「・・・な・・・・・?何・・・・・『これ』・・・・・・?」
その蒼い瞳を驚愕に見開いて。
『此処』にあるモノを、一番『理解できる』のは、ファイなのだろうけれど。
しかし―――――――『これ』は。
「・・・・見てろ。」
傍らに落ちている小石を拾う。
ポンポン、と空に放って。
ひゅん、と軽く、『そちら』へ投げた。
「!!!」
一瞬で。
小石は『消えた』。
「―――――――上を見てみろ。」
黒鋼に言われて、見上げた上空には。
「・・・・魔物?!」
悠然と飛ぶ、飛行系の『魔物』。
それが、『此処』の上空に差しかかった時。
バチィッ・・・・・・・!!
何とも耳障りとさえ思える音がして。
『魔物』は、『消滅』した。
「・・・黒たん・・・・・。」
「これが、『今』だ。」
言葉少なに。
「如何なる『魔物』も『人間』も『ただのモノ』も、一切の侵入を『許さない』。」
それは。
「『封殺結界』に覆われた『国』――――――――これが、今の『諏倭』だ。」
吹きぬける風は――――――夕闇の、色。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
そこが如何に『自分が送り込んだ魔物によって滅んだ国』とは言え。
まさか『こんな』状態であるとは夢にも思わず。
白き魔術師は、ただ呆然と見つめるのみ。
「・・・『これ』張ったのって・・・・『知世姫』・・・?」
「違う。」
黒鋼は言下に否定した。
「俺が両親の弔いに一旦此処に戻って・・・そして、白鷺城に行き、忍軍に迎えられた。その僅かな間に、この『結界』が現れた。」
おそらく、『少年』は驚愕し、必死で『入ろうと』した事だろう。
そして、周りの者たちは必死で止めた事だろう。
それは想像に難くない。
「知世姫は、何度も『これ』を解除しようとしてくれたが、結局出来なかった。」
知世姫は、黒鋼にその頭を下げて詫びたのだ。
『私の力が足りないばかりに、貴方は父祖の地に入る事叶わず・・・・。』
「だから、『諏倭』に縁の者たちは、『廟堂』を建てて、そこで拝礼するようになった。」
指差す方を見れば、小さな廟堂がある。
供物や花がある所を見ると、今なお祭祀を行う者は居るようだ。
黒鋼は、路傍の花を1輪、静かに摘んだ。
小さな祭壇に置き。
静かに瞑目する。
白き魔術師は、そっと傍らに立った。
セレスの作法ではあるが、正式な『死者への弔いの礼』をとる。
そんな作法など、余人の知るところではないが、ファイなりの礼の尽くし方だった。
動作の所以は知らずとも、その『心』は解る。
「・・・済まねぇな。」
ファイは、首を振る。
――――――『自分』の、せいなのだから。
サクラも小狼も、同じように路傍の花を摘んできて、死者への祈りを捧げた。
ただ1人―――――リアンは離れた所に佇んでいた。
一言も口に上せず、ただ、静かに。
(『死者を弔う』という事が解らないのだろうか?)
ふと小狼は考えた。
(いや、それは無い。)
『時』を『永遠に』渡り続けるが故に。
『全てのモノ』に『置いていかれてしまう』、『時の魔女』。
例え自分は『刹那の時も隔てずに転生する』とはいえ、『死者への祈り』を知らぬ訳が無い。
では、何故。
『此処』で祈らないのだろうか。
「予見、か・・・・。」
視線は祭壇に向けたまま。呟くような声に、皆はきょとんとした。
「黒鋼さん?」
サクラの問いには答えず。
黒鋼は廟堂を出た。
辺りに立ち込める、夕闇のような『靄』の中。
『何か』がそこに居る。
しかし『敵意』は感じられない。
(誰なんだろう?)
