猛烈な勢いで叩きつけられた。
そこが『木』らしきものの上でなかったら、さぞかし大怪我になっていたであろうと思われるほどに。
「・・・あ・・・っつ・・・・・。」
声を思わず上げて、はっとする。
『傷の痛みを隠すな』とは言われても、やはり。
心配で、あの微笑みを消すのは忍びない。
頭を振って。
「大丈夫ですか?姫?」
返事が無いのを認識するのと。
視界に『誰も』入らないことを理解するのと。
さすがの小狼も、僅かながらの時間を要した。
「・・・・・・・・・・え?」
誰も、居ない。
「・・・・・姫?・・・黒鋼さん?!・・・ファイさん?!・・・モコナ?!」
応えは、無い。
「!!!」
それは。
「俺一人が・・・・『離れた』・・・・?」
如何に旅慣れた小狼とはいえ。
この現実は、容易には受け入れ難いものだった。
「俺は何の為に・・・。」
サクラの羽を探す為に。
それは。
心から想う人の為に。
今、その『目的』が手からすり抜けていく。
護るべき者が、居ない。
『絶望』という名の闇が、小狼に迫ってくる。
ふと、夢で見た『そっくりな自分』が、笑った気がした。
――――――勝ち誇ったような、笑みを口元に浮かべて。
「・・・・負けない。」
手を痛いほど握り締めて。
小狼は立ち上がった。
「・・・姫を・・・皆を探さないと・・・・。」
そして、サクラの羽を。
(必ず『成し遂げる』と決めた。)
己の意思を再確認する。そして周りの状況を。
(・・・・森、か・・・・。)
木がうっそうと――――と言うほどではないが、そこそこに生い茂っている。
小狼は持てる知識をフル活動させて現状を推測した。
(木の種類は・・・・暑くも無く寒くも無く、と言う感じだ・・・。)
少し地面を掘ってみて。
(湿ってる・・・水が近くにある?)
若しくは、雨が降るということだ。
ならば、水の確保は可能。
近くの木を見れば、なにやら実が生っているものもある。
一つ、手に取ってみた。
見たことは無い。
匂いをかぎ、少し舐め、思い切ってかぶりついてみた。
皮が厚く、それは出したが、中の実は思ったよりも甘い。
少しだけ食べてみて、しばらくじっとしてみる。
(大丈夫、痺れたりしない。)
手にした物と、もう1つ取って食べながら、もう一度自分の置かれた状況を省みる。
時間がずれている心配はあるが、とにかく人の居る所を探して情報を集めなければならない。
此処は、何処なのか?
皆は何処にいるのか?
此処に『サクラの羽』はあるのか?
可能な限り、前に進む。
『下を向くな。やらなきゃならねぇ事があんなら、前だけ見てろ。』
かつて黒鋼が口にした言葉。
今まで自分を支えて来てくれた、大切な『縁』。
そして、今もなお。
小狼は、まず下のほうへ下り始めた。この『森』は、どうやら『山』の一部であるらしい。
地面の傾斜がそうと教えている。
平らな所に出れば、何か見つかるかもしれない。
念の為、さっき食べたのと同じ実をいくつか懐に入れていく。
道なき道を行く事、約1時間も行ったか。時計が無いので正確な時間はわからないが。
森は切れて、見晴らしのいい所に出た。
「・・・・・谷・・・?」
峡谷を思わせる風景。そこかしこに緑が点在している。
雨か、水脈かは解らないが、確実に水はある。
そして。
「・・・家だ!!」
峡谷の中腹に、いくつかの家が固まっているのが見えた。
(よかった!人がいる!!)
自分でも足取りが軽くなったのがわかる。小狼は集落に向かって走り始めた。
――――――――――――― * ―――――――――――――
峡谷を渡る風は、涼しい。
そして、どこか優しい。
それだけで、心が安らぐような。
―――――――しかし。
小狼は立ち竦んでいた。
「ここは・・・・・・。」
目の前にある『集落』は。
『廃墟』、だった。
人の気配は、無い。
捨てられてかなりの年月が経っているのだろうか。殆どの家が崩れている。
(ここに『人』は居ない・・・・。)
絶望が湧き上がる。頭を振って、それを打ち消そうとしても、心を捉えて離さない。
その耳に。
かすかな足音が響いた。
ぼんやりと音のほうに振り返った、その眼に映ったのは。
「・・・・・・・・・。」
女が一人、立っていた。
驚きもせず、恐れもせず。
ただ、無表情に。
つられて小狼も、言葉を無くしていた。
風がふと、強く吹き抜けた。
「・・・あ!」
小狼ははっと我に返った。
「あ・・・あの!!此処の人ですか?!」
後から考えたら、間抜けな質問であったとは思うのだが、とっさに出てきた言葉がそれだった。
応えは、無い。
「!!」
(言葉が・・・通じない?!)
