『また』、子供が消えた。
今夜も。
どれほど厳重に戸締りをしても、子供たちは消えていく。
降りしきる雪に、その奥の闇に吸い込まれるように。
1人、また1人。
朝日と共に誰かが叫ぶ。
誰かが嘆く。
しかしそれは癒されることなく、また絶えることなく。
今日も雪が降る。
穢れを知らぬ、白い雪が。
ここは、ジェイド国。
金の髪の姫君の伝説が甦った国。
――――――――――― * ――――――――――
ぴたり、と足を止めた。
「黒たん?」
「どうかしましたか、黒鋼さん?」
ファイと小狼の問いに答えない。
紅い双眸は、1軒の家を見ていた。
「あの家が、どうかしましたか?」
重ねて問うたが、返事はない。
黒鋼は静かに家に向かって歩き始めた。
「?」
「あれ?」
ようやく2人も気がついた。
その家のドアの外、いわば玄関ポーチとでもいうような所に小さな黒い影が居る。
よくよく見れば、それは三角の耳をピン、と立てた犬だと知れた。
「・・・お前・・・・何してる。」
声をかけられたことに気づいたのか、犬は首を曲げて黒鋼を見た。
しかしすぐに視線をはずし、彼方をじっと見つめる。
きちんと『お座り』をして。
伏せるでもなく、寝そべるでもなく、ただじっと。
小狼は、その視線の先、森を抜けた所には伝説の姫の城があるのに気がついた。
(お姫様の城の方を見ている?)
考え込みかけた小狼の思考を、訝しげな声がさえぎった。
「おや?皆さん、どうされたんですか?」
そこに居たのはカイル医師だった。往診の帰りなのか、黒いかばんを提げている。
「あ、いえ〜〜、あそこにワンちゃんが居るんで〜〜どうしたのかな〜〜って思って。」
ファイが指差した先を見たカイル医師は眉を曇らせた。
「あの犬は、あの家の女の子が可愛がっていた犬なんです。」
「・・・・その女の子は?」
答は、すでに解りきっているのだが。
「はい。ご推察のとおり、その子も行方不明です。」
「・・・やっぱり。」
「あの犬は、その子が行方不明になって以来、ずっとあそこに居るんです。」
朝も、夜も。
晴れの日も、雪の日も。
「・・・待っているんですね。ご主人様の帰ってくるのを。」
「はい。私もそう思います。」
そんな会話が耳に入ったのか。犬がふい、と振り向いた。
ガルル・・・・・・・・。
低い、地を這うような威嚇の声が漏れ出てきた。
驚いて見れば、犬は鼻っ面にしわを寄せ、その視線ははっきりとカイル医師を捉えている。
(・・・・・・・・・?)
その反応に小狼は首をかしげた。カイルはひょい、と首をすくめて見せる。
「いつもなんです。私はこの犬に嫌われていて・・・注射のときにご主人様が泣いたからかな?」
「あはは・・・先生、悪役にされちゃいましたねえ〜。」
「医者なんてそんなものですよ。子供にとっては『痛ぁい注射をする』怖い存在なんです。」
苦笑いをして。
『食事の用意をしておきますから』といって家の方へ歩み去っていった。
「あのワンちゃん、小狼君みたいだね。」
「え?」
「ご主人様をちゃんと待って、忠犬ハチ公なのー!」
「ハチ公??」
異世界の事を言われてもきょとんとするばかり。
疑問符だらけの小狼たちを尻目に、黒鋼は改めて犬の方に視線を戻した。
寒い国に居るせいか、もこもことしているように見える。
(日本国の犬もそうだったな。)
日本国にいる犬たちには、冬になるとびっしりとした綿毛のような毛が生えてくる。
もちろん春になればそれを一斉に『脱ぐ』ので、ぼこぼことした毛玉があちこちに転がることになる。
どこか懐かしさすら覚えて、黒鋼は、じっと犬を見つめた。
(・・・・・こいつ。)
ふ、と眉が顰められた。そのまま呼び鈴を押す。
応じてドアを開けたのは、憔悴しきった顔の女だった。居なくなった少女の母親だろう。
「この犬・・・ずっとここに居るのか?」
相手がカイル医師の所の客人だと知って、胡散臭そうではあったが女はそうだ、と答えた。
「餌は食っているのか?」
女は首を横に振った。
「やっぱりな。」
そう言って黒鋼は犬の前にかがみこんだ。
「お前な。」
相手に言葉が解るはずもないのに、諭すように言葉を紡ぐ。
「ちゃんと飯食ってちゃんと眠れ。今のお前を見たらご主人様が悲しむぞ。」
餌も食べず、おそらくはほとんど眠らずに。
ずっとこの犬は少女を待っているに違いなかった。
遅かれ早かれ、倒れるのは自明の事。
「お前の仕事は、元気な姿でご主人様を迎えてやることだ。」
解るわけないよ、とファイが言おうとしたとき。
犬は、立ち上がった。
本当は立ち上がったとすぐには解らなかった。
何故なら想像以上にその足は短く、深い雪の中では往生するであろうと想像できるような体型だったのだ。
「可愛い短足さんだねぇ〜〜。」
「お尻がとってもキュートなの〜!」
