1年に1度。
『神の御使い』が降臨する。
それが何に宿るのかは解らない。
『神の御使い』は『ネガイ』を叶える。
しかし『神の御使い』が宿った『モノ』を、決して地に着けてはいけない。
その瞬間に『神の御使い』は離れ、10の年を数えるまで再び訪う事は無い。
そして、今日、『神の御使い』は舞い降りた。
『神の愛娘』の手の中に。
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「えー・・・・と、話を総合すると、『その子』は絶対に下ろしちゃいけないんですよね?」
サクラの手の中を見遣りながらファイが確認する。
そうだ、と頷く宿の主人に、小狼は不安そうに尋ねた。
「今は眠っているようですが、この手の『動物』は夜行性ですよね?動き出したらどうすればいいんですか?」
「籠に入れて吊り下げとくといいさ。ほれそこの。」
そういって、愛玩用の小鳥の入った鳥かごを指す。
「あんな風にな。」
「・・・・落っこちたりしないでしょうか・・・・?」
「心配なら、誰か籠の真下で不寝番でもするこったね。」
「・・・・・・・・・・・・。」
『神の御使い』付き、というので、宿代はただになった。
それなりの敬意も払われるらしい。
聞くところによれば、どうやら『神の御使い』が宿った『モノ』を手にできるのは誰でも良い、というわけではないようだ。
いわば、『選ばれた者』とでも言おうか。
その1年に1度のチャンスを、みすみす旅行者―――――――他所者に持っていかれる羽目になったのだ。
当然の心理として、心穏やかではあるまい。
まだ『宿の主人』だから、この程度の対応で済んでいるのかもしれなかった。
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とにかく、条件は、3つ。
『神の御使い』が下に、地面に接するのを防ぐこと。
支えるのは、選ばれた者ばかりである必要は無いが、選ばれた者は『神の御使い』に必ず1日に1回は触れること。
その状態を大体1週間維持すること。
これを守れば、『神の御使い』は『選ばれた者』の『ネガイ』を叶えるのだという。
1人だと、万が一、ということもある。
となれば、少なくとも2人体制以上で臨まねばなるまい。
動体視力、瞬発力など、いざという時の対応の速さで割り振って。
黒鋼とサクラ、小狼とファイという組み合わせになった。
体力維持も考えて、6時間交代にする。
この世界に羽がある、とモコナが感知した。
だが羽探しは、この『神の御使い』の1件が片付いてからでなければどうにも動きが取れない。
長い長い1週間が始まった。
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不寝番、という要素から、真夜中の当番は黒鋼であることが多い。
当然と言えば当然だが、サクラは寝てしまっている。
傍に吊るされた籠には、何やら回転する円柱状のもの(『回し車』というそうだ)をガンガン回している『神の御使い』。
――――――――――そう。
今年の『神の御使い』は、小さな小さなネズミに宿ったのだった。
野ネズミではなく、ペット用に飼育されているものだという。
たまたま目に付いたペットショップで、籠ごと表に出され、日向ぼっこをしていたのだ。
可愛い、と言ってサクラが張り付いてしまい、店主に頼んで1匹手に乗せてもらった。
――――――――それ、に。
パアッ!と光が満ちて、ネズミの額に四葉のクローバーのような文様が浮かび上がった。
「何てこった!今年の『神の御使い』はこの子だよ!!」
当然他のネズミとは別格になるため、今は『借りている』状態だ。
「『神の御使い』になった子なら、高く売れるからね。」
その辺はしっかりしている。
餌やらケージやらも無償で貸与され、そのまま宿に来たのだった。
もちろんしっかりと写真撮影をしておく事も抜かってはいない。
大きく引き伸ばして宣伝にするのだと言う。
見上げた商売根性に苦笑しつつ。
籠の中を見れば。
小さな、つぶらな瞳がこちらを見ている。
元来この手の種類のネズミは、行動が実に機敏だ。
忙しない事この上ない。
だがこのネズミは、いつ見ても、もそもそとしか動かないようなのだ。
回し車は喜んでいるのか、ガンガン回すが、それでもすぐに飽きたかのようにやめてしまう。
