上手く支えたつもりだった。
「・・・っつ・・・・・!!」
細い細いがけ沿いの道。
そろそろと進んでいた皆を、突然襲った雷鳴。
「きゃっ!!」
思わず顔を伏せたサクラは、まさにお約束のように足を滑らせた。
「姫!!」
咄嗟に手を伸ばした小狼の指先をサクラの指がかすめていく。
少し後ろに居たリアンがその腰を抱えるようにして支えた――――――――。
「う・・・・・・っ!」
此処に来る前の国で。
皆は少なからず怪我を負った。
そのほとんどは魔法で治るレベルのものだったのだが。
「治癒魔法は・・・・あまり得意じゃない。」
それは、『魔女』――――――『闇の眷属』であるが故なのか。
基本的に『治癒魔法』は白魔法、すなわち『光』の魔法だ。
リアンのように攻撃魔法、すなわち『黒魔法』を得意とする者にとっては、まさに相反する術。
ファイも、こそっと、オレは治癒魔法遣えないしー、と呟いたりもしたのだが。
一番の深傷は黒鋼だった。
今でも実は左腕は固定されている。
それでもこんな細い道を歩けるのは、やはり現役忍者ならではというところだろう。
そして。
『自分』への治療もまた。
不完全なままに移動してきていたのだ――――――――。
横腹と左足に受けた傷は思いの外に深く。
それのもたらす痛みは、この肝心な時に襲ってきたのだった。
「リアンさん!姫!!」
小狼の叫びも、手を伸ばしたファイの指も。
全てをすり抜けて。
真下を流れていた川の水面に、水しぶきが上がった。
「・・・・くそっ!!」
飛び込もうとした黒鋼の、そして皆の耳に。
かすかに声が響いてきた。
「――――――――街―――――で――――――。」
流れはかなり急で、あっという間に姿が見えなくなった。
「――――――急ぐぞ。」
黒鋼の押し殺したような声に、小狼ははっと思考を戻した。
「・・・黒鋼さん・・・・。」
「川下は街に続いている。確かにあのまま流されていけば街には着ける。」
「・・・・・はい。」
もちろん、『着いた時の状態』までは保証の限りではないのだが。
あの人がいてくれるなら。
「・・・・少なくとも、姫は『無事』だろう・・・・。」
しかし――――――――あの人、は。
言葉を失くし、再び歩みを進め始めた3人の周りを、音もなく静かに霧が包み込んでいった。
――――――――――― * ――――――――――
「『ホリディーピロウ』・・・・この街の『名称』か。」
道標の消えかかった文字を読み取る。
「どういう意味なんですか?」
「直訳したら『休日の枕』といった所か・・・・。」
『枕』に関わる産業があるのか、もしくは『あった』のかもしれない、と呟いた。
川を流されてかなりの距離を稼ぐ形にはなったのだが。
ようやく浅瀬にたどり着いて岸に上がった時には、二人ともすっかり身体が冷え切っていた。
パチン、と指を鳴らせば、あっという間に服が乾く。
しかしサクラの身体の冷えまでは解消し切れなかった。
やむなく薪を集めて火を熾し、暖を取る。
白湯ではあるが、水も温めて飲んだ。
何も入っていなくても、温かい事が一番の美味となる。
「まるで手品を見ているみたいでした!」
サクラがニコニコとして言う事には。
木切れがクルクルと宙を舞い、あっという間に2つのコップを作り上げたからで。
それは、まるで『見えない手』が木工細工を作っているかのよう。
コトン、と石の上に置かれたコップには水が注ぎ込まれ、パン!と熱い湯に変わったからだった。
「魔法って、こういう時にはすごく便利なんですね。」
「頼りすぎると、いざという時『使えない』存在になるがな。」
本来サバイバルなどの『生きる為に必要な知識と行動』を忘れてしまうのだ。
「魔法を遣う者がよく落ちる矛盾点だ。」
自分の手で、足で、行動してこそ『人間』なのだ、と。
納得してサクラは大きく頷いた。
「さて、行こうか。もう着いているかもしれない。」
すっかり温まったサクラは、ピョン!と立ち上がった。
ふっと柔らかい視線を投げかけて。
街の中に入った――――――――。
「――――――――何だ・・・・『此処』は?!」
誰も、居ない。
『人間』が。
建造物は『人間用』なのだが。
