さく。
さく。
それは『菜』を切る音。
シャッ。
シャッ。
米を淅す音。
じっと聞いていると。
その刻むリズムは、正確で、淀みがない。
「あんまり期待はするなよ。」
その声に含まれる、微かな照れのようなものに気付いてふと顔を綻ばせた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
よく怪我をしないものだと思う。
その目が、今己が手にしている物の姿を捉えることはない。
手で、指で。
五感の全てでたどりながら。
傍目から見ると、とても危なっかしい。
しかし、誰が手伝うわけでもない。
多くの侍女などに傅かれる身であれば別であろうが。
『自分』がやらなければ、ならない事。
もちろん修行を積んだ料理人であれば、『指先に目がついている』なんていうこともあるらしい。
だがそのような事からかけ離れた一般の多くの者は、自分の力で為さねばならない。
日本国に来てしばらくして、包丁鍛冶に頼みにいったのを知った。
最初は何も思わなかったのだが。
普通に店で買い求めず、わざわざ注文するなんて、拘りがあるのだなと位にしか思っていなかった。
2ヶ月ほどして、城中に鍛冶屋が届けに来て。
受け取った物を見せてもらった時。
とても、胸が苦しくなった。
――――――――手にしていたのは。
いわゆる『船行包丁』だった。
それもおそらく最も小さいもの。
「ペティナイフの大きさを想定していたが、思いのほかに小さな種類があった。」
指で、『見る』から。
掌にすっぽり収まるほどのサイズのそれは、動きを辿るのにぎりぎりの大きさなのかもしれない。
1本では困るから、と、厚みを違えたりした物を5本、同時に注文していた。
部屋住みの頃、手料理を振舞ってくれた事もある。
――――――――『魔法』でやれば、簡単なのに。
「『生きる為の努力』は、自分の力で為さねば、意味がない。」
そう、言い切った。
だから。
『目が見えない』事を『言い訳』にはしない。
出来得る限りの事を自分でやろうとする。
それでも無理だとわかったら。
「周りの方々にご助力を仰ぐまで。」
努力を惜しまない者に、手を差しのべる事を人は苦にしない。
誰かの助けを借りねばならないのなら。
「『自分の立場』を整えるのは、最低限の義務だ。」
今まで『手を貸す』側だった身には、辛い事かもしれない。
それでも『今』の全てを受け止め、より良き道を模索し続ける。
「世の中の皆、お前みたいな考え方だったら。」
――――――――『この世』はもっと穏やかであるのかもしれない。
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近習の務めは昼間、忍者の活動時間は夜。
生活時間が違うという事は、すれ違い続けるということ。
弥生の佳き日に祝言を挙げて早や2ヶ月。
共に居れたのは、本当に数えるくらいしかなかった。
その事を考えたら、たまたまとはいえ、2日も一緒に居られるのは僥倖というべきだろう。
毎食そんなに豪勢なものを食べるわけではない。
どちらかといえば慎ましやかな物だ。
しかし、近習としての務めも果たしながら、毎日手探りで作ってくれる料理は何物にも勝る。
だから。
「今夜の夕食は俺が作ってやるよ。」
鳩が豆鉄砲を食らったような、という表現はこの為にあるのだと、改めて認識した。
「・・・あ、でも、料亭みたいなのは期待するなよ。」
一応注意しておかねばなるまい。
忍者は、『自給自足』を旨とする。
簡単な炊事は基本中の基本だ。
それでも、何が良いだろうか、と考えをめぐらせた。
そう考えた時、『嗜好』というものにあまり気を払っていなかったことに気がついた。
出されたものは、大体綺麗に食べる。
好き嫌いはあまり無いようにも思える。
摘みにくい芋の煮っころがしなどには、見えない分苦労するようではあったが。
何がいいだろうか?
旅で振舞ってくれたのは、大体が和食系統。
だったら、いわゆる『和風』のものであれば問題ないだろう、と勝手に結論付けた。
道すがら出した答えのままに、市で食材を求める。
忍者だろうと術師であろうと、それは日常的な光景。誰も気にとめもしない。
それでも。
摘みやすい物?
香りのよい物?
食べやすい物?
様々に考えが頭の中を駆け巡る。
少し混乱しかけてきた頭のまま帰ってくれば、座敷を箒で掃いているところだった。
卓袱台を横に避けて掃いている所を見ていると、ゆっくりと丁寧で、しかも『残さない』。
箒に引っかかる僅かな障りも、手に感じる事ができるのだという。
それとても、魔法でやったら一瞬なのに。
――――――――自分の、『手』で。
見ていた視線を感じたのか、ふと、顔をあげた。
「お帰りなさい。」
柔らかな笑顔にそっと頬を寄せた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「・・・・・こんなもんかな。」
味見をして、とりあえず自分で納得した。
見ればもう外は日が落ちて真っ暗だ。
(結構時間かかっちまったな。)
座敷を覗くと――――――――。
真っ暗。
障子から入る月明かりだけだ。
無理もない。
『目が見えない』から、『灯り』は必要ない。
自分しか居ない空間であれば、燭台を引き倒したりする危険性も合わせると、無い方がむしろ良いのだ。
でも。
「もう暗ぇからな。灯り、つけるぞ。」
本当は無くてもいいのだが、その顔をはっきり見たいから。
「何やってたんだ?」
何かをやっている。
「あ・・・うん。今、出来た。」
キュ、と糸を縫い止めた。
「?」
差し出されたものは。
「傷薬、か・・・・。」
傷薬を詰めた貝殻を包むように裂で袋が縫われている。
これなら中身が出たりしない。
今まで使ってきたものが擦り切れてきていたのを知っていたのだろうか。
「ありがとう。」
素直にこの言葉が出るようになったのは何時からだろうか。
「さ、メシにしよう。」
立ち上がろうとするのを留めて、座っていろ、と指示をする。
ちょこん、と座った前に、料理を並べた。
お櫃に入れた飯だけは、これくらいは自分がやるから、といって茶碗によそってくれる。
「遅くなっちまって、すまなかったな。」
大した物を作ったわけではないのだが。
「一応説明しとくな。一番右に『独活の天ぷら』。その左の小鉢は『青菜のお浸し』。その手前が『鱸の塩焼き』。」
骨に気をつけろよ、と言い添えて。
味噌汁をよそった。
「熱いぞ。」
言ってからコトリと卓に置く。
「よし。食おうぜ。」
いただきます、と手を合わせて。
左手が卓を滑る。
汁椀にコト、とあたり、それを手にする。
一口飲んで。
「味がとてもいい。」
「そうか。」
まずは上々の評価がきたと思う。
次に飯茶碗に行き当たると、それを手にした。
右手は箸を持ったまま、やはり軽く卓を滑る。
さらに行き当たり、そのまま伝って独活の天ぷらに行き当たった。
見ているだけなら。
とてもまどろっこしく、イライラさせられるような、その仕草。
しかしそれはうかつに零したりしない為に、おそらく自分で考えたであろう方法。
ゆっくりと口に運ぶ、その顔は綻んでいて。
「どうだ?」
と訊ねれば。
ニコリ、と満足そうな微笑みが返る。
自分は。
この『微笑み』が見たかったのかもしれない――――――――。
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それからというもの。
時折蘇摩に料理について訊ねる黒き疾風の姿があると。
まことしやかな噂は夏の風に乗って広がっていくのだった。

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