「・・・・・・・・・・!!」
バラバラと足元から小石が落ちる。
小さな手に、指先に。
渾身の力を込めて。
そろそろと足を伝わせて蟹のように歩みを進める。
崖に僅かに切り開かれた獣道。
そこを『たった2人』で進むには。
あまりにも『幼すぎる』のだろう――――――――――。
鋼人と理子。
諏倭の地に来て半年。
2人は7歳になっていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
父の故郷だという諏倭は、白鷺城のあった地とは気候も風土も大きく異なっていた。
何よりも、人が『居なかった』ために荒廃しきっている。
魔物の襲来で最期を迎えた、その時のままに。
諏倭の地を大きく包む『封殺結界』を目の当たりにしたとき。
2人は体の震えを止められなかった。
魔力という物を持たぬ鋼人にすら感じられる、凄まじいまでの拒絶。
来る者全てを拒む『封殺結界』を、父は。
摩訶不思議な光を放つ銀竜の一閃で斬り払った。
そのとき起こった悲鳴のような鯨波。
諏倭に連なる者たちが発した声は、故郷への憧憬。
「行くぞ。」
馬の腹を蹴り、歩み始めた父に、皆は続いた。
歩みを進めるたびに。
誰かが走り出す。
そして、誰もが。
懐かしい、『場所』へ。
そこかしこで沸き起こる慟哭の声。
そこに倒れ、命を落とした者たちへの哀悼の叫び。
パアァァン・・・・・・・・・・。
空を裂く拍手に、鋼人も理子も、はっとして顔を上げた。
そして、皆も。
そこに、立つのは。
あたり一面に乱舞する、白い『羽根』。
その中心に。
両の手を大きく左右に広げ、2本の指を立てて。
どこか厳かともいえる光に満ちた、『母』が居た。
「母上の、諏倭での初仕事だ。しっかりと見ておくんだぞ。」
父の言葉に改めて見遣る。
今まで『魔法』という物を遣った所を見たのはほとんど記憶に無い。
「まず『自分の力で為そう』とするからな。」
時にはもどかしさすら感じるそれは、母の『努力』なのだと。
そう教えられて以来、母の行動が終わるのを待つようになった。
気がついて手を止めてくれても、続けてくれるように言えるようになったのは。
――――――――――それもひとつの成長の証ともいえるのだろう。
そして、今。
「この諏倭に、魔物を防ぐ結界を張り直す。」
父が手ずから斬り崩した『封殺結界』。
それに護られていた諏倭は、今は、無防備。
母を、中心点として。
光の波動が諏倭の地に広がっていく――――――――――。
その、神々しいまでの、姿。
皆が思わずひれ伏す中、母は静かにその手を下ろした。
「これで『大きな』魔物はこの地に入ることは叶いません。永続魔法ですから、これからもずっと。」
「『小さい』のは?」
「『人』の力でどうにかしうるレベルならば、入ってくるでしょう・・・・それもまた、この地に住まう者の宿命。」
魔物との共存。
狩るモノ、狩られるモノ。
それもまた。
『かつての諏倭』と同じなのだと。
「ご苦労だった。あとは、領主である俺の仕事だ。」
肩を抱き寄せ、その髪に頬を寄せて。
ねぎらいの言葉を掛けて、そして決然と顔を上げて力強く宣した。
「さあ!始めるぞ!!『国造り』を!!」
おおお!と呼応する声がこだまする。
既に何ヶ月も掛けて練りに練られた、街の造営計画。
必要な資材などは極力調達してきた。
早くも槌音が響き始める。
女たちも、炊き出しなどの準備を始めた。
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基本的に、こういう時に子供というものは邪魔者だ。
だから、迷惑を掛けぬよう、遠くに行ったりしてそれなりの時を過ごす。
直接力仕事などに従事しない老人たちに付いて、読み書きそろばんといった学問にも時間を割く。
毎日が、あっという間に過ぎて行き。
領主の館がまず完成し、続いて街が徐々に出来上がり始めた。
あらかじめかなり緻密な計算が為されていたので作業も順調だ。
皆の顔に、希望が満ち満ちて。
だが。
もうすぐ梅雨が近いここ最近、母の容態が優れない。
白鷺城に月の半分以上赴かねばならない父も、その事を気に掛けて。
「母上を、頼んだぞ。」
そう言い残して任に発った。
急速に食欲が落ち、少し咳き込んだりもする。
季節の変わり目、風邪を引いたのだろうか。
急に痩せてもきたようだ。
話に聞けば、父の母、自分たちにとっては祖母に当たる人も、身体が弱かったという。
諏倭の姫巫女たるその人は、弱った身体で結界を張り続けて。
何度も血を吐いたりもしたと、当時を知る者が涙を浮かべた。
母もまた。
同じような道を辿るのだろうか?
