薬品の匂い。
でも不快感までに至らないのは、空調がよく効いているのだろう。
シーツはさらっとしていて気持ちがいい。
掛け布団は重すぎず、軽すぎず。
照明は柔らかで刺激を与えない。
こまめに出入りする看護士たちは、皆にこやかに微笑みかける。
ここは、天国。
そんな錯覚すら覚える。
メディティナ・ワールド。
『非常に医療技術の発達した国よ。そこに行ったのは幸運というべきね。』
次元の魔女の言葉は、正しい。
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この国に降り立った時。
ものの数刻と経たぬうちに取り囲まれた。
「大変だ!怪我をしているじゃないか!」
「病院で検査を受けておいで!」
「治療もしっかりとしてくるんだよ!」
「あぁ、心配ないよ、ここは誰だって治療代はタダだからね。」
口々にいうこの国の人々は。
誰が呼んだのか、救急車が到着したとたんに皆をそれっとばかりに車内に押し込んだ。
「いってらっしゃ〜い!!」
「早く良くなるんだよ〜〜!」
見送りを受けて思わず苦笑いがこぼれてしまった。
実際問題として。
前の国がかなりハードだったせいもあり、皆が皆傷ついていた。
サクラですら、小さいが怪我をしている。
到着した先で(どうやら病院らしかった)あっという間に検査室に運ばれる。
採血されたり、レントゲンを撮ったり。
結果。
「全員入院です。」
医者の言葉が『神の福音』と『悪魔の勝ち鬨』の両方に聞こえる経験はそうそうあるものではない。
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思わぬ『骨休め』になったといっていいだろう。
怪我の比較的軽かったサクラは、一応退院扱いになったが、行く所もないので病室に『住んでいる』。
もちろん名目は『付き添い』だ。
怪我のひどかった小狼も、かなり回復している。
明日あたりファイが退院できそうだった。
「サクラちゃん、モコナは?」
モコナも実は入院させられていた――――――――――。
「リアンさんの所に・・・次元の魔女さんと話があるって。」
「そういえばリアンさんだけ個室だねー?何でだろう?」
今男組がいるのは5人部屋。
サクラが入院していた部屋(もちろんモコナも一緒だった)は4人部屋だった。
しかしリアンだけが個室にされている。
もちろん希望したわけではない。
(言った方がいいんだろうか・・・?)
小狼としては、大いに悩む所だ。
実は小狼だけが知っていることがある。
たまたま検査だ、ということで病室から移動していた時のこと。
細く開いていたドアの隙間から、別の検査室の中が見えたのだ。
たくさんのコードを体中に取り付けられ、データを取られまくっている、その姿を。
何故そんな事をされるのかわからない。
確かに怪我は結構酷かったのだが。
それでも治癒魔法でかなり回復していたはずだ。
なのに、あの扱いは?
考えこんだ小狼を、心配ゆえの沈黙と見たのか。
大丈夫だよ、きっと、とファイが肩を叩く。
思い直してファイに笑ってみせる、その横顔を、黒鋼はじっと見ていた。
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「〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・。」
ふと聞こえてきた話し声に、皆はふっと口をつぐんだ。
同室の他のベッドの方から聞こえる声。
そこには、難病だという少年が居る。
「いよいよだね!待ち遠しいな!」
「・・・でも・・・不安なんだ・・・・。」
「大丈夫だって!!僕を見てよ!こんなに元気になったんだよ?!」
「・・・うん・・・・・。」
「君より僕のほうがずっと重かったんだよ?その僕がこんなに元気になったんだ!!大丈夫さ!!」
熱弁を振るっているのは、時折きていた、同じ病気の子供だろう。
確か隣の病室だったはずだ。
見れば病衣を着ていない――――――――――もう退院したのか。
「大丈夫だよ!『天使の羽』があるんだもの!!」
はっとして耳をそばだてた。
「あの不思議な『羽』のおかげで僕は治ったんだよ!君だって大丈夫!!」
「本当にいいのかな・・・?」
「何が?」
「・・・『天使の羽』のおかげで治って・・・僕は幸せになれるのかな・・・・?」
「・・・え?」
「・・・だって・・・・『自分の力』で治るんじゃない・・・・。」
「・・仕方ないよ。僕たちの病気は自分たちではどうする事もできないし、治療法も無かったんだもの。」
少年の、葛藤。
皆は顔を見合わせた。
「・・・姫の羽、ですよね・・・・?」
「たぶんねえ。」
「ここでは難病の治療薬になっているのか。」
「・・・それじゃあ・・・・・。」
『取り上げて』、『自分の手元に取り戻す』なんて、出来ない。
『羽』があれば、救われる『命』。
『羽』が無ければ、苦しみの中に失われる『命』。
「この世界の『羽』は、ここに置いていきます。」
サクラは決然として宣言した。