ピッとまるで浮遊するビジョンのように画面が浮き上がる。
魔法で映し出された『地図』だ。
「この街の地図ですか?」
サクラの問いに黙って頷く。
じっと見ていたが。
「こちらだ。」
先に立って歩き出した。
「・・・リアンさん・・・・・この、匂い・・・・・?」
『匂い』、ではなく、『臭い』。
『異臭』のレベルだ。
思わずハンカチで鼻と口を覆ったサクラを責められまい。
「この街では、『店』的なものは全てこのエリアに集中している。」
それは、先ほどの『地図』から読み出したことだろう。
「この気温が通常的なものとして・・・この『異臭』の具合からすると、およそ1週間といった所だな。」
「?どういう事ですか?」
先に処分する、とだけ答えて。
スッと右手を上に掲げた。
一瞬眩い光芒が走り。
光が消えた、その後には。
「・・・臭い・・・・消えました・・・・?」
思わずきょろきょろと見渡す。
目に付いた店先に走りよってみた。
どうやら肉屋らしい――――――――しかし、ショーウィンドウには商品は何もない。
「臭いの元、つまり腐った食品を片付けただけだ。・・・さすがにずっとあの臭いに包まれるのはゴメンだ。」
臭いの元が消えたおかげか、空気も清浄なものに転じたかに思える。
サクラは思わずすう、と深呼吸した。
「全ての『人間』が1週間前に『消え』た・・・・・。」
神隠しのレベルではあるまい。
考え込むその服の裾を、サクラがわななく手で引っ張った。
「・・・・リアンさん・・・・・。」
「どうした?」
振り向いた、その目に映ったのは。
「――――――――野犬・・・・?」
いつの間にか、周り中を沢山の犬が囲んでいた。
その目はギラギラとして飢えの色を見せている。
「・・・人間が居ないから、餌がなくなったんでしょうか・・・・?」
「・・・・・・・・少し、違う、な。」
深く鋭い視線を投げかける。
(――――――――この『犬』たちは。)
『それ』を理解したとて、『彼ら』が『飢えて』いる事には変わりはないのだが。
(さて、この場はどうする?)
思考を遮るかのように、ヒュッ!!と黒い疾風が走った。
驚いて身を竦めたサクラの前に立ち塞がるように、大きな黒い狼のような犬がすっくりと立って、周りの犬を威嚇する。
続いて茶色の少し小さな犬と、真っ白で少し長毛な犬もやってきて、同様に回りを護る様に立った。
よく見れば、小さな白い子犬も、その背中にちょこん、と乗っている。
(・・・・・・この『犬』たち・・・・・・・・・・。)
犬同士の剣呑な空気を無視するかのように、先ほどのと同じ『地図』を浮かび上がらせる。
「・・・・・・ここ、か。」
なにやら一人納得して。
「移動する。」
「・・え?!」
「まずはこの犬たちの『飢え』を何とかせねばな。このままでは確実に死んでしまうし、我々にも危害が及ぶ。」
歩き出した二人を、ざわめきが包む。
しかしそれは3匹――――――――いや4匹?の犬たちの威嚇とオーラでどうにか鎮められた。
何事もなかったかのように歩みを進める、その先は―――――――広場。
「此処で何を?」
サクラの問いに、ふっと笑いかける。
「炊き出し。」
「え?」
疑問符の答は。
「――――――――あ!!」
まるでおとぎの国の光景を見るかのようで。
サクラの顔がパアッと輝いた。
「いらっしゃい、『薪』さん。」
『薪』が家々から『歩いて』出てくる。
それも、尋常な数ではない。
あっという間にうずたかく積まれた薪の山が出来上がっていく。
次にやってきたのは『大きな鍋』だった。
よく見ると、少し長い棒たちが担いでいる。
サクラの目の前で、棒は組み合わさって傘の様な形になり、これまた尾いてきていたロープがクルクルと結びとめた。
大きなフックがぶら下がり、そこに鍋は釣り下がって鎮座ます。
続いてやってきたのは人参やジャガイモによく似たもの。
ぴょんと飛んではくるくると皮が剥かれ、小さく切断されて鍋の中に落ちていく。
「肉が無いのは我慢してもらおう。それと、玉ネギ系も駄目だな。」
何故か、と問えば、『玉ネギは造血機能を破壊する』という答が返ってくる。
