<19191HIT記念 キリ番リクエスト小説>

「 猫 と 過 ご し た 日 々 〜 後 編 〜」





永遠とも思えるほど長い――――――実際には1日半であったのだが。
雨がようやく止んだ。
土の部分の道に、水溜りが何箇所か出来ている。
石畳はぬれて、滑りやすそうだ、と小狼は思った。
「じゃあ捜索開始〜〜。」
わざと明るく言うファイに助けられて。
小狼はドアを開けた。


鉛色の空は、寒気の到来を示して。
「雪の予報が出ていますから、お早いお帰りを。」
宿の主人に見送られ、戸外に一歩踏み出した。


「・・・ミャウ・・・・。」


子ネコが後を追ってやってきた。
「外は寒いから、留守番しておいで。」
そう言って家の中に戻そうとするが、爪を立てて離れない。
尾いてきた猫は、じっと黒鋼を見上げている。
「・・・・行くのか。」
声を掛ければ。
軽々と宙を飛び。
ひょい、と肩に乗った。
にゃごにゃごと、子ネコは小狼に縋る。
「・・・わかったよ。おいで。」
根負けして小狼は子ネコを抱き上げた。
ゴロゴロと喉を鳴らし、これまた肩に乗ろうとして――――――ずるっと滑ってコートのフードの所にぽすん、と落ちた。
小狼のコートはダッフルコートのような感じになっている。
まるでゆりかごのようで楽しいのか、フードの中で子ネコは尻尾をゆらゆらさせた。
モコナはそのままファイの襟元に入っている。
「じゃあ、また後刻〜〜。」
手を振って。
ファイと小狼は道を右と左に分かれて行った。
「・・・俺たちも行くか。」
黒鋼はまっすぐ歩き始めた。
それは――――――――捜すために。
そして――――――――安心したいがために。



――――――――――― * ――――――――――


あちこちの店や家で聞き込みをしながら、小狼はメモを取っていた。
「・・・・・?」
この国では、3ヶ月前に女性が全て『消えた』。
その直前に、この国を統べる王が彼方の戦地から帰ってきている。
決して好戦的なのではないが、自国の防衛の為に仕方なく戦いに赴いたようだ。
皆の話によると、まだ若い王は、遠征の前後でかなり性格が変わったらしい。
家臣にも、ずいぶんな態度をとるようになっていたようだ。
殊に王妃には冷たく、打ち沈んだ王妃の周りは、とても空気が暗くなっていたと。
「隕石がお城に落ちた、っていう話も聞いたね。」
(もしかして?)
隕石のスピードとはそぐわないが、もし『落ちて来た』のが『サクラの羽』ならば。
何がしかの影響があったのではないだろうか。
公園のベンチに座り込み、メモを見ながら一心に考えをまとめようとする。
その首元に、ふっと痛みが走った。
「?!」
フードから這い上がってきた子ネコが、何度もずり落ちて、とうとう首元に爪を立てたのだ。
「どうしたんだい?」
ただでさえペタンとなっている耳がさらにペタンとなっているようで。
抱えあげた子ネコはごそごそとボタンの間から懐に入っていこうとする。
「寒いのかい?」
座っているためにちょうどポケットのようになった懐で。
子ネコは丸くなった。
「・・・眠かったんだね・・・・お休み。」
どっちにしても、考えをまとめたかったので、小狼はもうしばらくこのベンチに座っていようと思った。
懐が、とても暖かい。
心まで穏やかになるような、そんな気がして。
小狼はふっと微笑み、もう一度メモに目を走らせた。

*****************************************

「・・・羽は・・・・ある・・・・でも・・・何だか・・・変な感じ・・・・?」

モコナのセンサーは、羽が存在する事と、その異常さを同時に感知した。
「・・・あっちからだねー・・・・。」
ファイの魔力は羽の『波動』を感知できる。
基本的にはモコナがその任を果たすので、自分は『しない』のだが。
『あっち』は城の方角。
いや――――――――。
「ちょっとずれてるねー?」
城そのものの中で、いわゆる居住スペースから感じられるのではない。
むしろ――――――。
「倉庫・・・ぽいかなーここは・・・・。」
見た目にもそうだと思われるところ。
もちろん鍵がかかっている。
どうしようか、と少し考え込むファイの目の前で、モコナは太い針金状の棒を出して、鍵穴に突っ込んだ。
「・・・モコナ?」
答より先に。
カシン、と音がして、ドアが僅かに開いた。
「あらら〜〜〜・・・・。」
「モコナ108の秘密技の1つ!!『錠前開け』なの!!」
それは冗談でもなく犯罪では、という言葉は苦笑いにごまかして。
ファイとモコナはそっと倉庫の中に滑り込んだ。
(羽は・・・?)
ついでにサクラたちの気配が無いか、とも思ったが、さすがにそれは無い。
(・・・こっちかなあ?)
ファイは『何か』を感じる方に向かってそろそろと歩き始めた。

