<66566HIT記念 キリ番リクエスト小説>

 「 T r i c k 」




「真に羨ましゅうございますわ。わが国には、かの者のようにいさおしき者が居りませぬ。」
「それはお気づきならぬだけではありませんの?」
「いえ、尚武の気風、わが国はいささか欠けるように思われます。」


日本国と国境を接する、とある国から、姫君が表敬訪問の名目で訪れていた。
年が近いとて、知世姫とよく話をする。
たまたま忍軍の鍛錬の様子を観覧して。
剛真と木刀を交える黒鋼を目に留めた。
もちろん、『たまたま』だ。
身体が大きいので、他の者よりは目に付きやすかったかもしれない。
声をかけた知世姫に、皆が慌てて礼をする中、黒鋼だけは傲然として立ったままだった。
そこもまた、大きく心に留めることになったのか。
夕食の席でも、食後のお茶の時にも。
姫君の話題は『黒鋼と、忍軍の強き男達』だった。


「あの方のような者がわが国に居りましたなら、すぐにでも姫の婿に迎えますものを。」


家老を務める老人の言葉に、袖に隠れて驚きを零した。
(黒鋼がいいとは、また物好きな。)
からかって遊ぶ分には大いに推奨したいところではある。
護り手として優秀であることは疑いようがない。
しかし、『国を統べる者』の座に迎えるのは――――――――――どうだろうか?
元々が諏倭の若。
いずれは諏倭一国を担って立つが定めであっただろう。
今もそれを願う者が多いのも知っている。
しかし――――――――――。
(黒鋼は、『帝王学』を修めてはいない。)
『国を統べる者』としての修養を修めていない者をかしらに戴くことは、民にとって最大の不幸なのだ。
学び始めてはいたであろうが、何分にも当時の諏倭は事態が逼迫ひっぱくしていた。
魔物の急激な増加。
姫巫女である母の衰弱。
結界の綻び。
まだまだ幼さすら残しながら、すでに国を護るために奔走していた。
じっくり座って理論を修めるなど、そのような暇があっただろうか?
実地体験で習得、というレベルのものでもない。
もちろん。
(ただ『護り手』としての任にのみ徹するならば。)
周りを固める後見人たちが、あるいは『傍に在る人』が。
『国を統べる者』であればそれでいい。


ぞく。


一瞬、悪寒が走った。
――――――――――これは、予見さきみ


(・・・・居る。)
『国を統べる者の修養』を、帝王学を修めた者が、傍に。
そう、何処の誰よりも完璧な形で、『その者』は習得しているではないか。
それは、転じれば。
『今すぐに黒鋼が諏倭の領主になっても良い』ということをも示す。
それは、この白鷺城から『去る』ということ。
そして――――――――――それは。


『ただ1人のあるじ』だと。
『生涯かけて護る』と。
彼自らが口にした『誓い』に背くこと。


『月』のチカラが併せ持つ、『闇』の深い奥底で。
『何か』が確かに動いた。


それは――――――――――8月も終わりに近づいた、日本国の、夏。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


その夜。
見回りの最中で、剛真はふと足を止めた。
(・・・?)
話し声――――――――――。
(姫様か。)
相も変わらずコロコロと笑ったり、ほう、とため息をついたり。
くるくる変わる表情と仕草は、いつまでたっても変わらない。
それだけなら全くいつもの光景。
しかし――――――――――違和感を感じた。
(黒鋼・・・・?)
傍らで話を聞いている、それもまたよく見られる光景のはずなのに。
ふっと気配を消して、物陰に潜んでみた。


「本当に困ったことですわ。まさか、かの姫君が黒鋼に思いをおかけになるなどと・・・・。」
頬に手を当て、ほう、とため息をつく。
「実際の人となりをご存じないにもかかわらず、ずいぶんとお気に召されて・・・・。」
ああ、あの姫君のことか、と剛真も合点する。
黒鋼に目を留められたとて、自分にしてみれば『お目が高い』といった所なのだが。
「困りましたわ・・・お姉様の留守中に、もし国交断絶などということにでもなったら・・・・。」
天照は他国に会議のために赴いている。
いわば首脳会談、といった所か。
『仰々しい護衛など要らぬ。』と言って、リアンを始め、数名の供のみを伴っていった。
余談ながら、ファイは日本国の暑さにを上げて、玖楼国に『親善大使』の名目で避暑に行っている。


