「よし、今日はこれで終わりだ。」
「ありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
微かにそれに笑いかけ。
黒い影は踵を返した。
その歩み去る背なに、ふと、追いかけるように。
少年の呟きが、微かに流れる。
「・・・・・貴方は、一体どれほど強いんですか・・・・・。」
白い魔法生物は、それをしっかり聞いていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
あと10日。
モコナはカレンダーに×印をつけた。
「あとちょっとね。」
サクラも少し嬉しそうに覗き込む。
あと10日――――――――『羽』が見つかるまで。
100日に1度、一夜だけの花が咲く。
その花の花粉を集めて、その花の蜜で練る。
それを『ある動物』が食べにくる。
『ある動物』は、神出鬼没で、棲み処がどこかわからない。
しかし、その『花団子』を食べたら、必ず棲み処に帰るという。
そこに――――――――――『羽』がある。
「『棲み処』はおそらく『異世界』にあるのだろうがな。」
しかしそこに行く手段が『非常に難しい』のだと。
だか、この方法なら、行くことができる。
だから、待っている。
その花が、咲くのを。
あと10日。
ドキドキしながら待っている――――――――――のだが。
結局は、『暇』。
『待つ』というのは、かなりの忍耐力を必要とする。
「まだ期間がわかっているだけ有り難いもんだ。」
「そうだね〜〜。『先が見えないのに待つ』っていうの、結構辛いよ〜〜〜?」
自分たちは。
そんな想いを抱えつつ、半年も『待った』のだ。
――――――――――夜魔ノ国、で。
だからこれくらい、何でもない。
「やることは山ほどある。」
一番たくさんあるのは、やはり小狼だろう。
まさに千載一遇の機会。
鍛錬だけに集中できるなんて事は、そうそうあるまい。
午前と午後に分けて、毎日のようにその時間を持つ。
もちろん黒鋼に否はない。
彼自身、これほど鍛錬に時間を割く事が出来るのも久しぶりだろう。
むしろ、嬉々として。
稽古をつけてやっているのだった。
「黒りん、どのくらい強いのかなあ?」
偶然にも、同じ言葉を、同時に発した。
お互いに顔を見合わせたのは、白き魔術師と白い魔法生物。
「え?モコナもそう思う?」
「何だー、ファイもそう思ってたんだー!!」
嬉しそうに周りを飛び回るモコナにニコニコと笑いかけて。
「サクラちゃんは、どう思う?」
「え?」
いきなり振られて、サクラはわたわたとした。
「黒鋼さんが、ですか?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
思いっきり考え込んだ。
『強さ』の『単位』がわからない。
どう表現すればいいのだろう?
『強い』のはわかっている。
どう『強い』?
そして小狼との比較の値は?
うーん、うーん。
それこそ眉間に深い皺を寄せて。
サクラは考え込んだ。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「と、いうわけで、1つお願いが。」
木陰のベンチでのんびり読書を楽しんでいた夕闇色の瞳に。
藍玉の瞳はにっこりと満面の笑顔を湛えて頼み込む。
「また『要らぬ事を』と荒れても知らんぞ。」
「責任は取ります〜〜。」
「どうやって?」
「とりあえず、追っかけられるくらいは追っかけられてあげようかな〜〜って。」
「・・・それは『責任の取り方』ではないな・・・・・。」
「大丈夫!黒様、心が広いから!!」
呆れたように、少し困ったように。
本を閉じてベンチから立ち上がる。
「本当に、『知らぬ』からな。」
その背なに。
こそり、とファイは笑いかけた。
心配ないよ。
黒様は、絶対『君には』怒らない。
本人も、何でかはきっと解っていないと思うけどね。
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木刀で、激しく打ち合う音がする。
遠巻きに見学するサクラとモコナ。
そこにやってきて。
つい、と腕を伸ばし。
パチン、と指を鳴らした。
「――――――――――?!」
がくん!!と黒鋼の動きが妙な形で止まった。
それでも小狼の打ち込みをすんでの所でかわしたのは、賞賛されてしかるべきだろう。
「?黒鋼さん?」
「・・・・・・・・・・。」
自分が信じられないような顔をして。