*****************************************

丁寧に気配を辿る。
怪しそうな、それこそアヤカシでも隠れていそうな場所を中心に捜索する。
しかし、見つからない。
黒鋼が入れない所などは、スッと猫が入って行き、まるで確認するかのように尻尾を揺らめかせる。
一度それがびくん!と緊張したが、その原因は他の猫が居たからだった。
とりあえず、手伝いをしているかのようで。
ふっと心和ませながら、次を探しに行く。
何かが視界を過ぎったように思って空を見上げると、白いものが目に映った。


「――――――冷えてきたと思ったら、雪か・・・・・。」


鉛色の空から降る、白い雪。
そしてそれはあっという間に勢いを増していく。
「・・・今日は此処までか。・・・・・帰るぞ。」
最後は肩の上の猫に向かって。
結局、手ぶらだ。
何の収穫もない。
見つからない。
(『羽』も、姫も・・・・・あいつ、も。)
何処に行ってしまったのだろう。
くっと心が締め付けられるようで。
(いや、小僧は、もっと。)
サクラが見つからない事で、小狼の笑顔が固くなってきている。
それも含めて何とか見つけ出したいのだが――――――――。
「・・・・ん?」
首元に、ふわり、と温かさが纏わりついた。
肩の上、首の後ろに巻きつくように、猫が身体を回している。
「何だ?・・・温めてくれてるのか?」
そっと手をやれば。
ゴロ、と顔を摺り寄せてくる。
「寒いだろう・・・入るか?」
首元を緩めてやるが、さすがに入る気は無いようで。
さくさくと早くも積もり始めた雪を踏んで宿への道を辿る。
帰りついた頃には、頭にも肩にも、結構雪が積もっていた。
「お帰りなさいましー。だいぶ降られましたねえ?早く暖炉の側にお寄りなさいまし。」
宿の主人の声に、頭や肩を払いながら、『ああ。』と答える。
猫はピョン、と飛び降りて、これまたブルル、と身体を振るった。
「お帰りー。どうだったー?」
「顔見りゃ解るだろう。」
「あははーそうだねー・・・・。」
皆も同様に空振りだったらしい。
子ネコはにゃごにゃごと鳴きながら猫の方にすり寄ってきた。
頬擦りするように。
ちょん、と顔を当てて、猫の方はお座りをしている。子ネコはその動く尻尾を追いかけて遊び始めた。
「皆さん、お食事の仕度が出来ましたので、食堂の方へどうぞー。」
主人が声をかける。3人は腰を上げた。
「君たちもおいでー。」
ファイが声をかければ。
猫が歩き出し、続いて子ネコも転がるように尾いてきた。


