黒き疾風は 空に舞い
深海の夢は 時に揺蕩う
祈れる者に 祝福あれ
彼の者の声、天に届けと
「わあぁぁぁ――――――っっ!!」
「いやあぁぁ――――――っっ!!」
「うわあぁっ――――――っっ!!」
「やぁぁぁぁ――――――っっ!!」
4人が4人とも。いや、正確には『3人と1匹』が。
自らの、そして皆の絶叫で飛び起きた。
思わずはぁはぁと、肩で息を継ぐ。
「・・・・ひ・・・姫・・・・?」
「・・・・小狼・・・・君・・・・?」
「みんな・・・・・。」
呆然と、互いの顔を見合わせて。
「・・・・・・・夢・・・・?」
サクラの一言が、現実を呼び覚ます。窓の外からは、明るい日差しが差し込んでいる。―――――朝。
「・・良かった・・・・。」
小狼は思わずため息をついた。夢だといっても、内容が悪すぎる。
ファイも、柄にも無い声を出した、と、いった感じでポリポリと頬を掻いていたりもする。
だが。
「・・・・モコナ、変な『夢』を見た。」
モコナの声は、それは震えていて。小狼は、はっとモコナを見た。
ファイも、サクラも。
「モコナ・・・・『変』って・・・・?」
予想した答えは、しかし信じたくなくて。
でも。
「・・・黒鋼と・・・・リアンが・・・『殺される』夢・・・・。」
「何だって?!」
自分の声が大きくなった事にも気づかずに。
「ゴメンナサイ!変な『夢』見て!!」
「違うんだ、モコナ!!」
必死で謝るモコナを、しかし小狼は揺さぶって。
「俺も『同じ』夢を見たんだ!!」
「?!小狼君も?!」
「え?!」
愕然とした表情のサクラ。ファイもまた、目を見開いて、口を手で覆った。
「・・・・オレも・・・見た・・・『同じ』夢・・・・。」
皆が『同じ』夢を見た。
未来を見ることのできない者までが見た『夢』。
これは『予知夢』なのか?
―――――――それとも・・・・・?
「警察に行きましょう。」
決然と。小狼は立ち上がって言った。
「警察に頼んで『調べて』貰いましょう。」
「でも・・・『向こう』とは連絡取れないって・・・・。」
サクラの声は、消え入りそうで。
小狼はにっこりと微笑んだ。――――――とても、哀しい、色で。
「大丈夫です。これは・・・・・『命に関わるような事件』ですから。」
受付嬢は確かに言った。
「もし命に関わるような事件などが発生したりした場合は、別、というだけです。」
今は、まさにその『命に関わるような事件』のはずだ。
もちろん。
「あれが『ただの夢』なら、笑い話として、謝ればいいんです。」
そう、『ただの夢』なら。
皆は、可能な限り手早く仕度を整え、朝の街に飛び出した。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「だから、『お願い』しているんですけどー?」
さっきからカウンターで押し問答を続けている。
対応する警察官は、困った表情で。
「何度も言いますが、『向こう』と連絡は取れない、と受付で説明があったはずです。」
「はい。でも、『命に関わるような事件の時は別』とも聞きましたしー。」
ファイの目が『凄んで』居るのは、間違いではないだろう。
「もしこれが『本当』に『事件』なら、オレたちの見た『夢』は、大いに参考になると思うんですー。」
自分たちは『その現場』の夢を見たのだから。
警察官はため息をついた。
「・・・わかりました。一応確認はしてみますがね。」
メモ用紙のようなものを取り出す。『調書』のような物ではない。
『真剣に』対応していない証拠だ。
ファイはぐっと唇を噛んだ―――――自分たちにとっては、とてつもなく『大事な』問題なのに。
「・・・・・は?」
「・・・はい?」
思考に気を取られて、警官の声を聞き取り損ねた。ファイにしてみれば、前代未聞と言っていい失態だ。
「ですから、『あちら』にいらっしゃる『お仲間』の名前と特徴を。」
「あ、はい。」
「まず、『お名前』を。」
「男性が『黒鋼』、女性が『リアン』です。」
「身長、体重、年齢、身体的特徴などを。」
「えっと・・・・。」
そこでファイは固まった。
身長?
