「これは、『魔法のステッキ』さ。」
店主である老婆はそう言った。
「これを使えば、誰だって魔法が遣えるようになる。便利なもんさね。」
それは、まるで夢のような。
「中に『魔法の素』が入ってる。その個数だけ魔法が使えるのさ。」
1人1回ずつ使ってみようかということになり。
『5個入り』のを購入した。
「モコナもやりたーい・・・・。」
「私の分を使えばいい。」
『恒常的に』魔法を遣う身には、そのステッキは不要なのだと。
それを聞いて、モコナは嬉しそうにステッキを握り締めた。
「さ〜〜!どんな魔法をかけようかなぁ〜〜〜?」
――――――――――― * ――――――――――
これは、『お遊び』だから、と。
「『羽』のことは考えないで、純粋に楽しもうよ。」
それもそうだ、と小狼は思った。
何でもかんでも魔法に頼ってしまったらどうなるのか。
夕闇色の瞳は折に触れ、そのことを警告していた。
「魔法に頼りすぎる者は、『人間』としての存在意義を失う。」
『生きる為に為すべき事』が為せなくなるのだという。
確かにそうだろう。
魔法でなら簡単に手に入る食料や水なども。
魔法を遣わずに手に入れるには、それ相応の知識や体力、そして『やる気』が必要だ。
『役立たず』にはなりたくない。
それに、この『魔法のステッキ』でかけられる魔法は、比較的簡単なものばかりであるという。
「高等な魔法は掛けられないよ。」
所詮は、そういうレベルのモノ。
お遊びだ。
「じゃあまずはサクラちゃんから〜!」
ステッキを渡されて、サクラは考え込んだ。
確かにお遊びではあるが。
皆が喜んでくれるような魔法を掛けたい・・・・・・。
「決めました!」
にっこり笑ってステッキを振り上げた。
「この部屋に、たくさんのきれいなお花を!レット・マジール・クー!!」
教えられた呪文を唱えて。
ステッキから光が満ち、それが消えると。
「わぁ・・・・きれい、きれい――――――――!!」
モコナが飛び跳ねる。
部屋中に、たくさんの花が出現していた。
それは花瓶にさしてあったり、鉢植えであったり。
「お〜〜!サクラちゃんらしいねぇ〜〜!」
「ま、妥当な線だな。」
いつもなら憮然としているであろう黒き影からも、否定の言葉は出なかったので。
サクラは嬉しそうに、そして満足そうに微笑んだ。
「じゃあ、次は、小狼君!」
「え?!お・・・俺ですか?!ま・・・まだ考えてなくて・・・・!」
わたわたと。
焦るのが可笑しくて、モコナはステッキを手に取った。
「じゃあ、モコナが先にするー!」
「変なの掛けるなよ、白まんじゅう。」
「そんな事言うなら黒鋼をお饅頭にしちゃうのー!!」
「ぜってぇやるなよ、てめぇ!!」
笑いがこぼれて。
「じゃあ、いくよ!!」
「小鳥さんがいっぱい遊びに来て!レット・マジール・クー!!」
「どわあぁぁっっ!!!」
思わず洩れた叫びも宣なるかな。
部屋中に乱舞する、鳥、鳥、鳥。
慌てて小狼が窓を開けると、鳥たちは一斉に外へ飛び立っていった。
あとに残ったのは、髪の乱れた4人と散らばった羽。
「少しやりすぎではなかったか?」
「リアンの髪はくちゃくちゃにならなかったねー?」
頬杖ついて、呆れたように見遣る夕闇色の瞳と、白い魔法生物の会話に黒い影が吼える。
「てめぇら!!他人事面してんじゃねぇ!!」
鳥たちが遠慮したとは気づかない。
その人が『翼を統べるもの』であるなどとは、当時の皆が知る由も無いので。
黒鋼、八つ当たりー♪と跳ね回る白い物体に、黒い影が斬りかかる。
その隙に、というわけではないのだが。
「じゃあ〜〜今度はオレがこれを使ってみよう〜〜。」
ファイがステッキを手に取る。
「魔法を遣っても大丈夫なんですか?」
自ら『魔法は遣わぬ』と宣言した彼だから。
「うん〜〜この魔法は、このステッキの魔法であって、オレの魔法じゃないから〜〜〜。」
へにゃリ、と笑って。
続いて、にや、と笑った。
「黒様のお耳、ワンコのお耳にな〜〜〜れ!レット・マジール・クー!!」
は?!と皆が硬直して振り返る。
光が収まって。
サクラと小狼の目がまん丸に見開かれた。
「く・・・・黒鋼さん・・・・・・。」
力一杯嫌な予感がして。
黒鋼は部屋にあった鏡を見た――――――――――。
「何だ、これは――――――――――っ?!」
硬い髪の上に。
ぴょこん、と立った、三角耳。
まさしくそれは――――――――――犬の耳。
「わー、黒たん、ワンコだー!!」
「・・てっ・・・・てめぇ!!早く元に戻せ!!」
文字通り噛みつかんばかりに詰め寄る黒鋼に、ファイはひたすら笑い転げる。
「黒たん、可愛い――――――――!!」
「斬り捨てっぞ、てめぇ!!」
「あ・・・じゃ・・・俺が!」
慌ててステッキを手に取り。
小狼は呪文を唱えた。
「黒鋼さんに掛けられた魔法を解いて!レット・マジール・クー!!」
