「・・・・・・ふ――――――ん・・・・・。」
その壁に触れて。
ファイが漏らしたのは、感嘆か。
それとも。
「何だか解るのかよ。・・・・ここに『在る』のが。」
自分には到底解らない事なので。
「・・・・何となく・・・・・。」
はっきりとしてはいないが、しかし。
(そう、何となく、『解る』。)
それは、『確信』。
「小狼君、今から『街中』を歩き回るから、オレの言う所に『印』付けていってくれる?」
「あ、はい。」
「黒たんはサクラちゃんと戻ってて。・・・『あの人』が、『起きてもうろうろしないように』。」
「・・・・・。」
さらに『黒さ』が増した、と思いつつ。
黒鋼はサクラと『宿』に戻った。
「姫、見てきてくれるか?」
『女』が寝ている部屋を覗くのは、やはり抵抗がある。サクラは頷くと、そっと階段を上がっていった。
「・・・・・。」
ふう、とため息をついた。
二人の魔術師の駆け引きに、巻き込まれているような。
(正確には、ヘライのが一人で踊っている気がするがな―――・・・・。)
ヘライのは結構負けず嫌いみたいだ、などと考えたりもする。
自分の事は完全に棚の上だ。
その『思う所』は、解らない訳でもない。
かつて自分も、『強くなりたい』一心で、格上の忍者たちに食らいついていった。
それと同じなのだろう。
『自分より遙かに上を行く魔術師がやろうとしていることを看破したい』と願うのは。
思考はサクラの気配で断ち切られた。
「すまねぇな。・・・どうだった?」
「眠ってました・・・ぐっすりと。」
「・・・そうか。」
『エステリアランド』で、限界ぎりぎりの状態で眠っていたのを思い出す。
あの時の『寝息』はとても『浅かった』。
今は―――――――『魔力』を『使い続けなくてもよい』分、眠りは深いのだろうか?
考え込んだ黒鋼を見て、サクラは、つんつんと服の袂を引っ張った。
「あ?」
「きっと、『大丈夫』ですから。」
「・・・・・・。」
この姫は。
無意識のうちに人を穏やかにするのだろうか。
黒鋼は、少し心が軽くなったような気がした。
「姫、何か飲むもん、くれるか。」
「はい。・・・先日買った、ハーブティーはどうですか?」
「・・・・甘いのか?」
「いいえ、甘くはなかったです。」
「じゃあ、それでいい。」
「はい!」
パタパタと。
仕度をするサクラを見て、(変わったな。)と思う。
最初に比べて、なんと『人間らしく』、『年頃の女の子らしく』なってきたことか。
全ては『記憶の羽』が戻ってきたからだ。
もう20枚以上手に入れた。
(まだ足りないのか?)
一体何枚あるのだろう。『記憶の羽』は。
(どっちにしても、俺の『旅』はまだ終わらねぇ。)
というよりは。
終わらせない。
あの『蝙蝠』の飾りをつけた、剣の持ち主を見つけるまでは。
母の仇に出会うまでは。
「お待たせしました。」
「おう。」
サクラが入れてくれたハーブティーは、確かに甘みはない。
でもとても穏やかになれる気がした。
(悪くない。)
こんな『時間』を過ごすのも。
『命』を張って生きてきた、『忍者』にとって。
それはつかの間の『休息』であったのかも知れなかった。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「ただ今帰りました。」
声がして。
小狼とファイが戸口に立った。
「お帰りなさい。」
その瞳はまっすぐに小狼を見て。
そこに余人の立ち入る術は無い。
この『二人』は。
まさに『運命の二人』なのだろう――――――何となく、そういう気がする。
(やはり、『こんな風』だったのだろうか。)
―――――――遠い日の。
『父』と『母』は。
この『二人』のように、見つめあっていたのだろうか。
昔日。
炎に包まれた『故郷』。
『想い』を馳せれば、それは『痛み』を伴って。
「その『強さ』で『愛するもの』を守れ。」
父の『最期』の言葉。
自分は『強く』なっただろうか?
