龍 笛りゅうてき の 鎮 魂 歌レクイエム    




いつの間にか、辺りは夕闇色から、さわやかな朝の風の吹きぬける草原にその姿を変えていた。
「?!」
驚いて見渡せば。
そこは――――――――。
「・・・何だ・・・此処は・・・・?」
そこはどう見ても、『今の』故郷とは違う『場所』。
だが、どこかで――――――――?
《 これは、『夢』だ。 》
『龍玉』の『声』が響く。
「過去の幻影・・・ということですのね?」
知世姫の言葉に、『龍玉』は頷いたかのよう。


「こんな所で『会える』とは思わなかったな。」


柔らかな声がかけられた。
はっとして見れば。
「・・・リアンさん・・・・?」
確か、『城址で待つ』と言って、立ち去ったのではなかったか。
しかも。
何か、『違和感』を感じる。
それが何なのか。思い当たって小狼は、つい声を上げた。
「・・・年齢が・・・・『下がって』いる?!」
咄嗟に言葉を選んだ辺りが小狼らしいのだが。
実際。
目の前のリアンは、少し『幼さ』すら感じさせた。
少し、小首を傾げて。
「今は『龍玉』と言うのか。魔煌石に転生しているとは思わなかったよ。・・・・・ナーガ。」


ナーガ。
《 そう、それは、『我が名』であった。 》
それは、『龍玉』の『前世』の名前。
見れば、リアンの視線は、皆を『見ていない』。
別の『モノ』を見ている―――――――。
(これも・・・『幻』なのか・・・・・。)
過去の―――――――――『夢』。


《 久しく見ませぬ間に、だいぶ『戻られ』ましたな。 》
その『意味』は。
余人には計り知れぬ所と知る。
何故ならば。
その顔に浮かんだ微笑みが、あまりにも哀しそうだったから。


「そうだな――――――まだ、『自由』だ。」


天を仰ぐその表情は、『少女』の面影を残す顔が宿すには、あまりにも似つかわしくないものだった。
《 今までどうしておられましたのか? 》
「色々な所に行った。・・・・数え切れないくらい、沢山。」
簡潔な答だが、そこに大きな『時の隔たり』があるのを皆は感じ取った。
仮に、1ヶ所に『50年』居たとして――――――――。


『2ヶ所』で『100年』。
『10ヶ所』で『500年』。
『20ヶ所』で『1000年』。
『100ヶ所』で『5000年』―――――――。


想像する事すら出来ない『時間』。
長い長い時の流れの中を、たった独りで。
無限の孤独と、『存在できない』悲しみを背負ったままで、『時』を渡り続けてきた『魔女』。
その『想い』を、何処の誰が理解できるというのか。
(誰にも出来はしない。)
小狼は訊ねたい、と思った。


「あなたの目には『時間』はどんな風に『映る』んですか?」


『自分』にも、『時』が『見えた』なら。
もっとはっきり解るかもしれない―――――『自分』の事が。


************************************************


「―――――――賑やか、だな。」
彼方の方を見て。よく聞こえないが、何か『楽』のようなものでも聞こえるのだろう。
《 あぁ、あれは、『婚礼』の儀が行われているのでございます。 》
「婚礼?」
《 はい。この地を治める領主の若君の祝言でございます。・・・実は、この『若』に、いささか着目いたしておりますれば。 》
「どのように。」
《 いずれ、この『私』の力を遣うに足る者、と。 》
「・・・・ほう。」
《 ご覧になりますかな?その者を。 》
「・・・・そうだな。お前が選びし者の顔、見ておいても損はあるまい。」
ふわり、と。
風のように『飛んだ』。


ふっと。
情景が変わったのを知る。
『夢』の世界は、その光景に、大きな館を映し出していた。
「・・・・・!」
声も無く、黒鋼が身体を硬くした。
見紛うはずも無い。
――――――――そこは。


「だ――――――っ!!面倒くせぇ――――――っ!!!」


声と共に、『少年』が飛び出してきた。
「―――――――!!!」
それは。
身に纏う衣こそは、いわゆる『正装』で。
年の頃こそ、小狼と同じ位ではあるのだが。
その『顔』は。


