魔術師は、空を見ていた。
静かに、静かに。
白い雪が舞い落ちる、鉛色の空を。
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最近なんだか気分がぱっとしない。
もちろん笑顔は常に絶やさず、を心がけているから、万が一にも気付いた者が居たとしても少数だと思う。
何か物を作ったり。
童子たちと遊んだり。
侍女たちと他愛もない話に花を咲かせたり。
黒様をからかってみたり。
色々やってみるけど、何かが。
「解んないなぁ・・・・。」
我知らず呟いて。
空を見上げた。
「あ。」
白い物が降ってきた。
「冷えてきたと思ったら雪かぁ・・・。」
日本国の『冬』はセレスとはタイプが異なる。
『四季』が有るから、セレスほど長期間寒いというわけではない。
それでも今年は結構雪は多いな、と少し的外れな感想を抱く。
日本国に来て、2回目の冬。
近習としての勤め(あまり働いてはいないが)にも慣れてきた。
この国の風習などにもだいぶ理解が及ぶようになった。
人々との関係も良好だと思っている。
何よりも。
『護ろう』としてくれる黒い疾風が。
さまざまなサポートをしてくれるのがありがたかった。
「・・・・・・・・・・・・?!」
思わず目をパチクリとさせて。
口も半開きだったかもしれない。
きっと黒様に、『バカ面だ。』とか言ってからかわれるような、きっと、そんな顔。
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空へ、次いで地面の方へ目をやって。
思わぬものを認めてファイはその目を見開いた。
ご神木の傍に――――――――――。
「・・・もう!!ホントに解ってない!!」
呟きに怒気を滲ませて、ファイはヒラリ、と欄干を飛び越えた。
そのまま屋根を伝い、ひょいひょいと下に飛び降りて。
ストン、と地面に足をつけた。
「ファイ?どうかし・・・・。」
「こんな所で突っ立ってたら冷えちゃうからダメって言われたでしょ!!」
きょとん、とした顔をしているのに、はあ、とため息をつき。
「とにかく中に入って!!」
言いながら腕を取ってぐいぐいと引っ張って屋根の下へ行った。
肩や髪にかかっている雪をパタパタと払いのける。
「あのねぇ〜〜『おかーさん』に何かあったら『大変』なんだから、ちょっとは自覚持ってよ!!」
「何が『大変』?」
「だ〜〜〜か〜〜〜ら〜〜〜・・・・・・・。」
本当にこの人は。
自分の事になると、どうしてこうも無頓着なのか。
「何かあったら、黒様がまずうるさいし〜〜〜。」
「そうなのか?」
「認識ゼロの人がここにー!!」
本気で解っていないだけに、想いは空回りをする。
「もう!!おかーさん、天然すぎ!!」
「???」
おそらく黒鋼が何を言っても通じていないだろう、とファイは確信すらしている。
(黒様、ご愁傷様・・・・。)
心から同情してしまったのも、已むを得まい。
「とにかくねえ!『1人』じゃないんだから!お腹の赤ちゃんに何かあったらどうするの!!」
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予定日は来年の5月くらいだと聞いた。
傍目には、お腹に赤ちゃんがいるなんてまだ解らない。
元々ぴったりした服でもないし、比較的細身だし。
秋の頃、大掛かりな侵攻の際に魔法を豪快に遣って、危うく流産しそうになった。
「身籠ってるなんて、蘇摩に言われるまで解らなかったからな・・・・。」
頭をかきながら呟いた黒様は、照れくさそうにボソッと、でも実は本当に嬉しそうに言った。
そう、待ち望んでいた『子供』が出来たんだから。
そして、オレだって本当に嬉しかった。
オレと同様、長い長い時間を生きてきた魔術師。
かなりの点でオレと共通項を持つ、『闇の中に在った』人。
チカラの差は歴然としているけど、同類的なものをオレは感じている。
オレの事を誰よりも理解できるのも、この人だけ。
黒様には解らないことも、この人なら。
だから。
命の連鎖が断ち切られることなく繋がっていくことが、何よりも嬉しい。
闇の中に生きてきたオレ達だから。
『滅び』しか知らなかったオレ達だから。
新たな命の誕生は、『光』。
オレにとっても、それは大切な、大切な、何ものにも換え難い、『光』。
「頼むよぉ〜〜大事にしてくれなくっちゃ困るんだから〜〜〜。」
