天津風
雲の通い路 吹き閉じよ
乙女の姿 しばし止めん
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セレスでの傷も癒えて。
近習として勤め始める日が決まっていた。
それまでは、少しの間だけだが、自由。
異国の姫を、その長い腕に包み込んで。
黒き疾風は、馬を走らせていた。
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自分とて。
さほど『暇』というわけではない。
何といっても、とことん衰えた我が身を、何とかして元の域に戻さねばならない。
任務に就くか、眠りを取るか以外の時間は、全て鍛錬に費やしていた。
剛真に言わせれば、『8割方は戻った』ということだが、自分としてはまだまだだと思っている。
それでも今日のように丸1日空いているような時には、ようやく床を払った想い人を、あちこちに連れ出すのが常だった。
ある日はあちらの山。
またある日はこちらの川。
またある時は、有名な社――――――――――。
『見せて』やりたい。
たとえ、その目に映ることはなくとも。
この日本国の、美しさを、素晴らしさを。
どうにかして、教えたい――――――――――。
そして、今日は。
白鷺城からは少し離れた山の中腹に広がる草原に、馬を駆ってきたのだった。
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「いい風だろ。」
さわやかに吹き抜ける風。
早くも秋の気配を見せる草原は、風さえも柔らかい。
1人、佇んで。
風を受けるその人を見遣りながら、少し離れた所に腰を下ろした。
まるで、流れ落ちる水を受けるかのように。
掌を上に向け、風を受け止めている。
この人にとっては。
吹き抜ける風さえも、まるで水であるかの如くに質量を持つのだろうか。
風は衣の裾を揺らし、草原を渡ってゆく。
ザアッ!!っと。
一陣の風が吹き抜けた――――――――――。
「・・・・・・・・・・・!!!」
それは、一瞬の、事。
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「・・・・・・・・・黒鋼・・・・?」
てしてし、と。
小さく胸を叩く。
我に返れば。
自分は思いっきり抱きすくめていて――――――――――。
さすがに苦しい体勢になっていると訴えているものだった。
「あ・・・・す・・・すまねぇ・・・・・。」
ほんの少し、力は緩めたが。
それでも肩をしっかりと抱いた手が、離れない。
それは、自分の意思に反して。
どうあっても、手が離れないのだ――――――――――。
そして、それは微かに震えていて。
「どうかした・・・・?」
問われて、すぐに答が出てこない。
自分は、何故?
一つ一つ思い出そうと試みる。
風が吹いて。
衣の裾が、袖が、大きく風を受けてはためいた。
――――――――――そこまでは覚えている。
その先が、思い出せない。
自分は――――――――――何故?
ようやっとのことで、肩から手を剥がす。
微かに震えを残す手を、じっと見遣った。
何故、この手は震えている?
何に怯えていると?
もう一度。
風が吹いた――――――――――。
(・・・・・・・・・・・これか・・・・・・・・!!)
風が吹いて、衣がなびいた。
それが、連想させたのだ。
「――――――――――お前が、風に乗って、行ってしまいそうだった。」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔を向けてくる。
それは、当たり前の反応だろう。
自分の発想は、あまりにも唐突で。
だが。
この人は、『翼を統べる者』。
今は畳んでいるとはいえ、その背なに、気高き翼を持つ。
何処の誰よりも、風を受け、風に乗ることを巧みとするだろう。
それは、言い換えれば。
風に連れ去られてしまいそうで。
自分の手の届かない、遠くへ。
風にさらわれていってしまいそうで。
それを『怖い』と。
『失いたくない』と。
思った身体が、無意識に、反射的に、抱きとめたのだ。
「――――――――――何処にも、行くな・・・・・・。」
それは、ネガイ。
たった一つの。
心からの、ネガイ。
『二度と』失いたくない。
『愛する者』を、目の前で。
父のように。
母のように。
――――――――――だから。
「・・・何処にも、行かない。私は、ここに、居る。」
光映さぬ瞳が、優しげに細められて。
宙を彷徨った手が、己の頬を滑る。
「此処は、もう私の『故郷』だから。」
その手を、そっと、握り締めた。
「風になんか、連れていかせねぇ。・・・・・・・・ここに、ずっと。」
在るべき場所は、自分の、この腕の中に。
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