「・・・これを『決めた』のは、『男性』だな。」
「・・・どうして解るんですか?」
「『解っていない』からだよ。」
1本、すい、と手に取った。
見事に咲いた、真紅のバラの花。
「『贈られた相手』が、どう思うか、なんて事をまるで解っていない。」
少し香りを嗅いで、ふん、と。
「目も回るし、始末にも困る。それこそ逆効果だ。」
面倒くさそうに、花活けに放り込む。
「はっきり言って―――――――『迷惑』、だ。」
『真紅のバラ』に埋め尽くされた部屋で。
『時の魔女』の二つ名を持つ魔術師は、吐き捨てるように言った。
――――――――――― * ――――――――――
「ほな、はよ帰ってきぃや〜〜〜気ぃつけてなぁ〜〜〜。」
大きく手を振る空汰に、嵐は苦笑した。
空汰と嵐。
かつて阪神共和国で出会った『魂を同じくする別人』と同様に、2人はここでは宿屋を営んでいた。
クールな嵐と、『嵐ラブ』の空汰と。
『変わらない』2人に、皆の顔が思わずほころんだ。
リアン自身は2人に面識はなかったが。
気さくな2人に、皆も進んで仕事を手伝ったりする。
たまたま嵐、サクラ、そしてリアンの女組で買い出しに行く事になった。
メインストリートで開かれている朝市で。
あれこれと買い物をする。
小さな妹を見守る姉たちのような、そんな2人だったのだが。
さあ帰ろうか、という時になって、突然呼び止められた。
「我が主が、ぜひ10時のお茶にご招待したい、と申しております。」
慇懃無礼な風の執事らしき男が丁寧に頭を下げる。
(この、バッジ・・・・。)
男の胸元に、小さく、しかし存在感を持って在るバッジを目に留めて、嵐はささやいた。
「・・・この人・・・『デューカさん』のお使者ですわ。」
「『デューカさん』?」
「この国1番の実力者。その権力は王様をも凌ぎます。」
となれば、此処で断るのは、この国に住む嵐たちにとっては、先々不利なことになるだろう。
通りすがりの旅人である自分たちの短慮は避けなければならない。
さしずめ、愛らしいサクラか、楚々とした美しさを持つ嵐を目に留めたというところか。
「お使者の方に申し上げる。」
「何なりと。」
「ご招待の儀、真に有り難き事なれど、今我らはこのとおり買い物の帰途。傷みやすい荷物もある。」
「はい。」
「されど無碍にお断りするのも失礼かと存ずる。もしお差し支えなくば、日時を改めていただければ幸い。」
「至極もっともなお申し出。如何させていただければよろしいでしょうか。」
「我らは皆一所に居る。宿屋ゆえ、お判りになられよう。」
「承知いたしました。では、改めてお伺いさせていただきます。」
丁寧に頭を下げて、執事の男は立ち去った。
「これで良かったかな?」
「・・・たぶん・・・・・。」
嵐としても、初めての経験なのだろう。
困ったような顔をしている。
宿に戻って、その事を話せば。
「何でその場でスパッと断らへんねん!!」
空汰が烈火の如くに怒り始めた。
「いくら『デューカはん』でも、人の嫁はんに手ぇ出させへんで!!」
「・・・私、とは限らないし・・・・。」
目に留まったのはサクラさんかも、と。
小狼の顔がヒクリ、と引きつる。
「ハニーに決まってる!!世界で一番別嬪なんはハニーやからな!!」
素で惚気るところは空汰の『いい所』なのかもしれない。
「まぁ、相手の思惑を確かめてからでも遅くはあるまい。」
嵐なのか、サクラなのか、相手によって対処が変わる、と。
爆発しまくっている空汰を、嵐と2人でまあまあ、となだめる。
それを見て、ファイがぼそ、と呟いた。
「何で誰も『目に留まった』のがリアンさんだ、って思わないのかな?」
一瞬で。
背後の黒い疾風の『気』が変わったのを感じて、ファイは、にひゃら、と笑った。
(あ〜解りやすい・・・・。)
「まぁ、女の人にしちゃ背も高いし〜〜ちょっと近づき難い所もあるかな〜〜〜?」
言い訳がましく付け加えてみるが。
もちろん背後の『気』の剣呑さは変わらない。
チリン、チリン。
「は〜〜〜い〜〜〜。」
玄関の呼び鈴に、代わりにファイが出る。
「あ、どうぞ〜〜今ちょっと取り込んでますけど〜〜。」
そういって、案内してきたのは。
「あ、さっきの・・・・。」
『デューカ』の執事。
「改めてお言伝を伝えに参りました。」
さすがにそれだけの実力者の執事を務めるだけはある。
空汰の、小狼の、そして黒鋼の殺気立った視線をものともしていない。
(これはこれで敬意を表すべきだな。)
感心のしどころが多少ずれている点はさておき。
「我が主には、ぜひ貴女様を本日のお昼のお茶にお招きしたいとの意向でございます。」
その言葉と視線が、まっすぐに『自分だけ』に向けられているのを知って。