温かいシチューは、寒い日には何よりのご馳走。
ワインも結構味がよい、と黒鋼が珍しく褒めた。
子ネコは必死、とも言えるスピードで皿のミルクを飲んでいる。
「・・・・ねぇ、お腹すかないかい?」
小狼の問いかけは、猫に。
「んー?ミルクだけじゃあやっぱり足りないかなあ?」
「いえ・・・違うんです。」
そう言って足元の2匹を見遣る。
「子ネコさんがいつも猫さんのを半分ぐらい取っちゃうんです。」
「え?」
見れば、自分の皿を平らげた子ネコが、猫の皿に首を突っ込んでいる。
猫はそれを黙って見ているだけ。
「そりゃあ足りないよねえ??」
「そう思って足してもらったら、要らないってそっぽ向かれちゃって・・・・・。」
小狼が苦笑する。
なんとも人間のような反応をするものだ。
「・・・昼間は別に何も食ってなかったが?」
ずっと一緒に居たのだから。
「元々小食なのかもね。猫さんは。」
ようやく子ネコは満足そうに皿から離れ、毛づくろいをし始めた。
それを十分に確認し、子ネコが小狼の足元に纏わりつき始めたのを見て、ようやく皿のミルクに口をつける。
皿の中身はもう3分の1ほども無かった。
「・・・・どう考えても足りないよね?」
「はい・・・・・・・。」
それは、むしろ心配な事。
黒鋼がスッと席を立ち。
奥にいた主人に声をかけ。
コップを持って戻ってきた。
その中には、一杯のミルク。
「黒鋼さん・・・・。」
「飲め。」
問答無用、とばかりに。皿の中にミルクを継ぎ足す。
いきなり増えたミルクを、そして上から見下ろす黒鋼の顔を。
交互に見て。
猫は黙ってミルクを飲み始めた。
「・・・黒様でないと、駄目なのかな?」
「あ?何でだ?」
「信頼度の問題かもね〜〜。」
皿のミルクを平らげて、毛づくろいをした猫は、黒鋼の足元で丸くなった。
「もしそうだとしても、何で引っかくんだ?」
手の甲についた引っかき傷の痕を見ながら呟けば。
小狼は思わず苦笑する。
「黒鋼さん・・・『何か』やりました?」
「あ?・・・・・肉球をちょいといじったぐらいだが。」
「・・・それ、嫌いな猫、居ますよ・・・・?」
「気持ちいいけどねえ〜〜肉球ぷにぷにって〜〜。」
「猫は『不快』=『猫パンチ』で急襲しますから・・・・。」
まさにそれだ、と思い当たった。
結構気持ちいいんだが、と呟くような言い訳に、小狼は喉の奥で笑い声を噛みしめる。
その姿を想像すると、何故か笑えてきて。


―――――それが『笑い事』ではなかったと、後になって激しく後悔する事になるとは、小狼ならずとも予想だにしない事だった。

*****************************************

今夜は冷えるだろうから、猫を抱え込んで寝たほうがいいですよ、と主人に笑いながら言われて。
小狼は本当は少し困っていた。
実はこの子ネコ、少々寝相が悪い。
絶え間なくコロコロ転がって落ち着かないのだ。
(そんな所も姫に似てるよなあ・・・・。)
などとぼんやり考えてもみたり。
それでもやはり一緒に布団に入れば、とても温かい。
ごろんと寝転がり。
ひょい、と抱き上げれば。
その愛らしい顔に、つい顔が綻ぶ。
しかし。
その『翠の目』を見ると――――――――。
寝転がって顔の上で、いわゆる『高い高い』をしていた子ネコを、ぽすん、と胸の上に置く。
そのまま目を閉じれば、脳裡にふわり、と栗色の髪が流れて。
「・・・・・さくら・・・・・・。」
思わず呼びかけても。
――――――――応えは、ない。


ペロ。


「?!」
慌てて見れば、子ネコが顔を舐めていた。
何の下心も感じさせぬ、ただ親愛の情のみをもって。
目元に、鼻先に、頬に――――――――そして。
口元に。
「・・・わ・・・・!」
それはキスというよりは。
「ねぇ・・・もしかして、味見してる・・・・?」
ぺろ、と子ネコ自身の口の周りを舐めたりもしているので。
何だかエンドレスで舐められそうなので、慌てて引き剥がした。
「・・・にゃーーん・・・・。」
少し不満そうな声を上げる。
「ごめんよ。でも、もう寝よう?」
説得?をして、胸に抱え込む。
モコモコと動くのがくすぐったかったが。
温かさは、最高の眠り薬。
小狼と、そして子ネコが寝息を立て始めるのに、さほどの時を必要とはしなかった。


窓の外は――――――――雪が静かに降っていた。

*****************************************

猫は、布団の上で丸くなっている。
こちらが『入れ』と言わない限り、自分から布団の中へは入っては来ない。
何時までも警戒されているのが、本当は少し気に障るのだが、生きる為の術と思えば納得がいく。
「・・お前と同じ目をした奴を知ってるんだ・・・・。」
今此処には居ねぇけど、と呟いて。
喉を撫でれば、ゴロ、と鳴るのが解る。
「あいつ・・・・何処に行ったのかな・・・・・。」
手を伸ばしても。
届かないと解っているのが、何処か悔しい。
ベッドに横になり、ぼんやりと天井を見つめる。
窓を見れば、雪がしんしんと降っているのが見える。
(今頃・・・どうしているんだろう・・・。)
雨や雪ぐらいでどうこうなるような人ではないとは解っているが。
サクラを庇って、無茶をしていないだろうか。
あの人は。
――――――――『自分の事』を、顧みたりしないから。


