ソ エ ル




「ソエル。・・・ラーグはどうした?」

いらえが無いと見て、再び繰り返された、『質問』。
その言葉が、どれほどの重みと意味を持つのか。
誰も理解できなかった。
―――モコナを、除いて。
「・・・誰・・・・?」
やっとの事でモコナは声を絞り出した。
「誰・・なの・・・?」
「・・・モコちゃん?」
サクラが心配そうに顔を覗き込む。モコナの目は、視点が定まっていない。
あらぬものを見つめるかのよう。
明らかに、動揺している。自分を見失っている。
す、と黒い影が前に出た。間に割って入ったその視線は、射竦めるかのように見据える。
もっとも、それくらいで怯む相手ではないのだけれど。
だが。
当たり前の行動なのだ。彼にとっては。
小さき者、弱き者は、護られねばならぬ、と。
背後の白い生き物は、黒い影に隠れるようで、でも動けなくて。

「誰なの・・・?その名前・・・知っているのは、もう侑子だけのはずだよ・・・?」

震える声。いつもの楽しげな声とはまるで違う。
そうなのだ。
自分の事を『ソエル』と知るのは、4人だけ。
クロウ。
侑子。
そして、ユエとケルベロス。
(ユエとケルベロスは、クロウの遠縁の女の子の所にいるって侑子が言ってた。)
そして―――――クロウは、もう居ない。
だから。
侑子―――――『次元の魔女』より他に、『ソエル』の名を知る者は居ないはずなのだ。
それなのに、何故。
目の前の『この人』は、その名を、そして『ラーグ』の名を口にするのか。
ガタガタと体を小刻みに震わせながら、モコナは叫んだ。
「誰なの!!」
「質問に答えてくれるかな?」
氷のような眼差し。ぞくりとさせる、その声音。
モコナはビクン!と跳ね上がった。
そろそろと見上げる。
表情すら変えず、ただ見つめる、凍てついた視線。
モコナは視線を外せなくなった。―――まさに、ヘビに睨まれた蛙の如くに。
「・・・侑子の・・・所・・に・・・・。」
「そうか。」
搾り出すような返事に対するいらえは、簡潔。それきり言葉を上せはしない。
「あ・・あの・・・・。」
意を決して小狼が進み出ようとした、その時!

ズ・・・ズゥゥ―――ン・・・・。

地鳴りが響いた。今までのより、かなり大きい。
はっとして見上げれば、リアンは彼方の方を、相も変わらずの無表情のままで見つめていた。

「ソエル。・・・移動しなさい。」

返事は、無い。
すい、と顔の向きを変え、正面からモコナを見据えた。

「今すぐ移動しなさい。・・・この世界は間もなく崩壊する。」
「!!」

周りの空気はおびただしい風をはらみ、殺気すら漂わせ始めている。
小狼はモコナに叫んだ。
「モコナ!移動しよう!!」
「・・・・出来ない・・・・・。」
ようようにして返ってきた、弱々しい答えは、皆を振り向かせるに十分だった。
「出来ないって・・・?」
ファイがモコナを覗き込む。
「出来ないの!・・・・何だか、心がざわざわして、魔法陣が出せないの!」
モコナが移動できない。
それが示す意味は、皆が一番良く知っている。
「おいっ白まんじゅう!!どういう事だ!!」
噛み付くように叫んだ黒鋼に、モコナは飛びついた。
「出来ない・・・出来ないよ!モコナどうしていいかわかんないよ・・・!」
後は言葉にならず、とうとう黒鋼の襟元で泣き始めてしまった。
「・・・おい・・・・。」
いつもなら、『うるせぇ!』と引っ剥がす所だが、初めて見せるモコナの涙に、黒鋼は言葉を失った。
そのまま襟元から、肩の方へ押しやる。モコナはマントの中に埋もれる形になった。
マントが小さく小刻みに揺れる。モコナはまだ泣いていた。
「・・・・おい。てめぇのせいだろうが。」
「・・・・。」
「きっちり責任ってモンを取ってもらおうか?」
鋭い眼光でにらみつける。気の小さい者ならそれだけで卒倒しそうな視線。
だがそれはあっさりとかわされた。忍者のこめかみに怒りが浮かぶ。
「・・・てめぇ・・・・。」
「ソエルが心乱したのが、私の呼びかけのせいだと言うならば、やむをえん。今回は、送ろう。」
「!」
「但し、次は、無いぞ。」

その時。
「・・・お願いします!!どうかそのまま一緒に居てください!!」
全く予期せぬ方向から上がった声に、皆は一斉にその人を―――サクラを見た。
「お願いします!・・モコちゃんは今まで、私たちのために一生懸命がんばってくれたんです!!
そのモコちゃんが・・・今とっても苦しんでます!悲しんでいるんです!!」
サクラはリアンにすがりついた。
「せめて・・・せめて・・・心が落ち着くまで、モコちゃんを休ませてあげたいんです!
対価は払えないかもしれないけど、きっと・・・きっと・・・御礼はします!!
だからお願い!!モコちゃんが治るまで、私たちと一緒にいて下さい!!」
「・・・私を『道具』にする、と?」
氷の刃のような言葉にも、臆することなく、サクラは必死で首を横に振った。
「私にはわかる・・・あなたはきっと、モコちゃんの支えになってくれる・・・。」
じっと見つめる、その視線。
それを真正面から受け止めるサクラ。
強くなった。本当に。
羽が戻ってきたから?いいや、違う。
これはサクラの本質。
『人』を変える力。
小狼はサクラの『強さ』を改めて認めた。

