女3人寄れば。
姦しい、と漢字を作った人は天才だと思う。
午後のお茶の時間、ちょっとした休憩に。
若い侍女たちの会話がふと耳に入った。
「私、あのお方が好きでたまりませんの・・・!」
公達の中でも若手の、物静かな青年であったと記憶している。
声は涼やかで、嫌味がない。
話の内容を総合すると、見目容も良いらしい。
浮き立つような、その口調に、ふと、思った。
『人を好きになる』というのは。
――――――――――どういう感情なのだろう?
――――――――――― * ――――――――――
好き。
愛している。
――――――――――それは一体どういうものなのだろう?
その侍女はきっと頬を染めて語っているのだろう。
その心は、光に満ちて。
その、『プラス』の感情。
(・・・解らない・・・・。)
誰も。
――――――――――そう、誰も。
「・・・教えてはくれなかった・・・・・。」
ぼんやりと、窓の外に意識を流す。
異性、特に『生涯の伴侶』に対する感情としての『好き』と『愛している』。
解らない、ということは。
もしかしたら。
『好き』ではない?
『愛して』はいない?
自分が。
この日本国に居る『理由』は。
・・・・・・もしかしたら――――――――――『無い』?
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しとしとしとしと。
梅雨の雨は、間断なく降り続く。
縁側に独り、座り込み。
雨の音を、聞いていた。
『今年は雨が多いようだ』と天文博士が言っていた。
『水害などの対策を。』と天照が指示をしていたのを思い出す。
龍神よ、どうぞ怒るなと。
思う傍から、心が反する。
荒れ狂う奔流に、この身が流されてしまったなら、どれほど楽だろうか。
『心』を残さないように、皆の記憶も消し去って。
ただ独り静かに消えていけたなら。
――――――――――いや、いつの日か。
砂時計の最後の一粒が落ちる時。
自分は、そうしなければならないだろう。
ぞくり。
背筋を、冷たいものが走った。
思わず己が身を抱え込む。
寒い。
寒い。
心が――――――――――寒い。
いつから自分は。
こんなに弱くなったのだろう。
長い長い時間を生きてきたのに。
こんな感情は、『初めて』だ。
此処の所、よく眠れないのもそのせいか。
どれほど自分を抱きしめても。
身体の震えは止まらない。
心の――――――――――震えも。
「・・・・寒い・・・・・。」
『忘れて』欲しくない。
『覚えて』いて欲しい。
『一緒に』居たい。
『誰か』と――――――――――。
「・・・・黒鋼・・・・・・・・・・。」
忘れないで。
覚えていて。
傍にいて。
温めて。
この身も、心も。
「身体、冷え切ってるぞ。」
声と共に、ひょい、と抱え上げられた。
「『梅雨寒』って言ってな、意外に冷えるんだよ。」
まだ火鉢を片付けないのはこのせいだ、と。
座敷の座布団の上に下ろされて。
「今火を熾してやるよ。」
気配が離れる――――――――――。
「・・・どうした?」
袂を掴んでいた。
離したくない。
離れたくない。
ずっと一緒に――――――――――居たい。
「・・・ここに・・・・居て・・・・・。」
一瞬動きが止まった。
きっと、驚いたのだろう。
私がこんなことを言うなんて、と。
――――――――――笑うだろうか?
呆れるだろうか?
蔑むだろうか?
ふわり。
羽織だろうか、肩に掛けられた。
そのまま抱き寄せられて。
温かさが、じんわりと伝わってくる。
人、というものは。
温かい。
温かい。
自分で己が身をどれほど抱きしめても温かくはならないが。
『誰か』と共に在ると、これほどにも温かくなる。
与えて、与えられて。
互いに温もりを分かち合って、人は長い長い時間を生きてきたのだろう。
歴史の大河は、そうやって築かれ、流れてきたのだ――――――――――。
「・・・・おい?」
腕の中で。
時の渡り人は安らかな寝息をたてていた。
幼子のように、安らいだ表情で。
――――――――――― * ――――――――――
「ご近習様は、どう思われます?」
女官長の問いかけに、少し首を傾げた。
先日の侍女と、例の公達とで縁談が持ち上がったという。
「真によろしきご縁ではありませんか。双方とも。」
「ご近習様がそうおっしゃるのでしたら。」
この話、進めましょう、と。
女官長は頷いた。
「そういえば、ご近習様。」
「何か。」
「最近、明るくなられましたね。」
今まで何かに思い悩まれているようにお見受けしましたが、と。
「やっと、解ったような気がしますので。」
「何が、ですか?」
「いつも包まれて、身も心も温めてもらえる今の自分は、きっと幸せなのだと。」
女官長が、聞いていた侍女たちが。
たまたま耳をそばだてていた公達たちが。
一様に顔を赤らめたのは。
そして忍軍の寮でさほどの時を置かずして。
噂を聞きつけた若手たちに黒い影が冷やかされて一騒動になったのも。
時の渡り人の周りの風は。
内緒話にして、教えないままに包み込んでいるのだった。
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