「強くなりたい。」
『少年』は、その一言だけを口にした。
故郷の、滅亡。
父母の、喪失。
同胞の、散逸。
いまだ元服前の、『少年』にとってあまりにも過酷な運命。
快活で、心優しい子だと、かつてその父たる諏倭の領主が言っていたのを思い出す。
今はそのカケラすらも見当たらない。
ギラギラした、野獣の目で。
射竦めんばかりに見据える『修羅』がいた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
最初は『兵』として軍属にしようかとも思ったが。
知世の進言で『忍軍』に入れることにした。
「この者は、忍の道に生きる運命です。」
知世の言葉に、間違いはない。
今までも、これからも。
「蘇摩。」
「は。」
我らに忠誠を誓いし女忍びである蘇摩を呼ぶ。
「この者、忍軍にて指導せよ。・・・・少々扱いに困るやも知れぬが。」
「・・・・・・・・・は。」
「忍軍にあっては、諏倭の若であろうが何であろうが、出自は一切関係ない。情けは要らぬぞ。」
「・・・・・・御意。」
改めて言うまでもあるまい。
彼は――――――――――諏倭の若・黒鋼は。
特別扱いなど、望んではいないだろう。
彼の望みは、ただ1つ。
――――――――――『強くなる』事。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
毎日、毎日。
鍛錬に明け暮れる。
眠る間も食事の時間も惜しむかのように、刀を取り、素振りをする。
その上達度合いは、目を見張るばかりだ。
しかし。
出る杭は、打たれる。
その気が無くとも、でしゃばっているように取られている。
その上達の早さ。
元々から持っていた、破魔のチカラ。
様々なものを跳び越して上へと駆け上がる、彼は明らかに孤立していた。
同年輩の忍と語らうこともない。
年上の忍に食らいつくように尾いて回る。
手合わせを頼むためだ。
上へ、上へと。
しかしどれほど上ろうとも。
彼は、繰り返す。
――――――――――「強く、なりたい。」
それは、さながら呪詛であるかの如くに、彼に纏わりついているのだった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
慣れたか、と問われて。
今さら何を、と思った。
(この俺が、此処に来てどれほどになると思っているんだ。)
諏倭が滅びて――――――――――もう。
お前は強くなったか?と重ねて問われた。
俺は、強くなった。
忍軍に、俺に敵う奴はいない。
兵の中にもいない。
襲ってくる刺客たちにも負けたことはないから、おそらくその中にもいないだろう。
そして、この天照だって。
こんな細っこい腕、あっという間にへし折ってやれる。
俺は、強い。
強くなった。
「将棋の心得はあるか?」
思わずその顔をまじまじと見た。
「将棋?」
「将棋、だ。出来るのか?否か?」
将棋なら。
親父と打ったことはある。
そう答えると、天照は蘇摩に命じて将棋盤を持ってこさせた。
「一手、相手を所望だ。」
ぱちり、と扇を閉じて天照が言った。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
ぱちり。
ぱちり。
(何だ?)
これは――――――――――どこかで『見た』光景。
ぱちり。
ぱちり。
この『既視感』は?
「お前の、負けだ。」
はっとしてみれば。
いつの間にか『王将』が取られて、負けている。
「な?!」
「負け、だ。」
俺が――――――――――『負け』た?!
半ば呆然として盤を見る俺に、容赦なく言葉が降る。
「お前は、確かに『力』は強くなった。技量も上達した、と私もそれは認める。」
「・・・・・・・・。」
「だが、代わりに、お前は『弱くなった』。」
「俺が――――――――――『弱い』だと?!」
盤を蹴立てて立ち上がった俺に、天照はいささかも動揺する事無く。
「そうだ。」
と。
「お前の『知恵』、『心』、ひいては『魂』が――――――――――『弱くなった』。」
お前は『身体のチカラ』ばかりを追い求めて。
『魂のチカラ』を見失った。
だから、『先を見通す』ことが出来ない。
戦場では、『先』を見失ったものは。
「『死ぬ』だけだ。」
冷酷ともいえる、その言葉。
俺は、背筋に何か冷たいものが流れ落ちるのを感じた。
――――――――――冷や汗?
・・・・バカな。
この俺が?
「『力』だけでは、強くなれぬ。『心』『技』『体』、全てが備わって初めて『強い』といえるのだ。」
静かな、言葉。
――――――――――どこかで、同じような、言葉を?
「お前に『チカラ』――――――――『技』と『体』はほぼ備わったであろう。・・・あとは。」
心、が。
目の前を。
龍が、奔った。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
心を、鍛えろ。
何ものにも負けぬ、強い心を。
魔物に対しても、怯む事無く。
敵に対しても、臆する事無く。
立ち向かう、勇気を、持て。
お前は、この諏倭の地を護る龍を護り部とするもの。
俺の、子だ。
俺の子なら。
――――――――――強くなれ。
「・・・・父上・・・・・・。」
あぁ、そうか。
これは、父の言葉だったのだ。
記憶の奥底に封じ込めていた、父の声だったのだ。
どうして忘れていたのだろう?
どうして封じていたのだろう?
「『強さ』とは、『チカラ』だけではありませんわ。」
しゃらん、と髪飾りの音がする。
長い黒髪を惜しげもなくその背なに流し。
まだ幼さを見せる『姫』がニコリと笑う。
母上と同じ、チカラを持つ姫巫女。
白鷺城の、月読。
俺を、この世界に『引き戻した』――――――――――恩人。
「・・・知世姫・・・・。」
俺は――――――――――忘れていた。
「俺・・・・お前にだけ仕えるって誓ったよな・・・・。」
知世姫は、ニコ、と笑った。
「『仕える』とは、『護る』ことですわ。貴方に、それが、出来ますか?」
「『護る』・・・・・・。」
やる、と決めた事。
「出来る。・・・いや、必ず、やってみせる。」
「結構ですわ。その言葉、どうか忘れぬようにして下さいませね。」
刀を振るう時。
屋根の上を走る時。
刺客と相対する時。
魔物と対峙した時。
「思い出せばよい。『己の為すべき事』を。」
俺は。
強くなってみせる。
――――――――――『真の』意味で。

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