「『図書館』という物は、基本的にあらゆる知識をプールし、管理・運用するためのターミナルだ。」
その意見に大きく頷く。
目の前に展開する書架は、その言葉を如実に示して。
「その運用性、重要性は、そこに蓄積された蔵書の種類や量に比例する事が多い。」
「はい。」
「まあ此処の図書館が、我々の目的に対してどれほどの効果を持つのか、それはまだ未知数だな。」
何分にも、此処には来たばかりなので。
それでも、少し調べただけで、羽捜しにかなりの有効性を持つ事が判った。
もちろん本だけではない。
地形や建物といった、実地的な物への調査も必要だ。
本当は、そちらの方が適任なのだろうけれど。
皆は本の調査の方を小狼に譲った。
「申し訳ありません。」
「その代わり、余計な事に没頭するんじゃねぇぞ。」
一応釘を刺しておくことも忘れない。
サクラは、女性がとにかく優遇されている風潮を利用する形で、実地調査組に回った。
「サクラちゃんの笑顔を見たら、誰だって禁断の扉も開けちゃうよ〜。」
ファイの言葉は、あながち嘘ではなかったと後から思い起こされるのだが。
「あ、もちろん、リアンさんだったら駄目って事じゃあないからねー?」
慌てて自己フォローを入れておくことも忘れない。
背後から。
見つめる黒い影の纏う空気が、ピシッ!と凍ったのが解ったので。
へにゃ、と笑ってそこはごまかす。
結局、リアンと小狼、サクラとファイ、黒鋼、モコナの2組に分かれる事になった。
――――――――――― * ――――――――――
此処の図書館は、結構大きい。
当然その蔵書量もハンパではない。
しかしこの二人をもってすれば、目的の書架にたどり着くことは容易な事だった。
調べるべき本は、どうやら数十冊といった所。
これならば、さほどの時間はかからない。
二人で調べて、半日もかからずに終了した。
「此処の本には、もう用は無いでしょうか?」
小狼の問いに、ぐるり、と辺りを見渡す。
「・・・・・無さそうだな。」
「わかりました。」
ほんの少し、名残惜しそうにして。
二人は図書館を後にした。
街は、静かな佇まいの中に、柔らかな賑わいを内包する。
メインストリートを歩きながら、小狼は先ほど調べた事を頭の中で反芻していた。
「・・・・・・あ。」
考えをめぐらせる中で、ふと目に付いた『店』。
「古書店、か。」
入ってみるか?と聞かれれば、断るはずも無い。
古書店の中は、意外にこざっぱりとしていた。
「いらっしゃい。」
出口近くのブースに、主らしき老人が腰掛けていた。
「拝見させていただきたいが。」
「どうぞごゆるりと。」
こちらの物腰に、相手も慇懃無礼な返答を返してくる。
おそらくこの老人は。
どんな相手に対しても、その人それぞれに即応した対応が出来るのだろう。
伊達に齢を重ねてはいまい。
そんな事を考えながら、小狼は本棚を見渡した。
「あ。」
考古学関連の書物のタイトルが目に入った。
取り出して眺めると、かなり興味深い内容のようだ。
しかし、かなり分厚い。
立ち読みするには、時間が無かった。
「気に入ったのがあったのか?」
問われるままに頷く。
しかし、これを購入する事は、無駄遣いであるような気がした。
実はこの国に来てから、金銭的にあまり余裕が無かったので。
本棚に戻す前に、もう一度、とパラパラとめくっていると。
奥付の所に判子のような物が押されているのに気付いた。
「?」
本には関係無さそうだ。
(何だろう?)