「そんなの、絶対に嫌だ。」
小さな小さな、2つの寄り添う影に。
古老の語る昔語りが小さな灯りを点した。
本人たちとしては深く考えたのであろうが、そこはまだ幼き者の思考。
考え足らずな所は否めない。
幼さゆえの、純粋さで。
想うが故の、一途さで。
二人は館から遠く離れた山の中、険しい道を進んでいた。
「そこ、滑るから気をつけて。」
「あのツタを持って支えにしよう。」
その都度その都度、2人で知恵を絞り、力を合わせながら。
それこそ時も忘れて必死で辿り着いたのは。
「・・・・ここが・・・・・・・。」
「・・・・『水晶ヶ原』・・・・。」
すでにかなり傾いた夕日に照らされて。
そこかしこに現れた水晶が、えもいわれぬ光を放っていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
元来水晶というものが、地上に露出することは少ない。
それに、大きな結晶で産出されるのは主に地下の鉱脈からだ。
館に近い山の地下にも、水晶の鉱脈がある。
大地の中で、地の精と闇の力を吸収した水晶は、術師にとっては、またとない術具となるのだという。
しかし。
「ここより西のあの山の中腹に、『水晶ヶ原』と呼ばれる所がございましてな・・・・。」
古老の声が脳裡に甦る。
「そこの水晶は太陽の光を存分に浴びますゆえ、『命のチカラ』に満ち満ちておりますのじゃ・・・・・。」
闇の力、術具としての水晶は要らない。
母の力は、そんなものに頼るようなものではないと父が言っていた。
白鷺城にいた『ネコ様』――――――――ファイも、そうだよ、と。
今は。
欲しいのは、『命のチカラ』。
(それがあればきっと母上は元気になる。)
母が元気になれば、きっと父も喜んでくれるだろう。
その一念で、2人はここまでやってきたのだ。
「理子、どれが『チカラ』が強いかわかる?」
鋼人の言葉に、理子は辺りを見渡した。
「・・・・・これ・・・・・・かな・・・・?」
理子が指差したのは、大きさこそ普通だが、確かに明るい色を放っている。
「じゃあこれにしよう。」
背中に負うた嚢から、小振りなのみと槌を取り出す。
理子が支えて。
鋼人が細心の注意を払いながら少しずつのみを当てた。
(大事な『チカラ』を砕いたりしないように。)
そおっと、そおっと。
最後の槌が振るわれ、ガコン!と水晶の塊が地を離れた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」
大きな、大きなため息をついて。
2人は顔を見合わせて、にっこりと笑った。
「やったね。」
「うん。」
「さぁ、早く帰ろう。」
もう陽はほとんど沈んでしまっている。
鋼人は1枚の皮布を取り出し、丁寧に水晶を包んだ。
それをさらに大きな風呂敷で包み、二人で協力しながら背なに背負う。
のみと槌を入れた嚢は、今度は理子が背負った。
「さあ、行こう!」
その時。
水晶ヶ原を囲む山の稜線のほとんど全てに。
狼と。
野犬と。
そして魔物たちが一堂に会して。
じっと自分たちを見下ろしているのに気づいたのだった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
地形的なものなのか、その土地が持つ『気』のせいなのか――――――――――。
それは定かではありませんがの。
水晶ヶ原には、狼や魔物などが何故か集まるのでございます。
まるで、そこの水晶を護るがごとくに・・・・・。
完全に失念していた、古老の最後の言葉。
これほどの水晶を産しながら、なぜ国の産業にしないのか、ようやくわかった気がする。
――――――――――危険性が高すぎるのだ。
常に『戦う者』が傍にいなければならない。
それも、『破魔のチカラ』を持つ者が。
それは、術師に限られる。
あるいは忍びの者でも、鍛錬を重ねて一定の域に達した者。
そして。
父のように『破魔刀』と破魔の技を使う者。
母もまた、『戦うチカラ』を持っていると聞いた。
実際に見たことはないのだが。
しかし、今。
ここにいる、自分たちは。
『破魔のチカラ』は元より、『戦うチカラ』すら無い――――――――――。
2人は、ぎゅっとお互いを抱きしめた。
護身用の小さな刀なら持っている。
背中に背負った、のみや槌も、いざとなれば武器になるだろう。
しかし、それがどれほどの効果があると言うのだ?
いやだ。
こんな所で死にたくない。
母上に、この水晶を渡したい。
元気になって、微笑む母の顔が見たい。
そんな母を見て喜ぶ父の顔が見たい。
瞬間!!