今にして思えば。
『押さえ』が利かなかった、というところか。


剛真はようやく『違和感』の原因に気がついた。
(・・・黒鋼?)
黙っている。
いつもなら『あー言えばこー言う』といったノリで、ツッコミを入れるのに。
やがて、『ニコニコとして、困ったと言い続ける』のが終わった時。
たった一言だけ、呟くように言った。


「・・・・そうか。」


その反応に、さすがの知世姫も気がついたとみえて、動きが止まった。
「・・・黒鋼?」
「心配するな。・・・明日の朝には、『困りごと』は無くなる。」
「・・・・え?」
それ以上は何も言わず。
黒鋼は踵を返した。
あとには、きょとん、とした顔の知世姫だけが残される。
さすがの知世姫も、予測できなかったのか。
剛真は慌てて後を追った。


「黒鋼!!」


振り返ることも無く、黒鋼は立ち止まった。
「黒鋼!お前、何を考えている?」
答は。
――――――――――たった、一言だけ。


「――――――――――『主命』は、『絶対』だ。」


ガン!と頭を殴られたような気がした。
静かに黒き影は闇の中に消えていく。
呆然として立ちすくむ剛真の記憶に、たった今見た『あるもの』が鮮明に浮かび上がってきた。


まさか。


「姫様!!」
駆け戻り大声を上げた剛真に、知世姫はいぶかしげな目を向けた。
「何事です、大きな声で。」
「姫様、先ほどのお話・・・・・!」
「え?」
しばらく考えて、知世姫はコロコロと笑い出した。
「あぁ!あの姫君のことですか?」
「左様でございます!・・・その・・・・・それは・・・・・。」
「冗談ですわよ。」
ニコニコと。
「『あれには、もう妻女が居ります。』と申し上げましたら、とても残念そうにしておられましたわ。」
「姫様!お戯れが過ぎますぞ!!」
剛真の叫びに、知世姫は意外そうな顔を見せた。
「どうしたのです?黒鋼とて・・・・。」
「黒鋼は、真に受けましたぞ!!」
「・・・まさか。」
知世姫はくつくつと笑った。
「それくらいのこと、冗談だとわからぬ黒鋼でもありますまい。」
「いいえ!いいえ!!・・・・・あやつは・・・・!」


『黙って』いた、あの表情は。
――――――――――悲しみと、諦めの色を浮かべてはいなかったか。


「黒鋼は――――――――――『指輪をはめておりませんでした』ぞ!!」


―――――――――――――― * ―――――――――――――


歴史の流れの中で。
いわゆる『政略結婚』というものは、それこそ数多の事例がある。
そしてその相手に。
いつも『独り身』のものがあてがわれるとは限らない。


相手に応じて。
あるいは要望に応えて。


親からも、兄弟からも引き離され。
恋人との仲を引き裂かれ。
時には離縁をさせられて。
政治の道具にされた者は多い。
多くの場合は、女がそういう対象になるが、男の側がそうさせられる事もある。
関わった者に、悲しみと怨嗟の心を植えつけることもまた多いのだが。
そしてその大多数において、その命令はあるじたる者から発せられるのだ――――――――――。


日本国には無い習慣である『婚約指輪』を、祝言を挙げてからも嵌め続けていた黒鋼が。
『外していた』のなら。
――――――――――考えられることは、ただ1つ。


「ご近習様がこの事を予見さきみし、すでに話し合うて互いに納得しておるとしか思えませぬ!!」


リアンは今、天照と共に他国に赴いている。
『事前に』話し合ったと見るのが妥当だ。
黒鋼独りの了見で『夫婦めおと別れ』はするまい。
「・・・剛真、黒鋼はいずこに?」
さすがに焦りを覚えて、知世姫は早口に問うた。
確かに黒鋼の反応は『妙』だった――――――――――。
「黒鋼は『深夜番』でございますから、すでに任につく時刻でございます。」
「大至急、此処にお呼びなさい。」
「御意。」
剛真は鋭く指笛を吹いた。
もちろんそれには細かな決まりごとがある。
程なくして、部屋の窓から見える、別棟の屋根の上に黒鋼が姿を現した。


「何用だ、戦頭いくさがしら。」


静かな問いかけに、その心、明鏡止水の如くと受け取れる。
何故――――――――――そこまで。


「黒鋼、先ほどの話は、冗・・・・。」
「お前はこの日本国の月読だ。」


弁明しようとした知世姫の言葉をさえぎった。
本来なら無礼討ちにされてもおかしくはない行動だが。
その平静そのものの声に、かえって相手を威圧するモノが垣間見える。
知世姫も、また。
びくり、と身体を強張らせた。


