真夏、という季節が持つ意味は大きい。
冬はその凍てつく寒さが魔界に通じる。
春はその茫洋とした気配が幽明境を危うくさせる。
秋は古来より『逢魔ヶ刻』に譬えられたがごとく、日没に力を増す。
夏、は。
暑さ故とは限らないが、皆狂うものらしい。
人間も、魔物も。
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その日はなんだかおかしかった。
(どうしたんだろう?)
熱を測ってみても、高いわけではない。平熱のレベルだろう。
脈が速いわけでもない。
食欲もあるし、ふらついたりもしない。
つまり身体的異状は何も見当たらない状況。
それなのに、何かがおかしい。
思考がまとまらないし、行動もどこかちぐはぐだ。
自分でも、魔力にぶれが出ているのが解る。
自分が張った結界は永続魔法だからとりあえず影響はあるまいが、それ以外にはどうだろうか。
(・・・・・・危険。)
本能的に警告を発する。
魔力の暴走は、決してあってはならない。
並の術師程度でも影響は計り知れないものだ。
ましてやそれを起こすのが自分であるという事が、いったいどういう意味なのか。
知らぬ己でもない。
まずは水垢離をとり、心身を清める。
祷り場にこもり、注連縄を張った。
ここはかつて巫女の祷り場があった場所だという。
つまりはかつての諏倭の巫女、黒鋼の母が命潰えた場所だ。
(お守りください・・・・義母上様・・・・・。)
祷り場の柱が、壁が、軋み声を上げた。
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かつては己が『護り部』だった。
今もそれは変わらないが、それ以上に己は『護られる』側となった。
『護る』為だけに向かっていた力は、いわば行き場をなくした形になっている。
それはそれで転化すればいいのだが、完全には転化しきれなかったということか。
ちょうど白鷺城から戻ってきて、事の次第を聞いた黒鋼が、祷り場の戸を開けた時―――――――――。
「な・・・・・・何だ、これは・・・・?!」
張られていたはずの注連縄は四散し千切れて床に落ちている。
元から注連縄ごときでは押さえる事などできぬレベルの力ではあるが。
辺りの空間は闇の色と化し、どす黒く、妖しく蠢いている。
そしてそれは渦を巻きながらゆっくりと集約しつつあった――――――――。
<手出し無用ぞ。絶対に手出しならぬぞ。>
何処からか響いてきた龍玉の声。
「・・・・術式が途中だって事か。」
<そうだ。中断すれば返りの風が刃となって舞う。>
魔法を遣う者にとって、あるいは術式を行う者にとって。
その中断は己の命を危うくさせる諸刃の剣。
ぎりぎりの所までは手出しが出来ないし、してはならないのがセオリーだ。
もちろんそれは恐ろしいまでの忍耐力を必要とするので、見ている側にとっても過酷な戦いとなる。
手を差し伸べたくとも差し伸べられない。
ただ拳を握り締め、じっと耐えていると、やがて闇の色が凝縮し始めた。
急速に小さな玉のようになっていく。
室内に風が吹く。
(浄化の風か。)
魔力を持たぬ身にも、それの持つ優しさと清らかさはわかった。
手のひらに載せられた闇の玉は、やがて光り輝き、煌きながら消えていく。
最後の光の粒が消えた時、がくりと膝をついた。
慌てて駆け寄り、起こしてやれば、その身は水でも浴びたかのように濡れている。
侍女頭を呼び、湯殿の仕度と湯女の任を頼む。
抱えあげて運ぶ道すがら、その異様な軽さが気になった。
まるで羽が生えてどこかに行ってしまいそうな、危うい軽さ。
脱衣所で待っていた侍女たちに委ねて座敷に戻る、その眉間には深い皺が刻まれていた。
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