「だいぶ色が戻ってきましたね。」
それは、前の国で。
派手にずっこけたサクラは、肘に大きな青痣を作っていた。
赤みを帯びた色から、青黒く、そして黄色みを帯びて。
かなり薄くなってきた。
当初はあまりにも恥ずかしい、とサポーターをしていたが、もうはずしても、見た目の違和感はない。
「本当に痛かったんだから!!」
拳を振り上げて抗議する、その仕草は、照れ隠しでもあって。
旅の仲間は微笑みを浮かべる。
だが。
その二つ名に、『時』の名を合わせ持つ、その人は。
ただ一言だけを、小さく呟いた。
「嫌な国だな。」
と。
――――――――――― * ――――――――――
『羽』の気配はある、とモコナは言った。
少しずつではあるが、復調してきているらしい。
最初は自信なさげだった羽の探知も、最近では自信たっぷりに言い切るようになってきていた。
まずは宿を取る。
宿の主人は親切で、地図をくれたり、色々な話を聞かせてくれたりもした。
ただ。
「出来るだけ早くこの国から出なさいよ。」
と言い添えて。
何故?と問えば。
口元に指を1本当て、ふるふると首を横に振る。
(しゃべっちゃいけないって事だね?)
理由を口外してはならないのだろう。
観光を主要な産業としているこの国では、マイナスイメージの噂が立つのは、大いに国益を損なうものだ。
むしろ警告してくれただけありがたいというべきか。
しかし、羽の気配がある以上、見つけるまでは移動できない。
「一刻も早く見つけましょう。」
小狼の言葉に皆は頷いた。
*****************************************
この宿の部屋は全てシングル。
ある意味『自由』とも言えるだろう。
風呂は男女別の共同風呂だったが、むしろ湯船も大きいし、久々にゆっくり足を伸ばすことが出来た。
サクラはぽかり、と湯船に浸かりながら、少し離れた所で同じように浸かっている夕闇色の瞳に問いかけた。
「ここのようなお風呂って、『普通』なんですか?」
砂漠の国・玖楼国では、水は貴重品。
当然風呂などは小さいものだ。
「『共用』する場合には大きい事のほうが多いだろうな。」
先に上がる、といって出て行くその後姿をぼんやりと見ていた。
続いて自分の身体をじっと見つめる。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ぶくぶくと。
顔半分まで湯に浸かっていたが、意を決してざばり、と上がった。
軽く水滴を拭き取り、脱衣場へ出る。
他に誰もいないのを確かめて。
先に着替えてゆっくりと水を飲んでいるその人に、サクラは決然と言った。
「私、早く『大人』になりますから!」
「・・・・・・?」
シュバババッ!と急いで着替える。
何の事かさっぱり理解していないようではあったが、あえて説明しなかった。
いやむしろ。
説明する方が自分のプライド的に許せなかったというべきか。
「あー、そっちももう出たのー?」
廊下を歩いていくと、ロビーのような所で座っているファイが声をかけてきた。
「皆は?」
「黒たんと小狼君はまだ入ってるよー。」
「ファイさんは?」
「オレはもう終わりー。長風呂って出来ないんだよねー。」
習慣的に、と。
浴衣に良く似た湯上り着を少しだらしなく着て、へらん、としている。
「湯あたりしたのか。」
「・・・ちょっと寸前までー。」
そういいながら、冷水機から持ってきた水をこく、と飲んだ。
「大丈夫ですか?」
「んー、大丈夫、大丈夫・・・・・あ、皆出てきたみたいだよ。」
指し示す方を見れば、黒鋼と小狼が歩いてくる。
頭の上を飛び跳ねながらモコナが言った。
「お風呂上りには、腰に手を当てて、牛乳をぐいっ!と飲むの!!」
「冗談じゃねぇ。」
ほこほこ、と湯気を上げながら言ったモコナの言葉を。
黒い影が眉間に目いっぱい皺を寄せて否定する。
小狼は後方で苦笑いを零していた。
「黒たん、牛乳嫌いだもんねー。」
「放っとけ!!」
他愛のない会話。
カツン、と時計の針が動く音を。
言葉の狭間で聞き取ったのは――――――――夕闇色の、瞳。
――――――――――― * ――――――――――
それは、この国に来て、2日目の朝。
「ん?姫はどうした?」
朝食の席に、サクラが下りてこない。
「モコナ、姫はちゃんと起きた?」
「うん!おはよう、って挨拶したもの!」
「俺、ちょっと声かけてきます。」
小狼は小走りにサクラの部屋に行った。
「・・・・・今度は小僧もか・・・。」
『鉄砲玉』状態の小狼に苦虫を潰した顔でぼやく。
「まあ、おおよそ見当はついているが・・・・。」