文字らしきものが押されているが。
その目的がわからない。
「これは『蔵書印』だ。」
本が貴重な所では、それを自分の所有物である、と言う証明として蔵書印を押すのだ、と。
それは個人の物であったり、公共の物であったり。
図書館の印が押してあるのはよく見るから、それと同じ意味の物なのだろう。
(いつか、落ち着いたら。)
この旅が終わって、玖楼国に帰ったら。
自分の本を集めて、自分だけの蔵書印を押してみたい。
そんな事を考えていると、横からすっと手が伸びてきて。
今まさに本棚に戻そうとした本は、その持ち主を代えた。
「リアンさん・・・・・?」
問いには答えず。
老人のもとに歩み寄る。
「この本の値は如何ほどか?」
「これだけのものでございます。」
示された紙に目を走らせて。
軽く、頷いた。
「持ち合わせが無い。これで代価にできようか?」
取り出したのは、小さな小瓶。
その中に――――――――。
「・・・これでは、莫大なお釣りを出さねばならなくなります。」
「では、望むだけお取りになるが良い。」
「そうですか、では。」
老人は紙を広げ、瓶の中身をほんの少し、取り出した。
「確かに頂戴いたしました。」
「それだけで良いのか。」
「少し多めに頂き過ぎたぐらいでございます。」
「では、これは貰う。」
「お買い上げ、ありがとうございます。」
深々と礼をする。
小狼は手元にぽん、と戻されてきた本を呆然として見つめた。
「宿に帰る。」
「あ・・・はい・・・・・。」
ぼんやりしていたが。
はっと気付いて、慌てて後を追った。
「あ・・・あの!リアンさん!!」
「何か?」
「あの・・・・ありがとうございます!!」
瓶の中身は、おそらく『砂金』。
皆の旅に使わせて貰えたら、と一瞬思ったが。
それはいけない事だ、と思い直す。
個人の所有物は、できるだけ手をつけないほうがいい。
いつぞやは、小狼が首からかけていたゴーグルが珍しいからと、高値の取引を申し出られた時、黒鋼が言ったのだ。
「手放したらもう帰ってこねぇぞ。想い出の品なんだろ。」
その国では、本当にお金がなかった。
でも、藤隆の遺品であるこのゴーグルは、できれば手元にずっと在って欲しかった。
黒鋼の言葉にほっとして、そして嬉しかったのを思い出す。
だから、リアンの『砂金』も。
もしかしたら、とても大切な物かもしれない。
場合によっては、それは遙か時の彼方の故郷の――――――――。
それを、自分のために使ってくれた。
礼を言うのは、当然の事だ。
ふわりとした微笑みが何故か心を騒がせる。
自分と同じ、確固たる存在たり得ぬ、この人の。
それでも宿に帰り着けば。
「どうしたの?いい事有った?」
と皆に尋ねられるほど、その顔は喜びに満ちていたらしい。
「明日からは、街の探索に回ります。」
その為にも。
(この本は、この国での羽探しが終わるまでは開けないでおこう。)
丁寧に紙に包んで、サイドテーブルの上に置いた。
――――――――――― * ――――――――――
翌日。
宣言どおり、探索組に加わった小狼の為に、メンバーを組み直した。
「何でこういう組み合わせなんだ?」
おそろしく不機嫌な調子で問う事には。
小狼がサクラと組むのは解る。
あとは――――――――。
「だって〜〜〜サクラちゃんに何かあったら、困るでしょ〜〜?」
戦闘要員と、逃走補助係が必要なのだと。
この国が、意外と治安が悪いと解ってきた為でもあったのだが。
「オレ、魔法使わないし〜〜此処はやっぱり黒様が・・・・ね?」
「話が通じないと困るだろう。ソエルは小狼たちと行くがいい。」
『女性が優遇される』ことを鑑みれば、サクラとリアンはどうあっても別組になる。
そして『攻撃力の高さ』で割り振れば。
リアンと組んだのはファイだったのだ。
「・・・俺がファイさんと代わりましょうか・・・・・?」
「あ〜大丈夫〜〜黒様、心が広いから!!」
「・・・・・!!」
笑って無視して。