「『朝令暮改』よりひどいな。舌の根も乾かねぇうちに変えるのか。」
「ですからこれは『命令』ではありませんわ。ただの・・・。」
「『上に立つ者』が、いい加減なことを言葉にするんじゃねぇ。」
平静さが余計に怒りをも感じさせて。
「・・・もういい。朝になったら、皆、『忘れる』。」
「・・・・え?」
「そういう術をかけていった。」
やはり、予見さきみしていたのか。
「朝日が昇れば――――――――皆、忘れる。・・・あいつの事を。」


あの人が『存在した』事も。
その姿、その声。
そう、何もかもを。
そしてあの人にかけた――――――――――想いの全ても。


「今夜一晩だけだ・・・・あとはもう、苦しむこともない。」
だから、心配するな、と。
「・・・もう、用は無ぇか?」
はっとして、知世姫は顔をあげた。
その時見た黒鋼の顔は――――――――――おそらく二度と忘れ得まい。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


『朝』が訪れるのが。
こんなにも『怖い』と思ったのは初めてだった。
明けない夜は無いのに。
必ず朝は訪れるのに。
とても浅い眠りの中。
それでも、うとうととしていたのだろう。
はっと気づけばもう朝の光が射し込んできていた。
「おはようございます、姫様。朝のいのりのお時間でございます。」
女官長の声に、のろのろと身体を起こした。
重い身体と心を引きずるようにして、朝のいのりを勤め上げる。
大きくため息をつき、朝食の粥を支度する女官長に、何気なく問いかけた。


「そういえば、リアンが教えてくれた『広東かんとん粥』とやら、一度食してみたいものですわね。」


自分の言葉に驚いた。
(――――――――――『覚えて』いる?!)
あの人の、その存在、その名前。
(そう・・・そうですわよね。)
あの夫婦は、2人して自分を引っ掛けたのだ。
まんまと騙された、と少し悔しくなった、その時。
女官長の言葉に凍りついた。


「・・は?『誰』が『何』を、ですか?」


「・・・え?」
「『りあん』というのは、誰のことでございますか?」
私、そのような者を存じませぬが、と。
女官長の目は、嘘を言ってはいなかった。
愕然として。
思わず大声を上げていた。


「・・・黒鋼を・・・・黒鋼をお呼びなさい!!」


何事かという顔でやってきた黒鋼は、知世姫を見て、何かあったのか、と問うた。
「黒鋼、どうして指輪を外したのですか?」
「は?指輪??・・・・俺が??」
「私が用意いたしましたでしょう?!『絆のカタチ』だと!!」
「・・・知世。俺を役者か衆道にしたいのか?」
日本国では、『指輪』をはめる者といったら、役者か衆道―――――――――男色家ぐらいなものだ。
あからさまに不快な色を顔に刻んでいる。


あれほどまでに、一途に想って。
護ると決めた、と豪語してみせた、その人を。
こんなにも簡単に――――――――――忘れ果てるとは。


皆、忘れている。
あの、存在を。
そして、自分だけが。
――――――――――覚えている。


昼過ぎにようやく戻ってきた天照の供の中に。


リアンの姿は、なかった。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


苦しい。
苦しい。
何故、自分だけが。
(どうして私だけが覚えているのか・・・・。)
帰国した姉・天照すら、『忘れて』いた。
『友になってほしい』と願ったのに。
蘇摩も、他の者たちも、皆。
自分だけが、取り残されているような、そんな気がして。
知世姫の心はどんどん打ち沈んでいく。


「そうそう、ご近習様からこれをお預かりしていましたわ。」


女官長がそういって差し出した『物』よりも、その『言葉』にビクッとした。
『近習』。
「今頃どうされておられますのか・・・砂漠の国とはどのような所なのでございましょう?」
その言葉に、ファイの事を示しているのだと知る。
ため息を1つ、ついて。
差し出されたもの――――――――――漆塗りの箱を受け取った。
「姫様が落ち込んでいらっしゃったらこれをお渡しするように、と。」
元気の素だ、と言っていたという。
「・・・・・?」
人払いを命じて、箱を開けてみた。
(・・・手紙・・・?)
筆跡は、天照の物だった。


