そこに、居たよ。
そこに、居るよ。
――――――――――『どこ』に?
知っているのは風に揺れる花だけ。
知っているのは花を揺らす風だけ。
かくれんぼの。
――――――――――『鬼』は?
夜空の月だけが知っている。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「気をお付け。『悪魔』がさらって行くよ。」
宿の女将はそう言った。
あまりの唐突さに目を丸くしていると。
「『悪魔』が・・・?」
「『さらう』・・んですか・・・?」
鸚鵡返しのように尋ねた小狼とサクラに、女将は大きく頷いた。
「お嬢さんのような若くて可愛い娘が一番危ない。次が元気な可愛い少年だね。」
それは納得がいく。
元来悪魔などの魔物が好むのは(もちろん例外もあるが)うら若い少年少女であることが多いものだ。
次いで妙齢の美女といった所か。
「じゃあ次は?」
「お兄さんのような美形の若い男だね。」
「わー♪」
それは喜んでいるのか恐れているのか。
――――――――――少なくとも後者ではあるまい。
「黒ぽんは大丈夫!悪魔が裸足で逃げ出すの〜〜〜!」
「何だと!コルァ!!」
白い魔法生物と黒い疾風との追いかけっこは完全に無視して。
小狼は女将に尋ねた。
「どうやったら『さらわれずに済む』んですか?」
「無理だねぇ。」
あんまりな答に思わず口をあんぐりとあける。
「え?」
「悪魔は姿を見せないからね。」
女将は手にしたノートでパタパタと扇いだ。
「姿は見えない。予告なんかしてくれない。でも消えちまう。・・・この国は。」
「――――――――――『神隠し』の国。」
女将は、びくり、とした。
夕闇色の瞳は閉じられたまま、言葉が紡がれる。
「『ディザペラス王国』。理由もなく、突然人が消える国。」
後になって、同じように神隠しが頻発する国に赴くことになるのだが、今の彼らは知る由も無い。
「鈴とか音のする物を身に着けてても意味なさそうだねー・・・・。」
ファイとしても、これは『困ったこと』に該当する。
一番狙われやすいというサクラは、自分を護る術を持たない。
『神の愛娘』と称されるが如き『強運』とても、どこまでサクラ自身を護れるものだろうか。
「とりあえずは単独行動しないようにするしかねぇだろう。」
黒鋼の一言で。
小狼と黒鋼がサクラに付き。
ファイとリアンで組む事になった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
それほどまでに警戒していたのに。
「まさか・・・・・。」
ショーウィンドウに飾られた綺麗な服にサクラが目を輝かせて。
しばらく眺めた後、では行こうか、と歩き出した。
「姫、疲れてませんか?」
そう言って振り返った小狼の目の前に。
サクラの姿が無かった。
黒鋼はちょうど腕がぶつかった人に『すみません。』と言われて、一瞬目を離していた。
まさに、刹那の出来事。
お互いに顔を見合わせて。
とっさに言葉が、名案が浮かばない。
「・・・・宿に、戻るぞ。」
辺りには、サクラの気配は無い。
ここは皆で相談した方が良さそうだ。
小狼も頷き、2人は宿への道を足早に歩み始めた。
*********************************************
「え?!サクラちゃんが?!」
「はい・・・すみません・・・・・。」
「小僧が悪いんじゃねぇ。俺が目を離したのが原因だ。」
「でも・・・・。」
「とにかくサクラちゃんの所在を突き止めないと。・・・どう?判った?」
ファイの問いかけを受けた人からの返事はない。
見れば両の手の人差し指と親指で窓のようなものを作り、それをじっと見ている。
周りには、魔法陣。
やがて魔法陣の光がすう、と消えた。
「見つかった?」
「・・あぁ。」
「・・・何処に!姫は何処なんですか?!」
「小狼君、落ち着いて。」
ファイに肩を叩かれ、小狼は恥ずかしそうに身を竦めた。
「で?姫は何処なんだ?」
それには答えず。
リアンは女将に尋ねた。
「この国に、『千の月』が見える所があるか?」
「『千の月』・・・・?お月様は1つだけどねぇ・・・・・。」
女将としても、お客が被害にあったのだから、どうにかしてやりたいと思うのだろう。
一生懸命考え込んでいる。
「『1つ』の月が『千個』に見えるってことかな?」
「まるで昆虫の目みたいですね・・・。」
「どういうことだ?」
「昆虫の目は、無数の小さな目が集まって1つの目を構成するんです。」
義父と渡り歩いた国で仕入れた知識なのだろうか。
小狼の説明に、黒鋼は信じられねぇな、などとぼやいている。
女将ははっとして、ぽん!と手を叩いた。
「あるよ!『千の月』が見える場所が!!」
すでに太陽は山の端に沈み、迫りくる闇色の空が夜の訪れを告げていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「あ、なるほど〜〜・・・・。」
「確かに見えますね。」
「これなら『1つ』の物が『千個』に見えても不思議じゃねぇな。」
女将に地図でその場所を教えてもらい(危険だから、と一緒に来ようとした女将の同行は拝辞した)来た『場所』は。
荘厳にして崇高な気を醸し出す、大きな『教会』。
その壁面の一角が、天井から床まで、ブロックガラスで構成されていたのだ。
ざっと見ても、その数は千はあるだろう。
恐らくは、デザイン性と採光性を兼ね備えたものだと推察できる。
「時間的猶予は少ない。このブロックガラスの端から端までを月が通過する間だけだ。」
術式を床に埋め込みながら説明する。
「二手に分ける。」
「二手?」
「『羽』も同時に手に入れる。」
「ええ?!」
「・・・・もしかして。」
眉間に皺を寄せながら黒鋼が思ったことを口にする。
「『羽』も『神隠し』にあったのか?」
「そういう事だ。」
月が、近づいてくる。
「担当はわかったな。」
壁面を上中下の3段に分けた。
1番上は黒鋼。
真ん中はファイ。
1番下は小狼。
「足場に気をつけてくれ。それと存外に月の光は強いからこれをかけるように。」
取り出したサングラスをモコナが配って回った。
「時が無い。だが、焦るな。焦れば何も見えなくなるぞ。」
「・・・・・・・・・・・。」
月が、ブロックガラスの端に手を伸ばしたその時!!