『鳩が豆鉄砲を食らった』状態の夕闇色の瞳は、ただぱちくりとするのみ。
「・・・は?私?・・・なのか??」
「さようでございます。」
「こちらの方々ではなく?」
「はい、貴女様、ただお1人でございます。」
「・・・・・・・・・・・・物好きな。」
最後のは、本当に小さな呟きであったが。
「『お返事』をいただきとう存じます。」
その声音に、微かな恫喝を感じとって。
ほんの少し、その眉根を寄せた。
うかつな行動はできない。
この国に、空汰や嵐はこれからも暮らすのだ。
『実力者』との諍いは、極力避けなければ。
別に、ただ『お昼のお茶』に招かれただけだ――――――――――。
「では、喜んでお招きに応じよう。」
「心得ました。では、20分前にお迎えに参じます。」
執事は丁寧に礼をして帰っていった。
それを見送り。
大きな、大きなため息をついた。
「嵐さんが狙いだと思っていたんだが。」
「冗談やないで!何でハニーが目ぇつけられなアカンねん!!」
空汰は頭から機関車のように湯気を立てて叫んだ。
『一番の別嬪だから、目に留まったのは嵐に決まっている』と言っていたのは、何処の誰だろうか。
「まぁ、『被害』は最小に抑えられた、とも言えるが・・・・。」
頬をぽりぽりと掻き。
あからさまに『面倒だ』という仕草をする。
お茶でも飲もうかな、と行きかける、その前を黒い影が塞いだ。
「・・・・・・・・・行くのか。」
「行かぬわけにはいくまいよ。」
剣呑さを通り越して、殺気で言葉の1つ1つが刃のようであるのに。
さらり、とそれをかわす。
「嵐さん、その『なんたら』とやらの、基本的な情報を教えてもらいたい。」
「わかりました。」
「ねーちゃん、名前覚える気、あらへんやろ。」
「幸か不幸か、持ち合わせてはいない。」
正直やなー!と空汰は笑った。
嵐は何やら本を出してきてそれを開き、『ここに書いてある』といった様子で示す。
それを読み。
何やらぶつぶつと繰り返している。
おそらくは『情報』を頭に『叩き込んで』いるのだろう。
うかつな行動や言動が出来ない以上、『相手を知る』ことは必要不可欠だ。
いらいらいらいら。
黒い影の苛立ちのボルテージはどんどん上がっている。
ファイは、そして小狼も、それと感じて。
だからといってどうしようもないので、互いを見遣って肩をすくめるしかない。
お昼のきっかり『20分』前に。
執事は迎えに来た。
************************************************
「こちらでございます。」
執事が案内した部屋は、比較的シンプルな造りの部屋だった。
いわゆる『応接室』か。
客のランクなどから判断すれば、比較的公的度合いの少ない相手に対する部屋のように思われる。
この国で『昼食』といえば、お茶を中心として少量の菓子をつまむ程度の非常に軽いものだ。
ついでに言うなら、朝食は果物や野菜を中心に穀類を少々。
10時と3時にはお茶と軽いお菓子。
夕食は始まる時間が早いが、質・量共にかなり『重い』物である。
部屋には大きな吐き出し窓があり、テラスらしき所に繋がっていた。
「お待たせしました。ようこそ、お嬢さん。」
少し低めの、声がして。
少々煌びやかな態の青年が入ってきた。
「わざわざお招きいただき、ありがとうございます。」
「何のこちらこそ、突然の申し出を快くお受けいただき、天にも上る心地です。・・・さあ、どうぞ。」
勧められて、席に着く。
向い側に座った青年は、鷹揚な態度で尋ねた。
「失礼ですが、貴女のお名前は?」
空汰なら、『知らんで誘うたんかい!!』とでもツッコミを入れるところだろう。
さっさとその『人物』の鑑定を終えて、目を半眼にしながら低く、呟くように答えた。
「人に名を問うならば、まず己から名乗るが礼儀というものではないのか。」
「ごもっともな仰せです。・・・失礼いたしました。私、デューカと申します。貴女は?」
「我が名は、リアン。・・・ひとつ、お尋ねしたき事があるが、よろしいか。」
「どうぞ。」
「何ゆえの、『お招き』であろうか?」
青年――――――――――デューカは、リアンの手を取ってニコリ、と笑った。
「これからも幾久しくお付き合いいただきたい。――――――――――『未来の妻』として。」
――――――――――― * ――――――――――
とりあえず、その場は徹底的に拒否の姿勢を貫いた。
元からそんなつもりは毛頭無い。
自分は旅人で、仲間がいて、ということも言った。
デューカは、ニコニコと聞いていたが。
「つまり、全然理解してなかったというわけだな。」
(『魔女』が本気で怒ったらどうなるか、という事を教えに行ってあげたほうがいいかなぁ?)
