基本的に、新人というものはまず『理論』を学ぶ。
『OJT※(↓下に解説)』で身につけるものもあるが、基礎知識が無いと困ることが多々ある。
特に忍軍では、机上での理論を頭に叩き込み、同時に基礎体力などの訓練を行う。
そして実戦に順次配備し、己のスキルを高めていく、というのが普通だ。
今回も。
一通りの訓練を終えた若手―――――――といってもまだ少年少女たちだが―――――――が実戦に投入された。
もちろん指導する立場の者が引率する形になる。
今回は剛真と黒鋼がその担当になった。
担当する旨告げられたとき、黒鋼は盛大にその眉間に皺を寄せた。
「俺がやるのか?」
「お前だって中堅どころなんだからな。しっかり後進の指導に当たってもらわんと困る。」
あっさり言われて、しばらく唸っていたが。
不承不承何人かを引き連れて出た。
今回の『敵』は、刺客の一団。
6方向からの侵攻に、忍軍もそれぞれに分割しなければならなかった。
「第2陣として兵たちも準備させよう。」
天照の言葉に、『まあ必要無ぇとは思うが。』と答えた。
「どんな『ぺいぺい』でも、とりあえず頭数のうちにゃあ入るだろう。」
「まぁな・・・・・。」
剛真は苦笑いをして。
別のグループを率いて出た。
――――――――――『あんな事態』に陥るとも知らずに。
※『OJT』・・・『on−the−job training』の略。職場での実務を通じて行う従業員の教育訓練の事。
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刺客たちの中でも、比較的手薄そうなグループを選んだ。
思えば、その時に思い至るべきであったのだ。
『手薄すぎる』、と。
刺客の中に、『術師』が紛れ込んでいた。
そしてそれは一気に大量の魔物を召喚したのだ!!
「ちぃっ!!」
黒鋼は思わず舌打ちした。
自分の他に2人ほど中堅どころがいるが、共に破魔の技を持っていない。
対魔物戦に有効な技を持っているのは黒鋼しかいなかった。
「殿は俺がやる!てめぇらは、こいつらを連れてとにかく戻れ!!」
初陣にするには相手が悪すぎた。
今は戦力の温存を最優先にする。
合点して中堅の2人は、震え上がっている新人たちを叱咤し、退避態勢をとらせた。
「すまねぇ!後は任せる!!」
自分たちとて、破魔の技を持たないのだから。
「おぅ!そっちは頼んだぞ!!」
振り返る事無く叫んで。
黒鋼は魔物に向かって突入していった。
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狼煙が上がった。
「!」
物見の報告に、天照はその秀麗な眉を顰めた。
「忍軍を分断することが目的であるかと。」
「そのようだな。」
苦々しげに舌打ちして。
陰陽寮と兵をさらに6分割して各方面に向かわせる。
ファイにも出陣の下知が下った。
「行ってきまーす。」
飄々としてファイは馬上の人になる。
「どう思う?」
問われて夕闇色の瞳は静かに閉じられた。
「私なら、今この白鷺城を攻めますが。」
「そうだな。戦力の殆どが出払っている今はまさに好機であろう。」
己が意を得たり、と天照は喜んだ。
真に、この人は。
戦術論を戦わせるにせよ、帝王学を語るにせよ。
申し分の無い相手だ――――――――――。
パチリ、と扇を閉じるのと、物見の兵が敵の侵攻を知らせに来たのが同時だった。
「では、出ようか。」
「御意。」
つい、と手を伸ばして天照の胸元に羽根を1枚、ス、と挿して。
2歩ほど退がるその前を、天照は歩む。
その数歩後ろに付き従うは、異国の戦姫。
「白鷺城が如何に磐石なりしかと内外に知らしめる好機よな。」
天照は、笑った。
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少々苦労したがとりあえず全部片付けて。
集合場所に戻ってきた黒鋼は、剛真が戻っていないのに愕然とした。
狼煙を上げようとしたとき、1人の忍者が傷つき果てて戻ってくるのが目に入った。
「おい!しっかりしろ!!」
「・・魔物が・・・・戦頭が・・・・・。」
それだけ言って忍者は気を失った。
すぐに後方に送る。
「俺が行く。後の固めを頼む。」
「気をつけろよ!!」
仲間の声に送られて。
黒鋼は剛真のいる方に向かって走った。
考えてみれば、剛真の組も、破魔の技を持つ者は剛真だけだった。
それも自分などとは違う、ただ『斬る』だけ。
まとめて退治するような技ではない。
