何だろう、この違和感は。
「では行きましょう。宿屋はこの角を曲がったところです。」
地図を見ながら小狼が言う。
「おぅ。」
「じゃあ、行こうっかー。」
「モコちゃん、大丈夫?」
この国に着いてから、少しふらふらとしていたモコナに、サクラが心配そうに問いかける。
「うん、もう大丈夫だよ。 、サクラ。」
「?!」
この、妙な時間の空白は?
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「いらっしゃいませ。」
宿の主人は愛想良く一行を出迎えた。
「男性3名、女性1名ですね?」
「モコナはモコナ!」
「・・・はいいから。・・・すみません、あと1人女性が居ます。」
モコナの口をモガモガと押さえ、小狼が訂正を入れる。
「ちょっと今、別行動なので・・・・。」
「わかりました。ではトリプルとツインをご用意いたします。」
主人は宿帳をめくっていたが、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません、ちょっとトリプルがご用意できなくて・・・・。」
「・・・俺が1人部屋に行けばいい。」
一番身体が大きいから、と。
黒鋼の言葉を聞いて、主人はさらに困惑した顔をした。
「実は・・・シングルも満室なんです。料金はトリプルとツインの場合と同じにしますから、ツイン3部屋でいかがでしょう?」
「それならいいんじゃないー?」
ファイが皆に了解を求める。
「黒りん!モコナがいっしょに寝てあげる!!」
「ぜってぇに来・る・な!!」
「黒鋼、意地悪ー!!」
ドタバタはさておき。
聞けば宿屋はここ1軒だというので、迷うこともあるまい、と皆は安心した。
「ではお部屋の方へご案内居いたします。」
「 ございます。」
「?!」
確かに『言った』のに。
『声』は聞き取れなかった。
その部分だけ霧の中に消えてしまったかのように。
*********************************************
「変だね?」
「変ですよね。」
「『言葉』が『消えている』な。」
「それも『特定の言葉』・・・・ですね。」
皆の推測は当たっている。
『ある言葉』を言おうとすると、そこだけ『声』が消える。
発せられたはずの音声が『届かない』。
言った本人の耳にすらも。
「何故?」
解らない。
さすがにこれを理解できる者がいるとしたら。
(当事者か、あるいは。)
『当事者よりも遙かに強いチカラの持ち主』。
「モコナ、羽の気配は?」
モコナはうーん!と念を凝らした。
「ある!・・・・けど・・・・?」
「何か問題あんのか。」
「うん・・・・・・。」
モコナは小首をかしげ、表現しうる言葉を探しているようだ。
「羽・・・・・・・『本になってる』・・・・?」
皆の頭に、さっとレコルトで見た『記憶の本』が甦った。
サクラの羽で装丁された、原本。
写本ですら、人の記憶を写し取るチカラがあった。
それと同じようなものなのだろうか?
「違う。」
それはモコナが言下に否定した。
「レコルトの『記憶の本』とは全然感じが違うの。何だか・・・・・・。」
そこで、言葉を切った。
「『羽』が『言葉』を『紡いでいる』・・・・・。」
「え?」
「『羽』が?」
「『言葉』を『紡いでいる』?」
「『記憶』を写すのではなく?」
皆は顔を見合わせた。
意味が理解できない。
「・・・・・・・・『羽』が本を『書いている』と言った方が正しいか?」
唐突な声は、皆を振り向かせるのに十分だった。
それは、あまりにも。
――――――――――疲れ切った声、だったから。
「何処へ行ってやがったんだ?」
「何か・・・『仕掛けて』きたの?」
大人組の質問に答えるのも億劫だという風に。
代わりにポイ、と1冊の本を投げ出した。
「『ポーシァ』・・・・・?」
「『詩集』だ。」
パラパラとめくってみるが、いわゆる普通の『詩集』のように思われる。
これの『何処』が怪しいのか?