などと、これまた見当外れな感想をファイが思い浮かべてしまうほど。
――――――――――ファイにこんな感想を抱かせる点で『終わっている』かもしれないが。
もちろん黒い影の不機嫌度はMAXを遙かに越えているようだし。
「しかし、デューカはんも大胆っちゅうか、何ちゅうか・・・。」
さすがの空汰もフォローしきれないようだ。
部屋いっぱいに埋め尽くされた、真紅のバラ。
「確かに女性に花を贈るっていうのはよくある事のようですが・・・・・。」
小狼も苦笑いを隠しきれない。
「どうしてバラの、それも『真紅』1色なんでしょう?」
『花』を贈るなら、もう少し種類を混ぜても良さそうなものなのに。
「・・・まぁ確かに花言葉は『私は貴女を愛する』だったが・・・・。」
ぴく。
「いや、それだけやあらへんねん。これはこの国の習慣なんや。」
「習慣?」
空汰はバラを見て、盛大にため息をついた。
「『求婚』する相手にな、1000本のバラを贈るんや。」
ぴくぴく。
「・・・えぇーっ?!『求婚』って・・・・!!」
思わず小狼が素っ頓狂な声を上げた。
サクラも口に手を当てて、まさか、といった表情。
「なんや?このねーちゃんが『求婚』されたら、そんなに意外なんか?」
「い・・いえ・・・そうじゃなく・・・・。」
『そんな形』で。
自分たちから、旅の仲間としての存在から、『奪われる』のか、と。
ぴくぴくぴく。
握り締めた拳が白くなっていく。
空汰は気づく事無く、説明を続けた。
「まず相手に999本の真紅のバラを贈るんや。それから1本持って求婚の言葉を言う。合わせて1000本やな。」
「空汰さんも、やったんですか?」
「・・あ・・・いや・・・・・。」
サクラの問いに、空汰は頭を掻いた。
「わい、その時めちゃめちゃ貧乏でな・・・・そんなにようけ(注・たくさん)のバラ、よう買えへんかったねん。」
「じゃあどうしたんですか?」
「1本だけ買うた・・・・いや、1本だけ『買えた』ねん。そやけど、その店の真紅のバラの中で一番キレイな奴を選んだ。」
「・・・1000本のバラよりも、ずっとずっと・・・・嬉しかったんです。」
頬を染め、顔を伏せて嵐は言った。
「精一杯の気持ちを一生懸命示してもらえて・・・・嬉しかった。」
そのバラが、どれほど輝いていたか――――――――――皆は想像できる気がした。
想いの全てを込めた1本のバラ。
たった1輪の、その煌きは、1000本、いや万本、億本のバラをも凌いだだろう。
「その辺の心意気、ぜひともあの、ワケの解らん『なんたら』にも教えてやってもらいたいもんだな。」
「ねーちゃん、ホンマに名前覚える気、あらへんなー。」
「覚えたくもない。」
めっちゃ正直や!!と笑って手を叩き。
これでええか?と大きな鍋を持ってきた。
「これでいい。」
「何するんですか?」
きょとんとする皆の目の前で、いきなりバラの花びらを次々とむしり始めた。
「あ!!」
「もったいな〜〜〜い・・・・・。」
「一応バラの花に罪は無いからな。有効活用してやるだけのことだ。」
嵐や空汰も苦笑しながら花びらをむしり、次々と鍋に入れていく。
さらに嵐は大きな籠も持ってきて、それにも花びらを山盛りに入れた。
「しかしさすがに999本もあると、花びらもようけ有るなー。」
感心したように空汰が呟く。
実際、かなりの量だ。
「今日は『バラの花びら風呂』ですね。」
嵐は大浴場の方へ行った。此処の風呂は各部屋に付いているのではなく、共用なのだ。
「いや〜〜〜女性には良いかも知れないけど〜〜〜。」
ファイが苦笑いする。
「まあたまにはこんな風呂入って、しっかり男を磨いたらええやろ。」
「バラの匂いがつきませんか?」
「香水よりは柔らかい香りやろうから、兄ちゃんたち、モテモテになるかも知れんぞ〜〜〜。」
そやけど、わいはハニー一筋やで!!と叫ぶことも忘れない。
よいせよいせ、と大鍋を運んでいった台所からは、いつしか甘い香りが漂い始めていた。
――――――――――― * ――――――――――
たいていの事には、全くといっていいほど動じないこの人だが。
さすがにゲンナリとしているのが見て取れる。
もはや日課と化しているような、お茶の招待。
そして毎日のように届けられる『贈り物』。
極めつけはもちろん、あの『999本のバラ』だ。
最初こそは少し羨ましい、とさえ思ったサクラだったが、さすがに同情を禁じえない様子だ。
「早く『羽』を見つけましょう!」
小狼の提案で、皆それぞれに情報収集に走っている。
そう。
サクラの『羽』さえ手に入れば、この国には『用』は無い。
「・・・・そんなに簡単な事ではないのだがな・・・・・。」
疲れたように、ぼそり、と呟いた。
「・・・・・・あんな奴が、好みなのか。」
はっと口を押さえた。
幸い、他には誰もいない。
疲れたような、しかし少し驚いたような、夕闇色の瞳が自分を見るのがいたたまれなくて。
黒い影は足音荒く、宿を出て行った。
宿が見えなくなるあたりで立ち止まり。
ため息1つ、苛立たしげに吐き出した。
いらいらする。
999本のバラを見て、あれほど吐き捨てるように侮蔑の言葉を口にしたというのに。
(何で招待を受けるんだ。)
それも、毎日。
そしてこれまた毎日届けられる『贈り物』。
見ないわけにはいかない、といって開封し、中を見てため息をついて蓋を閉める。
もしかして、それは自分たちへのポーズなのか?