「それもそうだな。」
「ホントに解ってるー?!」
「解っている。」
「・・・絶対『解って』いないー!!」
この噛み合わなさっぷりは、ある意味すごいと思う。
自覚の無さが、普段のこの人からは想像も出来なくて。
女官長が頭を抱えていたのを知っている。
「ご近習様には、こういう教育は受けてこられなかったのかと・・・・。」
苦笑いでごまかすしかなかったけど、それはたぶん、きっと、そう。
『翼を統べる者』のチカラ故に思春期を幽閉され、外との接触の一切を断たれていた。
出てきたら政略結婚を言い渡され、それすらも叶わないままに国は滅びてしまった。
子供を育てるイロハなんて、きっと教えてもらってないんだろうな、と思う。
無論、オレだって。
学んで当然のことを学んでこなかったかもしれないから、人の事は笑えない。
それでも何だかとっても可笑しいのは、何でだろう?
こんな風に。
何故『笑って』しまえるんだろう?
「ファイ。」
呼びかけられていることに気がつかなくて、何度目かでやっと『聞こえた』。
「え?・・あ、ごめん、ボーっとしてた。」
おかーさんが天然だからー、と笑ってみせれば。
笑っていない深遠の闇がオレをまっすぐに捉えてくる。
「ここに・・・・この日本国に『居る』のは『辛い』か?」
オレの周りから、『音』が消えた。
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暗い、暗い。
闇のようで、でも闇ではなくて。
でも『光』が無い。
見えているのに、何も見えない。
何だか息苦しい。
深呼吸しても酸素が肺に入ってこない。
息が急激に荒くなる。
オレは叫んだ。
声にならない声で。
タ ス ケ テ
額に、ふっと温かいものが触れた。
(?)
手をやってみるけど、何も触れない。
でも、温かい。
いつの間にか、呼吸が楽になっていた。
お や す み
何処からか聞こえた声に、オレは逆らう事無く目を閉じた。
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「・・・こんなもんか?」
最後の石を載せて、黒鋼は額の汗を拭った。
『出来上がった石の壁』を、手が辿っていく。
「うん、これなら。」
「そうか。」
パンパン、と手をはたき、井戸の水を汲み上げてバシャバシャと顔を洗った。
「これでヘラいのが何とかなるのか?」
「その一助にはなるのではないかと。」
「・・・・無理は、するなよ。」
身体に障るようなことになれば、逆効果だ、と。
子供が出来た事を、我が事のように喜んでくれたのだから。
「さっそくやってみようかな・・・。」
薪の束に手を伸ばしたのを見て、だからおめぇは解っていねぇんだ、とぼやきつつ。
束ごと取り上げて、自分が運ぶ。
灯心から移した火をつければ。
勢いよく火は燃え上がった。
「これで一体何をするんだ?」
「出来上がってからのお楽しみ・・・・。」
邪気の無い笑顔は、まるで子供のようで。
そして、どこか『怖い』モノなのだという事もまた、黒鋼は旅で思い知ってもいるのだった。
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ああ、あれは、確か。
(そう、桜都国。)
喫茶店を開いて、毎日のようにお菓子を作った。
夢の世界ではあったけれど、とても楽しかった。
(サクラちゃんにお茶の淹れ方講習会を開いたりしたなあ・・・。)
そのおかげか、サクラの淹れるお茶はとても美味しい。
バターをたっぷり使ったクッキー。
フォンダンショコラは初めて食べたけど凄く美味しかった。
今ではオレの得意料理の一つだ。
皆の食事もオレとサクラちゃんで用意した。
朝食は殆どオレだけだったけど。
厚切りトーストに手作りバターとジャムをたっぷり塗って。
サラダにもお手製ドレッシング。
スープはその日の気分でコンソメだったりコーンクリームだったり。
牛乳嫌いだって知って、黒様だけちょっとメニューを変えたりもしたなあ。
(そうそう、この匂い。)
たっぷりバターの、パンが焼ける匂い――――――――――。
「・・・・・・・・・・・え・・・・・・・?」
目を開けて。
思わずパチクリ、とした。
黒い天井。
よく見ると、木目が見える。
微かに薬草の匂いがする――――――――――てことは。
(ここ、病棟?)