鍋の上ではビンに入った油が待機し。
薪が鍋の下に組み上げられて準備が整った。
「では、始めようか。」
パチ!と指が鳴り。
ボッ!!と薪に火が付いた。
ビンから油がとろりと流れ出し、やがてじゅうじゅうという音がし始めた。
「底からよく混ぜて、焦げ付かせないように。」
言われるままに、大きなしゃもじで混ぜ始める。
結構重く、重労働で。
サクラは思わず額に浮かんだ汗を拭った。
「もういいかな。」
退がるように指示をする。
サクラが退がると、入れ替わるように大きな水の玉がやってきて、鍋に静かに入り込んだ。
途端にジュウジュウと大きな音が上がる。
しかしそれはすぐに鎮まり、鍋の中は静かに煮込まれ始めた。
「これは、この犬さんたちのご飯になるんですか?」
「よく煮込んだら柔らかくなる。お粥という訳にもいかない様だから、とりあえずのしのぎにはなるだろう。」
また地図のような物を見ながら答えてくる。
時々宙を飛んできては火の中に入っていく薪をぼんやり眺めながら、サクラは自分たちをじっと見つめる目に気が付いた。
「さっきはありがとう。助けてくれたのね。」
黒くて大きな狼のような犬と、少し小さい茶色の犬、白い毛の長い犬、そして白い子犬。
順番に頭を撫でてやって、サクラはにっこりと笑った。
「もうすぐご飯ができるから待っててね。」
頬を両手で挟んで、額にスリスリと自分の額を当てる。
くすぐったいのか、黒い大きな犬は逃げ出したが。
茶色の犬はなんだか固まり。
白い大小の犬はゴロゴロと懐くかのように身体を摺り寄せてきた。
「気持ちよさそうだな。」
ひょい、と黒い犬の額に自分の額をつき合わせる。
思いっきり固まった黒犬にふっと笑いかけて。
ちょうど『歩いてきた』大きな樹を横にする。
それは小さく輪切りにされていき。
これまたクルクルとくりぬかれたりして、スープ皿の形になっていくのを、サクラは面白そうに眺めた。
「本当に魔法って便利・・・・・・。」
それは、おとぎ話の中のよう。
*****************************************
出来上がったスープは、宙を浮く器にサクラが次々に入れていく。
それはフワフワと漂い、静かに犬たちの前に下りていく。
不思議な事に、鍋の中身は一向に減らず、器の数もこれまた一向に減らなかった。
「勝手に貰う事になるが、これくらいは許してもらえるだろう。」
とても固く焼きしめたパンがパン屋の店先から飛んできた。
1週間以上は十分に日保ちする物なのだろう。
スープに浸して柔らかくして口に含めば、十分噛む事が出来た。
このパンも、まさに無限増殖といった感じで、取っても取っても無くならない。
それは、まるで『奇蹟』。
何の味付けもされていないのに、どんな豪華な料理よりも美味であるような、そんな気がした。
家の外に居るのも中に居るのも、全ての犬に皿は行き渡ったと見えて。
大きな黒い犬を最後に、皿も鍋の中身も綺麗に無くなった。
ピカッと光って鍋はきれいになり。
ロープの解けた棒たちに担がれて、元居た場所に帰っていく。
余った薪たちも、これまた行進するかのように、均等に各家に帰っていった。
「――――――――次の手を打たねば、な。」
そう言って立ち上がりざまに。
傍に居た大きな黒い犬の耳をグイーッと引っ張った。
「?!」
犬は吃驚して数メートルも飛び退った。
「リアンさん・・・?」
「いや、どのくらい伸びるのかな、と。」
微かにニヤ、と笑って。
それは『知っている』者の確信犯的微笑。
鼻の上に皺を寄せた黒い犬に、サクラはゴメンね、悪気は無いのよ、と一生懸命謝っている。
その視線の先に。
1匹の老犬が映った。
「案内してくれるか。」
老犬は承知したというかのように、ゆっくりと立ち上がり、向きを変えて歩き始めた。
慌ててサクラも後を追う。
黒い犬たちも後を尾いてきた。
町外れの方まで来て、老犬は1軒の廃屋の中に入っていく。
「・・・『教会』、かな。」
廃墟となりながら、何処となく崇高な『気』すら感じさせる空間。
その正面、おそらくは祭壇があったであろう所で、老犬は振り向いた。
「――――――――此処、か。」