「・・・・・黒鋼さん・・・・・・・?」
呆然と呟くサクラの声は、正しい。
その少年の『顔』は、黒鋼に『そっくり』だった。
しかし。
その『左手』に覗くのは――――――『竜の刺青』。
「・・・・・親父・・・・・・・!」
振り絞るような声に、皆ははっと振り返る。黒鋼の眉間の皺は、何時にも増して深い。
その『少年』こそが。
黒鋼の『父』――――――。
「諏倭の、若君、か・・・・・。」
天照の声も、どこか、苦しい。
『あの時』、自分が救援に赴くのがもう少し早ければ。
『諏倭の若』――――いや、『諏倭の領主』の命を、もしかしたら。
しかし、それは―――――――もはや。


叶わぬ『夢』。


「・・・・なぁ・・・・『まだ』続くのか・・・・・?」
「当然です、若。」
白髪頭の男が言う。
「まだ始まったばかりではござりませぬか。三日三晩、宴も含めて続きますれば。」
「・・・・・・・・勘弁してくれぇ〜・・・・。」
頭を抱え込む。『少年』にとっては、こんな堅苦しい『式』など、苦痛以外の何物でもないのだろう。
「ま、『年貢の納め時』とは、よく言うたものですわな。」
壮年層の男が苦笑いをする。自分たちはいざ知らず、『諏倭の領主の若君』の婚礼となれば、当然正式な手順を踏む。
自ずと冗長で『面倒くさい』ものであるのは自明の事だった。
「とりあえず、『二度』は無いものとお心に決められて、ここはさっくりと諦めて下さりませ。」
老人の言に、どっと笑いが起こる。当の若君はブンむくれたままだ。
「さて、お覚悟召された事と存じますので、『次』でございます。神前にて祝詞のりとの奏上を。」
「・・・・あうぅ・・・・。」
唸りながら、それでも立ち上がる。ほれほれ、とばかりに追い立てる老人を恨みがましそうに見つめて。
そして、ふと『気』を張り詰めた。


「・・・・・誰だ?」


静かに、しかし殺気を込めて誰何する。その視線は、庭の木の方に向いていた。
腰の刀に手をやり、静かに鯉口を切る。
もちろん、視線は外さない。


「そこの木の『枝の上』・・・何者だ?」


皆ははっとする。『枝の上』に居るのは――――――。
羽根がふわり、と舞った。


「なるほど、『龍玉』が選んだだけのことはある。私の気配に気付くとはな。」
スト、と枝から降りた。刺す様な視線をものともせず、少し小首を傾げて見遣る。
「何者だ?」
誰何には答えず。
交差する視線の色は、何処までも柔らかい。


「お待ちください―――――。」
館の奥から、静かな声が投げられた。若君ははっと振り返って叫んだ。
「来るな!!」
「大丈夫でございます。お気遣いはご無用に。」
声と共に、現れたのは。
「・・・・・・・母上・・・・・。」
まだ若く、婚礼の衣装に身を包んだ『母』の姿。
その姿は―――――――あまりにも、懐かしくて。
『母』――――――『諏倭の巫女』は、つ、と手を付いた。
「そこに御座おわしまするは、『時の魔女』様であられましょうや?」
「・・・・此方こなた、この地の『巫女』か。」
「いかにも左様でございます。どうぞお見知りおきくださいますよう。」
深々と礼をして。
そして上げた顔には、優しい微笑み。


『母』は『時の魔女』を知っていた―――――――。
驚きとともに『過去の夢』を見ていた黒鋼は、ふと『父』の立ち位置に気付いた。
『母』の前を塞いではいないが、しかし。
抜刀すれば、『母の前のモノ』を確実に『斬れる』位置にいる。
確かに、『父』は。
『母』を護っているのだと。
ふっと、首を振った。
自分は。