小狼は、しかし警戒は解かずに凝視した。
カツ、と蹄の音がする。
靄の向こうから、涼やかな声がかけられた。
「よく戻ったな・・・黒鋼。」
「おめぇも元気そうだな・・・・・『天照』。」
そこに現れたのは。
「『日本国』の『帝』、『天照』だ。」
小狼が『記憶の本』で見た、美しき女丈夫がそこに居た。
騎上のその人は。
その醸しだす『気』すら尊くて。
言うなれば―――――『凛』として『静』。
しかしその内には猛き『心』があるのを、小狼は感じ取った。
この人は。
『戦さ神』なのだと。
「相変わらず『お守り』も大変だな、蘇摩。」
「またそのような口の聞き方を・・・まこと変わらないのだな、お前は。」
呆れたような口調で、傍らの忍びが言葉を上せる。
かつて『桜都国』で出会った、蘇摩だ。纏う服が違うせいもあろうが、この『日本国』の蘇摩の方が、より黒鋼に近い印象を受ける。
そして――――――――。
蘇摩が『御簾』を巻き上げる。
『輿』の中から、流れる黒髪を惜しげもなく背なに流した少女が現れた。
「よくぞ戻りました、黒鋼。元気そうで何よりです。」
「・・・・。」
それは。
片時も忘れること無く。
『必ず帰る』と。
『生涯掛けて守る』と誓いを立てし己が『主』。
「・・・・・知世姫・・・・・・。」
『旅』の始めを誘った『姫君』は、にっこりと微笑んだ。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「『帰ってきた』わけじゃねぇ。」
少し、憮然として。
「俺の『旅』はまだ終わっちゃいねぇ。」
「それはどういう意味なのだ?」
蘇摩が少し焦ったように問う。お前は『帰りたくない』のか、と。
「今から『本当の戦い』になるんだ。こんな所で『終わらされ』てたまるかよ。」
「それは、『そちらの方』がらみ、という事ですか?」
知世姫の視線はリアンの方に向いている。
相変わらず『映らなかった』のだろう――――――『予見』には。
「・・・お初にお目文字仕る。我が名は、リアン。――――『時の魔女』といえばお解かりになられようか。」
その『物言い』。
知世姫には一目置いているというのか。
いや――――――ただ単に。
『国を統べる者』達への敬語表現でしかないのだろう。どこかそっけなさすら感じるのは。
ふと天照の眉が顰められた。
(対等、という事か。)
いや下手をすれば。
自分たちもまた、『見下されて』いるのやも知れぬ。
そんな『色』を含んだ『声』だった。
「『時』が無い。『奴』が動く前に、『事』を済まさねばならぬ。」
絶対の命令と。
皆の前に、ふわり、と『羽根』が浮かんだ。
「?」
「それを持てば、今は『私と同じ』に認識される。・・・貴女方が『持つ』かどうかはご随意に。」
何の事か解らないが、とにかく手に取る。
天照たちも、とりあえず、『それ』を手にした。
「では。」
くるり、と。
『諏倭』の方へ歩き出したのを見て、黒鋼は仰天して、慌ててその腕を掴んだ。
「お・・・おい!ちょっと待て!!」
「何だ?」
「『何だ』、じゃねぇだろ!!『封殺結界』だって、言っただろうが!!」
それは、如何に『時の魔女』とても。
『何者の侵入をも許さぬ』ともなれば、触れればただでは済むまい。
己の腕を掴んだ、その手を。
静かに外させて。
少し首を傾げて言葉を継いだ。
「後学の為に覚えておくといい。魔法・・・特に『防御系』の魔法に相対する時、『無効化』するには3つの方法がある。」
「『無効化』・・・・・。」
「1つは、『仕掛けた術者よりも大きな魔力を持つ』場合。『無効化』までには至らぬが、『効果の半減化』は可能だ。」
「・・・・・・。」
「2つめは、それを『上回る』『相反する』チカラをもって、『相殺』する場合。」
風が、静かに流れる。
「『炎』に『水』、『闇』に『光』といったように。」
風の『色』が微かに変わった、と誰が知りえただろうか。
「・・・そして、3つめは。」
その言葉の、その意味を。
「その者が、『仕掛けた術者本人』であった場合。」
背後の夕闇が。
ざわり、と動いた。
「!!」
それは。
柔らかな、ゼリー状のものを裂いていくかのように。
少しずつ、少しずつ。
『空間』が開いていく。
「・・・・な・・・・・・・。」
「まだ、『解らぬ』か。」
呆然と見遣る皆の目の前で。
『封殺結界』が変化していく。
「この『封殺結界』――――――『イレイザーウォール』を張ったのは・・・・・・この『私』、だ。」
『魔女』の後ろで、『諏倭』への道が開かれた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
かさり、かさり。
声もなく進む足元から、微かな音がする。
背後で再び閉じられた『封殺結界』―――――『イレイザーウォール』は、如何なる者の侵入も許さない。
もしかしたら―――――いや、確実に。
それは、『音』すらも。
「・・・何・・・・・?此処・・・・・?」
辺りを見渡しながら、ファイが呟く。
今自分が『見ている』この光景が信じられない。
「・・・・・何か、問題あるのか。」
疲れたような声で。
黒鋼にとっては、此処には『つらく悲しい』思い出しかない。
「・・・・言って・・・良いのかな・・・・・・?」
それは、伺うように。
黒鋼は頷いた。
「・・此処・・・・この『国』ね・・・・・『清浄すぎる』んだよ・・・・。」
「・・・・・・?」
さすがにその意味を図りかねた。
「どういう事だ?」
問われて、逡巡していたが。
思いきってファイは顔を上げた。
「此処は・・・・・『オレが魔物を送って』滅ぼした国。普通魔物によって滅ぼされた国には、『瘴気』がある。」
それは、『魔界』の。
「それが・・・・『此処』には、全く感じられない・・・・。それに・・・・。」
「それに?」
「本来なら、『救われない魂』が彷徨っているはずなんだ・・・・・。」
自分には『霊魂』は『見えない』が、とも付け加えて。
「『見えない』けど、『気配』なら感じる事が出来る。彷徨える魂は、『闇の色』に染まっているから・・・・・。」
「『成仏できねぇ』ってことか。」
「ん・・・・・でも、それが、『無い』。」
ここは。
『多くの魂』が、『命』が、失われた場所なのに。
この『清浄さ』は―――――――― 一体?
