典雅な手つきで香を薫ずる。
その滑らかな動きに、目を奪われて。
コトリ、と香庖の蓋がたてた音にビクリ、と肩が震えた。
それは、とても大きな音で。
しかし実は小さな音で。
「・・・こなたの主は、如何なるお人かえ?」
問いかけは、静かに、低く。
問われるままに、主の姫のことを語る。
その全てを、視線を合わせるでもなく、ただ聞いて。
話し終われば、静かに頷いた。
「よう解った。・・・明日の辰の刻、もう一度此処へ来りゃれ。」
「え・・・・?」
「妾がこなたの主の為に、香を調えて進ぜよう。」
「・・・!では?!」
「こなたの主思いに免じて、特別にの。・・・・今日はもう引き取るが良いぞ。」
「・・・・あ・・・・。」
はっとして。
廊下から庭先に転び出て。
地面にその額をこすりつけて拝伏した。
「あ・・・ありがとう!!ありがとう・・・・!!」
「礼には及ばぬぞえ。」
ほほほ、と軽く笑い声が降る。
「こなたが気に入った。・・・ただそれだけの事じゃ。」
すう、とその姿が几帳の影に隠れていく。
男はただ茫洋として、見つめるのみだった。
(俺は夢を見ているのか。)
どんな大貴族でも、中々会うことは叶わぬとさえ言われる人に、自分は。
しかし。
(この香りは・・・本物だ・・・・。)
手ずから薫じた、その香の。
残り香となって空に散る、その中に、ただただ佇むばかり。
「明日の辰の刻・・・・。」
『香競べ』には十分間に合う。
男は立ち上がり、そっと館を辞した。
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