知世姫が言った、『本当の強さ』は、『今』の自分には――――果たしてあるのだろうか?
そして。
『愛するもの』は?
『守るべきもの』と―――――今はそう、広義に捉まえて。
とりあえずは―――――。
姫と。
小僧と。
ヘライのと(一応入れておかないと、後がうるさい)。
白まんじゅうと(一応入れておかないと、こいつはさらにうるさい)。
(―――――――『あいつ』は?)
何かが、走った。
それは、『痛み』?
わからない。
『あいつ』は―――――――『守るべきもの』?
『あいつ』は―――――――『愛するもの』?
・・・・わからない。どれほど考えても。
(今は・・・・いい。)
混乱した頭を振り払って。
小狼に問う。
「で、何か解ったのか?」
「あ・・・いえ、俺はファイさんの言う地点を地図に記入しただけで・・・・。」
「ん〜〜〜、何とな〜〜く、解ってきたよぅ〜〜〜?」
にひゃら〜〜と笑みを浮かべて。
「ちょっと色々やってみるから〜〜今日の夕食、サクラちゃんお願いできるー?」
「わかりました!」
「・・・・甘くないヤツ、な。」
ぼそり、と。
この国に来て以来、リアンは食事を作っていない。
『単独行動が多い』、というのが理由だが、黒鋼にとっては、それがかなり『不満』だった。
(あいつが作ったら、わりと口に合うのに・・・。)
必然的にファイの『甘党攻撃』にさらされて、いささかげんなりしているのだった。
その辺りは『和風』と『洋風』の相容れぬ所だろう。
「『文句垂れ』だよね〜〜黒様は〜〜?」
苦笑しつつ、ファイは2階に消えた。サクラは、『甘くない物、甘くない物・・・・。』とぶつぶつ言っている。
小狼はモコナと顔を見合わせて、苦笑いをして。
「姫、手伝います。」
「モコナもお手伝い〜〜!」
皆がそれぞれに散った。黒鋼も自室に戻る。
此処の2階は、螺旋状に部屋が配置されている。
一番最初、此処の部屋割りを決める時には、くじ引きをした。
ファイがくじを作り。
順番に引いていった。
結果、階段から時計回りに小狼、リアン、ファイ、黒鋼、サクラ、となった。
当然―――――サクラの部屋が一番広くて日当たりがいい。
『神の愛娘』は、あらゆる『運』を身につけているのか。
(同じ『女』でも・・・・。)
『あまりにも違う』、『あの人』は。
一瞬、その面差しがよぎった気がして。
『その人』の部屋の前で、ふと立ち止まった。
「・・・・・。」
ノックをしようとして、その手を止めた。
「起きるまで起こさないで欲しい。」
そう言ったのを思い出したから。
気配は、『眠っている』。
黒鋼は、そっと部屋の前を離れた。
どうか、せめて。
今は、よい眠りを。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
古来。
『逢魔ヶ刻』と名を冠し、この世ならぬモノとの接点を見出す『時』。
『魔女』は目覚めた。
「・・・・・・。」
完全に回復はしていないが。
(時が、無い。)
寝床に横たわったまま、1つの『術式』を彼方より動かす。
微かに反応があるのを感じた。
(・・・やはり『今夜』だな・・・・。)
少しでも回復させるために、もう一度眠りに入る。
そして。
まさに『草木も眠る丑三つ時』――――再び『魔女』は動いた。
コトリ、とも音を立てず。
開かれた窓から音も無く、空に『影』が舞った。
まるで月面を歩むが如く。
ふわりと飛んで。
街の外れの森の入り口に、静かに降り立った。
「・・・・・・・始めるか。」
独りごちて。
静かに両の手を開く。
それぞれの先に、微かな光が現れる。
それを胸の前で合わせて。
