ぽろん。
ぽろん。
微かに弦を弾く『音』。
密やかに。
静かに添うように。
『音』は風に紛れて消えていく。
「よく寝てますね。」
起こさぬように、そっと声を潜めて。
琥珀色の瞳は先ほどから飽きもせずじっと眺めている。
珍しいのか?と問われれば。
「・・・いえ・・・そういう訳ではないんですが・・・・。」
はにかむように言葉を濁す。
(・・・そうか。)
思い至れば、それは。
(彼には、こういう時代が『無かった』という事か。)
元々が、『鏡の虚像』。
既に少年であった実像から作り出されたが故に、彼には『赤ん坊』の時代は無い。
だから。
飽きもせずに赤子を見つめるのは。
「穴が開かない程度になら良いよ。」
「・・・やっぱり穴、開きます?」
「さあ?」
微かに喉の奥で笑えば。
苦笑いをしながら、それでもまた視線を戻していく。
ぱた。
ぱた。
眠りながらも何やら動く、その小さな手に、そっと手を添えてみたりもして。
穏やかな時間が縁側に流れていく。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
会いに来たよ 会いに来たよ
君に会いに来たんだよ
君の心の内側から
外側の世界まで
僕を知って欲しくて 来たんだよ
小狼は、驚いたように顔を上げた。
その人が手にしているのは――――――――。
(確か、『月琴』だって言ってた。)
ギターとはまた違った音と雰囲気を持つ。
本来はこういう歌と共に合わせる楽器ではないのだろうが、しかし。
遠慮がちに小さく弾かれる弦は、静かな旋律を紡ぎだす。
新しい雫がこぼれたよ 治らない傷を濡らしたよ
全てはこのため この時のため
とても長い旅を越えて
くっ、と。
胸の奥が痛んだ。
自分は、そして、この人は。
どれほどの『旅』をしてきたのだろうか。
どれほどの『傷』を負うてきたのだろうか。
その『傷』は。
――――――――果たして『癒やされた』のだろうか?
わからない。
わからない。
自分の、『存在』。
本当にここに居ていいのか。
自分は存在してよいのか。
――――――――わからない。
月琴の調べは何処か物悲しい。
それゆえに、思考もまた、マイナス方向へと向くのだろうか。
笑わないでね
俺もずっと待ってるよ
顔を上げれば。
優しい、微かな笑顔に出会う。
それは、静かに優しく包み込むように。
待っていてくれるんですか?
もちろん、待っているよ。
――――――――『ここ』、で。
君の涙のふるさとから
乾ききった世界まで
僕を知って欲しくて
君を知って欲しくて
来たんだよ
小狼はふと顔を伏せた。
煌くものがぽとり、と落ちる。
『待っていてくれる人』がいる。
『ふるさと』が――――――――ある。
(・・・・・俺、は。)
『存在する事』を『許されて』いる――――――――。
忘れないでね
帰る場所がある事を――――――――。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
静かに、と言われて。
サクラはふふっと笑みを零した。
「・・・・・何やってんだ、小僧は?」
声はしかし、怒ってはいない。
「何か、微笑ましいね〜〜・・・・。」
くすくす笑いながら、野次馬を決め込むファイに、モコナも同調する。
「小狼、サクラのお相手でとっても疲れてるの♪」
「・・・モコちゃん・・・・私、そんなに迷惑かけてる・・・・・?」
少し半泣きになりそうなサクラを見て、責任取れ、白まんじゅう、と黒き疾風が言えば。
「モコナ、悪くな―――――い!!」
「待ちやがれ、白まんじゅう!!」
黒と白のどたばたは、あいも変わらず。
ぐすん、となったサクラにファイは笑いかけた。
「『今のサクラちゃん』が、小狼君の『一番好きなサクラちゃん』なんだよ。」
その意味を理解すると同時に、頭のてっぺんまで真っ赤になった砂漠の姫の裳裾を揺らして。
梅雨の匂いを含んだ風が渡っていく。
「『雨降って地固まる』ってやつかな?」
早いトコ結婚するといいよー、と追いうちをかけて。
ますます真っ赤になった姫を救うはずの騎士は。
赤子に添い寝するように安らかな寝息をたてているのだった。
『存在』を許されて。
心の底から安心して。
その涙の、そして自分自身の『ふるさと』をようやく見つけて。
微笑み浮かべて、まどろみの中に浮かんでいるのだった。
それは、とても――――――――安らいで。
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眠りから醒めた途端に、愛しい姫の涙ながらの抗議に翻弄されるのは、ほんの数刻の後の事。
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