これは、初めてのホワイトデーに貰ったもの。
こちらは剛真の妻と一緒に行った市で買い求めたもの。
こっちのは白鷺城出入りの小間物屋から求めたもの――――――――――。
一つ一つに、甦る思い出。
自分の刻んできた『時間』が、そこに。
丁寧に反古紙に包み、箱や行李に納めていく。
それほど物を増やしたつもりはなかったのだが、意外と多い。
荷解きも大変だろうな、と予想される。
それでも。
これから行く所は――――――――――。
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本当にいいのか、と。
一体何度問うただろう。
それはどうしても信じられなくて。
「お前を諏倭の領主に任ずる。故国の再興に尽力せよ。」
天照の言葉を、半ば呆然として聞いた。
まだ肌寒さすら残る春の風が、立ちすくむ己を包んで吹き抜ける。
自分は、知世姫を護る、と誓った身。
白鷺城の忍者として勤める立場の者。
それを。
「もちろん、お前自身の『誓い』は守ってもらう。・・・月の半分は白鷺城に詰めてもらうからな。」
天照の言葉にぎょっとして目をむいた。
往復を考えると、諏倭に居れるのは僅かに数日ということになる。
「こちらに来るときは転送陣で送ってもらえばよろしいのですわ。」
袖に笑いを零しながら知世姫が言う。
確かにその分だけ行程に要する時間は短縮されようが。
「帰りはせいぜい馬をお飛ばしなさいな。」
「・・・・くそったれが!!」
思わず毒づいたのを、誰も責められまい。
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本当は。
「問題は山積みってワケだな。」
お触れが出てから一騒動が持ち上がった。
「理解は出来るが、どうしようもねぇんだがな。」
新領主である黒鋼の、白鷺城との関係位置が問題だった。
元々諏倭と日本国はほぼ対等の関係だった。
魔物の襲来を予見して救援に赴いたのも、友好国としての絡みがあってのものだ。
そして次なる領主となるべき黒鋼は白鷺城の忍者になった。
これはすなわち『諏倭が白鷺城の支配下に入った』ことを意味する。
しかし、諏倭の滅亡という事態を鑑みれば致し方ない事と、皆には諦めとともに了承されていた。
それが今、諏倭を再興するに当たり、月の半分を白鷺城の警護のために領主自らが赴くとなれば。
「それは、諏倭が日本国の属領となった、と内外に知らしめるものですな?!」
古くより諏倭にあった国人たちは気色ばんだ。
これをなだめるのに、納得させるのに。
恐ろしいほどのエネルギーを費やさねばならなかった。
しかも平行して諏倭の再興の為の青写真をも作らねばならない。
魔物の襲来で諏倭はその地形などを大きく変化させた。
『今』が分からなければ計画が立てられない。
「何とかならねぇか?」
諏倭に『入れる』のは、ただ1人。
しかしそれを大きく喧伝するわけにはいかない。
「では、こうしましょう。」
『手品』とは、こういうものを言うのだろう、と心底思った。
白鷺城の中庭で、魔法陣を展開し。
皆が見守る中、大きく広げた白い布に、絵図面を描き出した。
「おおぉ・・・・・・・!!」
固唾を呑んで見守っていた諏倭の国人達から、ため息とも嘆きともつかぬ声が漏れる。
神ならぬ身の、しかし神業とも見える業で、描き出された故郷の絵図。
それは、どれほど望んでも、見ることすら叶わぬ、祖国の。
我先に駆け寄り、ここは変わっていない、あそこは変わってしまった、などと口々に語りだす。
「・・・まだ、続きがありますから。」
少し苦笑するように告げれば、皆ははっとして布から離れる。
やがて絵図面に地下水脈や岩盤、断層などもうっすらと描きこまれて、光は静かに収められた。
