「何遍言ったら解るんだよ!!」
それは、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。
「四六時中監視していてどうするんだ!!それじゃあお前も何も出来ねぇだろうが!!」
「もし縁側から落ちたら?火鉢に手を突っ込んだら?!後悔しても取り返しがつかぬのが解らぬと?!」
「だからってずっとついて回るわけにもいかねぇだろうが!!」
「護って何が悪い?!」
「限度ってモノがあるんだよ!!」
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「珍しいなァ。」
まさに、他人事。
剛真は番茶をすすりながら独りごちた。
「あの2人の言い争いなんざ、初めて聞いた気がするがなぁ。」
「そうですねぇ。」
繕い物をしながら、剛真の妻も同じように言った。
「黒鋼はまぁ別としても、ご近習様があのように大きなお声をお上げになるとは・・・。」
日頃の物静かな風をよく知ればこそ、驚天動地、といった所か。
「ま、たまにゃあ良いんじゃねぇか?『雨降って地固まる』とも言うし。」
日本国の家屋では、『密閉性』というものはかなり低い。
通風が良いといえばそれまでだが、プライバシー的なものは守られるとは言いがたい。
ましてや、こんな『大声での口喧嘩』などというものは。
向こう三軒両隣、近隣中に響き渡ると言っても過言ではないだろう。
地域でのコミュニティーと言おうか、皆が協力し合う社会であればこそ許される事でもある。
それでも。
日頃は本当に静かで。
時折赤ん坊の泣き声が聞こえるくらいで、本当に住んでいるのかどうかわからぬほど静かな隣家は。
めったに見られない嵐が吹き荒れているのだった。
事の起こりは。
動き始めた、双子たち。
最初は後ろにずって行くだけだった双子たちは、腕の力がついてきたのか、しっかりと前に這えるようになっていた
そうなると、本当に目が放せない。
ふと振り返ればまったく違う所に居たりもするのだ。
それを追って。
いつも見える――――――――気配が追える位置に居る。
子供たちだけを一心に『見て』。
昼寝の時や夜寝ている間に、大急ぎで用事をこなす。
掃除や、洗濯や、買い物など。
それは、いっぱいいっぱいで。
すでに許容量を越えているであろう事は容易に察しがつく。
何でも、『自分で』やろうとするから。
目が見えない分、負担が大きい。
もちろん自分も家に居る限りは協力しているつもりではあるが。
だから最近は、清涼殿近くの部屋で、軽く眠ってから帰るようになった。
帰れば、寝てなんかいられないから。
それでも具合が悪い時もある。
少しはゆっくり酒を飲みたいと思う時もある。
だが、それこそ独楽鼠のようにノンストップで動いているのを見ると、そうもいかなくなる。
こちらはこちらで。
『精神的なゆとり』とでもいうものが失くなっていた。
よく我慢していたと、自画自賛しているのだが。
それがついに綻びた。
原因は、小さな『けんだま』。
と言っても、本物ではない。
ぬいぐるみのような布製で、中に綿が詰めてある。
それを2つ、作っていた。
何故か、と問えば。
当たり前のことだろう?と言った感じの返事が返る。
本物は、重くて固いから危ない。
1つしかないと喧嘩をする。
ぶち、と何かが切れた。
『重くて危ない』から、代わりのもの?
1つだと喧嘩をして可哀想だから2つ与える?