『父の域』には、―――――――まだ、遠い。




―――――――――――――― * ―――――――――――――



くうを裂く音がした。
「!!」
皆が一様に振り返る。
視線の先は―――――――館の一室。
側仕えの者たちが走ってきた。
「若!・・・『銀竜』が!!」
その声に、『諏倭の若君』は館の中に踊りこむ。
他の者も一様に駆け込んでいく。巫女も腰を浮かせた。
「行くが良い。」
諾を与えて。巫女は一礼し、館の中に入っていく。
リアンは少し考えている風だったが、庭伝いに曰くの部屋の方へ歩き始めた。
ざわざわと。
奥まった一室、婚礼のための調度や家宝が並べられた部屋の前で、皆は立ちすくんでいた。
「何事が出来しゅったいいたしましたのか?!」
遅れて駆けつけた形の巫女に、皆は道を開いた。
「これは・・・・・!」
床の間らしき所に飾られた、家宝の『銀竜』。掛け台に掛けられたそれは、えもいわれぬ光を放っている。
「『時の魔女』に・・・・反応している・・・・。」
今までと条件的に異なるのが、その『存在』であるならば、それは自明の事。
庭先の『魔女』を、皆は戦慄の眼差しで見遣った。
「・・・『龍笛りゅうてき』も反応しておりますね。」
そう言いながら、巫女は小さな袋を手に取った。
長さにして約40センチほどの錦の袋から、1本の笛を取り出す。
「『銀竜』と同じく、諏倭に伝わる当家の家宝にございます。」
言葉と共に、『魔女』に差し出した。
リアンは無言で『それ』を受け取る。
「その笛は、人間ひとには奏せられませぬ。故に『龍神の笛』と言い伝えられております。」
少し不思議そうな顔をして。
中を覗いてみたり、くるくる回しながら眺めてみたり。
「・・・何処にも『障り』は無いようだが?」
「はい。『拵え』に問題はありませぬ。ただ、『鳴らない』のです。」
「・・・・・・・・。」
じっと見つめていたが。
つい、と顔を上げた。


「今日は旧知の者との再会の為に此処に来た。今日のこの日の事は知らなんだゆえ、何も携えてきてはおらぬ。」
「何の、こうしてお会いできました事こそ望外の喜びでございます。」
「しかしそれでは、分が立たぬ。・・・・・・・故に。」
すっと、『龍笛りゅうてき』を差し出した。


「『これ』を奏して今日の祝いの席に供え奉らん。」


瞬間。
『若』を始め、皆の顔に一種侮蔑とも取れる『色』が浮かんだ。
人間ひとには奏せられぬ』と、今しがた聞いたばかりではないか。
そのような『色』など一顧だにもせず。
静かに『歌口』にその唇を寄せた。


―――――――――――――・・・・・・。


くうを走った『音』を、どう表現したらいいのだろう。
ある者は腰を抜かし。
ある者はあんぐりと口をあけ。
ある者はただその身体を震わせた。
『諏倭の若』は目を見開き、茫洋として見つめ。
『巫女』もまた、驚きを隠さぬ目を向ける。
その『調べ』は、まさに人間ひとならぬ『モノ』。
ふと周りに、幻のようなものが浮かんでいるような錯覚に陥る。
それは、天女が羽衣を揺らし。
それは伎楽天が奏で。
それは聖なるモノたちが舞うに似て。
天上の音楽、かくやと知る。
心に満ちる、至福の『感』。
(これが『龍笛りゅうてき』の音色・・・。)
まさに『龍神の笛』なれば。


しかし、それは転じれば。
目の前のその人こそは。
『魔女』なのだと。
人間ひとにあらざるモノと。
表裏一体にそれは示すと、余人は気付いたかどうか。
静かに曲を収めれば、周りの天人たちは消えうせ、この世界の風が帰ってくる。
夢見心地の皆は、一声も発し得ない。
『歌口』を静かに拭い、袋に収めて。
『巫女』にすっとさしだして、言葉を紡いだ。


「結婚おめでとう。・・・あなた方に幸多かれ。」


その微笑みは。
『あの時』に見た『それ』よりも、遙かに明るくて。
静かに踵を返したのを見て、『巫女』は慌てて庭にまろび出た。
「お・・・・お待ちを!!」
裳裾に縋らんばかりの勢いに、一同はただ驚くばかり。
自分の行動にはっとして、その頬を染めながら、ようやく言葉を上せた。
「また・・・またおいでを賜れましょうや・・・?」
「それは解らぬ。この地を再びおとなうかどうかは、『見えぬ』ゆえ。」
「では・・・せめて・・・もしお越しいただけましたなら・・・。」
「?」
「また・・・お聞かせいただけますか・・・・?『龍笛』を・・・・・。」
その『音色』に魅入られて。
母なる『巫女』の願いに、黒鋼は眉を曇らせた。
その願いは、おそらく――――――――。


