「――――――――――貴女は、誰ですか?」
サクラの顔が、凍りついた。
驚愕と、絶望の色に。
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以前、自分も。
言ってしまった言葉がある。
「・・・貴方・・・・だぁれ?」
何も考えてはいなかった。
その言葉を『言われた方』が、どんな思いをするのかを。
こんなにも。
さびしくて。
辛いなんて。
心の中に、錐で穴をこじ開けられるような。痛み。
訴えるべき相手は、『解っていない』。
訴えかければ、それは『理不尽な叫び』としか受け取られまい。
サクラは、顔を伏せた。
どう答えればいいのだろう?
「ちょっとした事件があって、お前は怪我をした。今記憶が混乱している状況だ。」
いつもはフォローなんてしようともしない黒鋼が、ぼそり、と言葉を紡ぎだす。
「記憶が混乱?」
「『覚えている』ことも『覚えていない』ように『錯覚』したりしている。・・・ま、日にち薬だがな。」
「時間が立てば元に戻ると?」
「普通はそうだろうからな。」
だから無理に矯正する必要はない、と。
小狼は安心したような表情を見せた。
「で、一応言っておくな。・・・この子はサクラ姫。玖楼国のお姫さんだ。」
「姫君でしたか。」
「・・・ま、ぼちぼち思い出せばいいさ。」
黒鋼さんは何か忘れたことはあるんですか?と問われて、黒鋼は頭をボリボリとかいた。
「・・・・・・・どんな種類の酒が好みだったか、どうしても思い出せねぇ。」
辛口か、甘口か。
清酒か、濁り酒か。
「俺にとっちゃ、大事なことなんでな。」
目を丸くした小狼に、言い訳のように呟く。
「皆、『何か』を忘れてるんだ・・・・・オレなんて、『フォンダンショコラ』の作り方がどうしても思い出せないしー。」
ファイが苦笑混じりに言う。
「サクラちゃんなんて、『何を』買いに行ったかを忘れてるしー。」
サクラの顔がぼっ!と赤くなる。
「白まんじゅうのは、『どうでもいいこと』だな。・・・『超!吸引力(弱)』なんてのを忘れたって別にどうって事もねぇ。」
モコナ、それじゃ困るのー!!とボカスカと抗議するのを受け流す。
皆が、皆。
『何か』を忘れている。
それは、きっと、その人なりに。
「・・・・・『一番大切なこと』・・・・・・・。」
どうやって『取り戻したら』いいんだろう?
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「・・・あ・・えと・・・・サクラ・・・姫・・・。」
そのぎこちない呼びかけ。
サクラの顔は、それを聞くたびにあいまいな微笑みを浮かべる。
一応は笑って。
しかし、それはとても哀しそうで。
呼びかける小狼も、いきおい言葉少なくなる。
この事態。
「何とかしねぇと。」
「そうだねえ・・・・どうしたらいいんだろう?」
大人組としても、ここは何とかしたい。
いや、必ず何とかしなければ。
「モコナにも思い出してもらわなきゃならないしね〜〜。」
「・・・そうなの・・・・・。」
長い耳がシュン、としおれる。
モコナとしても、一生懸命思い出そうとしているのだが――――――――――。
「迷った時には、振り出しに戻るのが一番です。」
小狼の言葉にはっとした。
「振り出し?」
「はい。遺跡なんかで迷路のようなものに出くわした時のセオリーです。」
いくつもの国で培ってきた経験。
「解らなければ『最初』に戻る。それが鉄則です。」
「『最初』、か・・・・・。」
最初。
振り出しは――――――――――?
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この国に来て。
「野原のど真ん中に落ちたな。」
見渡す限りの草原、そこはとても心地よい風が吹いていた。
「姫が花を摘み始めて。」
「黒たんと小狼君が手分けして水を探しに行ったねー?」
「モコナは美味しい木の実を見つけたの!!」
「ファイさんは薪を集めてきてくれましたよね?」
それから?