あたり一面、埃などに覆われていて、何があるのかすら定かではない。
壁の穴、窓の位置などを計算して。
「――――――――『風』よ、我に此処にある物を示せ。」
声と共に。
一陣の風が巻き起こった。
「きゃっ!!」
一瞬吹き飛ばされるかと思ったが、風はサクラたちを『すり抜けて』、祭壇の埃を全て『外』へ吹き飛ばした。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・何か、『字』ですか・・・・?」
祭壇には石板があり、どうやら『文字』が刻まれているらしい。
しかし、それは磨耗しているのか、定かには読み難い。
指で辿っているが、リアンにも読み解くことは出来ないようだった。
きょろきょろとして、サクラは、祭壇の奥に人形が置いてあるのに気付いた。
「・・・人形?」
「触るな!!」
鋭い叱責に、びくん、と肩を震わせた。
「それは『鍵』だ。」
「『鍵』?」
「それをどう動かすのかが、此処に書いてあるはずなのだが・・・・。」
読み解けなければ、どうすることも出来ない。
「・・・・やってみるか。」
一人、呟いて。
床に手を付き、術式を1つ、埋め込んだ。
「その柱より向こうに退がって。」
「・・・はい。」
指示通りの位置につく。
犬たちも、自分と同じように遠巻きの位置に離れた。
「何をするんですか?」
「この石板の『時間』を巻き戻す。」
「えぇ?!」
サクラは驚いて声を上げた。犬たちも驚いたかのような仕草をする。
「大きく戻るわけではない。・・・そうだな、『10日ほど前』ぐらいだ。」
「10日・・・・?」
「この石板の文字、『故意』に削られている。それも最近に、だ。」
石板を覆っていた『埃』は、削った時の粉塵だったのだ。
後に、同じように『時間を巻き戻す』魔法を遣う事になるのだが、それよりは『弱い』魔法であったのだと、後々になって皆は知る事になる。
(『対価』はいささかきついが、やむを得まい。)
『羽根』がふわり、と舞った。
12枚。
まるで時計の文字盤のように、等間隔に円を描き。
石板を囲んで止まった。
「『時を統べる者』よ、我に示せ。真実の姿、真の声。時よ戻りて知らしめよ。」
差しのべた手から放たれた光は、石板を照らし、えもいわれぬ光芒が辺りを満たした――――――――。
――――――――――― * ――――――――――
巧くいかない日々が繋がって
いっそ止めてみたら なおさら酷い
こんな僕だって 朝を繋いでる
「・・・・『歌』・・・・?」
耳に微かに捉えられた『旋律』は。
「この石板には、『詩』・・・・『歌の歌詞』が刻まれているのか・・・・・。」
サクラの位置からはよく見えないが、石板の表面に文字が刻まれているらしい事はどうやら見て取れた。
『時間』が巻き戻ったことによって、『読める状態』に戻ったということなのだろう。
失敗しない、後悔しない人生がいいな
少し考えてみただけさ 有り得ないって解ってる
「この国に、昔からあった歌のようだな。」
この『詩』を謡った者は。
どんな想いで言葉を紡いだのだろうか。
そして石板に刻んだ者は。
どのような想いを託したのだろうか。
貰った花 色とりどり ちゃんと咲いたよ
いつまでも続けばいいな これは夢だって気付いてる
「・・・花、だ。」
「え?」
「・・・『誰か』に貰った『花』・・・・・。」
石版から『聞こえてくる』のは。
「実際には水の遣り過ぎで3日と保たずに枯らしてしまった。・・・だが、『夢』では、綺麗に咲いている。」
「・・・夢・・・・。」
「まぁ、一種の現実逃避ともいえるのだろうが。」
失敗しない 花も枯れない 人生がいいな
ざまぁ見ろ 僕は見つけたぜ 瞼の裏側で
人生を『投げた』のか。
それとも『憎んだ』のか。
――――――――それとも、愛しんだのか。
いいや ホリデイ 今日は起きないぞ
夢の続き見るんだ
「少なくとも、完全に『未来』を捨てたわけではないようだ。」
その言葉にサクラはほっとしたため息を漏らした。
「じゃあ、『この人』は、自ら命を断ったりは・・・・。」
「おそらくしていないだろう。」
「良かった・・・!」