「・・・いいだろう。」
微かに笑って。
「しかと約束は出来ぬが、もしこの地をおとなう事あらば、必ず『龍笛』を奏しよう。・・・此方こなたの、為に。」
『母』の笑顔は。
もはや、決して忘れ得まい。
それは、本当に嬉しそうで。
周りの者も、思わず口元をほころばせるほどの。
傍らに、そっと寄り添った『若君』も、また微笑んで。
2人を見やって、己もまた口元に微笑み浮かべて、リアンは次元を越えて、『消えた』。




―――――――――――――― * ―――――――――――――



『似ている』、と。
『諏倭の若』に、と。
あれは。
(親父のことだったのか・・・・。)
ようやく合点がいった。
昔日、出会っていたのなら、『今』の黒鋼が『かつての諏倭の若』にそっくりであることはすぐに解る。
では何故。
『その事』を、教えてくれなかったのだろうか。
思考は『龍玉』の低い『念の声』が遮った。


《 心せよ。・・・・・つらい、ぞ。 》


『それ』は、確かに『つらい』ものだった。
情景は一気に変わり、諏倭の国が炎に包まれた。
「!」
炎に浮かび上がる『魔物』。
ファイは、魔法杖を握り締めた。
(間違いない。)
それは、『自分が送り込んだ魔物』。
炎を吐き、辺りを蹂躙していく。
阿鼻叫喚が渦巻き、人々が逃げ惑っていた。
何人もの民が踏まれ、焼かれ、食われていく。
まさに地獄絵図――――――――――。


黒鋼の唇から、一筋の血が流れた。
走馬灯のように。
一瞬ではあるが、確かに『映し出された』のは。


『銀竜』を手に、魔物に向かっていく、父。
その右手は既に食われたのか、肩からその姿が消え、刀は左手で握っている。
傷だらけになりながらも、口元には笑みさえ浮かべて。
魔物に挑んでいった――――――――。
それが消え、次の瞬間に見えたのは。
『次元』を切り裂いて現れた手が持つ『蝙蝠の飾りのついた剣』に刺し貫かれた、母。


そして。
その母の骸を腕に抱き、父の形見の銀竜を抜き身で払い、狂気を身に纏った『修羅』。
在りし日、狂い果てた『少年』がそこにいた。
『記憶の本』で見た光景そのままに。
一瞬がこれほど長いとは思ったことも無いほどに、鮮明にそれは脳裡に刻まれて。
ぎりぎりと。
歯を食いしばる『音』がする。
過去の幻影とはいえ、あまりにも悲惨なその情景を『見せられて』。
強い心を持たぬ者なら、叫び声を上げていただろう。
しかし、これは既に起こった事。
ファイは魔法杖を握り締め、それに縋るように顔を伏せた。
(オレは・・・・何という事を・・・・!)
『知らぬ事』の罪なき『重さ』。
それは、誰にも責めることの出来ない、行き所のない想い。
そっと見上げれば、その眉間の皺を深くして、ただ耐える黒い影が目に入る。
(オレが、苦しめた。)
それは―――――――書き換えようのない、時の紡いだ『真実』。


ふっと炎が消えた。
皆の目に、いくつもの墓標が映る。
そのうちの二つ並んだ墓の前に、膝を付き、顔を伏せ、肩を震わせる少年がいた。
声も無く。
涙も流れず。
ただ唇を噛む少年は、促されて立ち上がった。
勧められて、馬上の人となる。
蹄の音がして。
苦しそうに顔を歪め、背後を見遣る少年を、周りの者たちは、ただ見守る事しかできず。
弔いの終わった一行は、心を残しつつ、諏倭を離れた。
住む人とて無き、滅びた国は、その瘴気に惹かれるかのように魔物たちが集まり始めていた。