「夕暮れになったから、大きな木の下で火を熾したね。」
「モコちゃんが見つけてくれた木の実、美味しかったです!」
「少しだったけど水も確保できたよね。」
「眠くなったって言って、サクラちゃんとモコナが眠った・・・・。」
その時。
「自警団のような人たちが来ましたね。」
「有無を言わさず銃を向けてきやがって。」
「言い争いになって、ケンカに発展しちゃったなあ。」
対抗しようとした時。
「・・・・・・・そういえば、身体が異様に重かったな?」
「えぇ、思ったように動けませんでした。」
「手にも足にも、重い鎖がついてるような感じだったねー?」
漏れなく銃床で殴られ、意識を失った。
気がついた時、皆は牢屋にいて。
あれやこれやと聞き取り調査がなされ、ようやく解放された。
小狼が眠ったままだったので、宿屋に入り――――――――――。
「そこで『忘れている』事に気がついた・・・よね。」
黒鋼は宿の食堂の棚に並べられた酒を見た時、自分の好みが言えなかった。
ファイは女将と話をしていて、『フォンダンショコラ』が如何に美味しいかを力説し、じゃあレシピを、と言われて気がついた。
モコナは何かを吸い込もうとして――――――――――。
「何で・・・忘れた?」
手足が重かったこと。
銃で殴られたこと。
何らかの形で『眠った』事――――――――――。
どれかが。
きっと関係している。
「一番怪しいのは、やっぱり『身体が重かった』ことかなー?」
「それが一番最初ですよね?」
「『誰か』が、『何か』を仕掛けやがった・・・・か?」
宿の主人に聞いても、『そんな事は初めて聞いた。』という答が返るばかり。
「八方ふさがりか・・・・・。」
絶望を匂わせる言葉は口にしてはいけないと思いつつ、つい出てしまう。
それを責めることは誰にも出来まい。
「ねえ、おじさんたち。」
いつもなら『誰がおじさんだ!』とツッコむ所だが。
唐突にかけられた声に、ただ視線を向けるにとどまったのは、やはり心理的ダメージによるものか。
声の主は、宿の子供だった。
年の頃は10歳前後といったところ。
いわゆる『悪ガキ』に分類されそうな感じだ。
「おじさんたち、『オブリオの実』を食べたんじゃない?」
「・・・・・『オブリオの実』・・・?」
確かに、モコナは木の実を取ってきた。
しかしそれがその『オブリオの実』かどうかは解らない。
「結構美味い実だったが?」
「僕たちは絶対に食べないから、味は知らないけど。」
子供はよいせ、と植物図鑑を引っ張り出してきた。
「これだよ。」
「・・・・・・・・・これ!!」
それは、まさしく。
モコナが取ってきた、木の実。
「『オブリオの実』は、染料に使うから、食用にはしないんだけどね。」
宿の女将は納得顔で頷いた。
「確かにそれなら解るよ。あれは『忘却の妖精』っていう別名があるくらいだからね。」
「・・・じゃあ、この実を食べたから・・・・?」
「そういうことだね。」
「・・・・白まんじゅう〜〜〜!!!」
「そんな事言ったって、モコナは知らなかったのー!!」
ガシィッ!と掴まれながら、モコナはキャーキャーと抗議する。
それもそうだと、少しだけ力を緩めた。
「じゃあどうしたら記憶は戻るんでしょう?」
今の最重要事項は。
「ああ、簡単だよ。原因がわかったからね。」
女将も子供も、にっこりとして頷いた。
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もしこれが。
「対価だってんなら、たまらねぇな。」
苦虫を噛み潰したような顔で黒鋼がぼやく。
ファイも顔をしかめながら、苦笑いをした。
小狼も。
サクラも。
そして――――――――――モコナも。
「まっず〜〜〜〜い・・・・・・・・・・。」
『オブリオの実』があまりにも美味であったのに比して。
その解毒剤たる『リコルドの実』のなんと不味いことか。
「ま、甘言は耳に甘く、苦言は心をいらだたせるって所ですか・・・。」
それが何の慰めにもなっていない事くらい、言った本人であるファイ自身よく解っている。
とにかく、本当に、不味い。
しかし、これを食べなければ。
そして、眠らなければ。
「効果は消えないよ。」
自動的にもう1泊する事になった宿屋で、皆はテーブルに突っ伏した。
「我慢、我慢、我慢、我慢・・・・・・・。」
サクラの自分への言い聞かせは、まるで呪文のよう。
とにもかくにも、胃の腑へ流し込み。
『口直しにおし。』と女将が用意してくれた食事もなんだか味がさっぱりわからずに。
皆は早々にベッドにもぐりこんだ。
明日の朝になれば。
(きっと・・・・思い出してくれる。)
そう、自分の事、を。
サクラは静かに目を閉じた。
『思い出す事の決して無い』、自分を知ることもなく。

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