硬直していた黒鋼だったが。
やがてギクシャクとした動きで、こちらを見た。
「・・・・・・・・・・・・おい!『何』をした?!」
『こんな事』が出来るのは――――――――――1人しか、居ない。
だからといって、その剣呑な視線など意にも介さぬ人ではあるが。
「『ハンデ』だそうだ。」
「『はんで』?」
「お前に負荷をかけて、小狼と同じレベルにするのだそうだ。」
ファイのリクエストだよ、と。
手真似で教えたのに、一気に怒りのボルテージが上がる。
「てめぇっ!!何考えてやがる!!」
「え〜〜〜?だって〜〜あんまり差があっても面白くないし〜〜ハンデが減っていけば小狼君が上達したって事だし〜〜。」
「他人事だと思って・・・・!」
「ちなみにハンデの『内容』は、ソエルのリクエストだ。」
「!!!・・・・し〜〜〜ろ〜〜〜ま〜〜〜ん〜〜〜じゅ〜〜〜う〜〜〜!!」
ギラギラと。
殺気を纏った視線がモコナを包み込む。
「黒鋼、怒った―――――――♪」
もちろん、怖がってなどいない。
ピョンピョン跳ね回って、するり、と黒鋼の服を肩脱ぎにした。
「目指せ『消える魔球』!『大リーグボール養成ギプス』なの〜〜〜!!」
何を考えてんだ、てめぇは!!と、追いかけたいが、動きが取れない。
肩や腕にがっちりと鉄の輪がはめられ、お互いにばねが何本もついている。
そのばねの力はかなり強く、かなりの力を入れないと腕も関節も動かせない。
動かそうとするたびに、ぎしぎしとばねが軋む音がする。
「ふむ・・・これでは少しハンデが大きすぎるかな?」
「ちょっと減らす〜?」
「そうだな、少しばねを緩めるか・・・。」
「全部、取れ!!」
************************************************
それではお前自身の鍛錬にはならないよ、と。
ふわりとばねに指が触れる。
ばねが緩み、動きが少し楽になった――――――――――はずなのに。
身体が動かないのはどうしてなのか。
自分でも――――――――――解らない。
「少なくとも、稽古はつけられるはずだ。」
「・・・・・・・・。」
歯を食いしばり。
かなりの努力をして腕を動かしてみる。
「・・・・これなら、何とかなるか・・・・。」
「・・・黒鋼さん、無理はしないでください。」
「ふん、これくらい、何でもねぇ。」
黒鋼、強がってる――――――――♪と飛び跳ねるモコナをガシィッ!と掴み。
うりゃ!とばかりにファイに向かって投げつけた。
「『消えるモコナ魔球』なの――――――――――!!」
『嬉しそうに』飛んできたモコナを受け止めて。
ファイは、にひゃら、と笑った。
(ほら、やっぱり怒らない。)
「小僧!!続き、行くぞ!!」
「・・・・はい!!」
もちろん今までと同じようにはいかない。
対応も遅れる。
小狼の打ち込みを受け流すのが精一杯といった所。
こちらから打ち込んでも、おそらくはスピードがかなり殺がれているのだろう。
簡単に受け止められてしまう。
それでも。
(やはり、長く修行を積んだ人には敵わない。)
小狼が心の底から実感したことには。
日が暮れる頃には、黒鋼の動きは、殆ど今までと変わらないほどになっていたのだった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
今までなく汗ばんだ身体を風呂で洗い流し。
疲れきった表情で、それでも酒を持って庭に出る。
夜空には、ぽかりと、満月。
『なんたら養成ギプス』とやらは、風呂に入る前にはずしてもらった。
腕などが異様に軽い気がする。
(たまにはいいかもしれねぇ。)
身体の動きを制限する『負荷』をかけることが。
これも1つの鍛錬といえるだろう。
えらい目に遭ったといえばそうなのだが、自分としても、何か収穫があったようだ。
そして、小狼にとっても。
『それだけの負荷をかけた状態の黒鋼と同等』という、1つの尺度を与えられたことになる。
力量などの、ある程度の数値化とでもいうものは、目標を実感する上で必要なことであるかもしれない。
明日も、明後日も。
小狼はさらに上を目指すだろう。
上ってこい。
俺と並ぶまでに。
だが俺は、もっと上に行く――――――――――。
月の表面を横切るように雲が流れていく。
花が咲くまで――――――――――あと9日。

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