突然。
魔法陣が浮かび上がった。
ほぼ同時に、『時の魔女』が現れた。
「・・・・・・・・・。」
その目を見開いて、声も無く。
呆然と周りを見渡す。
「・・・・・・・『龍玉』!」
空に向かって叫ぶ。
「何処だ!ナーガ!!」
《 ・・・此処に、居ります・・・・。 》
微かに。
応えと共に、静かな光が浮かび上がる。
それを、じっと見つめて。
「・・・・・『あの男』、か。」
《 ・・・・・・はい・・・・。 》
「目当ては、『お前』か。」
《 ・・・はい。 》
ぎり、と唇を噛んだ。
「あれほど言ったのに・・・・・。」
その拳を握り締めて。
「『あのチカラ』は・・・お前の『願い』を叶える『チカラ』ではない、と・・・・・・。」
くっと天を振り仰ぐ。


「未だ解らぬか―――――――――飛王!!」


その目を閉じて。
伏せた顔に悔しさが滲む。
折悪しく、魔物が見つけ、餌食にしようと向かってきた。
大きく口を開けて。
まさに飲み込まんとした、その時!!


「退がれ、下郎!!」


闇の気配に燃える目を向けて。
凄まじい怒りと共に。
裂帛の気合いが、一瞬で魔物を『吹き飛ばした』。
今まで感じた事も無いほどの『波動』。
(これが『魔女』の『気迫』・・・。)
今更ながらに恐ろしさをも感じさせて。
険しい顔のまま、歩む先は。
(そこは・・・・・・・。)
あまりにも苦しく、哀しい場所。
母の命が潰えた場所――――――――『巫女の祷り場』。
そこで繰り広げられた惨劇が『見える』のだろうか。黙然と佇む視界の隅に、微かな光がよぎった。
「・・・・・・・『お前』は無事、だったか・・・・・。」
光るモノ――――――『龍笛』を手に取る。
昔日の面影が、ふと脳裏をかすめて。


「『約束』―――だったな。」


あの日あの時。
母と約した事―――――――。
リアンは静かに龍笛に息を吹き込んだ。
「―――――――え?!」
小狼は驚いた。皆もそれと気付く。


『音色』が違う。


あの婚礼の日に奏した音色と、明らかに異なっている。
同じ『龍笛』なのに。
同じ奏者なのに。
あの時の音色は、とても晴れやかなものだった。
しかし、今流れる旋律は。


「『魂鎮たましずめ』の調べ、ですわね・・・・。」
「『鎮魂歌レクイエム』だねー・・・。」


知世姫とファイの口から同時に発せられた声は、同じ事をこそ指して。
まさに、今。
縹渺たる調べに乗せて、蛍火のようなモノが次々と浮かび上がってくる。
それはどす黒い煙のようなものに包まれているが。
それがすう、と薄れ、清浄たる光に転じていく。
そして次々と虚空に消えていった。


(これが、『理由』なんだ。)


魔物に襲われた国にしては、『清浄すぎ』、『闇に囚われた魂がいない』のは。
『龍笛』の音色が、『浄化』し、『成仏』させていったのだ。
《 『龍笛』の音色は、その奏者の『心』に副う。 》
予想を肯定するように。『龍玉』が講釈を加えた。
(・・・・あ・・・・。)
リアンの目の前に。
ひときわ大きな蛍火が、2つ。
笛吹く手は止めず。
ふとその眉を曇らせて。
寄り添うような蛍火は、やがて静かに消えていった。


あれは。
諏倭の領主と巫女の魂であったのだろうか。


蛍火が消え、リアンは静かに笛を止めた。
目を閉じて。
袋に戻した『龍笛』をすっと空間に放つ。『龍笛』はくうを滑り、元の位置に収まった。
そのまま館の外に出て。 目を閉じたままで呼びかけた。
「・・・・ナーガ。」
《 ・・・はい。・・・・ 》
「お前はこれより、この地で『時』を待て。」
《 『時』、とは? 》
「何時の日か、『銀竜』を持ち、諏倭の血脈に連なる者の中で、お前を遣うに足る者が現れよう。それまで、『待て』。」
《 ・・・・・・・・。 》
「そしてその者と共に、新たなる『諏倭』を作れ。それまで・・・・・この地は『封印』する。」
《 ・・・『封印』ですと?! 》
「そうだ。」
天を仰いで。
その瞳には、一体何が映るのだろうか。