行こう行こう、とファイはリアンの背を押し出すように宿を出て行った。
「・・・行くぞ。」
不機嫌が服を着て歩いているような気がして。
小狼は苦笑いしながら、サクラに行こう、と促した。
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すったもんだがあったにせよ。
何とか無事に羽は手に入った。
小狼が少し怪我をしたこともあって、出発は明日、という事になった。
「・・・・あいつはどこに行ったんだ?」
夕食の後、皆で食後のお茶を囲むのが慣例になっていたが。
リアンの姿がそこになかった。
「何処に行かれたんでしょう?」
「行き先、聞いてた?」
「いいえ・・・・・。」
「・・・あ!!」
窓の外を見たモコナが声を上げた。
「雨が降ってきたよ!!」
「!!」
見れば、結構な降りに変わっていく。
捜しに行こうか、と大人組が腰を上げた時。
チリリ、と。
玄関のベルがドアが開いた事を知らせた。
「リアン!何処に行ってたの?!」
モコナがポーン!と飛んでいった。だが、慌てて戻ってきて。
「サクラ!タオル、タオル!!」
「え?」
「リアン、びしょぬれなの!!」
この国に『魔法』の概念がないため、人前では魔法は遣えない。
肩や腕の水滴を、手で払っている。
もちろん部屋に帰ればすぐに『乾かせる』のだが。
サクラが何枚ものタオルを持って飛んできた。
「ありがとう。」
短く、言って。
肩に1枚掛ける。
「髪からどうにかするのが当たり前だろうが。」
頭の上にばさりと被せられ、少しわしゃわしゃとされて。
その手が止まれば、照れたように足早に立ち去る黒い背中が見えた。
「小狼。」
呼ばれて、近づけば。
懐から小さな包みを出して差し出してくる。
「ほんの土産だ。」
そのまま髪を拭きながら、部屋に帰っていく。
今日はもう休む、と言い残して。
見送って、次に包みに視線を落とした。
(何だろう?)
中からコロリと出てきたのは。
「ん―――――?判子――――――??」
それは四角くて。
大きさとしては、そこそこ大きい。
「・・・なんて書いてあるんだろう?」
ファイには漢字は読めない。
「あ・・・・・。」
その印面に、自分の名前が彫られているのが解った。
(これって、もしかして・・・・・。)
「あー、あの店だー。」
ぽん!と。
ファイが手を打った。
「はい?」
「街を探索している時にねー。ちょっと寄り道したんだよー。」
ファイの話によると、どうやらあの古書店にもう一度行ったらしい。
店主に何事か問うて。
教えられたらしい別の店に行った。
「『野暮用だ』って言うから、気にしてなかったんだ〜。」
そこは判子など、彫り物の店だったらしい。
(きっとそこで注文してくれたんだ。)
『小狼』と名前の入った判子――――――『蔵書印』を。
袋の中には、印肉も入っていた。
小狼の瞳と同じ色の。
嬉しくて。
ギュッと胸に抱え込んだ。
その仕草を見て、皆もそれ以上何かを言うのをやめた。
嬉しい。
嬉しい。
自分だけの、『蔵書印』。
部屋に駆け戻り、サイドテーブルの包みを開ける。
分厚い、考古学の本。
奥付に自分の蔵書印を押した前の持ち主は、どんな人だったのだろうか。
印面は読むことが出来ないが、もし話が出来たらきっと気が合ったことだろう。
ポンポン、と。
試し押しをしてから。
並べるような形に判を押す。
ゆっくりと息を吸い込み。
そおっと判子を紙から離した。
「俺の・・・・『俺だけの』本・・・・・・。」
明日の朝、おはようを言ったら、真っ先にこれを見せよう。
そして、心からお礼を言おう。
もし――――――――叶うなら。
何時の日か、きっと。
本で埋め尽くした自分の書斎を作って、そこに招待しよう。
全ての本に、この判を押して。
その夜の夢は、今まで見た中で一番楽しい夢だった。
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