そう言いながら席を立つ。
黒鋼とファイは顔を見合わせて、何とはなしに後に従った。
*****************************************
「姫、お願いですからここを開けて下さい!」
『嫌!!今は誰にも会いたくないの!!』
ドアの前で困りきっている小狼に、手真似で退がるように伝える。
コツコツ。
「サクラ姫。」
応えは、ない。
「これを使いなさい。」
そう言って、ドアの下の隙間から、紙袋に入れた何か平べったい物を入れた。
『・・・これ・・・。』
「必要なはずだ。」
言葉は、残酷な事実となって。
「打ち身の痣の、色が、『戻っている』のだろう?」
答の代わりに、カチャリ、とドアが開き。
サクラはそのままぼすん!とリアンの胸元に取りすがった。
目に涙を、浮かべて。
その肘には、サポーターがはめられている。
「とりあえず朝食をとらなければ、宿の人にも迷惑がかかる。」
「・・・はい・・・・。」
しかしいつもの食欲はない。
「しっかり食わねぇと、いざという時困るのは自分だぞ。」
皆を見渡せば、同じように頷く顔、顔、顔。
「サクラは笑顔が一番なの!!」
モコナはジャムをたっぷり塗ったパンを差し出した。
「・・・ありがとう・・・モコちゃん・・・。」
もく、もく。
しかし食べるスピードはあまりにも遅々としていた。
*****************************************
一体これはどういうことだ、と黒い影が問うて、すぐ。
宿の主人が食後のコーヒーを運んできた。
「うちの自慢の味ですよ。」
そう言って皆の前に置き終わったのを確認して。
主人に向かっていうでもなく、ぼそりとして呟いた。
「『1日目』は『1日』、『2日目』は『2日』、『3日目』は『4日』。」
びくり、として主人の足と手が止まった。
「・・・な・・・・・・。」
「この国は、『時が戻る』国だ。」
――――――――――『時』が『戻る』?!
「ご主人。今は『どのくらい』戻っている?」
主人は大きなため息をついた。
「・・・『1日』で『1年以上』戻るようになっています。」
僅かだが、此処を訪れた時より『若さ』を感じるような気がしたのはそのせいか。
「『時が戻って』『喜ぶ』のは、死を目前にした者か老人ぐらいなものだろう。」
その逆に。
もし『赤ん坊』とかだったら――――――――――。
薄ら寒い想像に、皆は肩を震わせた。
しかも。
『周り』の時間は、進んでいくのだ。
『時』に『身体』が取り残されていく。
「早急に何とかせねば、皆の時間も急激に『奪われる』ことになる。」
影響が一番大きいのは――――――――やはりサクラと小狼だろう。
黒鋼とモコナは似たようなものかもしれない。
(オレは、あまり影響なさそうだね。)
それは、幸か、不幸か。
チカラの強い魔術師の宿命――――――――――長命。
たとえこの国の人間全ての時間が巻き戻っても、自分は、いや、『自分たち』は。
(全然変化しないんだろうね・・・・。)
解りきった答が、どこか虚しく、哀しい。
*****************************************
『こんな事』ができるのは。
「やはり、『羽』のチカラでしょうか?」
「たぶんねぇ〜〜。」
「誰か、仕掛けてる奴がいるのか?」
「悪用、ってコト?」
「あぁ。」
「・・・・・それは、どうかな。」
早くしなければ。
『戻る』、いや、『奪われる』時間は、倍々計算で来る。
昨日よりも今日、今日よりも明日。
「一気に『仕掛ける』か。」
珍しく眉間に皺を刻んでいる。
「問題アリー?」
ファイが問えば。
「・・・手伝ってもらわねばならん。」
縮刷版の国の地図を取り出した。
テーブルに広げたのを、皆が覗き込んだ。
太目のペンを宿の主人から借り、×印を打っていく。
『国』を囲むように等間隔で、6個。
「この国の『時間的分類』は『6種』。『早暁』、『朝』、『昼』、『夕』、『夜』、『深夜』。」
「確かそうでしたね。」
日本国にも似た分類があった、と黒鋼が言っていたのを小狼は思い出していた。
「それを『狂わせ』、『逆転させ』ている『モノ』に対して、『負荷』をかけ、『チカラ』を消滅させる。」
「・・・できるのか・・・?」
「ぎりぎり、な。」
スッと。
ファイの目が細くなった。――――――――――猫のように。
「この国の1日は30時間。それぞれの『時間的分類』の範囲は5時間ずつ。」
地図の中心に時計を置くと、印を打った場所はそれぞれの『分類』の中央になっていた。