「この地には、もはや魔物から守る領主も巫女もいない。『此処』を、これ以上、荒らさせるわけにはいかぬ。」
彼方に、魔物の影が微かに見える。
「『人』にも、『魔物』にも、『あの男』にも・・・・・そして、『奴』にも。これ以上の手出しはさせない。」

その視線の先に、『龍玉』を捉える。
「お前は『あの男』にとっても、『奴』にとっても、『どうあっても欲しい』存在。諏倭と共に、此処に封じる。」
《 ・・・・・・御意。 》
「今はこれより他に道を知らぬ。・・・・許せ。」
躊躇うように、羽根が舞う。
「『護り手』の・・・その『心』、無にするわけにはいかぬ。例え、何人に怨まれ、憎まれようとも。」
白い羽根が、無数に舞い、辺りを白く染めていく。
「此処は・・・『若』と『巫女』が、命かけて護ろうとした国だ・・・・そして・・・。」
こんなに哀しそうな顔を、どうして、この人は。


「この『私』のせいで・・・・また『国』が滅んだ・・・・・。」


無数に舞う羽根が、一瞬で『黒く』転じた。
「!!」
皆は慌てて辺りを見渡す。全ての羽根が、『黒い』。
そして、その羽根の中で。
『魔女』がその『真の姿』を現した。


その纏う衣は黒く。
無数に飛び交う羽根は漆黒に染まり。
その纏う『気』は、『闇』そのもの。
その双眸に宿る光は、魔性の色を呈し。
その足元に浮かび上がった魔法陣は――――――『闇』の色。


「我と共に甦りし、大いなる『チカラ』―――――――。」
両の手を。
左右に開いて、一気に『チカラ』を練り上げる。
しかし、見ているだけなのに、何故身体がこんなにも震えるのか。


「・・・・汝は知る、我の夢、我は見る、汝の夢。汝聞け、我の声、我は聞く、汝の声。汝の力、我にあり、我の力、汝にあり。」


大抵の魔法なら詠唱破棄できるほどの魔力を持つのにも拘らず、この呪文は唱えられている。
しかもその呪文の『意味』が――――――――。


「我押し開くは封印の扉、我紡ぐは禁断の言の葉。天の炎、大地の泉、天上の大河、火球のえにし。」
黒い羽根が、闇の気配に満ちていく。
つい、と。
前方に差し伸べた掌の上に、『何か』が現れた。
《 ――――――それは?! 》
「『命の砂時計』―――――我が『命』。」
その声に何の感情も見えず。
いきなり砂時計の『中』にその手を突き入れた。
《 ・・・何を!! 》
それには答えず。
意外にも『割れもしない』砂時計から、一掴みの砂を取り出した。
《 お待ちを!・・それは、貴女様の『命』そのものではありませぬのか?! 》
焦る『龍玉』に比して、『魔女』はなんと平静な事か。
「そうだ。」
《 ・・・何故・・・・・! 》
「『対価』、だ。」
《 『対価』・・・・・。 》
「今より使うのは、この私、『時の魔女』の復活と共に甦りし禁断の3大魔法の1つ。」
それは――――――――如何なるものなのか。
「そして、その『対価』は、『術者の命』――――――『命の砂』、だ。」
答と共に。
止める間も有らばこそ、手にした『砂』を一気に払った。
その瞬間、闇の波動が格段のレベルで上昇する。
「我と汝の願いもて、この地一切を封印せよ!!」
闇の『チカラ』が、一気に集約した。



「退魔霄壤、封殺陣!・・・・『イレイザーウォール』!!」



声と共に。
その拳で大地を打ちすえた。
瞬間!
それは同心円を描いて、凄まじいまでの闇の波動が地を、そしてくうを走った。
その波動の行くところ、魔物が瞬時に消滅していく。
そして『それ』は、大きく静かに、そして確実に『諏倭』を包み込んだ。
何者の侵入をも許さぬ、封殺結界となって。