体重?
年齢?
身体的特徴は、まだ言える。
しかし、身長や体重や年齢といえば、ある意味その人を表す『基本的情報』だ。
――――――それが、わからない。
リアンはまだ『仲間』になって日が浅いから、ともいえるが、黒鋼は。
最初からの『仲間』なのに。
『何も』知らない。
日本国の忍者で。
とても強くて。
からかい甲斐があって。
主君の知世姫に『異国』に飛ばされて。
―――――――それが、今『彼』を探す事に、なんの役に立つ?
目を見開いて、硬直したファイを押しのけて、小狼が話し始めた。
「実は俺たち、ついこの間知り合ったばかりなんです。」
「ほう?」
「実は、このサクラが、危ない目に遭って、通りがかった黒鋼さんとリアンさんとファイさんに助けてもらったんです。」
警察官はフムフムと聞いている。
「そのぅ・・・・。実は、サクラは。」
ちょっと声を潜めて、手招きをする。警察官も、何か?と身を乗り出した。
「うちの国の・・・お姫様なんです。俺は護衛で・・・・それでその件を王様に報告したら、是非皆さんをお招きしろ、と。」
「なるほど・・・・『姫君』でしたか。あのお嬢さんは。」
「姫君の危機をお救いいただいたのに、お礼も申し上げないのは、いかがな物か、と。」
「それは、確かに。」
「ということで、此処の観光が終わったら、うちの国に来ていただく事になっていたんです。・・・国賓として。」
『国賓』という言葉に警察官は反応した。一般人とは自ずと『格』が違う。
「サクラ姫は、お二人がまるで『兄君』『姉君』のようだと懐かれてまして。」
「ほうほう。」
「今は神官様をはじめ、大臣クラスが動いて歓迎の仕度を整えている頃かと。」
小狼の『美点』は、その『真剣さ』だ。
どんな事にも一生懸命に対応する。
その真摯な態度は、相手に深い信用を与える。
――――――それが、いかに『真実を織り交ぜたハッタリ』であろうとも。
(小狼君って・・・すごい・・・・。)
ファイは回らぬ頭で、それだけははっきりと思った。
「わかりました。」
警察官の対応は、しかしはっきりと変わっていた。
「『向こう側』に問い合わせてみましょう。少し時間がかかりますが、よろしいですか?」
「はい。お手数をおかけします。」
小狼は頭を下げた。警察官は、いやいやそんな勿体無い、と言わんばかりに手を振り。
「別室にご案内しますので。」
別の婦人警官に合図して、自分はそこから立ち去った。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「・・・オレ、小狼君を見直しました。」
ファイは率直に言った。
「え?」
「オレ、パニクって頭真っ白になった。でも、小狼君は、ハッタリ含めて、相手を信用させちゃった。」
「あ・・・いえ・・・・。」
「でも、知らなかったよね。『身長』『体重』『年齢』なんて。」
小狼もサクラも黙り込んだ。
確かに、知らない。
必要が無かった、と言えばそうなのだが。
思考は、ノックの音で遮られた。
(早い?)