「1つ1つの『分類』に対して負荷をかける。・・・その為に、『支える者』が必要になる。」
「『支える者』・・・・。」
「それを俺たちがやるんですね?」
「・・・どうやってやるんだ?」
後で用意するが、と前置きして。
「各々が『魔法具』を持ち、そこに掛けられる力を支える。最後の者が終わるまで持続するから、体力順だな。」
そう言って。
順番を指名した。
最初の『早暁』はリアン。
次の『深夜』は黒鋼。
『夜』はファイ。
『夕』は小狼。
『昼』はサクラ。
そして、『朝』がモコナ。
一瞬小狼とファイの視線が交錯したが、それはすぐにファイの方が外した。
「1日の逆の順番なんですね?」
サクラの質問に頷く。
「モコナ、大丈夫?」
「うん!モコナ、がんばる!!小狼もがんばってね!!」
「うん、がんばってみるよ。」
仕掛けるのは明け方近くだということで。
夕食も早めに取り、早々に休むことになった。
「・・・オレと黒たん、逆にした方がいいんじゃない?」
部屋に戻る途中で囁くように紡がれた言葉に。
その蒼い瞳を見ることもなく、夕闇色の瞳は閉じられた。
「それだと『魔力』を使うことになるぞ。」
びくり。
固くなった気配に、黒き影の『気』もまた、固さを増していた。
――――――――――― * ――――――――――
それこそ『草木も眠る丑三つ時』に。
皆はそれぞれの場所に向かった。
「いいか。決して無理をするな。無理して『チカラ』のバランスを崩される事の方がよほど危ない。」
これが魔法具だ、と言って、各自にバトンのようなものを渡した。
中央に水晶がはめ込まれている。
よく見ると、バトン全体に魔法文字のようなものが刻み込まれていた。
「『定位置からそれを動かさない』事が肝要だ。支えきれないと思ったら、即座に手を放せ。」
「手を放したらどうなるんですか?」
「羽根を介してこちらから遠隔操作する。」
そう言って。
皆の胸元に羽根を挿した。
(『最初から』『一人で』やるには負担が大きすぎるんだ。)
たとえ類い稀な力を持つ魔術師といえども、限界はある。
だったら、せめて。
「自分たちに出来ることを。」
「出来る所までがんばらないと。」
「モコナだってがんばれるって教えてあげなきゃ!!」
「・・・いつも『助けられて』ばかりなのは業腹だしな。」
それぞれの想いと共に位置につく。
「どういう具合に『支えたら』いいのー?」
「それくらいは自分で考えてくれねば困るがな。」
月光を弾く金の糸と。
闇をも退ける夕闇色の瞳。
「注文が多いねぇ。」
「『何処までやるか』は自己判断に任せる。」
2番目に長い時間を支え続けなければならないのだから。
――――――――――もちろんそこに、『最初に』術を仕掛けるリアンは入ってはいない。
「多少は期待させてもらうぞ。」
言葉と共に闇に消えた、その気配の後姿を感じ取って。
ファイは大きなため息をほう、と吐き出した。
「――――――――――始めるか。」
皆に持たせたのと同じ、魔法具であるバトン状の棒を両手に持って、すい、と自分の前に突き出す。
それは、鉄棒を掴むかのような体勢で。
ざあっ!!と羽根が舞った。
「我願う、汝の理、我招く、時の客人。」
中央の水晶が光を放ち、1本の光線が空を走った。
光は『夜』の位置に立つ黒鋼の元に到達する。
「何?!」
魔法具は摩訶不思議な光を放ち、光線は反射するように次へと向かう。
「我祈る、時を統べる者。我が声を聞き、時の裁きを知らしめよ。」
ファイに。
小狼に。
サクラに。
モコナに。
そして光は一巡してリアンの元に帰ってきた。
「時空・光滅陣・・・・『スターダスト・トライアル』!!」
「!!!」
ズシン!!と魔法具に重みがかかった。
その瞬間、凄まじいまでの光芒を放ち、さながら超新星の如くに光り輝き始める。
そして、全てを引き裂くような衝撃とともに、光が飛び散り始めた。
流星が、一気に解き放たれるに似て。
彼ら自身に経験はないが、それはさながらマシンガンを連射するに似ていた。
しかもほぼ『反動』は消されて『いない』。
最初こそ何とか持ちこたえたものの、自身の小ささとその軽さから、モコナはあっさりと吹っ飛ばされた。
「・・・・あ!!」
まるで代わりを務めるかのように。
胸元にあった羽根がバトンの所に移動して光り輝いている。
「あんまり頑張れなかった・・・・。」
長い耳がシュン、としおれた。
《 そんな事はない。よくやってくれた。戻ってきてくれ。 》
羽根から響いた声に、はっと顔を上げる。
モコナはぐい、と涙を拭った。
「うん!今行くよ!!」
戻る場所――――――――――それはリアンの所と決められている。