本当は、『嬉しい』のか?
いくらこの国の実力者だといっても。
(俺たちから『奪う』つもりか。)
「・・・・違う・・・・。」
思わず漏れた声は、どこか弱かった。
(『あいつ』には、俺たちのような『旅の必要性』が無い。)
ただ単に、モコナが次元移動できないから、回復するまでということで共に居るに過ぎない。
モコナが回復すれば、袂を別つだろう。
それは、初めからの条件ではないか。
それだったら――――――――――ここで。
この国一番の実力者に見初められたのなら、まさに玉の輿、女冥利に尽きるという所だろう。
自分たちは、それを喜んでやるべきではないのか?
祝ってやるべきでは――――――――――。
「・・・・冗談じゃねぇ。」
誰が、あんな奴に。
(頼まれたって、『渡さねぇ』。)
そうだ、白まんじゅうだって、まだ回復したとは言い難いんだ。
あいつが居なけりゃ、俺達の旅が続かねぇ。
この国一番の実力者かなんだか知らねぇが、そんな事知ったこっちゃない。
それでも、もし。
あいつの『心』があの男に向き始めているのなら――――――――――。
「『何か』贈りゃいいのか・・・・?」
小狼は、女性に花を贈ることはある、と言っていた。
しかしあのバラ攻撃の後だ、花はむしろ逆効果だろう。
(では、『物』か?)
しかし、『何』を贈ればいいのかが解らない。
日本国では、女性に何か贈るなんて事はしたことが無かった。
諏倭で母に、というのはあったが、それは『母』に対してだ。
『あかの他人の女性』という存在に対してではない。
――――――――――宝石。
(あの野郎の方がきっといい物贈っている。)
相手は当然『金持ち』だ。
それこそ金に糸目をつけず、なんてこともできるだろう。
つまらない物を贈っても、無駄だろう、と考えた。
――――――――――服。
知世姫も天照も、結構衣装持ちだった。
同じ服装と言うのは、あまり見た事が無い気がする。
しかし自分たちは今、旅の空の下。
服なんて、いわゆる『着たきりすずめ』だ。
『女性』なら、やはり多い方がいいのではないだろうか。
煌びやかな衣装は、あの男が贈っているようだが、『旅に有用な』服なら?
「・・・・・・・・・・。」
首を振った。
『好み』の押し付けほど、迷惑なものは無い。
だいいち。
(俺なんかが選ぶのは。)
最初から、無理な話だ。
「ピピピピィ――――――――――ッ!!」
けたたましい鳥の鳴き声に、はっとして顔をあげた。
見ると、目の前の木の上に鳥の巣があり―――――――シュルリ、と蛇がにじり寄っているのだった。
鳴き声は、親鳥のものらしい。
巣の中では、モコ、とふわふわしたものが動いている。
雛を、狙っている。
一瞬刀子を取り出しかけたが、蛇とても生きているのだと思い直し。
辺りを見渡し、小石を2つ、拾った。
ヒュッ!!