次の瞬間、引きちぎるように振り払った。
耳に障る『音』がして。
街の各所に、『魔法陣』が出現した。
埋め込んだ『術式』が発動したのだ。
それは、想像以上の数であり。
『立体的』に、街を覆った。
壁に。
塔に。
柱に。
『高さ』をも求めて埋め込まれた『術式』。
厳しい目が、仕掛けられた網を追う。
「――――――来たか。」
その中に。
微かな光の変化が見える。
それはまるで『玉突きのように』あちこちを移動して。
「――――――逃がさない。」
『それ』は、『こちら』にやってきた。
そして―――――――――。
川べりに埋め込まれた『最後の術式』が発動し、その光の中に『黒い空間』が現れるのと。
『それ』に向かって5本の『羽根』が放たれ、『黒い空間』を中心に等間隔に円を描いたのと。
まさに、『刹那』の時も隔てず、それは同時に起こった。
誰や知る。
『罠』と『獲物』の鬩ぎあいを彩る、美しき『闇』の『色』を。
『羽根』が描き出したのが、『円』と―――――――。
『五芒星』であることを。
「・・・・やっと捕まえた。」
それは安堵のため息をも伴って。
しかし、その息は上がっている。
『まだ』十分に回復していなかったのだろう。
そして、さらに『過度な』『魔力』を使用したのだろう。
疲労の翳りに満ちた眉を、ふと顰める。
頭を振って。
『黒い空間』に向かって歩き始めた、その時。
「『ブリングデヴァイス』――――――ですよねー?」
それは『予想された』出現だったのだろう。
『音も無く』出てきた『宿』に、『皆の気配』は『無かった』のだから。
振り向くでもなく。
その動きを止めるだけではあったが。
「貴女が埋め込んだ『術式』の位置を地図に表してみたら、『きれいな五芒星』を描いていたんで〜。」
金色の風が、夜風に呼応する。
「さすがに『此処まで規模が大きく』て、『強い』物は初めてでしたけどー。」
『遙かに上を行く魔術師のやろうとしている事』を看破『出来た』事が、どこか嬉しくて。
「『ブリングデヴァイス』―――――『追い込むための罠』。もっと『弱い』ものなら使ったことありますけどねー。」
その顔は、実に満足そうだ。夜目にも鮮やかな双眸が、蒼い炎を垣間見せる。
紅い瞳は、どこか不満そうに。
栗色の瞳は、真摯な光を帯び。
碧緑の瞳は、その気遣う心の色に揺らぐ。
「『羽』は『別の国』にある――――――そうですよね?」
応えは無い。
「『羽のある国』は、時折『この国』に接触する。『異世界への入り口』がランダムに開く。」
図書館で情報を求めて過去の新聞を探した時、小狼が目に留めた『記事』にあった。
『神隠し』の多い国、と。
それは、突然開く『異世界の入り口』に吸い込まれたりしたのだろう。
そして、そのランダムに出現する『入り口』から、『羽の気配』は洩れ出ていたのだ。
だから――――――『掴めなかった』。
『掴めない』のなら。
『引き寄せる』しかない。
それ故に、『街中』に埋め込んだのだ。
『罠』の『術式』を。
「『最後の術式』が何処にあるのかを読み出すのに苦労しましたー。『2ヶ所』あったんでー。」
へにゃりとした口調は、変わらない。
「『此処』と『宿の庭』・・・・でも『こっち』と見込んで正解でしたー。」
その視線が黒鋼に移る。
「・・・おめぇなら、『危険度の高い』であろう場所を『宿の庭』には持ってこねぇだろう。」
「・・・って、黒たんが言うんでー。」
大人組の『予想』は、しかし正しい。
目の前に固定された『異世界への入り口』からは、禍々しい気配が見えてくる。
黙って聞いていたが。
反論しないのは、それが『正解』だから?