(荷が重過ぎるな。)
とにかく急いだ。
剛真の姿が目に入るのと。
彼に向かって襲い掛かる複数の魔物の姿が目に入るのがほぼ同時。
「天魔・空龍閃!!」
自在に空を駆ける剣戟は、剛真の周りの魔物を一掃した。
相手がひるんだ隙に、剛真の前に回りこむ。
「大丈夫か?!」
「・・見りゃあ解るだろう・・・・。」
ボタボタと。
鮮血が滴り落ちる。
そのままガクリ、と倒れこんだ。
「ガキ共!!早く手当てだ!覚えたとおりにすればちゃんとできる!!」
歯の根が合わさらぬほどガチガチと震え上がっていた新人たちは、飛び上がって薬嚢を取り出した。
だが、その手が震えてなかなか上手くいかない。
「落ち着け。まずは止血、次に消毒だ。」
「・・は・・・はい・・・・・。」
ガタガタと。
その手の震えは止まらない。
「俺は必ず皆を守る。だから安心して手当てをしろ。頼めるのはお前たちしか居ねぇんだ。」
黒鋼の言葉にはっとする。
紅玉の瞳は敵を見据えたままなのだが。
「・・・・はい!!」
深呼吸を1つ、2つ。
とんとん、と己の胸を叩く。
「・・・やります!!」
「よし。頼むぞ。」
「はい!!」
新人たちは、今度は震える事無く手当てを始めた。
何度も訓練したことだ。
落ち着いてやれば、手練れと遜色ないレベルで出来る。
空龍閃の威力に恐れをなしたのか、魔物たちは逡巡しているように見える。
だがじわじわとその包囲網は狭められてきた。
「手当てできました!」
「・・・よし。」
頷いて。
手にした銀竜を構えなおす。
「てめぇらの仕事は、戦頭を無事に連れ戻すことだ。」
「はい!!」
肩を貸し、身体を支える。
退避体勢が整ったと見て、黒鋼は改めて魔物たちの方を見遣った。
「・・・・マジかよ・・・・・・。」
視界に入る全ての空間に。
無数の魔物がひしめいていた。
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「・・・・・・・・・・・・・。」
ぴく、と。
その気配が粟立った。
「・・・如何いたした。」
『気』が変わったのを感じて、低く天照が問う。
敵を目前にして、臆したとは思えないが。
「・・・忍軍が・・・・魔物に囲まれたようで・・・・。」
「黒鋼が、か。」
言葉を濁す所に、その眉を顰める。
如何に公私のけじめをつけるといっても、この人の場合、極端すぎる嫌いがある。
「陰陽寮は間に合うか?」
「・・・黒鋼のいる方面には陰陽寮は数名しか・・・・。」
黒鋼の破魔の力を計算に入れすぎたか。
天照は唇をかんだ。
「・・・・『中枢』がどこか、わかるか。」
「・・・・巽の方角に。」
「・・・・・・・近いな。」
黒鋼たちがいる方向に。
天照は知らない――――――――――黒鋼が剛真と合流していることを。
そして、それが『巽』の方角であることを。
「ここに魔物が来なければ良い。それの方策だけは打ってくれ。」
『人間』の方は何とかしよう、と。
天照は口元を歪ませて笑った。
それすらも『美しい』日本国の帝・天照。
その妖艶にして凄絶なる微笑に後押しされて。
『3千年に一度現れる』伝説を体現したその人は。
ゆっくりとその顔を上げた。
「行け。」
「・・・・御意。」
無数の羽根が、白鷺城に舞った。
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(さすがに・・・・・ヤバいか・・・・・?)
思わずそんな思考が頭をよぎる。
敵の数に比して。
こちらは何とも――――――――――。
「・・・・・へっ・・・・・俺らしくもねぇ。」
自嘲気味に呟いて。
銀竜を構えなおした。
腕から流れる血が、柄を握る手を滑らせる。
「ちっ。」
右手の掌に簡単に布を巻いて。
当座の滑り止めにする。
「地竜・陣円舞!」
ドン!と。
周りに放った剣技に、魔物たちの前線が一瞬後退する。
だがそれもすぐに寄せられて。
剛真が、微かなうめき声を上げて身じろぎした。
「あ!戦頭!」
「気づいたか。」
黒鋼は剛真に、ぽい、と手套を渡した。
「・・・これは・・・お前・・・・・。」
「護法がかけてある。・・・・必ず護ってくれる。」
それは、あの人が。
「しかしこれは、ご近習様がお前の為に・・・・。」
「役に立った方があいつも嬉しいだろ。」
それは違う、という呟きは口の中で消えた。
「いくぜ。てめぇら!少しでも後退するからな!」
「は・・・はい!!」
銀竜に『気』が纏わりついた、その時!!