音を立てて飛んだ石は、蛇がその身を絡める枝に命中し、パキリ、と折った。
蛇は落下し、真下にあった水路にボチャン、と落ちた。
見ていると、そのまま泳いでいく。
(とりあえずは、『殺生』はしなかったな。)
もちろんこれには呪は関係ないが。
「がんばって雛を育ててやれよ。」
親鳥にそう声をかけて。
とにかく『羽』だ、と改めて歩き始めた。
************************************************
今日の『贈り物』は豪奢なネックレスだった。
さすがにもう『花』は贈ってこないが。
宝飾品だの、様々な衣装だの。
挙句は周りから攻め落とせといわんばかりに、サクラや嵐にまで贈り物が来る。
もちろん空汰が大爆発しているのは、いうまでもない。
――――――――――これでは。
『羽』が手に入ったとて、すぐに去ることが出来ない。
(『上手な』去り方をしなければ。)
後に残る嵐や空汰が心配だ。
今までの語らいなどから、見抜いたことであったのだが。
デューカは。
(あの男・・・冷酷で、残忍だ。)
もちろんそうでなければ、あの若さで国王をも凌ぐ実力者として君臨することは出来まい。
にこやかで、柔らかな物腰との二面性。
おそらく普通に、やれお茶だダンスだなどという付き合いであったなら、一生解らないかもしれない。
それほど巧みに隠された、『裏』。
気づいたのは、この人ならではというところか。
おのずと慎重な対応が要求される。
身も心も異常なほどに疲れきってはいるが、此処は何とか思考をフル回転させた。
出てきたのは、1つの結論。
夕食の後、物陰に黒鋼を呼んで。
そっと告げた。
「頼みがある・・・お前にしか出来ないことだ。」
紅玉の瞳に、炎が揺らめいた。
――――――――――― * ――――――――――
翌日。
「このような時間を過ごせるのは、まさに天のお導きです。」
デューカはその手をとらんばかりにして庭を案内する。
見事に整備された庭には、さまざまなバラが植えられていた。
「この国には、『バラ』しかないんですね。」
それはずっと感じてきた『疑問』。
「えぇ、そうです。此処の土地の成分か何かが、他の花が育つのに適さないそうです。」
よどみない答と共に、1本の真紅のバラが差し出された。
「これは、私の『気持ち』です。どうかお受け取りいただきたい。」
その声に、その声音に。
『裏』と恫喝を見抜くほどの相手であったのだと、デューカは知る由も無い。
「私からの返事は、『これ』です。」
すい、と差し出されたのは。
「・・・・・・・。」
小輪の、黄色いバラ。
「・・・・あなたの『心』は?」
風が、『気』を険しくした。
「『笑って、別れましょう』。」
デューカの周りの空気が、一気に温度を下げた。
「この国は、とても素晴らしい。気候も、風土も、人も、そして――――――――――貴方、も。」
お世辞であることはこの際抜きとして。
「されど私は旅人。ある目的を果たす為に永遠の時を渡り歩く者。」
「目的など、どうでもよいではないか。何故私の傍に居ることを拒む?」
その口調が変化していることを、自分で気づいているのかどうか。
「我が旅の果てには、大いなる危難が待ち受ける。それに貴方を巻き込むのは、あまりにも心苦しい。」
「私は、旅などどうでもよい、と言っているのだ。」
「・・・貴方に、『ネガイ』はないか?」
「『ネガイ』?・・・それは、あるが。」
「『ネガイ』は、生きるための目標。その者にとって、かけがえの無い、生きるためのよすが。」
「そんなもの。」
「それは絶対不可侵なるもの。如何にこの国一番の実力者と言えども、それを冒すことは許されぬ。」
「そのようなもの、与り知らぬ。」
「お心には深く感謝するが、己自身の誇りと尊厳にかけて、これは曲げられぬ。」
「・・・では、どうあっても、此処から去る、と?」
「私が返事に『黒赤色のバラ』を差し出さなかったことをむしろ喜んでいただきたいが。」
デューカの形相が、一気に変化した。
「我が意に沿わぬ者よ。私は『命令』しているのだ。・・・『此処に居ろ』、とな。」
空気は一瞬で闇の色に染まった。
************************************************
「お前にしか、出来ぬことなのだ。」
(こういう意味かよ。)
目の前のモノを見て、一人納得する。
双頭の、グリフォン。
ぽりぽりと身体を掻いたりしているが、攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
その足元にそっと身体を滑らせ、地下への入り口を探す。
(ここか。)
細い隙間がある。
身体は大きいとはいえ、そこは忍者。
難なく入り込んだ。
そこは、地下通路らしい。
いかにも、といった感じで、どこか湿っぽい。