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それこそ、止める間も有らばこそ。
やめた方が、という小さな声はかき消されてしまった。
光が収まったとき、皆が見たのは――――――――――。
「おそらくステッキの魔法にファイの魔力が相乗作用を起こしていたんだろう。」
平静そのものの声が解説する。
「従って『強力』なものになった魔法を解除しようとすれば、当然反撃を食らうことになる。」
『反撃』を食らったステッキは。
『あと1回』の魔法の素も巻き込んで。
粉々に砕け散っていた。
そして。
さらに『反動で倍加された』魔法の結果が、そこに。
ちょこん、と。
黒い子犬が、困ったような顔をしてお座りをしていた。
「この魔法は一晩で解除されるようだ。明日の朝には元に戻っているだろう。」
そう言いながら抱き上げれば。
じたばたと暴れて、しかし首筋を撫でられればクウン、と鳴き。
ファイが顔を寄せれば、鼻の上にめいっぱい皺を寄せて威嚇した。
「ありゃ。やっぱり怒ってるねぇ〜〜。」
「当たり前だよー、ファイー・・・・。」
モコナが大きな大きなため息をついた。
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実は借りられたのはたった1室。
ベッドではサクラが相変わらずコロコロしながら寝ている。
ソファの上には、小狼。
本当は固辞したのだが、反動を食らった際にしたたかに腰を打ち付けていたので。
今日はソファで寝るように、と言われて、恐縮しながら眠ったものだった。
センターラグの上には、ファイがモコナと一緒にコートに包まっている。
冬用の大きめのこのコートは、こういう時には実に都合がいい。
そして。
掃き出し窓の傍の柱にもたれて、時の渡り人はただ静かに外を見ていた。
「どうした。眠れぬのか?」
いつもと違って、人前であろうと眠っていた子犬が、傍に来て見上げている。
その紅い瞳は、何を語るのか。
「明日の朝には元に戻る。今は、休め。」
そっと頭を撫でて。
柱にもたれたまま目を閉じたその人に。
子犬は寄り添うように傍に寄り、くるり、と丸くなった。
それは。
どんな姿であろうとも、その人を護ろうとでもするかのように。
――――――――――― * ――――――――――
何故魔法を解除しなかったのか、と問われて。
夕闇色の瞳は静かに笑った。
魔法を解除するには、掛けられた以上の力を持って為す。
しかしその際、魔法耐性の無い身体にいくばくかの影響が出る。
それは『ダメージ』となることは明らかだ。
貴重な戦力である黒鋼に戦線を離脱されるのはどうかと思ってな、と。
「それに朝になれば魔法が消えることが解っていたし。」
それよりも、と。
「小狼の分の魔法が無駄になってしまったな。」
小狼と黒鋼は、自分の望みのために魔法を遣う事が出来なかった。
「俺の分で、小僧に何か、魔法を遣わせてやってくれないか?」
自分のせいなのだから、と。
ふわり、と笑った。
「小狼。」
黒鋼がそう言うから、と小さなビー玉のようなものを渡した。
「・・・これは・・・?」
「あの『魔法の素』と同じ効果がある。」
「呪文も・・・・?」
「同じだ。」
受け取って。
小狼は考えた。
俺の望み。
それは――――――――――。
「ユメのように鮮やかできれいな虹を見せて!レット・マジール・クー!!」
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「きれいー!!」
「とっても素敵なのー!!」
「わあ〜〜これはすごいなあ!!」
感嘆の声が。
心に、心地よくて。
(これが、俺の「望み」。)
皆の『笑顔』が見たい。
その願いは、叶った。
自分の心も、温かくなったようで。
にっこり笑う小狼を見て。
黒き影の顔も、思わずほころんだ。
「済まなかったな。」
「これくらい、おやすい御用だ。」
永遠ともいえる、長い長い時間の流れの中で。
こんなにきれいな虹は見たことが無かったかもしれない――――――――――。
黒鋼はきっとこの虹のきれいさはわからないのー!と言い放って、ドタバタの原因を作った白い物体。
虹そっちのけで大騒ぎを始めた黒と白。
わたわたとそれを止めようとする少年と少女。
「虹の根元には、何がある?」
金の髪に問えば。
微笑む顔が振り返る。
その微笑みに。
残酷なまでの魂の葛藤を。
見抜いたのは、誰よりも『近い』存在であったが故か。
それとも。
あまりにも高い、手の届かぬ域に存在しているが故か。
「その人にとって、最高の宝物が埋まっているんだよ。」
それは、決して得ることの出来ない、『ユメ』。
そして、それ故に。
――――――――――虹は、美しい。
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