それは、突然、何の予告も無く。
足元に『現れた』。
「?!」
「・・・・『魔法陣』・・・・?!」
≪ これは、『シールド』だ! ≫
『龍玉』の声が響く。
次の瞬間。
無数に舞う羽根が視界を覆った。
「破魔・風雷陣!・・・『サンダーストーム』!!」
それは、かつて。
『魔物の国』で見た、魔法。
そのあまりの威力に声を失って。
出会ったばかりのその人に、疑念しか抱くことの出来なかった、あの時の。
そして今は――――――――――。
(『あの時』よりも威力が弱い・・・・?)
その考えは当たっていた。
魔物の国では、あたり一面の大平原だったから、あの威力だった。
しかしここは、場所は遙かに狭い。
そして魔物の数も、当然少ない。
おのずと威力は半減されて然るべしであった。
それでもあたり一面を覆いつくした光が静かに消えたとき。
皆は魔物の代わりに、白き衣をなびかせて立つ佳人の姿を見とめた。
「――――――――――ご近習様!」
「ご近習様!!」
「・・・・またチョロチョロ出てきやがって・・・・・。」
口は悪いが、しかし安心もした。
実際来てくれなかったら、どうなっていたか――――――――――。
「戦頭には、お怪我のほどは。」
「大事ありませぬ・・・・申し訳ない、腑甲斐無きばかりに・・・・。」
答える剛真の声は、かなり苦しそうだ。
それ以上の言葉を手で遮る。
「――――――――――あ!!」
新人たちが声を上げた。
見れば、再び魔物たちが現れ、その数を増やしていく。
「ここは撤退を。」
「お前はどうするんだ。」
「中枢を討ちます。」
「・・俺が、行く。」
何を好んで、大切な人を危地に追いやれようか。
しかし、リアンは首を横に振った。
「その怪我では、いささか。・・・私が行きます。」
「・・・しかし・・・。」
「時が、ありません。」
その一言は、氷のような冷酷さすら伴って。
「・・必ず、帰ってこいよ。」
その言葉に、応えは無かった。
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後方の陣地に引き上げてくると、そこはさながら野戦病院の様相を呈していた。
「黒様!!」
ファイが駆けてくる。
珍しく彼も負傷したらしく、腕から包帯が覗いていた。
「そっちもキツかったのか。」
「うーん、なかなか手強くってー。」
後に天照が言うには、『白鷺城を手薄にする為には、それだけの戦力を持ってひきつけておく必要があるだろう。』という事だった。
「そっちもやられたねー。」
「・・・あぁ。」
「ねー、『おかーさん』はー?」
「一応突っ込んどくが、てめぇの母親じゃねぇからな。」
眉間の皺を増やして、『敵の中枢を討ちに行った』といった。
ファイの表情が一瞬で変わる。
「1人で?」
「・・・あぁ。・・・・俺では太刀打ちできない、と言われた。」
「じゃあ、相手のレベル―――――――チカラの程度がどの程度か、予測がついてるね?」
「・・・・・・・・そのつもりだ。」
ファイが非難の声を上げるよりも先に。
黒鋼は大きく咳き込んだ。
口を押さえた手から、鮮血がボタボタと滴り落ちる。
「・・・!まだ手当てしてなかったの?!」
「・・・他の奴らが先だ。」
「解ってない――――――っ!!蘇摩さん!蘇摩さん―――――――っ!!」
ファイは黒鋼の腕をむんず、と掴むと、強引に天幕へと引きずって行った。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
必ず、帰ってこいよ。
そう、言われたから。
返事こそしなかったが、それは、『約束』。
返事をしなかったのは、『守れるかどうか』わからなかったから。
もう、嘘はつきたくないから。
よろリ、と立ち上がる。
一瞬目の前が暗くなったが、何とか支えた。
肩に受けた傷から血が流れている。
(この程度で済んでよかった。)
破壊と消滅の痕跡を微かに残す地を見遣る。
中枢を討つには、一切を消滅させるしかなかった。
相手は、術師ではなく。
大きなチカラを持ったアヤカシだった。
だからある意味容赦なく魔法を発動させたのだが――――――――――。
「・・・・・帰らないと・・・・・。」
約束を、果たす為に。
転送陣が静かに展開し、傷ついた鳥の人を彼方の地へと運び去った。
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『それ』を見た衝撃を。
おそらく一生忘れない、とファイは思った。
眼前の空間の『気配』が変わり。
はっとして皆飛び退いた。
光が満ち、現れたのは――――――――――。
「・・・ご近習様!!」
誰かが叫んだ。
そしてそれは、すぐに息をのむ驚愕に変化する。
その白き衣の肩を染める、鮮血の色。
赤と白のコントラストの鮮やかさ。
次いで、苦悶の声を微かに漏らし、腹部を抱え、身体を折り曲げるようにして倒れた、その姿。
辺りは一気に騒然とした喧騒に包まれた。
リアンの姿を一目見るなり、蘇摩は険しい顔をして人払いをした。
入ってはいけないし、中の様子も窺えない。
ファイはうろうろと天幕の傍を彷徨っていた。
パサ、と音がして。
はっと振り返れば蘇摩が顔を出した所だった。
「蘇摩さん!・・・容態は?!」
「・・・・怪我の手当ては終わりました。・・黒鋼はどこに?」
「・・・黒様なら、さっき手当てを・・・・。」
「俺はここだ。」
腹部に包帯を巻いているのが解る。
あちこちに貼られた膏薬が、その傷の多さを物語っていた。
「何だ、蘇摩。」
「ちょっと・・・・・。」
手招きをする。
ファイは遠慮する形で少し離れた。
(・・・・・・・・?!)