かかった時間が『短すぎる』。
「はい。」
声をかけると、先ほどの警察官が現れた。もう二人、男女の警察官も一緒に居る。
「?」
「まず、先ほどお尋ねの件ですが。」
その声は、重い。
「『向こう』の警察からの報告によりますと、ホテルのスイートルームにて、男女1名ずつの刺殺体が発見されました。」
その声は、悪魔の紡ぐ声のような。
「宿帳によりますと、男性の名は『黒鋼』、『鑑識』によれば、身長は195センチ、黒髪でがっしりとした体格。」
『死の宣告』とは、このように下されるのだろうか。
「女性の名は『リアン』。身長は170センチ。細身で髪の色は紺色。」
サクラの握り締めた手が、がくがくと震え始めた。
「男性を刺殺した凶器は発見されておりません。女性の方は、突き立てられていた剣がそれです。」
小狼の意識は、必死に『自分』にしがみつこうと努力を始めた。
「『遺品』の中で特徴的な物として、『これ』の写真が来ています。」
そう言って、つい、と1枚の写真をテーブルの上に滑らせた。
覗き込んだ皆は。
『時間』が砕ける音を、確かに聞いた。
サクラがゆっくりと、倒れていく。小狼もファイも、支える事を忘れて立ちすくんだ。
婦人警官が慌ててサクラに駆け寄る。
小狼は、呆然と呟いた。
「・・・・・『蒼氷』・・・・・・・。」
そこに写っていたのは。
桜都国で手に入れた、『緋炎』と対を成す、凍えるが如き静かなる物。
―――――黒鋼の愛刀、『蒼氷』だった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
警備をつける、という申し出を断った。
不審顔の警察官に、小狼は、『これ以上事を荒立てたくない』と説明した。
そして、サクラを見遣る。
婦人警官とファイに支えられたサクラは、視線が定まっていない。
『これ以上刺激を与えるのは・・・・。』という言葉に警察官は頷いた。
事情聴取は小狼が受けた。
可能な限りの事を話す。
もちろん『羽』の事は伏せた。
―――――――そして。
黒鋼を貫いた、あの剣の『飾り』の事も。
(今は、まだ。)
自分の中に伏せておくべきだ、と思った。
そう、ファイに対しても。
ファイが想像以上に『脆い』心を持っているとうすうす感じてはいたが、今回の事ではっきりとした。
『ガラスの貴公子』とでも言おうか?その繊細な『心』を今ここで砕くわけにはいかない。
今、黒鋼たちの死に関すること、サクラの『羽』に関することで、一番『知っている』のは、自分。
『自分』の中で、出来る所まで対処しなければ。
何もかも背負い込むのが、小狼の悪い癖ではあるのだけれど。
とにかく、『向こう』での捜査が終わるまで、こちらに滞在する、ということで、ホテルに引き取る事になった。
「『こちら』でも、捜査をお願いします。」
深々と頭を下げて。もちろん警察官は恐縮し、絶対の協力を約束した。
警察を出て、足取りも重くホテルに向かって歩む。
部屋に着いて。
どさっと各自のベッドに座り込んだ。
誰も、一言も口に上せない。
口に上せる事が出来ない。
重い、重い、沈黙。
ふと、窓の外を見た。
(もう、夕方・・・。)
あの『夢』は。
『朝』に見たのに。
1日は早くも終わろうとしている。
(・・・そういえば。)
今日は朝から、何も食べていない。
だが、食べたくない。
体が拒否している。
(危険。)
頭の奥で警鐘が鳴る。
こういうときこそ『食べなければ』いけないのに。
でも。
暮れなずむ『空』の色は、嫌が応にも思い出させる。
――――――あの女性の、瞳を。
ファイは首を振った。
(何してるの、オレ。)
自分が『しなければならない事』を、全部小狼がしてくれた。
(オレがしっかりしなきゃ駄目じゃない。)
小狼は、何だかんだ言っても、まだ『子供』。サクラは言わずもがな。
(『大人』がしっかりしなきゃ、黒たんに怒られちゃうよ。)
きっと言うだろう。あの紅い目に、呆れの色を湛えて。
『何やってんだ、てめェは?』
と。
(きっとそうだ。)
思いっきり想像できる。眉間の皺は、推測で2割増し?