蘇摩さん管轄の病棟(というよりは医務室)だ。
最初に日本国に帰ってきたとき、傷ついていたから、この部屋には長くお世話になった。
見間違うはずも無い。
でも、この『匂い』は?
「お目覚めになりましたね。」
カーテンのように仕切られた垂れ幕をくぐって蘇摩さんが顔を出した。
「お脈を拝見しますね。」
手首に指を当てる。
しばらくして、もう大丈夫でしょう、と言ってくれた。
「冷めないうちにどうぞ。」
そう言って差し出されたお盆の上には――――――――――。
ほかほかと湯気を立てるポタージュスープ。
ちょっと大きめの丸型パンを半分に切ったものは、つついてみるとフワン、と柔らかい。
バターとジャムが添えてある。
りんごのジャムだ。
「七日七晩、眠っておられたんですよ。」
「・・・え――――――――――っ?!」
「内臓も弱っていますから、よく噛んで食べてくださいね。」
それでサラダが無かったのか、と合点した。
でも。
「蘇摩さん・・・ここ・・・日本国、ですよね・・・?」
「?はい、そうですが?」
「これ・・・・・どうして・・・?」
『日本国の食事』にしては、あまりにも違う。
次元の魔女さんに送ってもらったのかも、と思ったけど、それは違う、と何故かそう思えた。
パンなんて。
スープなんて。
バターなんて。
ジャムなんて。
「ご近習様がお作りになったものです。」
あぁ、やっぱり。
「慣れぬ生活、色々な『澱』がたまっているのだろう、とおっしゃって。」
さあ、どうぞ、と。
再度促されて、オレはパンを手に取った。
バターナイフも、特注なんだろうか。
たっぷりとバターを塗り、ジャムも塗った。
りんごの甘い香りがする。
ぱく。
もぐもぐ。
次にスープを1さじ飲んだ。
ごく。
ポタリ。
手に水が落ちた。
温かい、水。
蘇摩さんは席を外していてくれている。
次から次へと『水』は零れ落ちてくる。
それと同時に。
何だか身体が軽くなっていくような、そんな感じがした。
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どこかで、オレは無理をしていたのかもしれない。
この国に馴染もうとして、トラブルを避けようとして。
知らないうちに線を引いていて。
その線を気取らせないようにするのに疲れていたのかもしれない。
「何でもかんでも『出せば』いいものではないが。」
『時の渡り人』は、笑った。
「発散するのも、また必要だ。」
「じゃあ、『ここで』発散してもいい?」
「どうぞ。いつでも使うといい。」
黒鋼の私宅の庭に造られた、小さな『石窯』。
「本当に小さいから、ほんの少ししか作れないよ。」
「それで良いよ〜冷蔵庫も無いしね〜。」
「バターなんかは郊外の酪農家から牛乳を貰うといい。」
「黒様にもプレゼントしようかなぁ♪」
「要らねぇよ!!」
何もかも合わせなくてもいい。
郷に入れば郷に従えとはいうけれど。
オレは、オレだから。
オレがオレ自身を見失ったら、意味が無い。
次に作るのはクリームパンにしようか。
ジャムパンもいいな。
和洋折衷であんパンもいいかも。
でもやっぱり最初はクッキーかな?
甘さを控えたら緑茶にもきっと合う。
小さな石窯の前で。
氷雪の魔術師は、ふわ、と微笑みを浮かべた。
日本国に、住まいし始めて1年半。
それは『初めて』の、『本当の微笑み』だった。
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