夢に見るのは。
黒くて風をうけてふわりと流れる長い髪。
*************************************
夢に見ては、大声を上げて飛び起きたものです。
最初はよくそれでからかわれもしておりましたな。
そのうち声こそは上げなくなったのでございますが。
「布団を、こう、破れるほどに握り締めておるのでございます。」
そう語った剛真の顔はきっと歪んでいたのだろう。
何よりもその声が全てを物語っている。
平静さを保とうとして、必死で努力して。
しかし足りずに零れでた過去の悪夢。
黒鋼が忍軍で確固たる地位を築くまでの、『弱かった』時期。
ずっと見続けていた剛真でさえ、それはとても苦しいものだった。
「もがいているのが本当によく解りました。でも、それは誰にも助けてはやれない。」
助けてやれない。
助けられたくない。
孤高の手負いの狼は、その気配すら刃のようであったと。
「無理もありませぬな。」
あれほどの体験をしたのだから。
父を魔物に食われ。
母を正体不明の者の手によって失い。
生まれ故郷が火の海と化した。
「自分もそれなりに過酷な生き方をしてまいりましたが、黒鋼ほどではありませぬ。」
ずず、とひと口茶をすすり、心を整えた。
「ですから・・・せめてこれからは少しでも心安らいだ生き方をして欲しいと思うわけです。」
それを為して下さるのは、貴女様ですから、と。
剛真は両手をつき、頭を下げた。
「黒鋼は我が部下ではありますが、それと同時に我が弟、我が子のようなもの。」
深々と、深々と。
「どうか、どうか、黒鋼をよろしく頼みいりまする。」
微かな音がして、その方を見遣ると、白い指先が畳の上を滑っていた。
そのままついた己の手に重ねられる。
「どうぞお顔をお上げください。頼むべきは私のほうです。」
「しかし。」
「黒鋼が居なければ、私はとうに『消えて』いましたから。」
黒鋼が魂の呪縛を解き放った事は剛真には伝えられていない。
滅亡した祖国『魔道宮』と運命を共にする気だったのだろうと推察した。
この人は、魔道宮の姫、王位継承者だったのだから。
「黒鋼は・・・・きっと。」
剛真は静かに身体を起こした。
「もう誰も己の目の前で死んで欲しくないのでしょう。・・・・本当に変わったものです。」
『旅』に出る前の、人を殺めても高笑いしていた、あの頃と。
「最初は姫様の為されように憤慨したものですが・・・・まさに『終わりよければ全て良し』ですな。」
『今』の黒鋼は、かつての鬼神ではない。
黒い悪魔ではない。
『人間』になった。
「ほんの少し、ではありますが。」
微かな苦笑を口調に混ぜる。
それはきっと、劇的には変わらないだろうと解っているからで――――――――。
「胃痛の原因が一つ減ったかな、と思ってはおります。」
それは本音だろう。お互いの口元に、笑みが浮かぶ。
「まあまだまだ頭を抱える事にはなろうかと思いますが。」
「ご苦労、お察しいたします。」
「いやいやもったいない。貴女様こそきっとご苦労なさいますことでしょう。」
あれは色んな意味でまだまだ子供ですからなあ、と。
剛真はもう一度、頭を下げた。
「今一度、よくよくお願いしまして、今日はこれにてご無礼仕ります。」
「さしたるお構いもせず、申し訳ありません。」
「なんの。・・・そうそう、妻が何やら陶器市にご一緒して下されるだろうかと申しておりました。」
「陶器市?」
「確か明後日あたりに城下で開かれます。普段使いの食器などをお求めになるにはよい機会です。」
「それは有り難い。ぜひお連れ下さいとお伝えください。」
「承知しました。妻も喜びましょう。・・・・では。」
見送りを謝辞し、するりと消えていく。
代わりに庭からは春の風が流れ込んできた。
誰もが様々に傷を負うてきた。
傷を舐めあうのではないが、共に支えあって生きるのもまた良いだろう。
夢うつつのような時間を過ごしたればこその、安心感。
人はその字が示すがごとく、互いに支えあって生きるもの。
この日本国を終焉の地に選んだのも、きっと間違いではいのだと。
早くもほころび始めた桜の木が語りかけているような、そんな気がした。
|