「縮尺は正確ですから、かなり細かな所まで予定を立てることが出来るでしょう。」
「さすがだな。これだけのものがあれば大助かりだ。」
微かな微笑みを腕の中に収めて。
いわゆる『都市計画』から始めなければ、と呟いた。
それから5ヶ月。
諏倭に赴くのは、秋の初めと決まった。
「夏の暑さは作業に不向きだが、秋口からなら、雪が積もるまでにそこそこの事が出来るだろう。」
まず領主の館を完成させることになっている。
もちろん町の造営も平行して行われる。
ほぼ計画の概要が決まり、資材の調達も開始された。
家を建てる建材なども、計画に従って本数などが定められる。
次の収穫まで皆を養うに足るだけの食料の確保も重要だ。
農地のエリアもあらかじめ選定したが、本格的に耕作できるのは、やはり春になってからだろう。
「冬になる前に何とか麦ぐらいは蒔けるといいがなぁ。」
食料になるし、麦の穂は肥料にもなる。
やるべき事は、まさに山積み状態だった。
どうしても私事は後回しになる。
「済まねぇな。家の方は頼む。」
荷造り、片付け、挨拶回り。
近習としての務めもある。
それこそ睡眠時間を削って作業する日々が続いた。
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この子たちには。
「引っ越す、ということの意味など、実感されないのでしょうね。」
昨日まで一緒に居た友に会えなくなる。
城勤めの童子たちにも、近所の子供たちにも。
もちろん白鷺城を訪れる機会が無いわけではなかろうが、再会したとて彼らは覚えていてくれるだろうか?
「人は、『忘れる生き物』だから。」
ましてや幼少時の記憶、あやふやなままに終わることは多くあるだろう。
だが、これからは。
新たなる絆を、縁を、諏倭で結ぶのだ。
共に諏倭に帰る国人の中には、幼い子供も居る。
「きっと、友達になってくれるでしょう。」
自分たちが、『領主の子供』であったとしても。
自分の玩具などを選んでは行李に詰めている幼子たちは、どんな夢を見るのだろうか。
諏倭で。
『始まりの国』で。
(きっと、幸せになってくれる・・・と信じよう。)
自分には届かない未来を、この子達は紡ぐのだから。
忙しいなりに、形は整ってきた。
積み上げられた荷物が全てを物語る。
明日はこれを全て荷車に積み、先発してくれることになっていた。
そして昼過ぎには、自分たちも、また。
想い出は。
静かに脳裡を駆け巡る。
「日本国でお前と一緒に見る月は、これが最後になるかも知れねぇな。」
最後の夜、縁側で酒を飲みながらぼそり、と呟く。
自分は月の半分をこの日本国で過ごすが。
この人がここに、この家に戻ってくる事はおそらくもう2度とあるまい――――――――――。
「色んなことがあったな。」
「今となってはみな、良い想い出です。」
本当に『色々』あった。
思わず苦笑が漏れる。
諏倭の国人達の前で見せた、その『チカラ』。
ざわめきは、先走る思想を紡ぎだす。
日本国を打ち従え、諏倭を筆頭に。
『可能』だからこそ。
またしても押さえに奔走することになった。
無理もない。
日本国最強の忍者と。
知世姫を遙かに凌ぐチカラを持つ魔術師。
この取り合わせで、世界に君臨することは、ある意味容易い。
目をぎらつかせて決断を迫った急進派に対し、黒鋼は静かに言った。
「この日本国を、そして諏倭を、また戦乱に巻き込むのか?」
静かなる水面の如く平静な声音に、国人たちは、振り上げた拳をそろり、と収めた。
もちろんそれで『火』が消えたとは思ってはいない。
『火種』はくすぶり続けるだろう。
それを如何にして鎮めるか。
(俺自身の力量が量られるって所だな。)
前途多難とは――――――――――こういうことを言うのだろうか?
