しっかり捜さなきゃ・・・・・。」
ゴロゴロゴロゴロ。
子ネコの喉が、気持ちよさげに鳴る。
いつの間にか。
小狼は、安らかな寝息をたてていた。
雨音は、優しく、その眠りを深くする。
微かな寝言が、その想いの深さを表して。
「・・・さくら・・・・・今行くから・・・・・。」
しとしとしとしと。
雨に木々が濡れそぼる。
――――――――――― * ――――――――――
ごろん、とベッドに横になる。
ふと見れば、猫はテーブルの上の籠に入ろうとしていた。
「そっちだと寒いだろう。・・・・こっちに入れ。」
ひょい、と布団をめくってやる。
猫は、じっと見て。
かなりの時間が過ぎてから、ようやく布団の中に入ってきた。
これくらいの用心深さは、むしろ当たり前だ。
それでもこちらに来てくれたのは、自分への警戒を少しは解いているという事なのだろうか。
寒いときに猫が居ると温かい、と聞いた事があった。
(確かに温けぇな。)
日本国では、いや白鷺城では生き物を飼った事がない。
『強くなる』事だけに拘泥する身には、愛玩動物など邪魔物以外の何物でもなかった。
だから、こんな形であるにせよ、小動物と一緒に過ごすなど、初めてといっても良い。
もちろんモコナは別なのだが。
顎を撫でてやれば、ゴロ、と喉が鳴る。
身体を密着させない所に、まだ警戒心が見え隠れする。
毛皮は実に手触りがいい。
びろうどのようで、手にしっくり馴染むといった感じだ。
ふと、足先に触れた。
(肉球・・・・。)
当然だが、ほとんど触れたことはなかった。
ひょい、と力を込めてみると、ぷに、と弾力がある。
ぷにぷに、とすると、何ともいえず気持ちがいい。
何の考えもなく、ただぼんやりと、ぷにぷにとしていたので。
猫の耳がピン、と立ち、少しずつその目が細くなっていた事に気が付かなかった。
「――――――――ってぇ・・・・・っ!」
まさに、瞬間芸。
一瞬で手の甲に蚯蚓腫れが走った。
「てめぇっ!何しやがる!!」
不意打ちで猫パンチを食らった忍者が怒ったとて。
当の猫は知らん振りで。
「・・・てめぇ・・・・病み上がりだと思って優しくしてやりゃあ、つけあがりやがって・・・・!」
グイ!とその足をつかんで強引に引き寄せた。
さらに反撃しようとする、その腕は、今度は難なく避ける。
「この俺に爪を立てようたぁ、いい度胸だな!!」
猫にケンカを売っている時点で大人げないというか、人間としてどうか、というきらいはあるが。
ガシッと足をまとめて掴み、鼻っ面に皺を寄せて牙を剥くその口も押さえ込む。
まるで頭突きでもするかのようにぐりぐり、と頬擦りすれば。
その柔らかな感触には何処か和むものがある。
ビクン!!と。
猫が四肢を強張らせた。
「?」
途端に脱力したのを感じて顔を上げ、その手を放す。
しかし猫はぐったりと横たわったままだ。
「・・・・おい?」
寄せた顔に、最後の抵抗だといわんばかりに猫パンチが急襲したが、何処か弱いそれはあっさりとかわせた。
「・・・傷に障ったのか?」
完全に治ってはいなかったのか。
朝には少し引きずっている程度だと思ったが、内部ではまだ癒えていなかったと見える。
「・・・・悪かった。」
本当に、心からそう呟いて。
そのまま自分の身体の方に引き寄せて、布団をかけてやった。
今夜一晩寝れば、明日の朝には完全に回復しているだろう。
今度反撃されたら甘んじて受けてやってもいいか、などと考えながら、黒鋼もまた。
眠りの淵に静かに沈んでいく。
外の雨は、ようやく終わりの声を上げていた。

|