蘇摩に何事か言われて、黒鋼がその目を見開いた。
驚くようなことを言われたのだろう。
しかしその次の言葉に、その顔が見る見る曇り、苦しそうな表情に変わった。
そのまま誘われて天幕の中に入っていく。
「・・・そんな・・・・・。」
ファイは、自分の口をかろうじて押さえた。
叫びだしたい衝動、を。
声こそは聞こえなかったが、蘇摩の口は、確かに言っていた。
最悪の場合・・・覚悟はしておいてくれ・・・・・・。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
白鷺城を襲った刺客たちは、完膚なきまでに叩き潰されていた。
もちろん天照自ら出陣したのもある。
だがそれ以上に、魔物を一切寄せつけないシールドを張っていった、リアンの功績は大きいものだっただろう。
実は知世姫は数日前から風邪気味で体調を崩し、ろくに結界を張れない状態になっていた。
今回の侵攻は、まさにその間隙を突いたものだったのだ。
城は無事だということで、傷ついた忍者や陰陽寮の術師、兵たちは順次城へ戻されていく。
しかし。
蘇摩の天幕には、殆どの者が撤収した後もなお、緊迫した空気が張りつめていた。
「・・・今夜が、峠だ。」
牀台に横たわったその人は。
肩の痛みと、それ以上の苦痛にうなされ、苦しみ続けていた。
これも、『対価』なのか?
その手を握り締め、傍に居てやる事しか出来ない。
額に浮かぶ汗を拭ってやっても、その苦しみまでは拭い去ることが出来ない。
行くな。
行ってしまうな。
やっと『来て』くれたのに。
そして。
『連れて』行くな――――――――――。
俺は。
『願う』ことしか出来ないから。
もしこのまま『居て』くれるのなら。
全力で、護るから・・・・・・・・・・・・・・・。
「もう、大丈夫だ。」
いつの間にか、朝の声が聞こえてきていた。
眠ってしまっていたのだろうか?
蘇摩に声をかけられて、はっとして見遣る。
その顔に、苦悶の気配は既になく。
その呼吸は規則正しい、落ち着いたものになっていた。
「・・・・・良かった・・・・・・・。」
想いは声となって漏れ出てきた。
そう、心からの呟きとして。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「いいか、無茶は一切するなよ。」
「わかっています。」
「何かあったらすぐに休めよ。」
「はいはい。」
「重いものは絶対に持つなよ。へらいのに持たせりゃいいんだからな。」
「・・・・オレって荷持ちなの―――――?!」
「ちったあ働け。菓子や玩具ばっかり作ってねぇで。」
「これも交流の一環ですー。」
「とにかく!!荒いことは絶対するなよ!!」
過保護もほどほどに、と呟けば。
これのどこが過保護だ、と文句が10倍ぐらいになって返ってくる。
「まあしばらくの辛抱だしー。」
「・・・・そうかな・・・・・。」
「ま、でも本当に大事にしてね。」
「・・・ありがとう。」
「どーいたしまして♪『おかーさん』♪」
もうこれで訂正は無しだよ、と。
そっちの方が楽しいような金髪の魔術師は。
『その日』が来るのを、実はどこの誰よりも心待ちにしているのだった。

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