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「確かに難しい問題だが。」
閉じられた夕闇色の瞳は、何を語るのか。
相変わらずコード類が多数取り付けられてはいたが、面会謝絶が解かれた病室に、皆は集まってきていた。
最後に残っていた小狼も、今日退院の許可が下りた。
コード類にある意味『拘束されて』いるせいか、憔悴しているようにも取れる。
「――――――――――この国にある『羽』は、サクラ姫にとって重要な役割を持っている。」
「・・・・どんな?」
ファイには、何だか解るような気がして。
促されて紡がれた言葉は、予想の範囲内だった。
「記憶のみならず、サクラ姫の『能力』そのものに関わっている。」
つまり、『必ず』手に入れなければならない『羽』なのだと。
サクラはしかし、顔を伏せた。
自分にとっても、『重要な』『大事な』羽。
でも、『羽のチカラによる薬』が無かったら。
あの少年や同じ病気に苦しむ人々に、救いの道はない。
「・・・・何かで代用は出来ねぇのか?」
黒鋼の問いに、ファイは首を横に振った。
「あれほどのチカラを持つ物の代用品を作るとなると、かなり大きなチカラが必要になるよ。」
そして、その『チカラ』は。
すべて目の前の『この人』が背負うことになるではないか。
そうと知って、黒鋼も口をつぐみ、忘れてくれ、とだけ呟いた。
「・・・少し、考える。」
ぽふ、と。
枕に頭を落としてそのまま目を閉じて動かない。
消耗した体力や魔力の回復の為に眠ろうとしているのだと推察して、皆はそっと部屋を出た。
「しかし何であんなに紐が取り付けられているんだ?」
黒鋼には『コード』が理解できない。
小狼は苦笑しながら、『何かの情報を記録しているようです。』と答えた。
「何の?」
「・・・さぁ・・・・・。」
さすがの小狼にも、ファイにも予想がつかない。
「とにかく、『羽』の在り処だけは掴んでおこうよ。」
ファイの進言で、皆は聞き込みを開始することになった。
しかし、サクラの足取りは――――――――――やはり、重い。
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『羽』は医療センターの中央特別室に保管されていると解った。
それを報告すると、3日待ってくれ、という返事が返ってきた。
3日。
――――――――――3日?
何のための『3日間』なのか。
皆目見当がつかない。
3日後。
皆は再び病室を訪れた。
「あ・・・・・・・・。」
部屋の中はカーテンで閉め切られていた。
そのカーテンの手前で、モコナがサクラの羽を持って待っていた。
「モコちゃん、これ・・・・。」
「うん、サクラの羽だよ。」
「でも・・・・・。」
「大丈夫!代わりに『コピー』を置いてきたから!」
バチン!!
小狼の頭の中で、『何か』が谺した。
グラリ、とした身体を黒鋼が支える。
「どうした?!」
「小狼君?!」
口々にかけられた声はどこか遠くて。
代わりにひとつの言葉がリフレインする。
コピー。
コピー。
コピー。
その言葉が示す意味は、今の小狼には解らない。
額に手を当てて、熱が無いかどうかを見ていたファイは、ふっと眉を顰めた。
いつか、きっと。
『真実』は、『姿』を表す。
その時まで――――――――――せめて、今は。
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「・・・侑子がね、コピーを作ってくれたの。」
『3日間』は、それに要した『時間』。
「・・・対価は、何だ?」
『あの』次元の魔女が、対価も無しにこんな事をするとは思えない。
「リアンが侑子と話していたんだけど・・・モコナ眠っていたからわからないの・・・・。」
また、あの人が。
自分だけで『対価』を背負って。
自分たちの『旅』なのに。
関わりなど、どこにも無い人なのに。
何故。
カーテンをそっと開けると、眠っている、その姿。
何の気なしに計器に視線を流した小狼は愕然とした。
(な・・・・何だこれ・・・・?)
背中に、いや身体中に、冷たいモノが流れていく。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
表れた数値が何を示すのかが解ったのが小狼だけでよかった。
皆がその『意味』を知ったならば。
――――――――――一体どうなっていただろう?
聞きたい。
知りたい。
何故なのかを。
その意味を。
でも――――――――――怖いのは、何故?
まだまだ青白い顔のまま。
次の国への扉が開かれる。
自分の事を、一番知ってくれている人なのに。
サクラとは別の意味で、大切な存在なのに。
なぜ―――――――護れない?
小狼は目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、光が示した『異様な』数字。
教えてはもらえないんですか。
――――――――――ほとんど打っていないに等しい『脈拍』の意味を。
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