術を仕掛けた場所に。
戻ってみると、やはり同じように光を放出し続けるバトンを持って立っている。
モコナが到着してすぐ、サクラもやってきた。
「サクラも頑張ったよね。」
「うん・・・・ちょっとだけしか出来なかったけど・・・・。」
耳の魔法具を煌かせながら、モコナはリアンを見遣る。
その表情が、ほんの少し険しくなった。
「――――――――――あ?!」
「今・・・『波長』が変わった・・・?」
その理由は。
程なくして走ってきた小狼が故と知れた。
「もう少し頑張れると思ってたんだけど・・・・。」
反動で転倒したのか。
服はあちこちが汚れていた。
(黒鋼さんやファイさんはまだ頑張ってる。)
――――――――――だが。
少しふらつきながら、ファイが戻ってきた。
「ファイさん。」
「魔力を遣わないで支えるのは、結構きついねえ〜〜・・・・。」
本来は、その持てる魔力で支えねばならないものだったのだろう。
頬をぽりぽりと掻いている。
「・・・まだ終わらねぇのか・・・・。」
少し疲れた表情の黒鋼が戻ってきて呟いた。
「黒たん、結構頑張ったねえ。」
「・・・ふん。」
それは、むしろ不本意であると言わんばかりに。
眉間の皺はさらに深くなる。
今や全部の魔法具を支えなければならなくなった、そのせいか。
光が飛び散るたびに腕が、身体が揺らいでいる。
一瞬。
光が止まった――――――――――。
「――――――――――!!」
ドォン!!と地響きを立てて、巨大な魔法陣が出現した。
それは、この国全体を包み込んで。
バトンを片手に持ち替え、上空高く放り投げた。
「あ!!」
各地点にあったバトンも空を飛んで上空に駆け上がり。
国の中心点で交差した。
そしてそれは風車のように、急速に回転する。
「・・・・・きれい・・・・・!!!」
感極まったような、サクラの声。
回転するバトンから、キラキラと光り輝く光の粒が舞い降りてくる。
それはまさしく星屑――――――――――スターダスト。
掌に受けても、それは消えていくのだが。
優しく穏やかな星屑の煌きに、暫し時を忘れた。
「・・・・『クロノス・ダスト』?」
「そうだ。」
それは、魔術を遣う者の会話。
クロノス・ダスト。
――――――――――時の、粉。
1つ1つは小さいが。
重なれば大きな『時間』になる。
今この国に降り積もる『時』。
――――――――――『失われた』時。
「――――――――めきょっ!!」
モコナが反応した。
「サクラの羽だ!!」
「え?!何処何処?!」
「あ〜〜あそこだ〜〜〜!」
見れば上空、6本のバトンで構成された三角錐の中に、サクラの羽が護られるように在った。
そしてそれは静かに下りてくる。
小狼の目の前で、バトンはからり、と音を立てて崩れ、羽が掌の上に収まった。
「姫。」
サクラに差し出せば。
すう、と吸い込まれていく。
かくん、と。
力の抜けたサクラを小狼が支えた。
「ねぇ、起きて、起きてってばぁ!」
モコナの声に振り返れば。
深い紺の髪の人もまた。
傍にあった木にもたれて眠っているのだった。
「・・・女組は、全滅、かよ。」
放っておくわけにはいかない、と。
しょうこと無しに抱え上げて。
「2人ともお姫さま抱っこ――――――♪」
「うるせぇ。」
モコナのこの言葉が当たらずとも遠からじであったなどとは、当時の皆が知る由も無かった。
――――――――――― * ――――――――――
それは1人の少女の。
『本人的には大問題の』ネガイ。
『老いたくない』。
羽はそのネガイに反応したのだ。
――――――――『時』を奪う、という方法で。
「その少女はどうなったんですか?」
その問いには答えず。
黙って彼方の丘を指差す。
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・まさか・・・・。」
「自然の摂理に反したネガイの、これは対価だね。」
『時が奪われる』事によって、生まれ出た命が『生まれる前』に引き戻された。
それを『元に戻す』為の、反動とも言うべき『対価』。
その責めは、当然『願った者』に帰る――――――――――。
彼方の丘を、葬列が進んでいく。
『急速に老いて命の終焉を迎えた』少女の。
魔術師が長命、っていうのも、『罪』なのかな。
金の髪の呟きは、微かに微かに紡がれて。
夕闇色の瞳が、それに静かに道を示す。
他人に迷惑を掛けぬなら、宿命として享受しても良かろう―――――――――。
『時』は汝の上にとどまるにあたわず。
命短し、恋せよ乙女。
流れ行く時の中にこそ、その命は光り輝く――――――――――。

|