灯りはつけない。
この場所で要求されるのは、『夜目が利く事』と、『気配を辿れること』だ。
相手にその存在を知らしめないためには、灯りはつけないのが無難。
これだけなら、別に小狼でもよいのだが。
問題は、先ほどの、グリフォン。
あの男が放った防衛兵器、とでもいおうか。
あのグリフォンは、目が見えない。
その代わり、凄まじい『感覚』を持っている。
『魔力』と『人の気配』をかなり離れた所からでも察知する。
『魔力』を使わずに『気配』を消せるのは、黒鋼、お前だけだ。
その足元にある、秘密の入り口に到達するためには、『存在』を消さねばならない。
「お前の『魔法』で何とかできねぇのか?」
エステリアランドでやったように、と。
リアンは首を横に振った。
「あの男が館の『中』にいると、防御システムが働く。せめて庭に連れ出す必要がある。」
「それをお前がやるってのか?」
「『お庭を拝見したいです』とでも言えば、案内してくれるだろうさ。」
「・・・・囮になる、ってのか・・・・。」
眉間の皺が増える。
「そうなると、遠隔操作になるのでな。さすがに会話しながら色々やるのは骨が折れる。」
言葉の一つ一つにも気を遣わねばならないのだから。
「頼めるか?」
「俺が尻込みするとでも思ってんのか。」
ふわ、と笑った、その顔に。
沸き起こる、この感情は。
黒鋼は、頭を振った。
(早く終わらせねぇと。)
通路の先、小さな扉。
そろり、と開ければ。
(・・宝物庫、か・・・・・。)
およそ中身に興味はないが。
目当てのものは――――――――――。
「・・・あった・・・・・。」
ガラスケースに納められた、『サクラの羽』。
しかし、その周りには、幾重にも鎖が巻きついている。
だからといって、それが黒鋼にとってどれほどの障害となるというのか。
鎖は『蒼氷』の一閃でバラバラに砕けて落ちた。
そっとケースごと懐に入れる。
「・・・・よし。」
(急がねぇと・・・。)
元来た道を駆け戻った。
グリフォンの足元をくぐり抜け。
一気に庭へと走る。
「――――――――――?!」
『抱き合う』2人が見えた。
一瞬、かっと血が上る。
――――――――――しかし、よくよく見れば。
「貴様ぁっ!!その手を放しやがれ!!」
デューカの両手は、リアンの首を締め上げていた。
――――――――――― * ――――――――――
物々しい一団が街を走った。
何事かと目を見張る人々を完全に無視して。
黒い奔流は宿屋の前に止まった。
「あ!!デューカはんやないですか!!もうええんですか?!」
全く予想していなかった反応に、ぎらぎらした殺気を漲らせて先頭に立っていたデューカは目を丸くした。
「・・・何?!」
「良かった!!もうすっかりええんですな!!・・・・嵐!!嵐!!デューカはんが来はったで!!」
家の中に呼びかければ。
タオルで手を拭きながら嵐が出てきた。
「まぁ!デューカさん!良かったですわ、お元気そうで!!今お茶の支度をしますわね!!」
「??????」
「ほら、小狼、何しとんねん、さっさとそこの掃除終わらさんかい!ファイはテラスにテーブルと椅子出して!!」
「は・・・・はい!!」
「宿代分、しっかり働いてもらわんとな!!」
呆然とするデューカ一行には目もくれず、あわただしく小狼とファイが走り回る。
「主人。」
「あ、空汰って呼んでくれはったらええでっせ〜〜。」
「・・では、空汰、この者達は、『あの人』の連れではないのか?」
「あの人?」
ちょっと考えて、ああ!と手を打った。
「ちゃいます、ちゃいます。この人らは別口ですわ。・・・ほら。」
空汰は『宿帳』を持ってきて、ホンマは他人さんには見せたらアカンのでっせ、と言いながらページを開いた。
『到着○月×日 リアン 女性1名 205号室 出発○月☆日』
『到着○月△日 黒鋼 男性1名 101号室 出発○月☆日』
『到着○月◇日 ファイ・小狼・サクラ 男性2名・女性1名 103号室・203号室』
親戚同士やそうですわ、とファイたちを説明した。
「仕度出来ました。どうぞ。」
小狼が報告に来る。
「実はこのお人ら『文無し』でしてん。せやから、宿代代わりにアルバイトしとるんですわ。」
さあどうぞ、とテラス席に案内する。
デューカが座ると、嵐とサクラがお茶を持ってきた。
「どうぞ。」
「・・・・・・・・・。」
狐につままれたような。
困惑顔でお茶を口に運ぶ。
「?!」
「『ロシアンティー』っちゅうそうですわ。ジャムを入れて飲むんやけんど、それ、解りまっか?」
「・・・・バラ?」
「そうです!!デューカはんが贈った、あの999本のバラで作らはりましてん!!」
男のロマンの、ええ香りでっしゃろ〜〜、と。
「『心は大切にせねば』と言っておられましたわ。」
にっこりとして嵐が付け加える。
――――――――――どういうことだ?