心からの安堵の声に、ふと目を和ませる。
しかし、今は。
「解除せねばな。――――――――この『夢』を。」
視線の先には、『人形』。
「これを『どうにか』すれば、鍵が開くはずなのだが。」
「歌の続きには無いんですか?」
「いや、ある。・・・あるが・・・・・・・。」
あと2回 寝返りしたら 試しに起きてみよう
あと3回 寝返りしたら 今度こそ起きてやろう
「・・・これは、難しいな。」
少し、考え込む。
「『2+3=5』なのか、それとも『2+1=3』なのか・・・・・。」
3回目なのか。
5回目なのか。
人形をどう動かせば。
(そして間違えば、全てが『終わる』。)
此処に居る皆を全て、巻き込んで。
『それ』が解ってしまうから、次に進む手が止まる。
「私、『5』だと思います。」
「根拠は?」
「寝坊をしたとき、私だったらそうするから・・・・。」
それは少し、恥ずかしそうに。
サクラは言った。
「『2回』寝返りをしたら『試し』に起きる。そしてきっと布団に戻っちゃうと思うんです。」
「それで?」
「次に『1回』だったら、きっと決心がつかない。『2回』だったらさっきと同じことの繰り返しです。・・・でも、『3回』なら。」
サクラははっきりと顔を上げた。
「『今度こそ』起きよう、って気になると思います。」
「・・・・その考え、悪くはない。・・・・賭けてみるか・・・・・。」
いざとなったら。
全力で、護る。
その覚悟と力は持ち合わせている。
リアンはゆっくりと人形に手を伸ばした。
コロン。
コロン。
(2回寝返りして、試しに起きて。)
一旦起こしてまた横にする。
コロン。
少しだけ逡巡して、しかし思い切って。
コロン。
コロン。
そしてゆっくりと、人形を起こした――――――――。
「――――――――!!」
七色の。
光が空間を奔っていく。
それは自在に空間を曲がり。
まるで舞うかのように教会であったらしき廃屋の中を照らす。
ゴトン、と。
音がした方を見れば。
「『羽』・・・・・・。」
祭壇の横の方、嵌めてあった板が外れて見えたのは。
サクラの『羽』が、光り輝いてそこに在った。
そして、それを抱え込むように――――――――。
「願ったのだろうな。『明るい未来』を。」
それは、1体の白骨だった。
「・・・・今から50年ほど前に、ここで争いがあったらしい。」
遺体に手をかざして『時』を読み取る。
「争いの相手方に魔法使いが居て、『呪い』をかけたようだ。」
おそらくは破滅をもたらす魔法だったのだろう。
そんな時、この地に『羽』が舞い降りた。
『羽』を手にしたのは、どうやら『司祭』であったらしい。
司祭は必死に平和を願ったのだろう。
しかし。
「魔法の力は存外に強く、『羽』ですら完全に呪いを『消す』事は出来なかった。」
やむなく、『願い』の方向を変える事になった。
昔から伝わる歌をキーワードに、人形を鍵として呪いを『封印した』のだ。
「だが、魔法使いもそれなりに反撃したようだな。」
さらにもう1つ呪いをかけたのだ――――――――。
誰かが『知らず』に『間違った方法』で人形を動かせば、皆に災いが降りかかるように。
しかもその瞬間に、歌の歌詞を刻んだ石板の文字が削れて見えなくなってしまうように。
「この街は、平和な時を刻み続けた。しかし、『羽』のある教会だけは、呪いによる悪しき『気』を放っていた。」
だから此処だけ『廃屋』なのだと。
たとえ教会といえども、このような廃屋では祈りを捧げる人も訪れまい。
『人形』に手を触れる人が少ないほどいい。
『羽』は。
『気』を歪める、という形で司祭の願いをかなえたのだ。
そっと『羽』を取り。
「これはサクラ姫のものだ。返してもらうよ。」
『羽』はすう、とサクラの中に帰り、カクン、と力が抜けて倒れこむ。
支えてそっと壁に寄りかからせた。
「『人間』が来なかったおかげで『羽』も守られたということか。」
しかし。
『人間』は来ずとも。
『動物』までは防ぎきれない。
飼い犬が逃げ出して、此処まで追ってきて。
飼い主の子供が逡巡している間に、中に入り込んだ犬が、『人形』を動かしてしまった。
結果。