「うぉ?!」
瞬時にして発動した魔法陣から放たれた光が壁面を走り。
月の光とで挟むようにガラスを光らせた――――――――――。
*********************************************
(こんな・・・こんなことって・・・・。)
考えている暇も無い。
3人は丁寧に、しかし急いで担当分のガラスに目を走らせた。
背筋に冷たいものが走る。
(これが、『神隠し』の意味か。)
ブロックガラスの1つ1つに。
『小さくなった人』が封じ込められているのだ!!
膝を抱え、胎児のようなポーズで、どうやら眠っているらしい。
必死に1つずつ覗き込んでいく3人の周りをモコナは飛び回った。
「・・・・めきょっ!!」
小狼の担当分の、上の方でモコナは反応した。
「小狼!『羽』がここにあるよ!!」
「解った!そこをしっかり見ておいてくれ!!」
その目は休む事無くガラスの上を流れていく。
あっという間に月はガラスの半分を通過していく。
(急がないと。)
「・・・・居た!!」
「見つけたぞ!!」
その声は黒鋼とファイの口から同時に発せられた。
「ちょうど境界線の所だね〜〜。」
「どうやって助けるんだ?!」
「ブロックガラスごと抜き取ればいい。」
「・・・簡単に言いやがって・・・・。」
ぶつぶつ言いながら蒼氷を抜刀する。
少し狙いを定めて。一閃した銀光はチン、と鞘に納められる。
「モコナ、頼むよ!」
「了解〜〜!」
『羽』の位置を小狼に教えて、モコナはがばあ!と口を開けた。
「モコナ108の秘密技の1つ!『超!吸引力(中)』なの!!」
ブロックガラスの1つが抜き出され、モコナの口にすぽん、と納まった。
「黒鋼さん!」
小狼が叫んだ。
もう月は殆ど通過している。
小狼の緋炎では、その炎で『羽』に影響が出てしまう。
蒼氷が一閃し、モコナが『羽』のブロックを吸い込んだのと、月が通過しきったのはほぼ同時だった。
そして。
月がブロックガラスから隠れたその瞬間、人影のように浮かび上がった巨大な影が。
断末魔のような声を上げて蒸発するかのように消えていったのだった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「他に閉じ込められた人たちは、助けないんですか?」
それは当たり前に発せられた質問。
答は、冷水を浴びせるが如くに淡々と返される。
「この国の事は、この国の者が解決すべきだ。」
「でも、それなら何故、『悪魔』を退治したんですか?」
「我々が移動するまでの僅かな間に、また攫われるかもしれない。その危険性の根源を断っただけだ。」
「でも・・・・・・・・。」
あのブロックガラスの1つ1つに封じ込められた人々は。
「――――――――――忘れるな。」
その顔は、笑ってはいない。
人間の感情、思惑、一切を無視して。
それは。
『時の旅人』の冷徹なまでの心の在り方。
「時間にせよ空間にせよ、我々はただの通過点、異分子に過ぎない。『歴史』を変えることは許されない。」
外来の異分子による『歴史』への干渉は、本来あってはならないもの。
小狼は紗羅の国を思い出して身体を固くした。
あの国の『未来』は自分たちが変えてしまった――――――――――。
顔を伏せてしまった小狼に慰めの言葉をかけるでもなく。
モコナに次元移動を命じたその人の。
ずっと握り締めたままだった左手を、ファイはそっと手に取った。
次元移動の風が服をなびかせ、その手を隠す。
「オレに治癒魔法が遣えたらね・・・・。『火傷』、痛むでしょう?」
「大事無い。所詮は『対価』だ。」
「・・・君って人は。」
ファイのため息と。
眉を顰め、細められた紅玉の瞳を。
次元移動の風は次なる国へと運び去っていったのだった。

|