理解できないデューカを尻目に、空汰と嵐の会話は続く。
「せやけど、ビックリしましたわ〜〜まさかデューカはんに、『悪い魔物』がとり憑いてるやなんて〜〜。」
「黒鋼さんが『魔物退治のハンター』だったのが良かったですわね。」
「ハンター?魔物?」
「・・あれ?デューカはん、何も聞いてはらへんのですか?」
それはいかにも驚いたという風に。
実は、貴方に『とても悪い魔物』がとり憑いていたそうなんです。
でも、無理に浄化しようとすると、貴方の命が危うくなる。
ですから、その魔物が『貴方を支配して悪事をしようとする』状況に追い込んで、一気に浄化したそうです。
もう大丈夫です。
魔物はきれいに浄化されました――――――――――。
それは、『こう言ってくれ』と。
頼まれた事だとは、おくびにも出さない。
「リアンさんが『囮』になって『魔物』を引きずり出したなんて・・・真似できませんわ。」
「『囮』?」
「デューカはんは、自分なんかを大事にしてくれた『ええ人』やから、恩返しやって言うたはりましたわ〜。」
カチャン。
ティーカップを持つ手が震えている。
「デューカはん?」
デューカは顔を伏せた――――――――――。
************************************************
「貴様ぁっ!!その手を放しやがれ!!」
その声が聞こえたとき。
自分の意識は、『内側』にあった。
見えているのに、自分が何をしているのかわかっているのに。
『止められない』。
自分は、『この人をこそ』と願ったその人の、白い喉に渾身の力を込めて指を食い込ませていた。
その顔が、苦しそうに歪むのを。
はっきりと認識していた。
そして、足元に光があふれ出し。
衝撃が走って、『何か』が身体から抜けていくのを確かに感じた。
そして意識もまた薄れゆく中で。
黒い影が、『あの人』を抱きかかえて後退りするのをはっきりと見た。
その、仕草が。
愛しい者を抱く仕草だ、と思った。
『奪われた』と。
そう思ったから――――――――――此処へ来た。
だが。
「私のために、自ら危地に・・・・。」
「・・・ひどく喉を傷めておられて・・・この国では治せない、とすでに旅立たれました。」
「・・・『一緒』に?」
「はい。自分の魔物退治で傷を負わせることになったから、責任を持ってよい医者に診せる、と。」
風が、そよ、と吹く。
「そうか・・・・・もう行ってしまったのか・・・・・。」
闇のように冷酷な内面に相反するが如く、その心は純粋であるようだった。
「それと、これはいただくわけにはいかないから、と言って。」
嵐が示した箱には、毎日のように贈った品々が、きちんと納められていた。
そして一番上には。
――――――――――深く、少しくすんだピンクのバラ。
花言葉は、『感謝』。
「・・・・・・そうか・・・・・。」
包むようにその意思を見せるバラの花に、デューカはそっと頬を寄せた。
「いつかまた出会うことがあったら・・・・心からのお詫びと感謝を伝えねば・・・・。」
「きっと、会えますわ。」
にっこりとして嵐は言った。
その背後を、ファイとサクラが大きな荷物をよいせよいせ、と運んでいる。
「空汰さん、これはあっちの物置で良いんですね?」
「おう、壊れモンも結構あるから気ぃつけてや〜〜。」
「は〜〜い〜〜。」
それを視界の隅に止めつつ。
デューカは決然と言い放った。
「そして、今度こそ1000本のバラを贈らねば!」
あきらめてへんのか!!と空汰はひっくり返った。
「・・・デューカはん・・・・男らしゅう身ぃ引いたらどうです・・・?」
「そうはいかん。私にも意地という物がある。」
「人間、『押せ押せ』ばっかりではあきまへんで〜!!」
およそ、『聞いて』いないし、『へこたれて』もいない。
これだからこの人は『権力者』なのかと。
空汰も嵐も、改めて知る思いがした。
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「サクラちゃん、それも持つからドア開けて。」
「はい!」
キィ、と物置のドアを開けた。
荷物を2人で運び込み。
そっとドアを閉める。
「えーと、これはここかなあー?」
「そうですねー。」
不自然なほどに大きな声で会話しながら。
ファイは床の一部をほとほとと叩いた。
「・・・・・開けるよ。」
そっと呼びかけて。
小さな扉を開ける。
するり、と身体を滑り込ませて。
「サクラちゃん。」
「はい。」
持ち込んだ荷物から、大きな籠を取り出してファイに渡した。
「・・・具合、どう?」
下は部屋になっていた。
床下収納庫、といった感じだが。
小さな換気用の窓が切ってあり、そこから光が部屋の中を照らしている。
しかし部屋の大半は暗がりの中。
