『 まぁ、彼女の事、一番理解「できる」のは、小狼かもね。 』
「どういう意味だよ?」
『 貴方には「理解できない」って事よ。 』
微かな舌打ちが、その心の荒れを物語る。
(そうよね。)
次元の魔女は心に独り、呟いて。
(『彼女』の事、私にも解らない。・・・小狼が、まだ『近い』かもね・・・・。)
『 さあ、これで「講義」は終わり。何か質問は? 』
「一杯ありすぎて、どれから聞いていいかわかんないでーす。」
『 じゃあ、今度また通信する時までに整理しておいて。・・・こまめに連絡取るようにするから。 』
モコナの事が心配なのだ、と思い当たる。
自分が対価として引き渡したのに、それが役に立たないのでは―――――。
いや、それ以上に。
己が心を掛ける、愛しき存在である、と。
『 じゃあ、またね。 』
次元の魔女の姿は消えた。モコナが静かに光を収める。
「モコちゃん、お疲れ様。」
サクラの声に、モコナは少し笑って、胸元に飛び込んだ。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
町中を、探し回って。
『映らない』のであれば、予言者などに聞くわけにもいかない。
『自分で』探さなければ。
走って、走って。
町の外れ、静かに流れる小川のほとりにやってきた。
(・・・・居た。)
川岸に。
『その人』はいた。
(・・・・・鳥?)
十数羽の鳥たちが、その周りに集まっている。
何をするでもなく、ただ、黙って、そこに『在る』。
小狼は、そっと歩みを進めた。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
それでも声をかけられなかった。
その人が。
そこの『空気』そのものと化していたから。
「・・・『話』は終わったのか。」
こちらを見るでもなく。静かな問いが投げかけられた。
「だいたいは。」
横に並んで座る。変わらず視線はこちらには来ない。
「あまり関わらぬようにする事だ・・・『私』にな。」
「・・貴女は、それで良いんですか?」
その応えが意外だったのか。初めてリアンは小狼に目を向けた。
真摯な栗色の瞳は、何を語るのか。
視線を川面に戻して。
一言だけ、言葉を紡いだ。
「慣れている。」
と。
「寂しくないですか?」
その問いに対する応えは、無い。
「俺だったら・・・寂しいです。・・・とても。」
それは、独り言のように。
「サクラが俺の事を『覚えていない』というのが・・・・本当はとてもつらいです。」
誰にも吐いた事の無い『本音』を。
何故『この人』に語ってしまうのだろう。
わからない。
「・・・一つ、聞いていいですか?」
話を切り替えて。沈黙を承諾と受け取る。
「・・・俺は・・・・『誰』ですか?」
視線が絡み合う。
この人なら。
『答』を知っていそうな気がして。
夢で見た、そっくりな『自分』の事。
意識の無いままに、『何か』をしたらしい『自分』の事。
知りたい。
『自分の事』が、解らない。
「私に、『未来』は見えない。」
意外な答と知る。魔術師であれば、『未来』は予見出来ると思っていたのに。
「私の『時間』はこの世界の物ではない。たとえ『見えた』としても、『本当に間近な未来』しか見えない。」
ふと、空を振り仰ぐ。
「・・・『私』に関わると、他の魔術師にも、その者の『未来』は見えなくなる。」
それは、次元の魔女にすら、小狼たちの事が『見えなくなる』と。
それは『困る事』のはずだから。
「俺は、構いません。」
他人に『自分』が見えなくても。
「俺は、『やると決めた事』をやるだけです。」
強い意志。
何者にも左右されぬ、頑ななまでの誓い。
リアンは、静かに立ち上がった。
夕日が『時の魔女』を照らし出す。
「小狼。」
その視線は、変わらず川面に在って。
「――――『隣』を見てみるがいい。」
「『隣』?」
訳もわからずに、『隣』を見て。
『その意味』が解るまでに、一体どれほどの時を要したのか。
我知らず、立ち上がった小狼の顔は、驚愕に満たされて。
夕日を背に振り向いた『時の魔女』の声音に、『哀しみ』を感じたのは、間違いではあるまい。
「私は、『此処』に『存在していない』。」
小狼の『隣』、夕日によって作り出されるはずのリアンの『影』は、そこには『無かった』。
「異なる『時間』の中に居るが故に、私自身はこの『時間』の中には、確固たる存在になりえない。」
その言葉は、抑揚の無さが、かえってその人の持つ哀しみを感じさせて。