ぺし。


横っ面を、尻尾ではたかれた。
しかし、それは悪意を持ってしたのではなく。
何処か茶化すように、そして気遣うように。
その証拠に猫は目を合わせてこない。
もう一度、尻尾が―――――――。
「――――――何だよ。」
パシッと尻尾を掴んだ。
ちらり、とこちらを見る。
何でそんな事をしたんだろう、と今もなお思うのだが。
ふわん、とひっくり返して、その柔らかい腹に顔をうずめていた。
「・・・・・・・・・・。」
柔らかい。
そして、温かい。
その温かさが、何処か哀しくて。
顔をうずめたまま、動こうとしない忍者を、じっと受け止めている猫は。
『腹を見せる』という事は、命がけの服従を示す。
今この猫は『服従』しているのか?
(それは違う。)
はっきりと、それは解るのだが。
受け止めてくれる事に、今は『甘えて』いたかったのだろうか。
そして、今もなお。
何であんな事をしたのだろう、とどれほど考えても理由がわからない事には。
およそ忍者らしからぬ事ではあるが、そのまま寝入ってしまったのだ。
――――――――何だか、母の膝に抱かれているような、そんな錯覚すら覚えて。
そして何時どうやって自分の頭の下から、猫が脱出したのか、それすらもわからなかったのだった。



――――――――――― * ――――――――――


「ねぇ、黒様〜〜今日はオレと猫さんが一緒に行っていい?」
翌日の朝食の席でファイが切り出した。
「あ?何でだ?」
「いや、昨日探索してた場所でね、猫が多くて邪魔されちゃったんだ〜だから猫さんが居てくれたらいいかな〜って。」
「・・・・・・・・・・・。」
断る理由はないのだが。
何故か手放すのが躊躇われた。
しかし、心とは裏腹に。
「・・・構わねぇよ。」
「ありがとー。」
そのやり取りを聞いていた猫の耳がピン、と立っていたが。
黒鋼はそれには気付かなかった。
「白まんじゅうはどうするんだ?」
「モコナ、黒鋼と一緒に行く!」
ピョーン、と跳ねてくる白い物体にため息をつく。
「さっさとしろ。行くぞ。」
何だか、そこに居るのがいたたまれなくて。
まるで。
『置き去り』にしていくような。
『見捨てて』いくような。
何処か後ろめたさすら感じながら宿を出て行く黒い背中を見送り。
「俺も行ってきます。」
小狼が子ネコを抱えて立ち上がったのに手を振り。
ファイもようやく腰を上げた。


「さて・・・行きますか。頼りにしてるんだからね。」


その声音に、その言葉に。
含まれた意味を知ってか知らずか。
猫はすと、と床に降り。
肩に乗ることなく、そのまま歩き始めた。
ファイは黙ってついていく。
猫は全く迷うことなく、昨日モコナが鍵を開けた倉庫の所へやってきた。
何のためらいも無く中に入れば。
幾つもの光が出迎える。
それは、沢山の、猫の『目』。
昨日はその猫たちに追い払われる羽目になったのだ。
(さて、どうする?)
見物としゃれ込むファイにちらりと一瞥をくれて。
猫は周りの猫たちに向かって『気』を放った。
その、凄まじい『戦気』。
一瞬で猫たちは逃げ散った。
「お見事ー。」
ぱちぱちと手を鳴らして賞賛する。
だが、その目は笑っていない。


「・・・ねぇ、いつまで『そうしている』つもり?」


その呼びかけの、意味は。
猫の目が、スッと細められた。
答えることなく。
今まで猫たちがたむろしていた場所、その奥にあった重厚な作りの箱の上に飛び乗る。
一瞬、猫の目が妖しく光り。
カチリ、と音がした。
箱の鍵が開いた――――――。