やがてモコナの目がめきょっ!となった。
「この本から、サクラの羽の気配がする!!」
全ページを調べたが、それらしき物は見つからない。
「モコナ、何処に『羽』が?」
小狼の言葉に、モコナはとても困った顔をした。
「・・・その・・・・『気配』はとても小さいの。でも、本全体に『有る』の。」
「・・・・・・・・・??」
わけが解らない。
黒鋼は既に考えること自体を投げているようだ。
サクラもうんうんと考え込み。
ファイは腕組みをして首をかしげた。
「お前には解るのか・・・・・って、おい!!こんな所で寝るな!!」
黒鋼の慌てたような声に見れば。
ぺたり、と床に座り込んで。
そのまま柱に凭れるように眠っている。
「・・・・おい!!」
その肩を揺さぶれば。
億劫そうな声が微かに返る。
「『詩集』が『完成』すれば・・・・。」
寝息はそれ以上の問いかけを敢然と拒否した。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「まったく女組と来た日にゃ、無防備にもほどがある。」
黒鋼のぼやきに小狼は苦笑した。
ファイはベッドを用意しながらこれまた苦笑を零している。
リアンが眠り込み。
ほとんど間をおかずしてサクラもまた眠り込んでしまった。
皆が集まっていた部屋は小狼とファイの予定だったのだが、運ぶのも面倒だ、ということで急遽女組の部屋になった。
元々荷物なんてものは殆ど無いし、有ったとしてもまだ広げてはいなかったので。
「オレ達が『男』だって認識されてなかったりして〜〜?」
「冗談じゃねぇ。」
文句を言いながら、それでも2人をベッドに放り込む。
――――――――――実際は、それぞれそっと横たえたのだが。
小狼が毛布をかけるのを見ながら、ファイは黒鋼に尋ねた。
「黒りん、『詩集が完成すれば』どうなると思う?」
「それ以前に、この詩集とやらは『続き物』なのか?」
「はい。この本で5冊目・・・・あと1巻あるようですね。」
小狼が示した所には、『6−5』とある。
シリーズが『完成』したら。
――――――――――何が起こる?
「この詩集の作者に会ってみようよ。」
とりあえずそれが一番手っ取り早いだろう。
小狼は奥付の住所などを確かめ、宿の主人に貰った地図でその場所を探し始めた。
「ありました!ここです。」
指差した所は、この宿からはさほど離れていないように見える。
しかし手前に大きな沼があり、道はかなりの距離を迂回していた。
「面倒だな。」
「回り道するくらい面倒がっちゃダメだよ〜〜。『急がば回れ』って言うじゃない?」
「そうじゃねぇ。」
黒鋼がすい、と地図上の1点を指差した。
「?」
「・・・・・・・・あ!!」
何事かと覗き込んだ小狼は、思わず声を上げた。
『道』が途切れていた。
巨大なクレバスによって。
そしてそこに、『橋』は無かった。
*********************************************
「そりゃもう、ここは何といっても『本職』の方が!!」
一生呪ってやらぁ!という叫びを残して。
長いロープを持った黒鋼はひょいひょいと壁面を伝っていく。
そしてここ、と目論見をつけたところで、ロープを結わえ付けた刀子を対岸に向かってひょう!と放った。
狙いは過たず目標点で岸を繋ぐ。
刀子が刺さっているだけの、ある意味不安定なロープを、いとも軽やかに飛んで。
対岸に着地した黒鋼は、今度こそしっかりと太いロープを傍の木に括り付けた。
「いいぞ。」
合図を送れば。
合点した小狼とファイが、ロープを渡る猿よろしく、伝ってやってきた。
「・・・あの家ですね。」
小狼が指し示した方向には。
「・・・あ。やな感じ。」
「何か、いかにもアヤカシが居そうな雰囲気だな。」
「・・・でも、行かないと。」
小狼の言葉が、真実。
不承不承、歩みを進める。
ムッとする、そして纏わりつくような気配があたりに満ちていた。
「あーホントにもー、滅茶苦茶ヤな感じー。」
ファイの台詞が棒読みなのも。
「へっ、何処からでも来やがれってんだ。」
黒鋼が嘯くのも。
全てが宣なるかな。
ホラー映画の舞台よろしく、『何か』が出てきても何の違和感も与えない。
しかし此処こそが、目指す『詩人の家』。
小狼は意を決して、ドアをノックした。
『誰も居ませんよ。』
じゃあ『返事をした』てめぇは一体誰なんだ?と。
黒鋼のツッコミに応えは無い。
「『お化け』と問答しているほど暇じゃないんで。」
いつになく冷たい口調で小狼が言い放ち。
次の瞬間、勢いよくドアを蹴り開けた。
「小狼くーん、もしかして、キレてるー?」
「はい。たぶんそうだと思います。」
この生真面目な返事にも、冷たい声色は変わらない。
黒鋼は『小狼らしからぬ』様子にふと、眉を顰めた。
「でも、『誰』もいないねぇ〜〜。」
確かに見渡しても、火の玉1つ見えない。
しかし、確かに『声』はした。
妖しげな気配も、そこに。
「黒いモコナなら『見える』のに・・・・。」
モコナは少し悔しそうに言った。
黒いモコナ―――――――ラーグは、魂だけなどのような人外のモノの姿を見ることが出来る。
しかし、白いモコナ―――――――ソエルには、それは見えない。