太っているわけではない。
手に持ったまま医者にも見てもらったが、どこにも異常は無いらしい。
「『神の御使い』が宿っているから動けねぇのか・・・?」
それは、大いにありうる。
いわゆる『憑依状態』であるのだろうか。
身体がだるくて動けない、とでも言うように、手のひらに乗せると、ちょこんと丸くなってすぐに寝てしまう。
おかげで1週間という時間は、意外に楽に過ぎていくような。
じっと見つめる視線に負けて、扉を開けて手に乗せてやる。
もそもそ。
大きな手のひらの上で、小さな毛の塊が動き。
コロン、と丸くなった。
「・・・あ・・・・・。」
思わず後悔した。
これでは籠に戻せない。
戻せばきっと起きてしまうだろう。
それもちょっと可哀想で。
できるだけ動かさないように気をつけながら、胡坐をかいて座った。
乗せた左手が緊張しているのが自分でもわかる。
ふとした弾みにでも手を握り締めたりなぞしたら、どうなるのか。
さすがの黒鋼にもそれくらいのことはわかる。
(参ったな。)
それでも、手のひらの上の『神の御使い』が宿ったネズミは、ころり、と。
眠っていたのかと思うと、なにやら毛づくろいをはじめた。
小さな、小さな手で、額から目、目から鼻先へと、何度も何度も撫でている。
そう、何度も何度も。
「おい、いい加減にしねぇと、顔がハゲちまうぞ。」
小さな手をひょい、と押し止めれば。
その指をフンフン、と匂って、手に持って。
かぷ。
かり。
それはほぼ同時に与えられた痛み――――――――――なのだが、如何せん相手は小さなネズミ。
残念ながら、黒鋼の痛覚には届かなかった。
「かぶりつくなよ。」
それでも仕草は解るので。
ブラリ、とぶら下げながら独り言のようにつぶやく。
キュキュ、と。
ちまちまと動き、また丸くなった。
今を逃すと、ずっと抱え込まねばなるまい。
そろり、と籠の中に戻す。
何か言いたそうな目がこちらを向いたが。
視線は向こうの方がはずし、ごそごそと底に敷いた木屑の中に潜っていった。
少しずつ、少しずつ。
物の輪郭が、色が戻ってくる。
7日目の朝が到着の声を上げていた。
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軽く食事を取り、ファイと小狼に引き継いで。
睡眠をとって。
5時間後、皆の前に黒鋼が現れたとき。
「・・・・・・・・・どうした?小僧・・・・?」
ただ苦笑いを返す小狼。
その手のひらには――――――――――ネズミ。
「姫が・・・・・『ちょっとネズミさんをお願い!』って・・・・・。」
「・・・・渡された、と?」
「はい・・・・・・・。」
丸くなって眠っているネズミ、を。
「籠に入れりゃいいだろう。」
「でも起こすの、可哀想で・・・・・。」
夕べの自分もそうだったなどとはおくびにも出さないが。
昼間のせいか、自分の時と違って爆睡しているようである。
だが、よくよく見ると、小狼の肩も腕も、見事にコチコチになっている。
そんな所も、似ているのか、と。
嬉しいような、歯がゆいような。
複雑な想いに眉間の皺が増えた。
「黒様の眉間の皺、4割増し〜〜〜。」
「うるせぇ。」
サクラちゃんは何をしにいったの?とファイが聞くと、ネズミの大好物を売っている店を聞いてすっ飛んでいったと。
サクラちゃんらしいや、とファイが笑う所へ、当のサクラが息せき切って戻ってきた。
「小狼君!ごめんなさい!ネズミさんを任せちゃって!!」
「あ、いえ、大丈夫ですよ、姫。」
にっこりと笑み返す小狼は、本当に『優しい』のだろう。
そうでなければ、固まりきった手の『固さ』を感じさせないはずがあるまい。
サクラは小狼からネズミを受け取り、ひざの上に乗せた。
手にした紙袋から小さな種を取り出す。
「姫、それは?」
「うん!このネズミさんの大好物なんだって!!花の種なんだけど・・・・。」
匂いにでも触発されたのか。
爆睡していたネズミはもそもそと動き出し、花の種を食べ始めた。
可愛い、と。
半ばうっとりとして見ているサクラに、いつしか皆の顔もほころぶ。
<では、汝の『ネガイ』を叶えよう。>
突然響いた声に、サクラははっと顔を上げた。
「誰?!」
「姫?」
小狼はサクラの顔を覗き込むようにしてたずねた。
その仕草で、他の者には、『声』は聞こえていないのだと知れる。
(・・・・誰なんですか?)