「『シールド』かぁ・・・・・・。」


箱の中にあったのは、『サクラの羽』。
しかしそれは、強固なシールドに包まれていた。
モコナが『変な感じ』といったのは、この意味だったのだ。


《 『戻れ』ば、『戻る』。 》


初めて『返事』が返ってきた。

*****************************************

「羽、見つけたよー。」
のんびりした口調でそう告げれば。
先に戻っていた小狼も黒鋼も目を丸くした。
「ファイさん、それ・・・・・?」
何だか光のような物に包まれているのに気付いて小狼が訊ねる。
「んー、これねー、『シールド』なんだよー。」
「『しーるど』?」
「『結界』みたいなものー。」
黒鋼の問いに、簡略に答えて。
ファイはシールドをペシペシ、と叩いた。
「今からこれを解除しに行ってくるからー、小狼君、これ預かってて?」
「え?・・・・あ、はい。」
わけもわからず、小狼は羽を受け取った。
「解除されたら、『サクラちゃんに返して』ね?」
「・・・・え?」
サクラは此処には居ないのに。
それを訊ねる間もなくファイは駆け出していく。
「あ!おい!猫はどうした?!」
今朝はファイと一緒に行ったはずの『猫』がいない。
黒鋼の問いに小さく、『あ〜、大丈夫だからー。』と声が返ってきた。
「・・・・何が『大丈夫』なんだよ・・・・・。」
やはり手放すのではなかった、と黒鋼は後悔し始めていた。
あの『瞳』を。
自分はまた失おうとしているのか。
たとえ届かなくても。
――――――――あの『存在』を。


「お待たせー。」
何処かへにゃりとした笑みを浮かべて。
ファイは城の中庭にある植え込みにやってきた。
視線の先には――――――――猫。
「さて、どうする?」
まるであれを見ろ、と言わんばかりに猫が顎をしゃくる。
示された先には、まだ若い男の姿。
ベランダのような所には、何処か高貴そうな猫がちょこんと座っている。
「・・・ふぅん。」
ファイの双眸が妖しい煌きを宿す。
ファイほどの魔力をもってするならば、その男――――――この国の王にかけられた術と、その強さを見切る事が出来る。
そして、その『チカラ』の根源も。
「じゃあ始めますかー。」
ファイは、ふわりと庭先にでて、王の間近に忍び寄った。
「王様、王様。」
少し声を潜めて呼びかける。
「何者だ?貴様は。」
警戒心もあらわな王は、腰に佩いた剣に手を掛けて誰何する。
「セレス国の魔術師ウィザード、ファイ=D=フローライトと申します。」
下手に心などを読まれたりしてもまずいので、此処は本名を名乗る。
「セレス国?何処の国だ?」
「とても遠い国ですー。この国に危害を及ぼすような事はありませんので、どうかご安心ください。」
慇懃無礼に頭を下げる。王は少しだけ、警戒を緩めたようだった。
「実は王様に内々のお話が有って忍んでまいりましたー。お耳を拝借できませんでしょうかー?」
「誰ぞに聞かれると困るのか。」
「はい、とっても。・・・この国の存亡に関わっておりますので・・・・・。」
最後は低く、声を這わせる。このあたりの芸達者ぶりは賞賛されていいだろう。
「話とは、なんだ。」
「・・・実は・・・・・・。」
その時。
王の背後に猫がストン、と降り立った。
王がはっとして振り向くのと。
猫の双眸が光を帯びるのとは、まさに同時だった。
「あ・・・・ぐ・・・・!!」
猫の全身から光が放たれ、その眩さに王は思わず目を覆った。
床に、すう、と影が伸びる。
しかし、その『影』は――――――――。
ざくり、と。
いつの間にか王の腰から拝借した剣を抜き払い、ファイはその影に剣を突き立てた。
途端にがくん、と王の身体から力が抜け、床に倒れ伏す。
『影』はそのまま床に伸びている――――――――。
「逮捕ですー。」
ニヤリ、と何処か『黒い』微笑みを浮かべる。
「ねえ、『これ』、どうするの?」
その問いは、猫に。
剣で床に『縫いとめられた』影は、最後の抵抗をするかのようにゆらゆらと動いている。
ぺし、と。
手――――――もとい、前足でその影をはたいた。
途端に、白い煙を上げ、影が消失していく。
(浄化、か・・・・。)
かなり強い邪念の塊であったのだが。
『この人』にとっては、何の造作もない事のよう。
「これが最後の『鍵』でしょー?連鎖的に皆OKって事かなー?」
「そうだな。」
ふと吹いた風に。
深い紺色の髪がさら、となびいた。

*****************************************

『シールド』が消えたら、サクラに羽を『返す』。
当たり前の事なのに、ファイの言葉が理解できない。
『居ない』人に、どうやって?