「どうにも、だな。」
低い、声。
暗がりの中、壁にもたれて黒鋼は座っていた。
「はい、食事。」
「おう。」
「・・・まだ食べれそうにない?」
「・・・無理なようだ。」
視線の先には、簡易ベッドがあった。
荒い息遣いに、笛を吹くような音が時折混じる。
凄まじい力で締め上げられた喉は、殆ど潰れかかっていた。
かろうじて気道は確保されていたが。
自分で回復魔法をかけはしたが、一向に良くならない。
「自分に掛けると、どうしても7割位の回復レベルになる。下手したら半分も効果がないこともあるよ。」
ファイの説明に愕然とする。
元々『回復魔法は得手ではない』と言っていたこともあるだろう。
こんな状態で、『次の国』に行くのは、あまりにも危険だ。
魔法でしか対処できない国であったなら、リアンの戦線離脱は皆にとって『死』をも意味する。
「此処に残るしかあらへんやろ。」
少なくとも、食事を摂れるぐらいにまで回復しなければ。
ダメージは大きく、ひたすら眠って回復魔法をかけてまた眠って、の繰り返しでやるしかない。
しかし。
「デューカさんの方をどうするか・・・・。」
求婚を突っぱねて『怒らせた』。
館に『不法侵入』した。
如何に『羽の力に惹かれてやってきた』魔物にとり憑かれていたのだとしても、おそらくは『許さない』だろう。
――――――――――もちろん、『この事』は、黒鋼とファイ以外は知らない。
「姫には絶対に言うなよ。」
「もち。当然だよ。」
『羽』がもたらした悪夢を、わざわざ教えてやることもない。
「じゃあ、こうしよう?」
ファイが、少し凄みのある光を目に浮かべて提案したのは。
宿帳を差し替え、自分たちとは『赤の他人』として認識させる。
自分たちはアルバイトと称して忙しく立ち働き、『目』をごまかす。
対グリフォン策として、リアンは『羽根』で、黒鋼は『自力』で『気配』を断って潜伏する。
真実半分、虚実半分。
デューカは見事に『だまされた』。
あとは、『回復』を待つのみ。
「じゃ、また後で。」
「おぅ。」
ファイはするリ、と姿を消した。
「ピ?」
換気用の窓辺に、いつの間にか小鳥が来ていた。
(・・こいつらは・・・?)
そうだ、と思い当たった。
(確か、ヘビから助けた。)
『此処』に来たのは『偶然』ではない。
何故なら。
鳥は夜目が利かぬはずなのに。
暗がりの中で、黒鋼の肩や足に止まっているのだった。
「無事に、巣立てたんだな。」
そっと呟く。
鳥たちは、まるで礼を言うかのように、黒鋼の周りで遊んでいる。
「もういい。後は大空に飛んでいけ。」
理解したかのように。
鳥たちは順々に窓から外に出て行った。
――――――――――― * ――――――――――
「ホンマに大丈夫か?もっと此処におってええんやで。」
「いえ〜〜〜これ以上は多分無理でしょうから〜〜。」
代わりにファイが答える。
思わぬ長逗留になってしまっていた。
これ以上は空汰たちといえども、匿いきれまい。
まだ、『声』は出せない。
しかし、元々『詠唱破棄』のできる人だ。
次元移動に差し支えはないし、大体の魔法関係には対処可能だろう。
喉にはいまだに痣が残っている。
『次の国で、襟の開いた服を着るかもしれないから。』と言って、嵐は薄手のスカーフを手渡してくれた。
「本当に、お世話になりました。」
「ありがとうございました。」
サクラと小狼が頭を下げる。
ピィ――――――――――ィ・・・・。
夜明け空に、鳥が舞う。
ふわり、と舞い降りてきた鳥たちに、黒鋼はふと笑いかけた。
「元気でな。」
「ピ。」
それはまるで返事をするかのように。
「・・・ピィ。」
親鳥らしき鳥が、『何か』を銜えてきた。
「・・・・バラ?」
白いバラが、1輪。
黒鋼の肩に止まり。
次にリアンの肩に止まった。
「・・・・・。」
これを、くれるのか?
無言の問いかけに、鳥はそうだと言わんばかりに。
受け取れば、嬉しそうな鳴き声を上げて、空に飛び立った。
「黒様の『代わり』にバラを届けてくれたみたいだね〜。」
「んなわけ無ぇだろ。」
フイ、とそっぽをむく黒い影に笑いつつ。
空汰はビンを1つ、リアンに手渡した。
「デューカさんのバラのジャムや。たくさん出来たさかいにな。1個持ってったらええ。」
ニコリ、と笑って、受け取った。
黒い影の『気』が一瞬で剣呑なものになる。
「ロシアンティーにしたら美味しいの〜〜〜。」
「モコナ、預かってて。時々食べてみようよ。」
小狼やサクラやモコナがうれしそうに言う傍で。
「・・・・・あんな奴の花なんざ、食わなくていい。」
ああ本当に解りやすい、とファイが思ったのも知らぬげに。
次元移動の風が皆を包み込んでいった。
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