何か言い募ったら、『蒼氷』を抜刀して振り回すだろう。
『バカか、てめェは!!』
と。
(とりあえず、斬られたくないしー・・・・。)
その『斬る』人は・・・・。
ブンブンと首を振る。
思考を振り切って、サーバーに水をセットした。
性能がいいのか、すぐに湯が沸きあがる。
たっぷりのミルクと砂糖を入れて。
「はい、これでも飲んで。」
皆にミルクティーを渡す。もちろんモコナにも。
「ありがとうございます、ファイさん。」
「いいってー・・・小狼君のおかげで、ホント助かったよー。」
いつもの調子を少しずつ取り戻す。小狼もそれに気付いて、ふっと笑った。
「サクラちゃん。」
びくん、としたサクラに、ファイは膝をつき、下から見上げるように覗き込んだ。
「・・・できる事は、がんばろ?」
「・・・・ファイさん・・・・。」
「明日から、ね。」
ファイが向けたのは、優しい笑顔。
今日は、いいよ。
でも明日からは笑顔で、前を向いて歩こうね。
「・・・・はい。」
サクラはミルクティーを受け取って、手で包み込んだ。
カップを伝わってくる『温もり』。
『心』に、それは染みとおる。
ぼんやりとして。
時々、それを飲む音がする。
喉が、こくり、と。
「以前ね、黒たんに言われたんだよ。」
カップを弄びながら。ファイの静かな声は、それは『呟き』。
「『命数尽きてねぇのに、生きる努力をしようとしねぇ奴が、この世で一番嫌いなんだよ。』ってね。」
手に持ったカップの湯気が微かに漂って。
「俺答えたんだ・・・『じゃあ俺は君の一番嫌いなタイプだね。』って・・・。黒たん、何も言わなかったけど・・・。」
連れて行ってくれる『誰か』を。
ずっと探していたのだと。
告白めいた、その独り言は、強い一言に一蹴されて。
『自分で行きゃあいい。誰かに頼らずに。』と。
あれは『桜都国』だったから。
『非現実の世界』だったから。
だから言えたのかも知れない、『自分の事』。
今思えば。
後ろばかり向いている『自分』に、忠告してくれていたのでは、と。
『前を向いて、自分の足で歩け』、と。
「何だか何時も、支えて下さってた気がするんです。」
サクラの声は、哀しさに沈んで。
「眠くなった時もそうだし、危ない時にはいつも前に居て下さって。」
「『桜都国』に残った時も、サクラをずっと肩に担いで戦ってたよ。・・・モコナは懐に入れてもらった。」
あの『国』は『現実』ではなかったけれど。
でも、その行動は『現実』だ。
「『ピッフルワールド』では、私を庇って大怪我までして・・・・・。」
気が付くと、何時もそこに『居た』のに。
「どんな時でも『見て』くれてました。ジェイド国で、川を渡ってきた『俺』を。」
引き上げてくれたのは―――あの力強い『手』。
「『桜都国』では真剣に教えて下さいました。・・・・『剣を持つ者の心構え』、とか。」
「小狼君、結構ズタボロで帰ってきてたもんねえ〜・・・。」
それは、『子供だから』などと言って手を抜くのではなく、『一人の人間』として真剣に向き合っていた、と。
「『月の城』で、他人の振りして俺の剣技の上達のために真剣に打ち合って下さったり。」
あの時の『黒い瞳』をした『あの人』は、本当は少し『怖かった』のだけれど。
「俺の右目が見えないのに、真っ先に気づいたのも黒鋼さんでした・・・『優しい』人です。」
それは。
『不器用』な、しかし『本当』の『優しさ』。
『記憶の本』で見た、『過去』の彼がそうであるように、『今』の彼も、また。
「黒鋼とね、一緒に居ると、本当に楽しいよ。」
何時も漫才になる、この『二人』。
「からかい甲斐があるって言うか〜〜モコナの言う事、ちゃんと受け止めてくれるの。」
それが実は『難しい』事であると、彼自身は気付いてはいないだろう。
「『白まんじゅう』って渾名、結構気に入ってるの〜。」