その時。


ぱあっ!!と。
光が満ち始めた。
それは、あの子ネコから――――――――。
「な・・・・?」
「何だ?!」
驚く二人の目の前で。
子ネコは――――――――。


「・・・・サ・・・・・・サクラ姫?!」


サクラが床に倒れていた。
う・・・ん・・・と呻いて、身体を起こそうとする。
はっとして駆け寄った。
「姫!サクラ姫!しっかりして下さい!!」
「・・・・小狼君・・・・・?どうして此処に・・・・・・・?」
「え?」
答を聞く前に。
羽が、すう、とサクラの中に戻っていく。
「!!」
そのまま眠り込んだサクラを腕に抱いたまま、小狼は呆然としていた。
どう考えても。
あの『子ネコ』は――――――――。


「あ〜、元に戻ったねぇ〜〜。良かったぁ〜〜。」


何処か能天気なファイの声。
反射的に見れば。
「・・・・・お前・・・・・・・!!」
手を上げてにっこり笑うファイの後ろから入ってきたのは。
「リアンさん!」
「リアン!!どこ行ってたのー?!」
モコナがポーン!と飛んでいく。
「関所で分かれて部屋に入った所までは覚えているんだが・・・・その後がわからない。」
さっきファイに出会ったが、それまでの記憶が抜け落ちているのだ、と言う。
「サクラ姫の羽はもう1つある。ついでに戻しておこう。」
その言葉どおり、もう1枚サクラに戻して。
少し休みたいから、サクラ姫は自分が連れて行こう、と小狼から受け取った。
宿の主人に随いて、キープしておいたツインの部屋へ消えていく。
「・・・・おい!!」
思わず声を荒げたのは、その動揺のせいか。
「まさか、あの『猫』・・・・・・・!!」
「うん、あれ、リアンさんー。」
さらっと答は爆弾になって。
黒鋼はテーブルに突っ伏した。
「じゃあ、やっぱりあの『子ネコ』さんは・・・・・。」
「そう〜〜サクラちゃん〜〜〜。」
小狼も洩れなく突っ伏す事になった。



――――――――――― * ――――――――――


宿の女将は、気風のいい朗らかな人だった。
しかし、やっぱり3ヶ月前から今日までの記憶が無いという。
女将と入れ替わるように晩酌の付き合いをしてくれた猫が消えて、宿の主人は残念そうだった。
(その『猫』が女将さんだったんですよ。)
なんて、恐ろしくて言い出せない。
食後のお茶を飲んでいる時、モコナが『可愛い子ネコさんが居たのー♪』などと言うもんだから、小狼はひっくり返りそうになった。
「えぇー?!小狼君、ずるーい!!私も子ネコさんと遊びたかったのにー!!」
などと言われても、どう返事していいのか。
ファイがまた何処かで会えるよ、とか何とか言いくるめて、その場はしのぎ。
「じゃあ、お休みなさーい!」
と部屋に消えていったのを確認して、深い深いため息をついた。
恐ろしいほどの疲労感。
ファイが今回の一件の事を解説してくれたが、何処か上の空だった。
「俺、もう休みます・・・・・。」
へろり、と小狼は自室に引き取った。
そのままぼすん、とベッドに倒れこむ。
ふっと子ネコを探している自分の手に気付いて。
小狼ははっとした。


「・・・・・俺・・・・・・・・・!!」


自分が子ネコにした、『あんな事』や『こんな事』が、グルグルと頭を駆け回る。
たちまち頭のてっぺんまで茹蛸のように赤くなっていった。
自分でも耳が熱いのが解る。
肉球をもみもみ。
お腹に頬擦りをスリスリ。
一緒の布団で寝て。
懐に入れて――――――――。