狼と野犬が宙を飛んだ。
ジャンプして上空から押さえ込む、彼ら特有の戦法だ。
呼応するかのように、魔物たちも空を覆うかのように舞った――――――――――。
「天魔・空龍閃!!」
一瞬にして、自分たちの頭上に降りかからんとした狼や野犬や魔物たちが薙ぎ払われた。
――――――――――空を自在に走る剣戟によって。
突然の衝撃に怯んだ所に舞い降りたのは、黒き疾風。
「地竜・陣円舞!!」
己自身を中心点として、周りのもの全てを滅する剣技。
魔物たちは全て消滅し、狼たちも、恐れをなしたのか、一目散に逃げ散っていった。
「・・・お前らみたいな子供だけで来ちゃいけねぇ、と聞かなかったか?」
責めるのではなく、ただ静かに問われて。
カクン、と膝から、腰から力が抜ける。
へたり込んだ2人を、ひょい、と摘み上げて。
「遅くなったからな。駆けるぞ。」
小さな天使たちを馬に乗せ、大きな身体と長い腕に包み込んで。
文字通り黒き疾風となって諏倭の地を駆け抜けていく。
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館に戻ると、門の所に母が立っているのが見えた。
ひょい、と馬から下ろされる。
母の前に立ち。
――――――――――まず自分たちがしなければならない事、は。
「ごめんなさい、母上・・・・遅くなりました・・・・。」
手を伸ばし。
宙を彷徨って、自分たちの頬に行き当たる。
辿るように頬を撫でて。
ぎゅっと。
自分たちを抱きしめた、その手が震えている。
それに気づいた時。
今の今までこらえていたものが一気に堰を切ってあふれ出た。
「わあぁ―――――――っ!!母上―――!!」
2人同時に泣くから、まさに音声多重放送。
しっかりしているようで、実はまだまだ子供。
微笑ましいと言えばそれまでだが。
このままでは埒が明かない。
黒鋼はぼりぼりと頭を掻いた。
「まず風呂だ。こんなドロドロのなりで座敷に上がるのは許さん。」
ひょいひょい、と引き剥がし。
直接湯殿に放り込む。
「ほら、髪の中もしっかり洗え。」
湯船に浸かりながら呆れた事には。
2人は想像以上に泥だらけで、何度も何度も濯がなければならなかった。
ようやくきれいになり、ぽかり、と湯船に浸かると、どっと疲れが押し寄せてくる。
「こら、風呂で寝るなよ。」
苦笑混じりに言われても、やはり眠い。
「大きな水晶だったな。」
背中からおろした風呂敷包みを見たのだろう。
「水晶ヶ原の水晶には、『命のチカラ』があるって聞いたから・・・・。」
「母上にあげようと思ったの・・・・。」
「そうか。」
それ以上は、問わない。
責めもしない。
自分のした事を、この子達はわかっている。
(俺だって。)
かつて病んだ母の為にどうにかしようと走り回ったことがあったではないか―――――――。
風呂から上がれば、母が待っていた。
身体を拭き、服を着せ、髪を梳かしてくれる。
いくらか元気になったようだ。
「大きなチカラをもらったから。」
そう言って抱きしめてくれる。
(良かった。)
自分たちがしたことは、間違ってはいなかったのだ、と。
心地よい疲れと共に充足感が身体を、そして心を満たしていった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
結局、食事も摂らずに眠りにつき(正確には食事をしながら眠ってしまった)、だいぶ日が高くなってから、空腹感で目が覚めた。
時間的には中途半端。
空腹で半ベソ状態の2人の前に、温かな膳が出された。
卵粥や、軟らかく煮た芋の煮っ転がしなど。
胃に負担をかけない、消化の良いものが並んでいる。
熱いからがつがつと食べることが出来ないのも、それはそれでよい結果のためでもあろう。
忙しく箸を動かすその手が、止まった。
「え?」
ポロ、と。
芋の煮っ転がしを落としてしまった。
呆然とする自分たちと同じような表情で父が問う。
「・・・本当なのか?」
「はい。」
ニコリ、と。
「あのままでは『危なかった』のですが、水晶のおかげで持ち直しました。少しずつですけど、食事もいただけます。」
この子達のおかげで、2つの命が救われました、と。
複雑な表情で父が問いを重ねた。
「で?何時頃だ?」
「年の暮れか年明けには、と。」
またずいぶんややこしい時期だなー、とつぶやく声が、どこか嬉しそうで。
「そうか・・・・やっと授かったか・・・・。」
第1子であるこの双子たちから、7年も間が開き、実はもうあきらめかけていた。
新しい家族がやってくる。
自分たちが、兄に、姉になる。
そしてその命を。
母共々に、自分達が救ったのだ――――――――――。
「弟がいいな。」
「妹がいい!」
「どっちでもきっと可愛いよ。」
「仲良しになろうね。」
諏倭に梅雨の到来を告げる湿った風が、夏の匂いを運んで散っていった。
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