「皆『犬』になったというわけだ。」
それは、背後の影に向かって。
憮然として立つ黒い影は。
「・・・それが『1週間ほど前』だってぇのか?」
「そうだ。」
「でもどうして俺たちまで?」
栗色の髪が不安げに揺れる。
「『呪い』の余波、とでもいう物だな。霧に包まれたのだろう?それが『そう』だ。」
「何でリアンさんたちは『犬』にならなかったんだろー?」
金糸が夕日を弾いて煌く。
「川を流れていたからな。霧の影響を受けなかったようだ。」
本当は、無意識のうちに張っていた防御シールドによる物なのだが。
「モコナも犬になっちゃったー!!」
「白くて小さくて可愛かったがな?」
「モコナ、モテモテ〜〜〜♪」
「違うだろうがよ!!」
「小狼。」
漫才を完璧に無視して、リアンは呼びかけた。
「はい、なんでしょうか?」
「もう日が暮れる。サクラ姫を宿へ連れて行ってくれ。」
「わかりました。・・・・リアンさんは?」
「『後始末』をしていく。・・・・今夜の夕食は期待するな。」
「はい。」
街に『食材』はほとんどあるまい。状況によっては完全に食事抜きになるだろう。
「『後始末』って何だ?」
「『戻した時間』を元通りにする。・・丁寧にしなければならん。少し時間がかかる。」
それは理解するー、とファイが言ったので。
黒鋼がサクラを抱え、皆は教会を後にした。
*****************************************
「・・・・・・・・・・・・さて。」
少し、ため息をつく。
「わかってはいても、少々きついな。」
自嘲気味に呟いて。
「しかし、『対価』はきっちり払わねば、な。」
再び七色の光が満ち。
今度はむっとするような『血の匂い』が辺りに漂った。
――――――――――― * ――――――――――
夜半過ぎても宿に来ないから、と。
『心配なんざしてねぇ。』とぼやく忍者が実は先頭に立って。
廃屋と化した教会に探しに来た男組が見た物は。
「な・・・・・・・・・?!」
むせ返るような『血』の匂い。
床にはおびただしい量の血が流れている。
そこには光り輝く魔法陣が展開しており、光のドームのような物を構成していた。
そして、その中心には。
「・・・リアンさん!!」
眠っているかのように倒れ伏す、『時の魔女』。
思わず駆け寄ろうとした黒鋼をファイが腕を引いて止めた。
「何で止める!!」
「治癒魔法が発動してる!今入ったら駄目だ!!」
その光のドームは治癒魔法が織り成すシールド。
手出しは、一切出来ない。
じりじりと、歯噛みして見つめるのみ。
「・・・なんでこんな事になってるんだ・・・・・。」
『後始末』をするのではなかったのか、と。
それなのに、どうして、こんな怪我を?
「・・・・たぶん、これ、『対価』だ・・・・・。」
『時』を巻き戻した『対価』。
後になってものすごい勢いで問い詰めた忍者に静かに答えたことには。
「巻き戻した『時間』の中で、自分が負っていたダメージが倍加して帰ってくるだけだ。」
もし怪我をしていたら、もっと酷い怪我になって。
巻き戻す前には治っていても、再び傷となるのだと。
だから、『前の国』で負った傷が、さらに酷い状態になって帰ってきていたのだ。
小狼は、ふと思いついて訊ねた。
「・・・じゃあ、最初は『瀕死の重傷』だったりした場合は・・・・?」
「『瀕死の重傷』より酷ければ、『死ぬ』だろうな。」
あまりにもあっさり返されて。
反論の言葉すら失くした男組に背を向ける。
この人は。
どうして、いつも?
(これが、自分の『生き方』。)
何人たりとも変えることの叶わない、自分だけの矜持。
変えない。
変えさせない。
変える事が許されない。
(私は、ただ。)
叶えたいだけなのだ――――――――『ネガイ』、を。
帰る時 覚えてたら
君に貰った花を 買って帰ろう
時計の電池も・・・・・・・・・・・。
『未来』を夢見る事は。
――――――――『許されない事』ではない――――――――。
たとえ、『魔女』であったとしても。
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