それは、『モコナが近くに居ない』ことを如実に示している。
つまり、サクラたちは近くに居ない、と。
思わず俯いてしまった小狼に、その人はゆっくりと近づいてきた。
「・・・・・・・・・・・・。」
ただ、黙って。
何処からか取り出した『羽根』を、小狼の額に当てた。
「?!」
何かがふっと頭を駆け抜けた気がして。
目を見開く小狼に、その人は口を開いた。
「貴方は、何故此処に居る?」
「・・・言葉が!?」
「貴方の『言語体系』を読み取った。私が話しているのは、貴方が日常使っている言語だ。」
「!!・・・そんな事が出来るんですか?!」
「何故此処に居る?」
小狼の質問は一切無視して。表情は何も無いまま、変わりもしない。もちろん声音にも『感情』は見えない。
「ちょっと信じられないかもしれませんが・・・・。」
そう前置きして。小狼は出来るだけ簡易な言葉で説明しようと努力した。
『その人』は、じっと聞いている。
「・・・・解ってもらえますか・・・・?」
お伺いを立てるが如くに、小狼は訊ねる。その人は、無表情のまま。
「理解した。」
と。
「・・・よかった・・・。」
とにかく、『今の自分とその置かれた状況』を解ってもらえただけでも良しとせねばなるまい。
「いくつかお尋ねしたい事があるんですが、いいでしょうか?・・・俺の名は小狼、と言います。」
自己紹介が遅れました、とも付け加えて。
「私は、リアン、だ。」
表情は、変わらない。
「では、失礼ながら、『リアンさん』とお呼びしていいでしょうか?」
軽く、頷いて。先に立って歩き始めた。
「立ち話もなんだから、家に行こう。」
「ありがとうございます。」
誘われるままに訪れたのは、集落の中でも下の方にある家だった。さすがに朽ちてはいない。
中はこざっぱりとしていて、殺風景なほどだ。
テーブルと椅子があり、そこに座るよう指示される。
熱い飲み物が供された。
「ありがとうございます。・・・此処に他の人は居ないんですか?」
「此処には、もう誰も居ない。」
「・・そうですか・・・・。」
いただきます、と言ってコップに口をつけた。
飲んだ事は無いが、かすかな甘みのある、それでいてさらっとした飲み口の飲み物だった。
「俺は旅の仲間を探しています。どこかでさっき話したような人達を見かけませんでしたか?」
黙って首を横に振る。
「では、何か『強い力』を感じた事はありませんか?」
「力?」
「サクラ姫の『羽』は、それ自体が強い力を持っているんです。」
少し、考えて。
「それかどうかはわからないが、近くの廃坑の奥に強い力を感じる事がある。」
「!それは、何時ごろからですか?!」
「1年ほど前からかな。」
「・・・・そこに行くには、どういけばいいんですか?」
可能性は、確かめておきたい。
今の自分にできる事を。
やると決めた事を為す為に。
「・・・あの奥には『魔物』が居るが、それでもいいか?」
「『魔物』?」
「数は少ないが。」
「構いません。」
見事までの即答、と。その目に宿る、決意の光。
確固たる意思は、リアンにも通じたのか。
「案内しよう。」
2人は、家を出て歩き始めた。
―――――――――――― * ―――――――――――
「この先だ。」
谷を越えた先に、その廃坑はあった。ふと見れば、そのさらに先には茫漠たる砂漠が広がっている。
「あっちのは『砂漠』ですか?」
「そうだ。」
応えは簡潔。それ以上の会話は無い。
中に入りかけて、リアンは振り返った。
「灯りは要るか?」
「・・・いえ、結構です。」
今こそ、黒鋼に教えられた、『気配で察知する』時だ。桜都国での修行は、確実に小狼の役に立っている。
黒鋼に師事して、本当に良かった、と思う。
前に、進むために。
だが。
(リアンさんも『見えている』んだ・・・・。)
前を歩く、その人は。
見た目どおりの人ではない、と。
「―――――――!!」
禍々しい気配を感じて、小狼ははっと身構えた。
(何か、居る!!)
人間ではない。
(魔物・・・・?)
『それ』は、一瞬で間合いを詰めてきた。
「!!」
はっと飛び退る。腕のようなものを伸ばしたらしい気配に、相手は自分が『見えている』と確信する。
だったら。
(暗闇だからって遠慮はいらない!!)
小狼は、『緋炎』を抜刀した。
次の瞬間、『緋炎』は炎を吹き上げる。
炎に照らされて、一瞬見えた『魔物』を、一刀両断に斬って捨てた。
上手くいった――――――ほっとため息をつく。
しかし。
「何故『炎』を出す?」
予想もしなかった問いかけが耳朶を打った。
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