「『存在している』。だが『存在していない』。宙ぶらりんな、―――――『影』、だ。」
だから。
「これ以上――――――『私』に関わるな。・・・これは、『忠告』だ。」
小狼は、しかし首を横に振った。
「・・・俺だって・・・・・『同じ』です。」
過去が無い。
自分が誰だかわからない。
宙ぶらりんな、『存在』。
小狼は、静かにリアンの手を取った。
「・・・貴女は・・・確かに『此処』に『居ます』。」
「・・・・。」
「こうやって、手を取ることも出来る。言葉を交わすことも出来る。一緒に旅をする事も出来ます。」
栗色の瞳に、真剣な光を宿して。
「だから――――――これからも、俺達と『一緒』に『居て』下さい。お願いします。」
そう言って頭を下げる。
何のけれんも無く。
ただ真実のみを、と。
駆け引きなど考えもしない。
心からの、願い。
少年ゆえの―――――それは一途な、ひたむきさで。
夕闇が迫る。
暮れなずむ色の風に、ふわりと一つ、羽根が舞った。
何とはなしにそれを目で追った小狼は、リアンの足元に『影』があるのに気付く。
『作られた』物であったとしても、そこに『存在している』ことを己が望んだと。
ふと、肩の力を抜いて。
小狼は、笑った。
「・・・何を手ぇ繋いで和んでやがる。」
唐突にかけられた声に、リアンの手を取ったままだったと気付いた小狼は、わたわたと手を離した。
「す・・・・・・すみませんっ!!!」
それこそ頭のてっぺんまで真っ赤になった小狼に、サクラのくすくす笑いが追い討ちをかける。
「・・・ひ・・・姫・・・・。」
身の置き所の無くなった小狼は、リアンに助けを求めるように見上げた。
頭一つ背の高い、その人は川面の方を見ていて応えてくれない。
「〜〜〜〜〜〜〜〜あぅぅ・・・。」
頭を抱え込まんばかりの小狼に、慰めるようにファイが声をかける。
「探すの大変みたいだったからねぇ〜〜、黒たんに小狼君の『気配』を追ってもらったんだよ〜〜。」
現役の『忍者』ならば、それはたやすい事だっただろう。
「姫と白まんじゅうがうるさかったからな。」
ふん、といった調子で。ファイもサクラもくすくす笑っている。
飛び出していったまま帰ってこない小狼を一番心配していたのは、他ならぬ黒鋼だったのだと。
「まあとりあえず、見つかったって事で・・・・。そろそろ夕食タイムだよ〜〜〜。」
ファイに促されて。歩き始めた小狼に、無機質な声が投げかけられた。
「・・・『鏡の虚像』は、『虚像』でしか本来は有り得ない。」
「・・・・え?」
「だが、『虚像』は、自らの意思を持ち、自らの目で物を見、自らの耳で聞き、自らの足で歩み始めた。」
その言葉が、何となく、『自分』の事であるような気がするのは。
「『虚像』はもはや『虚像』ではない。己を強く持てば、『実像』に侵される事はない。」
その言葉の『意味』は。
小狼がそれを知るのは、もっと後になってからの事だった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「お先でした。」
食事も終わり、部屋に帰って。
順番にシャワーを使うことになって、小狼は1番だった。
頭を拭きながら、次に入るファイを、どうぞ、と見送る。
「・・・・・・。」
ベッドに腰掛けて。
食事の時の光景を思い出していた。
円卓で、リアンの横にサクラとファイが座っていたのだが。
サクラと一緒にテーブルについていたモコナが、大きな耳をシュンとさせて。
「・・・モコちゃん、何も食べられないって・・・・。」
大食漢とも言うべきモコナが『何も』食べられない。
その受けたダメージの大きさが知れようというもの。
すると。
小さくパンをちぎり、その上にチーズと肉片を乗せて。
『何か』小さく『唱えて』。
掌に乗せたそれを、リアンは静かにモコナに差し出した。
ただ、黙って。
モコナは躊躇った。
リアンの顔と、掌に乗せられたパンを交互に見て。
意を決して、そろそろと手を伸ばした。
ほんの少し、齧る。
そして、それを全部口に入れた。
「・・・味・・・少しだけ、わかる・・・・。」
次には違う物を乗せて、また『唱え』て。静かに差し出す。
それも、ゆっくりとではあるが、モコナは食べた。
サクラがほっと安堵のため息を漏らす。
皆もそれぞれの食事に戻ったが。
小狼は、リアンが『殆ど食べていない』事に気が付いた。
(『存在しない』から、『食べなくてもいい』・・・・?)