「う・・・・・・うわあぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」


思わず悲鳴に近い声を上げて。
小狼は毛布を頭まで被り、その中でのた打ち回った。


明日の朝。
サクラをまともに見れる自信は――――――――皆無、だった。

*****************************************

戦地で出会ったこの国の王に、敵地の魔女が恋をした。
しかし既に妃を娶っていた王が、敵国の者である魔女になびくはずもない。
そんな折、魔女は『羽』を手に入れた。
そしてその力を遣って王に術をかけた。
王が皆に冷たくなって、信頼を失うように。
妃への愛が消えるように。
全てを失えば、自分の物になるとでも思ったのだろうか。
「一途に恋する女の嫉妬って怖いねー。」
冗談でもなんでもなく。
苦笑いするしかない。
冷たくされて嘆く妃の前にも、『羽』が舞い降りた。
妃は、せめて王が好きだった『猫』になれば、自分を愛してくれるかもしれない、と思いこんだ。
その思いの強さは、国中の女性たちをも巻き込んでしまったのだ。
そして、妃自身にも、猫であった期間の記憶はないのだという。
はた迷惑な、とも言いきれまい。
その『チカラ』は。
たとえ一時的にせよ、リアンの記憶を封じ、その姿を変えるほどの力を持っていたのだ――――――。
「・・・何時から気づいた?」
頭痛を抑えつつ問えば。
ファイも苦笑交じりに答える。
「実は、昨日なんだよー。モコナが羽のあった倉庫の鍵を壊してね。」
錠前破りをしたとは本人の名誉?のために伏せた。
「それが1つのプロテクトになってたみたいなんだ・・・。リアンさんもそこで気が付いたらしいんだよ。」
気が付けば、後は簡単だ。
最後の鍵である、王にかけられた術を解き、その根源を断てば自動的に全てが解除されるように魔法をかけたのだ。
ただ、王に憑り付いた分身を、王に影響のないように滅さなければならなかったので、自分の協力が必要だったのだと。
「猫のままじゃあ、剣をざっくり、なんて出来ないしね〜〜。」
「・・・俺じゃあ駄目だったのか?」
『あの人』が、自分ではなくファイを選んだのが何処か悔しい。
『剣』は自分のほうが――――――――。
「だって黒様、あの猫さんがリアンさんだって気付いてなかったじゃない。」
昨日でもう記憶は戻ってたんだよー?と。
それはそれで、悔しいながらも認めざるを得ない。
眉間に皺を寄せたまま、自室に引き上げた。
テーブルの上には、籠が乗ったままだ。
ここに。
傷ついた『あの猫』が横たわっていたのだ―――――。


「・・・・ちょっと待て??」


とんでもない事に思い当たって、黒鋼は口元を歪めた。
昨日、猫のままだったが、人間としての記憶が戻っている。
・・・・・・昨夜。
自分は、あの猫に、『何』をした?


「・・・・・・・・・・・・・・・・・マジか・・・・・・・・・・・・・・・。」


確か。
あのフワフワしたお腹に顔を埋めて、そのまま寝入ってしまったのではなかったか。
それ以前には。
尻尾ではたかれて。
手を引っかかれて。
押さえつけて。
一緒の布団に入れて。
肉球をぷにぷにと揉んで。
顎を撫でて。
肩に乗せて。
口元を『舐められた』――――――――。


「・・・ん・・・が―――――――っ!!!」


およそ人間らしからぬ叫びを、それでも遠慮して枕に突っ伏したままあげて。
ガンガンする頭をかかえて。
身体中が――――――特に頭のてっぺんまでが、とにかく熱い。
(ぜってぇ今夜は寝られねぇ・・・・・。)
激しい動悸とともに、諦めにも似た感情が全身を支配していった。



――――――――――― * ――――――――――


「準備はいい〜〜?出発だよ!!」
キラキラするような、満面の笑顔のサクラ。
何処か黒い微笑をわんこコンビに向けるファイ。
寝不足からか、ぐったりとした少年と忍者は。
深い、深いため息をつき。
そしてお互いにその理由に思い至って、さらに落ち込むことになった。
「ねーねー、リアンさんー。」
その腕を取らんばかりに、ファイがにっこりと話しかける。
「黒様ってさー、猫、好きだと思うー?」
んが!!となって硬直する忍者を知ってか知らずか。
その答は、まさにとどめの一撃となったのだった。


「そうじゃないのかな。猫のお腹を枕にして寝るというのは、結構気持ちいいもののようだから。」


次の世界で。
到着そうそう忍者が寝込んだとか言う噂も、無きにしも非ず。



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後編終了です。
長っ!!!
もう外伝にしようかしら、これ。
ネタを聞いた時、妄想の嵐が吹き荒れまして(笑)
書いても書いても書き足りない。
本編に入れても面白かったかな〜〜これ・・・・。


猫であったときの記憶は、皆にはありません。
もちろんサクラもです。
でも、さすがにこの人だけは・・・・・。(笑)
後々その件について突っ込まれる事もあるでしょう。
がんばれ若様。自業自得だ。(爽やかな笑顔♪)



熊様、ありがとうございました!ほんっとにお待たせしました!!(・・・あ・・・返品、可、です・・・・。)

           作者・シュウ   2006.11.06UP


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