心の中で呼びかければ。
<我は『神の御使い』なるモノ。汝が『ネガイ』、我に告げよ。>
『私』の『ネガイ』。
サクラは考え込んだ。
(・・・この国の人たちが皆、争ったりしないで幸せに暮らせますように。)
自分たちは所詮は旅人。
自分の望みなどよりも、この国のことを願わずしてなんとしよう?
それが『国を統べる者』の思想の第1歩であるとサクラは知る由もないが。
『声』は、笑った。
<そのネガイ、今より100年も前に叶えたもの。この国に争いごとは無い。>
そういえば、と思い当たる。
確かに誰かが争っている、なんて所は見たことが無かった。
<『汝自身』の『ネガイ』を。>
逡巡して。
しかし、それが自分達の旅の第一義であると再認識して。
サクラは、願った。
(自己中心的なネガイでごめんなさい・・・・私の、記憶の『羽』が欲しいです・・・・。)
<汝がネガイ、確かに聞いた。>
『声』は続ける。
<この国の南に、小さな祠がある。そこに祀られている神像の胸元に、『羽』がある。>
(・・・ありがとうございます・・・・!)
ほっとして。
目を閉じて大きなため息をつき、再び目を開ければ。
手のひらの上のネズミの額からは、『四葉の印』は消えていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「こんなやり方で『羽』が手に入って、本当に良かったんでしょうか・・・・?」
サクラの不安げな疑問に、ファイはにっこりと微笑んだ。
「どんな事をしてでも取り戻さなきゃならない、と誓った『羽』だもの。大丈夫だよ。」
「・・・でも・・・・。」
国の皆は、きっと『自分が選ばれたらこのネガイを』とさまざまに心に思い描いていることだろう。
そのうちの1回を、自分のために使ってしまった。
他所者の自分、が。
大丈夫だ、といわれても。
心の錘は外れない。
「『ネガイ』を持ち続けることが、この国の民の『ユメ』なら、これでまた1年がんばれるってもんだ。」
ぼそ、と。
独り言のように紡がれた言葉に、サクラははっとした。
声は、黒き影から。
「そうですよ。この国の人たちは、また来年『神の御使い』が降臨したら何を願おうかって希望をもてるんですよ!」
「きっと毎日が希望に満ちてるのー!!」
「・・・そう・・・か・・・な・・・・?」
「はい!!」
真摯な栗色の瞳と白き魔法生物の力強い頷きに。
サクラはようやく、かすかに笑った。
「さあ、行きましょう、姫。次の世界へ!!」
「転送陣、出たよ!!」
次元移動の風が皆を包み込む。
風の声にかき消されるように。
微かな、微かな。
自嘲とも取れる呟きを。
黒き影は、確かに聞いた。
――――――――――白き魔術師の声、を。
希望に満ちた未来・・・・・・・・。
オレには永遠に届かないね・・・・・・・・。

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