「必ず、『護ります』から。」
思わず杯を取り落としそうになった。
忘れていた。
静かな微笑みが、今己の傍に在ることを。
そして、この人は。
元々『護り手』なのだ――――――――――。
頭をぼりぼりと掻き。
それ以上の言葉を封じるかのように抱きすくめた。
「・・・『護る』のは、俺の仕事だ。」
「しかし。」
「どうしても、って時にはちゃんと頼むさ。」
そういう事態を招かぬようにするのは、己の使命。
「お前はしっかり奥を守ってくれたらいい。」
本当は。
『奥』のことだけ、といってもそれなりに大変だ。
しかも月の半分以上を空ける身、その分の『表』は、全て負ってもらわねばならない。
その苦労は、自分よりも遙かに多いことだろう。
苦労をさせることが解っている。
それでもなお、自分たちは、『前』に進まねばならないのだ――――――――――。
「一緒に創ろうな。・・・・・『新しい諏倭』、を。」
腕の中の『幸せのカタチ』を、しっかりと心に刻みつけて。
静かに干す杯は、月の色に照り染まる。
柔らかくも、清冽な、色に。
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「今まで受けた恩義は忘れねぇ。これからもよしなに頼みいる。」
「黒鋼に頭を下げられると、嵐が来そうで怖いな。」
茶化した言葉の中に、しかし微かな寂しさの色を感じた。
「息災であれよ。1日でも早い諏倭の再興を願っておるからな。」
「天照様、知世姫様にも、どうぞご健勝にてあられますよう・・・。」
「おぉ。そなたも達者でのぅ。」
「黒鋼が無理を言うようでしたら、すぐに私におっしゃいなさいね。」
「ありがとうございます。」
「ちょっと待て!そりゃあどういう意味だよ!!」
どっと笑いが起こる中、天照はス、とリアンの手を取った。
「機会あらば、日本国に参れよ。友としてゆるりと語り明かそうぞ。」
「御意。」
「・・・・待っているぞ。」
万感の想いを込めて。
静かに抱擁する日本国の帝は、紛れもなく1人の『人間』なのだと。
そして微かな微笑みでそれに応えるこの人は、何処か超越した存在なのだと。
女官長はそっと袖で目頭を押さえた。
「女官長にもお世話になりました。どうかこれからも天照様と知世姫様の事をよしなに頼みいりまする。」
「無論でございます。ご近習様にも、どうか息災にあられますよう。」
慈母の如く見守ってきた女官長にとって、さながら嫁に出す心境といった所か。
黒鋼に『風邪を引かせないように』とか『大事にして差し上げてくれ』とか、くどくどと繰り返している。
「あぁ、もう!解ってらぁ!!」
しまいにキレるのもいたし方あるまい。
「若・・あ、いや、お館様。そろそろ出立の時刻でございます。」
かつて幼少の頃、父に仕えていてくれていた者―――――はや老境に差し掛かっていたが―――――が声をかけてきた。
今度は側仕えとして自分に仕えてくれるという。
他にも何人もの志願者がいた。
国人達の想いの深さが知れようというものだ。
頷いて応えとする。
「では、出発する。」
「道中気をつけてな。」
ヒラリ、と馬に乗る。
「奥方様は・・・・。」
輿か馬車か。
答える前に、ひょい、と抱え上げられた。
「?!」
「お前は、ここだ。」
その為に身体の大きな馬なのだ、と。
実際黒鋼が今乗っている馬は、かなり大きく、丈夫そうな馬だった。
ふわり、と外套に包み込む。
「ひゅー、黒様、お熱いね〜♪」
「うるせぇ。」
「まあ時々遊びに行くからねー。」
「子守でも何でも仕事は山積みだぞ。」
「げー。」
冗談めかして、それでもほんの少し寂しそうにファイは言った。
「きっと、行くよ。」
「・・あぁ。」
そうだ。
これが今生の別れではないのだから。
今は笑って見送ろう――――――――――。
「出立――――――――――っ!!」
馬がひときわ高く、いなないた。
高い、高い、秋の空に向かって。

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