それを知ってか知らずか。
「・・・・ソエルが回復するまで、限定だ。」
「・・・・はい!!」
ぱあぁっとサクラの顔が明るくなった。こくこくと頷く。
「姫、ありがとうございます。」
小狼はサクラに微笑みかけた。サクラもにっこりと笑う。
「良かったね。もう大丈夫だよ。」
黒鋼の肩に埋もれているモコナに、ファイはそっと声をかけた。もこもこと中で動く。
返事は無い。
でも泣き止んではいるようだ。
―――普段ならソッコーで引っ張り出す所だが、今はそのまま肩に潜らせておく。
黒鋼はそのまま軽く、ぺんっと叩いた。
(優しい人だ)
小狼だけが知る、黒鋼の過去。
かつて見た、故国での『彼』は、『優しい』人だった。
そして、今もなお。
一つ一つの行動に『優しさ』が見え隠れする。
決してひけらかしたりしない、不器用な『優しさ』が。

「さて。では何処へ行く?希望があるなら申告してもらおう。」
「!!」
それは。
何かを言いかけた小狼をさえぎるように黒鋼が口を開いた。
「条件は4つ。・・・まずは玖楼国ではない所。」
「黒鋼さん?!」
本来なら、こういった交渉事はファイや小狼が専門といってもいい。
だが、モコナの事で『責任取れ。』と言い放ったのは自分だ。
最後まで自分で処理しなければならないとでも思ったのだろうか。
口下手な忍者にしては、珍しく驍舌な事だった。
「まだ羽の揃ってねぇ姫を連れて帰っても仕方がねぇだろうが。」
「・・・・はい。」
その通りだ。今のサクラを見れば、桃矢王も雪兎神官も、ただ悲しむだけだろう。
『妹を頼む』
その言葉に添わぬ訳にはいかない。
「・・・次にセレス国ではない所。」
ひょい、とファイを示す。
「こいつはそこに帰りたくない為に旅をしている。だから外す。」
「・・・黒みー・・・。」
セレス国という、その国名を黒鋼が覚えていた。
普段は『元居た世界』としか表現しなかったのに。
『見ていないようで見ている人』。
(黒たんってそういう人だよねー。)
信頼できる『仲間』―――自分の心を変えていく大切な『仲間』。
『みんな』に変えてもらった。今度は自分が―――みんなを『変えて』、守りたい。
旅に出て良かった、と思う。あのままあの世界に居たなら、決して起こりえない感情だから。
「・・・それと・・・・日本国も外す。」
「ええっ?!」
これは3人が同時に声を上げた。
「黒鋼・・・いいの・・・?」
もそもそ、と肩から這い出してきたモコナが訊ねる。無言で肩に押し戻し、黒鋼は言葉を継いだ。
「俺は日本国に帰る為に旅をしている。今日本国に帰ったら、俺の旅が終わっちまう。」
「それは『望み』では無いのか?」
無機質とも取れる、感情のない声音を意に介さず、言葉を重ねる。
「俺の旅は終わらねぇ。・・・てか、『まだ』終わらせねぇ。
・・・やっと『あいつ』の尻尾を掴みかけてるからな。こんな所で終わらせる訳にはいかねぇ。」
にや、と笑った顔には凄惨な凄みすら漂って。
「そして最後の条件・・・・それは。」
サクラに視線を移し、すぐにリアンに向き直った。
「姫の羽が『確実に』ある世界だ。」
「わかった。」
なんとも拍子抜けするような安請け合いに、一同はマジでずっこけた。
「・・・って、おい・・・。」
「今言った4つの条件に当てはまるのなら、何処でもよいのだろう?」
「え・・・まあ・・・そうだが・・・。」
「では、移動する。」
やけにあっさり言い放つ、その人は。

『行き先を確定した次元移動を可能にする』、と?
『サクラの羽』のありかを、遠い次元から確実に捉えうると?

「どうやってー?」
これまた拍子抜けしそうな問いかけをしたのは、ファイ。
「リアンさん、魔術師ウィザードじゃないですよねー?どうやって次元移動するんですー?」
魔術師ウィザードじゃない・・・って?」
小狼の疑問は当然だった。何でそんなことが判るのか?
「んー。リアンさんからは、魔力がちっとも感じられないんだよねー。黒たんみたいに。」
「俺かよ!」
すかさずツッコミが入ったが。
「なんか道具とか、使うんですかー?」
ニコニコと訊ねるファイを見つめるその視線に、そして返す声音に感情はなく。
「セレスの魔術師ウィザード。覚えておくといい。」
「あ、ファイでいいですよ〜〜。」
相も変らぬ、へにゃっとしたその顔が、驚愕の表情を取るのに、さほどの時はかからなかった。

「『魔力を感じぬ』とて、『魔力を持たぬ』とは一概には言えぬ。・・・『隠している』という事もあるのでな。」
言葉が終わるか否か、足元にドンッ!と魔法陣が現れた。
「!!!」
「では。」
それはあまりにも唐突な、予告無しの移動だった。




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ああ・・・やっと此処までたどり着いた・・・・。(感慨)
今回も長かった・・というよりは、これからこれぐらいの長さで続きます。
もし携帯などで見ておられる方がいらっしゃったら、申し訳ないなあ・・・と・・・・。
出来ればPCからご覧になる事をお勧めいたします。

今回は『口で』働きました、忍者。(笑)
しかし、いかに似合わないかがよーく解りました(爆)。
やっぱり肉体労働組ですな。(体力バカ・・・ではないけど・・・・。)
あ。
ソエルもラーグも、両方好きです!(力説)
でも「どちらか」といわれたら、ラーグです。

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.03.29UP

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