知世。
そなたがこれを見るということは、私はリアンのことを『忘れて』いるということだろう。
今回のことは、そもそもは私が命じたことなのだ。

『国を統べる者』、すなわち『人の上に立つ者』が、その言動に心を配らねばならぬのは、そなたもよく知っていることと思う。
そして下々の者よりも遙かに重く、その口に上せる言葉に責任をもたねばならぬ。
常々思うことだが、そなたはどうも、少々言葉が過ぎるように思う。
もちろんそなた自身は冗談のつもりであったりするのであろうが、言われた方にとってはそうとは限らない。
時にはその者の一生、ひいては命すらも左右することにもなりかねない。
楽しむのもよいが、何事にも程々というものがある。
かというて、そなたが私の忠告を素直に聞き入れるとも思えなかった。
頭で解っていても、行動が伴わないといった感じで。
だからどうしたら良いか、そなたの将来を思ってリアンに相談を持ちかけた。
リアンは、『実際に体験しなければお解りにはなられまい。』と言った。
ではどのように体験させるか、という話になって、今回の事を提案してきたのだ。
私も迷った。
今のこの日本国で、いや、遙かな玖楼国などでも同様なのだが、リアンの事を覚えている者は1人もいない。
そう、知世、そなたを除いては。
それほどの術を仕掛けている。
リアンの魔力の高さはそなたも知る通り。
残念だが、この術はそなたのチカラをもってしても破れまい。
知世。
そなたは――――――――――悲しかったか?
それとも、怒りと憎しみに捉われたか?


呆然として。
知世姫は文面を見つめた。
『忘れる』から、大きく遠回りをして。
天照からではなく、ファイが託けたという形にして。
届けようとしたのだ――――――――――心、を。


もし『怒り、憎む』なら、事態はこのままでよい。
その事はリアンも了承している。
そなた1人が覚えていて。
その記憶すらもどこかに封印してしまうと良い。
憎まれ、忌み嫌われてまでこの国に在ろうとは思わぬ、と言っていただろう?
何の遠慮もする必要は無い。

だが、もし。
悲しい、と思ったのなら。
この同封してある組み紐を引きちぎれ。
だいぶ弱くなっているそうだから、そなたの力でも引きちぎる事が出来るだろう。
そうすれば――――――――――この術は解除される。

忘れるな。
『己が楽しむ』ために、『知らずに人の心を踏みにじる』行為の、その罪深さを。
施政者として決してしてはならぬ事だということを。
術をそのままにするにせよ、解除するにせよ。
『大切なもの』を失うことの、重さを。
そなたは心に深く刻み、決して忘れてはならぬ。

重ねて忠告する。
この事は、決して忘れるな。
そなたを諌め、在るべき姿にたち戻そうとした護り手の、その想いを。
『人の記憶を操作する』という、罪悪ともいえるこの行為の、必要とされる対価の、その大きさを。
そしてそれすらも、ものともせずに、従容としてその道をとってくれた、その心を。
己の心が引き裂かれ、砕かれる道を選んだのは何の為か。
全てはそなたの為。
ただその一点のみ。


この組み紐は。
黒鋼が心を込めて自分で組んで、『初めて』リアンに贈った物なのだから――――――――――。


箱に入っていたのは。
ほんの少し退色の兆しを見せる、藤色の組み紐。
そういえば、いつもこの紐で髪を括っていた。
一月ほど前から他の組み紐に代えていたようであったが。
きっと大切にしていただろう。
そこに込められた想いを、心を。
引きちぎれ、と。


知世姫は、泣いた。
自分のうかつな言動がもたらした、事の大きさに。
因果応報のことわりに。


そして。


泣きながら、藤色の組み紐を引きちぎった。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


「・・・解ってくれたら、それでよい。」
天照は、泣き崩れた妹をそっと抱きしめた。
「何事にも程々というものが肝要だ。そなたは人の上に立つ存在である事を忘れてはならぬ。」
これで、少しは。
(『大人』になってくれるだろうか。)
いつまでも子供じみた言動が許されるものではない。
『子供の戯言』で済まされなくなってきているのだ。
鉄は熱いうちに打て、という。
傷口が大きく広がる前に、取り返しのつかない事が起こる前に。
その身と心を呈して諌めた、その想いを無にしてはならない。


「・・・黒鋼。済まなかったな。」
「・・・・あぁ。」
天照が返した藤色の組み紐を、ぎゅっと握り締めた。
「今日はもうよい。明日も出仕に及ばぬ。明後日の朝番より『2人とも』勤めるように。」
黙って頷く。
「早く戻れ。『本当に飛び立っていってしまわない』うちに。」
「・・・わかった。」
ふっと黒き影は消え失せる。
天照は、知世姫の肩を抱き、ぽんぽん、と背なを叩いた。
「明後日には、『広東かんとん粥』を作らせよう。」
知世姫は、姉の肩にもたれて、コク、と頷いた。