わからない。
何だか、とても心が哀しい。
思わず顔を伏せてしまうほどに。
(でも・・・・本当はきっと『優しい』人だ。)
その行動に。
(黒鋼さんと『同じ』物を感じる。)
そんな事を『言った』ら、黒い影はきっと眉間に皺を寄せて、大声で否定するのだろうけれど。
「・・・・何を、話していた。」
ベッドに転がったまま、天井を見据えて。
川縁での会話の内容への問いと知る。
「『自分にこれ以上関わるな』と言われました・・・・でも『一緒に居てください』とお願いしました。」
「・・・・ふん・・・・。」
黒鋼には、リアンへの猜疑心しかないだろう。それも仕方のないことだ。
『あの事』を言う必要は――――――。
(たぶん、ない。)
きっと理解してもらえないであろう事は、十二分に推察されるので。
「黒鋼さん。」
「あぁ?」
「・・・『緋炎』を見ていただけませんか?」
そう言って『緋炎』を差し出した。
確かめたい。
その一念で。
『緋炎』をじっと見つめて、受け取りながら、黒鋼は小狼に問いかけた。
「傷めたのか?」
と。
あの洞窟(実際には『坑道』なのだが)の魔物の致命傷は鋭利な刃物での切断。
だが、『炎で焼いた』痕は無かった。
だったら、『剣』を『使った』のは、小狼ではないという事になる。
状況から判断すれば、『使った』のはリアンだ。
切断面から推測した『力量』は、まずまずの物ではあったが、それほど優れているわけでもなかった。
『緋炎』の扱いがぞんざいであった可能性もある。
黒鋼は、『緋炎』を抜刀した。
「・・・・・・・・・・。」
ためつ、すがめつ。
念入りに目を走らせる。
刃こぼれは無い。
皹も無い。
「何処も傷んでいねぇようだが?」
そう言って小狼を見れば。
「・・・・やっぱり・・・・。」
その眼は、哀しいような、納得したような。
「どうした?」
「黒鋼さんは・・・『緋炎』に『認められている』んですね。」
「・・・・・・どういう事だ?」
「俺は『緋炎』に『認められていない』んだそうです。」
鞘に納められた『緋炎』を受け取る。そして、今度は自分が抜刀した。
『緋炎』は瞬時に炎を吹き上げる。
「この炎は。」
静かに鞘に収める。炎の波動が消え、部屋に静寂な『気』が漂った。
「俺を『認めていない』から、『緋炎』が出すのだそうです。」
「・・・・誰が言った。」
「リアンさんです。」
またあいつか、と黒鋼は忌々しげに舌打ちをする。
あいつは。
一体どれほど自分たちを『混乱』させたら気が済むのか、と。
「この『緋炎』の属性は『炎』なんだそうです。」
「まぁそうだろうな。」
「もし持ち主が『認められている』のなら、その属性を出したり消したりする事が自在にできるのだそうです。」
「『属性』を消す・・・・。」
それは、自分にとって考えた事も無い事だった。
「・・・この『蒼氷』にも属性とやらが有るのか?」
同じ時に桜都国で手に入れた愛刀・『蒼氷』。『緋炎』ともし同じならば。
「わかりません。でも、もし属性があるなら、多分『氷』属性ではないかと思います。」
『銘』から推察したのだろう。確かに十分考えられる。
「『蒼氷』は最初から、黒鋼さんに膝を折っているんだと思います。・・・俺も、そうなりたいです。」
『刀』の方から膝を折ってくれるほどまでに、自分もなりたい。
「属性、か・・・・。」
『蒼氷』をじっと見遣る。考えた事も無かった。――――――そして、これからも。
「例え『蒼氷』に属性とやらが有ったとしても、そんなもんに頼る気はねぇがな。」
自分の『剣技』に絶対の自信を持つ、黒鋼ならではの物言いに、小狼は口元をほころばせた。
「―――――――そうですね。」
そこまで言い切れる、その自信。その実力。
もちろん並大抵の努力では叶わなかった事であろうが、しかし。
(追いつきたい。)
心から、そう思った。
それは、大切な人を守る為に。
やると決めた事を、やる為に。
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