どこかずれた評はさておき。
よろめきながら、犬は家の中へと入っていく。
目をまん丸にして驚く女に餌と寝床を頼んで、黒鋼は踵を返した。
犬ですら、己の信ずるままにその任を果たそうとする。
人間たる自分たちは。
「まずは食事。そして休養。絶対に、捜さなきゃね。」
「おう。」
「がんばりましょう。信じればきっとネガイは叶います。」
「無敵の呪文なのー!!」
雪原に赤く。
揺らめいて夕日が落ちていった。
――――――――――― * ――――――――――
金の髪の姫君の城。
熾烈を極めた攻防戦は、どうやら小狼たちの勝利に終わった。
おりしも昇り来る朝日を受けて、子供たちは一斉に懐かしき我が家へと走り出す。
そこかしこに沸き起こる歓声、滂沱として流れる涙。
木陰からそれを見て安心したかのように、一同は静かに宿に帰った。
食事などで手伝いに来てくれていた隣家の女にサクラの着替えを頼む。
小狼も濡れた服を着替え、コトン、と眠ってしまった。
「2人が眠っている間にもう少し調べないといけないね。」
カイル医師の生死が不明な今、その確認は重要事項だ。
しかし残念ながら城は崩壊し、流れの中に沈んだため、確認はもはや不可能だった。
「潜ってみてもいいが・・・・。」
「流れが結構速いしね。それに水も冷たい。ここはやめた方がいいと思うよ。」
ファイの進言はもっともだ、と黒鋼もそれを受け入れた。
そのまま雪の深い道を進む。
今までも、この道を辿ってあの城に行く者は少なかったという。
ましてやこれからはこの道を辿る人はほとんど居なくなるだろう。
この先には、忌まわしい思い出しか残らないことになるのだから。
「・・・・・・・。」
「黒たん?どうかした?」
ぴた、と歩みを止めた黒鋼に、ファイは訝しげな目を向けた。
黒鋼の視線はまっすぐに村の方を見ている。
(まさか、村に・・・・小狼君やサクラちゃんに、何か?!)
思わず駆け出そうと足を浮かせた、その時。
ハッハッハッハッ・・・・・・・・。
忙しない息遣いが聞こえてくる。
やがて黒い点が染みのように雪の上に見え、それは見え隠れしながらこちらに向かってくると見えた。
「あ・・・あれ?!」
それは、あの犬だった。
ジャンプするように、ラッセルしながら一生懸命に駆けてくる。
やはりあの短い足では雪の上を走るには適してはいないようだ。
それでも一直線に黒鋼の足元まで走ってくると、ハッハッと荒い息をしながら、一心に見上げてきた。
小さな小さな尾が、ヒコヒコと揺れている。
「どうした、お前?ご主人様は帰ってきただろう?」
行方不明になった子達は全員居た、と聞いていたから。
それでもなおも荒い息遣いのままで見上げる犬に、黒鋼は膝を折った。
「一体どうし――――――――――うわ?!」

これなら届くとばかりに、猛然とタックルしてきた犬は、そのままの勢いで黒鋼の顔を舐めまわし始めた。
「え・・わ!おい!こら!やめろってば、おい!!」
聞く耳もたずの犬は、熱い舌で舐め続ける。それを見て、ファイはくすり、と笑った。
(この犬、すごく嬉しそう。)
あまりの勢いに圧倒されて、黒鋼はとうとう尻餅をついてしまった。
「きっと嬉しかったんだよ〜〜。」
「何がだ!!」
「この犬に目を向けてくれたの、黒たんだけだったんじゃない?」
誰もが『子供たち』にばかりに目を向けて。
一人寂しく主を待つこの犬に目をくれることがなかった。
いや『見た』かもしれなかったが、『心が無かった』。
少女の母親でさえ、犬の世話をすることを忘れていた――――――――――いや。
『忘れた』のではなかったが、『食べないからその次の手を打つ』、ということまで心が回らなかった。
わが子を突然失った母親に、それは酷な注文だったかもしれないが。
そんな中、諭すように声をかけてくれたのが黒鋼だった。
自分の限界を感じてもいただろう、犬はその言葉に素直に従った。
「この犬も、ご主人様の『暖かなエガオ』が見たかったんだよ。」
「・・・・そうだな。」
頭をそっと撫でてやれば。
三角の耳がぺたり、と後ろに倒れた。
――――――――――・・・・・・。
「お前のご主人様が呼んでるぞ。」
黒鋼が声をかけるのと、犬の耳がピン!と立つのが同時だった。
「もうお帰りよ〜ご主人様が待ってるから〜。」
ファイの言葉に頷くように、犬は黒鋼から離れた。
そのまままた、わっしわっしとラッセルしていく。
「手伝おうっか〜?」
声をかけたファイに。
犬は向き直り、そして一言。
「ワンッ!!」
「要らねえってよ。」
「そうみたいだねえ〜。」
黒い影が見えなくなるまで、2人はずっと見送っていた。
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