―――――――――――――― * ―――――――――――――



辺りが夕闇色の空気に染まる。
『封殺結界』の中は、しん、として動く物とて無い。
そこに佇む『モノ』を見て、皆は仰天した。


衣は既に白きに転じ。
周りを埋め尽くした羽根は全て消えているのだけれど。
その人の。
背中には、光の『翼』があった。
「――――――あれは!!」
忘れもしない。
「玖楼国の遺跡の地下で――――紋章に捉われたサクラの背中にあった『光』!!」
「え?!」
サクラには、その記憶はない。無理もない、一種のトランス状態だったのだろうから。
《 『ツバサ』のチカラ・・・・何故それを!! 》
半ば責めるように。『龍玉』の声は、悲痛さを増していた。
《 『ツバサ』のチカラは、『行方を指し示す』チカラ!今此処で使うべきチカラではないはずですぞ!! 》
「解っている。」
その声に精気が無い。
「今私が使うチカラは『闇』の力。『闇』に『希望』は無い。・・・・だが。」
のろのろと天を仰ぐ、その顔に、一筋の赤いものが伝う。
「『銀竜』と『龍玉』のチカラが合わさればこのシールドは斬れる。・・・それは、『希望』・・・・『光』、だ。」
目を閉じて。少し小首を傾げて言葉を繋ぐ。
『闇』の魔法に、『光』を織り交ぜたのだ。類い稀な魔力を持つリアンでこそ為せる業。
「今私に使える『光』は『ツバサ』のチカラのみ・・・・例えその目的を違えてでも、これを使うより他には無い。・・・そう。」
皆は知る。
『術』を使うものの心得を。


『本来の目的から外れたり、過剰な力を求めた発動は、その使用者を切り裂く両刃の剣になる――――。』


瞬間。
背中の光は消え、僅かの時を隔てて背中から血飛沫が舞い上がった。
(背中が『裂けた』―――――――!!)
がくん、と膝を付く。黒鋼は慌てて、支えようと手を出した。
「・・・・!」
《 これは『過去の幻』ぞ。 》
支える手を影のようにすり抜けて、リアンは大地に仆れ伏した。
その背中は真っ赤に染まっている。
そして、蛍火に化していくかのように。
その身体が仄かに光り、『消えて』いく。
それは、まるで氷が昇華していくかのように。


かさり、と。
微かな音がして。
その方に目を遣った皆は、その『目』を疑った。
そこには、『少女』が1人。
年の頃は10歳のあたりか。
しかしその顔に、疲労の色が濃い。
《 ・・・初めて拝見させていただきました。貴女様が『刹那の時も隔てずに転生する』のを。 》
赤ん坊にまで戻るのではなく、一定の分別・生活能力を備えた時点で転生するのだろう。
《 これから、どうされますのか。 》
「思うところがある。時間の進み方が速い世界に赴く。『チカラ』が戻ったら、『次の手』を打つ。」
《 ・・・・何をなさるおつもりかは存じませぬが、1つお約束をいただけましょうか。 》
「何だ。」
《 今少し・・・・『お命』大切に、と。 》


風が。
哭いた。


「その約束は、出来ぬ。」
《 ・・・何故。 》
「・・・『人』の『命』は尊いものだ。二度とない命を悔いなく生きねばならぬほどの。」
その表情は、一抹の寂しさと、哀しみを含んで。
「『命』を奪えば、その奪った『命』の分も背負う事になる。・・・『人の命』は、何よりも重い。・・・だが。」
その表情に、自嘲気味の笑みが浮かんだ。いやむしろ、自虐的、とでも言おうか。
「覚えておくのだな。・・・『私』の『命』は、とても『軽い』という事をな・・・・。」
《 『命』の重さに変わりはありませぬぞ! 》
「私は、『存在していない』。」
ピシャリ、と。冷酷なまでの声音が心を凍らせる。
「『存在せぬモノ』・・・そして、『存在理由の無いモノ』だ。我が命など、塵芥ちりあくたよりも軽いわ。」
冷たく言い放ち。
一瞬で次元移動して消えていく。



後には、夕闇色の風だけが取り残された。




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よく見れば、とってもステキな日付だ(苦笑)。
現段階で最長にして冗長さNo.1の第5章ー4、ようやく完成です。
・・・・・苦しかった。
最大級のスランプでした。
マリアナ海溝の底に沈んだ方がまだマシなくらい。(うわぉ)
自分の文才の欠如が腹立たしいです。

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.06.06UP

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