男親と女親の差なのだろうか。
考えの差が、どうしても埋まらない。
『全て』が子供に向いている。
それも、『過保護』の域で。
気に食わない。
だから――――――――――。
爆発、した。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
ぺた。
ぺた。
リズミカルなようで、でも不規則で。
小さな、小さな音が、ふっと止まった。
「・・・・・・・・。」
はっとして顔を上げる。
慌てて見遣った縁側から。
「・・・・・だぁ?」
それは、見つけた、と言わんばかりに。
顔いっぱいに笑顔をみせて。
小さな小さな双子たちは、ハイハイをして部屋に入ってきた。
寝所に寝かしつけておいたはずだったのだが、騒ぎで目を覚ましたのか。
「襖を閉めておいたのに・・・・。」
手を伸ばそうとするのを、押し留めた。
「何を・・・・・。」
「『来る』のを、待ってやれ。」
ぺた。
ぺた。
ニコニコと。
一生懸命に這ってくる。
そして。
「だぁ!!」
それはそれは、嬉しそうな声で。
膝にたどり着いた――――――――――。
「・・・待っていてくれる、そこにたどり着けるっていうのは、嬉しいもんなんだ。」
ぼそ、と。
外で遊んで、あるいは鍛錬をして。
夕焼け空の中を帰ってくれば。
いつも門の所で待ってくれていた、母。
門から走り出てくるでもなく、ただじっと立ったままで。
その笑顔をもっと見たくて、いつも門に走りこんだ。
ただいま、の声と。
お帰りなさい、の声と。
抱きしめ、顔の汚れを拭ってくれる、その温かさ。
それを。
「教えてやりてぇんだ・・・・この子達に。」
それは、『信じている』から。
『必ず』待っていてくれるから。
どんな時も。
『見ていて』くれるから――――――――――。
「・・・お前が『見えない』分、不安に思うってのは解る。」
すっかりご機嫌の双子の頭を撫でて。
「だが、お前が『いつも見ていてくれる』っていうのは、この子達は解っているはずだ・・・・・。」
気配は、いつも『包みこんで』。
「だから、お前一人がきつきつになってると、この子達だって不安になる。もっと、大きく見てやれよ。」
「・・・・・・・・・でも・・・・・・・・・。」
「お前が一生懸命にやってるのを、ちゃんと見ているさ。」
そう言って。
ちゃぶ台からけんだまを取り、ひょい、と動かした。
「ば?」
「ぶぅ?」
カツン。
カツン。
ひょい、ひょい、と皿に乗る玉に、その目が輝き。
ホイ、と渡されたのを、2人同時に手に取った。
「・・・ぶ・・・・。」
ほんの少し、引っ張りっこをして。
同時に動きを止めた。
「『1つの物』を『2人』で遊ぶにはどうするか・・・・。」
見ていてやれ、と。
気配を辿れば。
どちらからともなく、手を離した。
ごと、と畳の上に落ちる。
すると、1人は玉で、1人は胴の部分で、ベシベシと叩きながら遊び始めた。
「な?心配要らねぇだろ?」
こく、と。
それでも不安げな頷き方に苦笑する。
「子供には子供の遊び方の決まりがある。それは大人が教えるものじゃねぇんだ。」
「でも、それで危険な目に遭ってしまったら・・・・。」
「それを教えるのは、『年長の子供』だ。ずっと家にばかり居ないで、城中の童子達とも遊ばせればいいんだよ。」
実際、城勤めの童子たちは、半分以上の時間を遊んで過ごす。
侍女達などが連れてきた、まだ幼い子達と遊ぶのが通例だ。
「皆が助け合って、子供を『育てる』んだ。お前1人でやるんじゃない。」
「・・・皆で・・・・。」
「そう。何が危なくて、何が安全か。遊びの中で覚えていくんだ。」
四六時中見ている必要はない。
『心』を放さなければ、それでいい。
子供たちは、それで安心して遊ぶことが出来るのだ――――――――――。
だから、もっと。
大らかに、していればいい。
護る事に異存はないが、それは『大きく』包み込めば、それでいい。
あれもこれも、手取り足取り導く必要は。どこにも無い。
「今のお前は、もう限界一杯のはずだ。少しは『手』を『放せ』。」
きっと全てにそうすることは出来まいが。
それでも少しでも、『自分』というものを大切にしてくれるのなら。
それはきっと子供たちにとっても、『嬉しい』ことのはずだ。
そして。
それは――――――――――。
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夜の帳が静かに下りる。
双子たちは、揃って寝息を立てている。
同じリズムで、しかし違って。
命が、確かに息づいて。
自分の血を分けた命が、こうして時を刻む。
こうやって、人は命の連鎖を繋いできたのだと。
改めてその神秘の壮大さに身震いする。
そしてその一翼を、自分が担うことになるとは――――――――――。
大切な、命たち。
大切な、家族。
かつて失ったものだからこそ、今度こそ。
失わないように、護りたい。
そして――――――――――。
「子供たちだけじゃねぇ・・・・・周りも、そして自分自身もちゃんと『見ろ』。」
腕の中で、安心したように眠る、その人に。
それは、安らいでほしいから。
それは、いつまでも共に在ってほしいから。
その為に、護ることを厭いはしない。
だから。
「俺の事も・・・ちゃんと『見て』くれよ・・・・。」
それは、小さな、しかし心からの、『ネガイ』。

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