これは最大の賛辞であると、知る者は少ない。
目を閉じれば。
何時も、そこに居た。
確かな意思を見せる、紅い瞳が。
内にたぎり立つ炎を秘めた、黒い疾風が。
「『緋炎』の事、黒鋼さんも知らなかった。」
小狼が、ぽつん、と。
「『炎を噴く』のは、『認められていないから』だなんて、思いもしなかった。」
抜刀した時。
黒鋼には―――――敬意を表したが如くに。
リアンには――――畏怖したが如くに。
『緋炎』は炎を出さなかった。
『独り』で『時を渡って』来た人。
『この世界』に『存在できない』という苦しみを背負って。
いつか、皆もその事を知るだろうけど。
今は、知るのは――――――自分だけ。
その声音に、『感情』は感じられない。
でも『悪意』は無かった。
微かに、黒鋼と同じものを感じた気がする。
―――――『優しさ』を。
「モコナの事、『ソエル』って呼ぶのはやめないの。」
それは少しつらい事なのかもしれないのだけれど。
「でも気を遣ってくれて、モコナの『代わり』に次元を超えて、『代わり』に羽を探してくれてる。」
『羽』を探す事に、何の関わりも無いはずなのに。
ためらいもせず。
ただ黙って『旅』を一緒に続けてくれている。
『次元の魔女』と知り合いだから、では無い。
それは、リアン自身の、『意思』で。
「魔術師、という点では、傑出してるよね。」
これは正直な感想で。
「『とんでもないレベル』ってのは確かなんだよね。オレが今まで出会ったどんな魔術師よりも、『魔力』が高い。」
「『次元の魔女』さんよりもですか?」
「うーん・・・それはレベルが違う・・・っていうより、『方向性が違う』、と言った方が良いかな?」
何のことか解らない風の二人に。
「『次元の魔女』さんもすごい『力』を持ってる。それは『色々な事ができる』力だと思うんだよね。」
「侑子、『願いをかなえるお店』をやってるよ。」
「ん。まさに、それ。・・・・・でも、リアンさんの『力』は。」
ずっと感じてきた、疑問。
「何だか・・・全然『方向性』が違う。何というか・・・『戦い』、とかの方向のような・・・・。」
『魔物の国』で。
見せた『チカラ』は。
すさまじいレベルでの『攻撃魔法』だった。
それも、表情一つ、変えずに。
『風』と『雷』の最高の存在を召喚して従わせ、『竜の眷属』をも一撃で消滅させた。
まったくの『無表情』のままで。
『戦う事』に何の感慨も持っていない。
戦闘のプロである黒鋼ですら、『ここまで』ではない。
それは、まるで『戦う機械』のような。
しかし。
(何だろう?)
この『違和感』は。
ずっと『警鐘』が鳴り響いている。
『あの夢』に。
わからないが、しかし。
(忘れちゃいけない。)
『あの夢』に感じた、この『違和感』を。
「でも・・・・鳥たちは、あの女性が、好き。」
あれは、この国に来る前の。
風がそよぐ、森の端で。
佇む『あの女性』の周りに、その肩に。
沢山の鳥たちが集っていたのを―――――。
不思議な色をした、あの瞳は。
どことなく『不安』にさせて。
まるで包み込まれてしまうような。
夕闇に。
海の底に。
でも、その纏う『気』は。
確かに、どこか―――――――『優しかった』。
失って、初めて。
失って、改めて。
心に刻まれていた、その『存在感』。
会った事も無かったのに。
会うはずもなかったのに。
『必然の出会い』をして共に在る事となった人の。
気が付いていたはずだったのに。
解っていたはずなのに。
本当は。
『気づいていなかった』
『解っていなかった』
その人の事を。
『護られていた』自分たち。
『失われてしまった』かけがえの無い『護り手』。
何物をも射抜くような、あの燃えるが如き『紅玉』の瞳は。
全てを見透かすような、あの凍えるが如き『黝簾石』の瞳は。
もう、手が届かないと。
サクラの『嗚咽』は空を裂いて、散った。
|