さやさやさやさや。
葉ずれの音が心地よい。
玖楼国では、なかなか聞くことが出来ない音。
聞けないわけではないが、何といってもその『質』が違う気がする。
『緑』の量の差なのだろうか。
それは、瑞々しさに満ちて。
それは、命の息吹に満ちて。
サクラは目を閉じ、うっとりとその音の波に身を任せた。
命が。
魂が。
洗われ、清められて。
再生されていく。
「日本国、お気に召しまして?」
ニコニコと問いかけられた、声。
サクラは目を開け、声の主を見た。
同じように、にっこりとした微笑を返す。
「はい、とっても。・・・知世姫。」
長い黒髪に、そして短いが柔らかな栗色の髪に。
さわやかな風が吹き抜けていく。
皐月の日本国は、異国の来訪者を迎えていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
『夢』の世界から戻ってきたとき。
実際の時間はほとんど経っていなかったと知れた。
まずしなければならなかったのは。
――――――――――『眠り姫』の収容。
黒鋼の腕の中にいるのは。
異国の、そして背なに『翼』を持つ『異形』の人。
どれほど天照が憤慨しようとも、やはり日本国の民には『翼のあるモノ』の存在は『恐ろしいモノ』と認識されてしまう。
何の説明もなしに『その姿』を目にしたら、きっと一騒動では済むまい。
その背なに輝くようにあるのは―――――罪も穢れも知らぬかのような純白の翼なのに。
天使のごとくにファイには見えるが、日本国の者にとっては。
天狗や妖魔のごとく悪しきモノと受け取られかねない。
どうこうしようにも、本人に意識が無く、眠っている状態だ。
「やむをえん。蘇摩、お前の部屋にしばらく匿うように。」
蘇摩の部屋は、医学的な資料なども多いため、他の部屋住みの者より部屋数が多い。
奥まった部屋に大きめの牀台を据え、その翼を掛け布で覆い。
その人は眠り続けていた。
そして、大きなチカラを使ったファイもまた。
ぐっすりと眠り込んで、目覚める気配すら見せなかった。
2人が目覚めない以上、小狼やサクラやモコナが勝手に玖楼国に帰るわけにもいかない。
おのずと逗留することになる。
そうなると時間のつぶし方が問題になってくる。
小狼は本当は黒鋼に剣の稽古をつけてもらいたかったのだが、そうもいかない。
闇の魔王の瘴気にその身を蝕まれている黒鋼には、午前中の鍛錬で自らの衰えを防ぐのに精一杯。
やむなく書物に目を通したのだが、これが意外と面白くて。
挙句は書庫から出てこない、などという事態に陥ってしまった。
そうなるとサクラとモコナは本当に手持ち無沙汰で。
蘇摩やくの一たちに案内されて城内や城下を見学したりもするのだが、それにも飽きてしまう。
では、と知世姫が毎日のように茶に遊びにと招待してくれる。
それも実に手を変え品を変えなものだから、サクラも思わず引き込まれるのだった。
竜宮城で浦島太郎が夢中になったのもこういうことか。
そして今日も。
珍しい菓子が手に入ったから、とお茶会の招待状が異国の姫と魔法生物に届けられた。
「わぁ・・・・・これ・・・美味しい!!」
『かすてら』というお菓子だそうですわ、と説明しながら。
知世姫はニコニコとしていた。
カステラにはこっちのお茶のほうが合う、とモコナが言って。
次元の魔女から『紅茶』を分けてもらった。
有名な紅茶の専門店の茶葉だと言う。
自分が淹れる、と言って、サクラは紅茶を淹れた。
それは、そう。
かの、桜都国で。
ファイに習った、紅茶の淹れ方。
ティーコゼ代わりの綿入れの布を見ながら、ふっと想い出に心を馳せる。
桜都国。
旅もまだ初めの頃。
『夢の中』で、カフェを開いて働いた日々。
(懐かしい。)
あの時が。
――――――――――一番穏やかであったような?