「何故、『封殺結界』をお張りになりましたの?」
先に立って歩む『魔女』の背なに問いかけても。
応えは、無い。
知世姫は、困ったように姉を見遣った。
姉―――――天照も、どう対処すべきか考えあぐねているかのよう。
『時の魔女』が、歩みを止めた。
「・・・・『龍玉』。何処に居る。」
声を上げるでもなく。
静かな、まるで独り言のような。
だか、その声は確実に届いていた。
「・・・!」
強い『チカラ』を感じて。
目を見張る皆の前に、蛍火のような光が現れた。
よく見れば。
「・・・・水晶・・・・・?」
小狼の感想は、しかし正しい。
それは、透明な、光り輝く水晶玉だった。
「――――――――『魔煌石』!」
ファイが目を見開いた。皆は何事かと白き魔術師を見遣る。
「『マコウセキ』?何なんだ?それは?」
「・・・『魔石』の中でも、最高位の物。元々は、ドラゴン――――『竜の眷族』の命と魔力の源。」
その目は、じっと『龍玉』を見つめて。
「ドラゴンの額の奥に『それ』はある。ドラゴンが死んだら瞬時に『消える』為、手に入れるには、生きている内に取り出さなきゃならない。」
ドラゴンの額、といえば。
かつて『魔物の国』で、『ドラゴンウェイヴ』の矢が貫き、一撃で倒した―――――それは、『急所』。
「『魔煌石』の周りは、猛毒の『瘴気』と『血』が包んでいる。だから『魔煌石』を取りだすのは、その者の『命』と引き換えになる。」
では、この『龍玉』を取り出した戦士か術者かは、その命を落としたのだろう。
「ドラゴンの『強さ』と魔煌石の『大きさ』は比例する。・・・・この『龍玉』の持ち主だったドラゴンは、相当強かったはずだよ。」
それは、この『龍玉』の力の『大きさ』。
――――――『選ばれなかった弟子』が求めるに足る『チカラ』。
父と母は、この『チカラ』を守ろうとした――――――――。
《 お久しゅうございますな。息災であられたご様子、祝着至極に存じ奉りまする。 》
いきなり響いた声に、皆は驚いた。
――――――いや、それよりも。
その『口調』と『物言い』に。
「お前も無事だったな。」
《 お蔭をもちまして。 》
「お前が『選んだ』者を伴のうてきた。後は任せる。」
《 では、1つ、お願いが。 》
「何だ。」
《 この場を暫し『外して』頂ければ幸い。 》
「・・・理由、は。」
《 『選びし者』と、少し話がございますれば。貴女様には冗長なる『時』であろうと推察いたしますゆえ。 》
「・・・・・瑣末の余事は無用ぞ。」
《 御意。 》
しばらく目を閉じていたが。
「・・・・城址で、待つ。」
それだけ言い残して、リアンは歩み去った。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「部外者のたわごとと思うてくれてもよいが・・・・『こなた』と『あの者』は、一体『何者』なのだ?」
天照が問いかける。
「そなたのその『物言い』。『主』に仕えし『臣下』の言と見たが。」
《 さすがは『日本国』の『帝』であらせられる。ご推察のとおりだ。 》
「しかし、そなたは『竜』の『魂』なのだろう?では、『あの魔女』は、『竜族』なのか?」
『龍玉』は、笑った。
《 残念ながら、それは違いまする。我が『前世』において、『あの方』の下に居ったというだけの事。 》
「『前世』・・・・・・。」
《 『前世』の記憶を持って『転生』するのは、『時の魔女』のみにあらざれば。 》
「では、お前はかつてその『前世』において『魔族』だったのか?」
《 ・・・・いいえ。 》
微かな逡巡を感じたのは。
《 『人間』、でござった。 》
「しかし。」
『時の魔女』は『魔族』だ、と。誰もが『信じる』事なのに。
「・・・・・・『魔道宮』の人間、って事か。」
黒鋼の指摘に、『龍玉』は哀しそうな気配を見せた。
「『翼を統べる者』・・・・『時の魔女』の依り代にされた・・・・んだったな。」
《 ・・・そうか、そこまで『知っている』のか。 》
「『あいつ』が、自分で語った。」
『龍玉』の気配が、変わった。
《 ・・・『知らぬ』なら、わざわざ語ることも無い、と思うていたが・・・・・。 》
少し、苦しそうに。
《 やはり語っておいた方がよさそうだ。 》
「・・・・『何』を?」
この『世界』には、『風』が、『無い』。
《 何ゆえに、そして如何にして、この『諏倭』を封印せしか、を。 》
|