ふわり、と。
『入り口』に向かって歩み始めた。
当たり前のように、皆が一歩踏み出した時。
「来るな。」
氷のような一言が投げつけられた。思わず足を止める。
「来るなって・・・どういうことですか?・・・俺は、『姫の羽』を。」
取り戻すのだと。
やると決めた事をやるのだと。
『その人』もまた、よく知ることなのに。
無表情な顔が振り返った。だが、それは、どこか険しくて。
「此処から先へ入ってはいけない。――――――『人間』は。」
「・・・・・『人間』は?」
どういう意味なのか。
「此処から先は、『人間』が踏み込めば、瞬時にして魂が消し飛ぶ『世界』だ。・・・来てはいけない。」
そしてファイに向き直り。
『何か』を語った。
(あれ?)
小狼は首を傾げた。
確かに聞こえている。
『声』は。
しかし、『意味が解らない』。
「・・モコナ?」
また『おかしく』なって、通訳できなくなったのか、と見たが、いたって元気そうだ。
おかしい様子はない。
だとしたら。
「あいつ・・・・『セレス国の言葉』で話してるな・・・・?」
黒鋼の予想は正しいのだろう。事実、『言語体系を読み取る』事の出来るリアンならば、十分に可能だ。
しかし。
その『必要性』は?
――――――『モコナの翻訳機能を遮断して』まで。
(俺たちに『聞かせたくない事』・・・?)
そうとしか考えられない。
――――――事実。
ファイは、2、3歩後退った。
その目を驚愕に見開いて。
そのまま、ペタン、と尻餅をついた。
細い肩が、異様なほど震えている。
見開いた目のまま、おずおずと見上げる先には。
何の表情も浮かべぬ――――――いや。
微かに労わりと――――――どこか、『憐み』の色を浮かべて。
夕闇色の瞳が、無限の深淵に引きずり込むかのよう。
「・・・・・・・。」
その瞳を、閉じて。
『闇の入り口』に向き直った。
「・・・・・・待って・・・・・。」
ようやく声を絞り出した。
見開いた目には、冷たい炎を垣間見せて。
「・・・聞きたい事があるんです・・・・。」
歩みを止めて。それは『次』を促す事と知る。
ファイは大きく深呼吸をした。
「貴女は『次元移動』の行き先を決められる―――――そうですよね。」
何を当たり前のことを、といぶかしむ皆の視線を背に受けながら、ファイは言葉を継いだ。
「そして、『今まで巡ってきた国』は、全て『貴女が決めた』国だった。」
それに何の不満があるというのか?
「最初に行った『魔物の国』・・・あそこの魔物を『一掃する』のは・・・・ホントはオレにも出来た。」
「え?!」
小狼は驚いた。確かにあの時、出来るか、と聞いた自分に、ファイは無理だと答えたのではなかったか。
「ごめんねぇ――・・・・。」
それは小狼に向かって。
「でも、オレは『やらなかった』。『出来る』と思っていた者が『やらなかった』。」
それは、少しの悔恨と共に。
「だから、貴女は『考えを変えた』――――そうですよね?」
そのことに『気付いたの』のは、本当に最近になってからなのだけれど。
「あなたが選んできた『国』は、『貴女が居なければ、羽が手に入らない国』ばかりだった。」
ファイの目がこれほどの光を帯びるとは、今まで誰も知り得なかった。
「特に『エステリアランド』―――『魔力の無い側』に『魔力のある者』が行くなんてのは、貴女じゃなきゃ出来ない。」
蒼い双眸が、少し細められたのは。
「そして『最後』に、『一番厄介な国』を選んだ・・・・・。」
「『最後』――――?」
「そう。」
小狼の呟きに答える、それは―――――『確信』。
「モコナはもう『自力』で移動できる。『補助をしていない』のは、オレが知ってるだけでも―――もう『6回』目ですよね。」
皆は驚いた。『その事』を感知できるのは、確かにファイだけなのだろうけれど。
「――――――モコナ。」
蒼い炎がモコナを捉えた。一瞬、電気が走ったかのようにモコナは感じて飛び上がった。
「・・・な・・・・何・・・・?」
滑るように紡がれたのは。
「『さようなら』を言われたでしょう?・・・・『この国』に来た時に。」
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