だが、『旅』は終わった。
そう、全てが。
自分が大切に想う人が、今は傍にいる。
そしてあの時道を分けた『仲間』にも、こうして会えた。
父のように、兄のように自分を護ってくれていた黒き疾風に。
遠くを見つめ続けていた、遠い時の人に。
どうか幸せになって欲しい、と願ったことが、どうやら現実になろうとしている。
(良かった。本当に。)
ほう、とため息をついて。
紅茶を静かに淹れた。
「ため息をつくと、幸せが逃げるよ?」
モコナが心配そうに覗き込む。
え?となって、ニコリ、として。
「大丈夫。安心しただけだから。」
「そうですわね。」
本当は、まだファイの、そしてリアンの1件が終わってはいないのだが――――――――――。
「それにしても、意外でしたわ〜。黒鋼がよもや想い人を連れて戻るなど。」
『そんな事』にまるで縁の無かったものですから、と。
それもそうだろう、と、サクラもモコナも苦笑した。
『時の魔女』であったが故に、『映らない』存在。
その近くにいるが故に、『見えるものも見えなくなる』。
知世姫のみならず、次元の魔女ですらその動向を完全には掴みきれなかったのだ。
だから、その想いの深さに気づかなかった。
――――――――――彼の、叫びを聞くまでは。
「――――――――――リアン!!」
めったな事では『人の名』を呼ばぬ彼が、必死で呼びかけた、『名』。
そこに込められた想いの深さ。
ご神木の枝にもたれて眠る黒き影を見るたび、その声が甦る。
おそらく彼は、自らの想いを告げてはいなかっただろう。
いや、自分自身でも気づいていなかったかもしれない。
そして、『あの人』も。
彼の心の内までは、そして自らの心にも、気づきはしていなかっただろう――――――――――。
あの人も、また。
『声』を聞いて見返した、あの表情が。
『愛しき者』を見る目であったのだと。
誰にも言ってはいないが、知世姫はそう思っている。
だが。
「あの2人・・・・ずれますわね・・・・・。」
それは、確信にも満ちて。
想いが繋がってはいても、どうも1本ネジが外れているというか、何というか。
その意味でため息をついた知世姫に、モコナもうーん、と腕組みをする。
「黒鋼もリアンも放っておいたら絶対に一緒にはなれないの〜〜〜。」
もどかしさと、無力感。
はあ、と。
紅茶の湯気とため息とが空に上って消えていく。
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「日本国の結婚式って、どんなのですか?」
「神の前で祝詞を捧げて、『三々九度』と呼ばれる神酒で固めの杯を交わしますの。」
「へえ・・・・・。」
およそ女性にとって、『結婚式』というのは憧れを持って興味をかきたてられる事項の一つだ。
国が違えば、風俗が変わる。
結婚式も千差万別。
お茶の席での話題としてはなかなか似つかわしい。
モコナも、『侑子のいる日本ではいろいろあるのー♪』と説明して。
2人は興味深そうに聞き入った。
「教会式ではねー、指輪を交換してねー、誓いのキスをするのー!!」
「『きす』?」
「ちゅーするのー♪」
「まぁ・・・・・。」
知世姫は思わず頬を染めた。
日本国では、そのような習慣はもとより、人前での接吻など言語道断的なところがある。
あらあら、と笑いに照れを紛らわせた。
一方で。
「え?指輪の交換?」
サクラが問えば。
「うん!花婿さんがー花嫁さんの左手の薬指にはめてー、花嫁さんがー花婿さんにはめるのー。」
「結婚式で?」
「そうだよー。」
「・・・・・・・・・・。」
黙り込んだサクラに、知世姫とモコナは顔を見合わせた。
「どうかなさいましたの?」
「・・・え?・・・あ、いえ、何でもないんです・・・・。」
「サクラ、モコナ気に触る事言った?モコナ解んないよ?!」
「ごめんなさい。モコちゃん、あなたのせいじゃないの。」
サクラはちょっと困ったような顔をした。
「玖楼国では、婚約したら指輪を交換して、結婚したら、それを外すんです・・・・。」
「外した指輪はどうするの?」
「その指輪を、結婚のお祝いに貰ったタペストリーに縫い付けるの。」
「へー・・・・・。」
所変われば品変わる、とはよく言ったものだ。
モコナは『それもステキー!』と喜んでいる。
でも。
「私、はめたままのほうがいいな・・・・・。」
「どうしてそう思われますの?」
知世姫の目に、どこか面白そうな光が浮かんだ。
「だって・・・・やっぱり『外したくない』って思ってしまって・・・・。」
自分と、相手をつないできた指輪を。
「外したら・・・何だか『終わり』って言われてる気が・・・・。」
「そう思ってしまうのも間違いではないのでしょうね・・・・。」
「でもタペストリーに縫い付けるんでしょ?」
「うん・・・・でもやっぱり『自分の身につけておきたい』な・・・・。」
それは、想いの深さが言わせた言葉だろう。
離したくない。
離れたくない。
ずっと、一緒に。
知世姫は、空を仰いで呟いた。
「小さな・・・でも確かな、『絆を結ぶモノ』・・・・・・。」
良いお話を聞かせていただきましたわ、と。
『良い』の意味を普通に取ってしまうのはサクラでなくともそうであろうが。
お茶の席をサクラとモコナが辞してすぐに、装飾品などを作る匠が召し出されて。
そして知世姫の微笑みが果てしなく『黒い』と蘇摩が思ってしまうのは、常日頃のことを鑑みれば致し方の無い事と。
それは、すぐに飛び立って行ってしまいそうな、危うい天女を引き止めるための。
天の羽衣を隠す事無くこの地に留めおく為の。
小さくて、しかし確かな『絆のカタチ』を作り出す、主としてのほんのささやかな心遣いなのであった。
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