それぞれの名が持つ属性、『太陽(=光)』と『闇』のせいなのか。
「この部屋、如何にもって感じなんですが?」
小狼が同意を求めたのは、廊下の突き当りの部屋。
確かにおどろおどろしい雰囲気が漂っている。
「開けられる?」
「やってみます。」
再び蹴りが炸裂し、ドアは吹っ飛ぶが如くに道を開いた。
部屋の奥、正面には重厚な机。
そこに居るのは――――――――――。
『完成するまで・・・待ってくれないか?』
頭に直接響いてくる声の主か。
ペンのようなものを持った『衣を纏った骸骨』は、眼窩の奥に青白い炎を浮かび上がらせた。
『この「詩集」の完成は私の悲願。やっとネガイが叶うのだ・・・・・頼む、もう少し、この「羽」を・・・・・。』
その手に持った羽ペンは、まさしく――――――――――サクラの『羽』。
「だめです。」
冷酷なまでの一言に、むしろ驚いて大人組は声の主を見た。
「小狼君・・・・?」
「貴方は、もう死んだんです。残念だけど、死んだら、そこで『終わり』です。」
それは、まるで死神が告げるかのような。
「でも。」
小狼は静かに言葉を継いだ。
「貴方の心を受け継ぐ者、賛同する者がきっと現れる。その人が、貴方の遣り残した事を引き継いでくれるでしょう。」
『でも、それでは「私の詩集」にはならない!!』
『声』が、怒りの色を帯びた。
部屋の中に、風が巻き起こる。
『私のだ!「私の詩集」なのだ!!誰にも邪魔はさせない!!』
――――――――――それは、もはや『妄執』の域であったのだろう。
邪念は烈風となり、いとも簡単に3人を吹っ飛ばした。
「・・・くそっ!!」
蒼氷を抜刀しようとした黒鋼の手を、風が押さえて邪魔をする。
まるで、纏わりつくように。
小狼の手も足も、やはり絡め取られて。
ただ一人どうにか難を逃れたファイは、一瞬で骸骨の目の前に駆け寄り、その纏う服ごとひっつかんで――――――――――。
「とうりゃ!!」
一本背負いよろしく、机の前から部屋の真ん中へと投げ飛ばした。
「ファイさん!!」
「・・・・・・・大丈夫!!」
怒り狂った『風』がファイを壁に叩きつける。
その壁――――――――――本棚から、バラバラと本が落ちた。
すかさずそれを手に取り、骸骨に向かって投げつける。
ひらり、ひらり。
宙に浮き、舞うように骸骨はその位置を『変えた』――――――――――。
*********************************************
『光』と『闇』。
古今東西、詩人たちの心を騒がせてきたモノ。
その深遠なる追憶。
その崇高なる導き。
それは、永遠に。
人の心に住まいしモノ。
仕掛けられていた魔法陣に捉われて、骸骨は――――――――――詩人は、咆哮した。
『私の「詩集」を――――――――――ッ!!』
「きっと、誰かが気付くよ。」
その声音に何かを感じ取ったのは。
意外にも白き魔法生物だけであったのだと。
金糸は心の揺らめきを映して光を弾く。
「必ず、きっと、君の心は誰かに届く。」
詩は紡がれる。
願い続ければ、いつかきっと。
「ネガイは――――――――――叶う・・・よ・・・・。」
最後が小さくなったその理由を、今の皆が知ることはない。
「第6巻・・・『未来』に託してみてはどうなんだ?」
黒き疾風の言葉に、詩人は俯く。
「今お前がしなきゃならねぇ事は・・・・安らいだ魂の岸に赴くことだ。」
何も無いはずの眼窩から。
煌く光が零れて落ちた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
いつの日か。
再び詩が紡がれたなら。
「きっと、魂は本当の幸せを手に入れますよね?」
確固たる返事はなくとも。
否定の声がなければ、それは『肯定』。
「『彼』はとても優しい詩を書くようです。」
パラパラと詩集をめくりながら小狼が言った。
「あのおどろおどろしい様子からは想像できねぇな。」
「『彼』はきっと元々はすごく優しい人だったんだよ〜〜。」
羽が戻ってサクラがまた眠ってしまったから、と。
出発を少し延ばした一同がお茶を飲んでいたのだが。
「結局、何で言葉が『消えた』んだ?」
「詩集を書いてた『羽』が、そこからエネルギーを貰ってたみたいだね。」
「その人にとって、『一番大切な言葉』から・・・・・・。」
その、『言葉』は。
「・・・・『ありがとう』・・・・・・・。」
それは、人との関係を円滑にし。
それは自分をよりよき存在へと昇華させる、『魔法の言葉』。
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「・・・・1つだけ、訂正を入れていいか?」
少し呆れたような、まだ疲れの抜け切らない声に振り向けば。
何処かまだ青白い顔が視線を外している。
「何がだ?」
黒鋼の問いに、ひょい、と首をかしげた。
「あの詩人だが。」
「あの骸骨野郎がどうかしたのか?」
小さな、小さな、ため息1つ。
「あの詩人・・・・『女性』だぞ。」
男組全員の顔に張り付いた表情を。
モコナは絶対に忘れない、と思った。

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