************************************************


術は、解除された。
知世姫は、解ってくれたのだと解釈したい。
だが。
(絶対不可侵なる、『人の記憶』を操作した『罪』は消えない。)
自分のチカラの大きさも、知世姫にとっては不快な思い出として残るやも知れぬ。
(やはり・・・・私は。)


ここに、この日本国に『居てはいけない』。


本当は、『あの藤色の組み紐』を取り戻したかったが。
(贅沢は言ってはいけない。)
新しく作ってくれた組み紐をそっと手に取った。
(せめて、これを。)
持って行くことぐらいは許されるかもしれない――――――――――。


静かに家の雨戸を閉めた。
自分が天照と共に他国に赴いていた間、黒鋼はこの家に帰らず、清涼殿近くの支度部屋で寝起きしていた。
(・・・・これからも。)
この家の事も、そして自分の事も。
(・・・今度こそ。)
『皆』から、自分の記憶を。


庭に出た。
白鷺城の方に意識を飛ばしてみる。
知世姫は、もう落ち着いたようだ。
(申し訳ありませんでした。)
理由はどうあれ、荒療治だったのだから。


音も無く。
静かに魔法陣が展開する。
今まで何度と無く使ってきた次元移動の魔法陣。
風は纏わりつくように辺りに吹く。
目を閉じて。
顔を伏せた――――――――――。


「――――――――――!!!」


それは、突然の『嵐』。
疾風かぜはリアンの腕を掴み、猛然とした勢いで魔法陣の外に引きずり出した。
「?!」
何が何だか解らずに。
ようようにして、己が今、大きな腕に抱きすくめられていると理解した。
「・・・・・・・・・・。」
何も、言わない。
だが、その匂いと気配から、黒鋼だと解った。


何を言われるだろうか。
互いに納得づくでのことであったとはいえ、今自分が去ることは話してはいなかった。
その口から紡がれるであろう言葉は。
怒りの言葉か。
それとも恨みの言葉か。


「・・・・寒くなかったか?」


目を見開いて。
呆然とする。


あの梅雨寒の日に。
『寒さ』を訴えた、自分の事を、覚えていてくれたのか。
抱きしめながら。
その左手にはめたままだった指輪に唇が寄せられる。


「お前の居場所は、此処だ。・・・・もう、何処にも行くな。」


涙が、一筋。
その頬を伝って落ちた。


************************************************


いいか、これだけは。
お前の心によぅく刻んでおけ。
たとえ、どんな事態が起ころうとも。
お前が本当に俺の前から消えなければならない時にでも。
絶対に、俺の記憶は消すな。
俺は、忘れたくない。
俺は、覚えていたい。
喜びも、悲しみも、何もかもを。
――――――――――お前の『全て』を、記憶に留めていたい――――――――――。



             キリリク目次に戻ります



「66566HIT」をゲットしてくださった、沙羅様に捧げるショートショートです。

ふっふっふ・・・・・。(怪)

ブログで予告していた『別離』ネタです。
リクは『知世姫がお嬢と黒鋼に盛大な嘘をつく』というもの。
でも、知世姫の立場上、『嘘』はシャレにはなりません。
そしてその未必の故意とでもいいましょうか、それ故に起こる悲劇は、歴史上にも多く見られる事例であります。

本人には『その気が全くない』。
しかし、言われた側には、それはとても『重い』。

意識のすれ違いはよくあること。
しかしその一つ一つを、心からの気遣いと共に言葉にしたならば。
口に出してしまっては、取り返しがつかない。
ごめんなさいで済む話と済まない話とがあります。
知世姫はずっと『人の上に立つ』立場にあった。
『誰かに仕える』者にとって、『主命』とは己のいかなる事情よりも絶対である事の方が多いのだということを、おそらくは知らずにきたでしょう。
誰かが教えなければ。
天照が言った所で、おそらくは『身にしみていない』。
たとえ荒療治でも、これで知世姫は大きく成長できたと思います。
もちろん『黒い』事に変わりはありませんが(笑)、その言動は少し変わってくると・・・信じたいです。


沙羅様、ありがとうございました!(内容が内容だけに、返品受付中・・・・。)

           作者・シュウ   2007.07.07UP

copyright ©2006-2007 時の翼 all rights reserved

inserted by FC2 system