キ オ ク の 帰 還    




縹渺ひょうびょうと、風が吹く。
『風』が無い、と思っていたこの『国』にも、やはり風は吹くようだ。
その風が。
微かな『音』を運んできた。
「・・・・・・・・『笛』・・・・・?」
サクラの呟きに。
皆ははっとして顔を見合わせた。
「・・・・・『龍笛』!!」
思わず皆は走り出した。城址、すなわち領主の館址やかたあとは、すぐ近くにあった。
「あ・・・・・・。」
燃え落ち、朽ち果てた、『屋敷』の址。
記憶の本が、そして『龍玉』の幻影が見せた『かつての領主の館』は、『あの時』炎に包まれた。
その時からどれほどの時が経ったのか。
封殺結界に護られたこの地では、時間の進み方が遅いかのように、それは今なお当時の名残をとどめている。
そして、その焼け跡から少し外れた『二つの墓標』の前で、リアンは『龍笛』を吹いていた。
その音色は。
婚礼の『寿ぎ』の色でも。
弔いの『鎮魂』の色でも。
いずれでもない、色。
言うなれば――――――――。

「『さよなら』を言ってる・・・・・。」

モコナの言葉は、皆にも同じと受け取れた。
《 『死者との約束』、すなわち巫女との約束は、何ものにも優先される。 》
『龍玉』の声に、昔日の声が甦る。


「もしこの地をおとなう事あらば、必ず『龍笛』を奏しよう。・・・此方こなたの、為に。」


別離わかれの色をした音色は、やがて静かに収められた。
「・・・・驍舌になったものだな。かつてのお前はそれほど口が達者ではなかったと思うが。」
言葉ほどに責めている色は、見せないが。
『龍笛』を袋に収め、ふっと消す。おそらく元あった場所に送ったのだろう。
黒鋼は、数歩、近づいた。
何の感情も見せぬ瞳がその姿を捉える。
「・・・『今』言わねぇと、おそらく『一生』言わねぇだろうから、『今』言っておく。」
少し頭を掻いて。
すっと背筋を正した。
「・・・・ありがとう。」
「?!」
天照も、知世姫も、蘇摩も。
そして、皆も。
ただ驚きに満ちて、その顔を見遣った。
あの時、『修羅』と化した『少年』に出会ってから、この方。
一度として聞いた事の無い、言葉。
(まさか、黒鋼が『礼』を言うなんて。)
蘇摩には、夢を見ているとしか思えなかった。
しかし。


「お前は理由はどうあれ、この『諏倭』を護り、母上との『約束』を守ってくれた。」
『自分』には到底知りえなかった、深い、その理由わけを、今。
「だから・・・・感謝する。・・・・ありがとう。」
「・・・・・・・・・・・。」
見つめるその顔に表情が『無い』のではなく。
複雑に絡み合うが故に、表情が『読めない』だけと知る。
「礼を言われる筋合いは無い。当たり前のことをしただけだ。・・・それに。」
歩みを進めて。
すれ違いざま、その歩みを止めた。


「諏倭に関わる者たちに負わせた悲しみと憎しみ、恨みは別物だ。忘れる必要も無い。」


『封殺結界』のために『入れなくなった』ことを嘆き、天を呪った、その事を。
『忘れるな』と。
「全ての『罪悪』は私に帰着する。・・・私は『諸悪の根源』だ。」
再び歩み始めたその背なをとどめる術を、『人間ひと』は知り得る事も無く。
かける言葉も知らず。
そのまま歩みを進め。
少し広まった所で、軽く膝を突き、地面に手を押し当てた。
「!!」
一瞬の間をおいて手から『気』が送り込まれ、地面に術式が埋め込まれた。
(『何か』を仕掛けた。)
それが何なのかは解らない。
立ち上がり。
何の感情も見せぬ声で言葉を紡いだ。


「では、始める。・・・サクラ姫、こちらへ。」


緊張が走る。
確か、『サクラの羽を全て召喚する』と言った。
一体どうやって、『全ての羽』を『召喚』するのか?
「『次元移動』の『逆』をやる・・・・・って事でいいんですかねー?」
「そうだ。」
ファイの予想に、簡潔に答えて。ファイは、はー、と深いため息をついた。
「・・・簡単に言ってくれちゃうんだからー・・・・。」
「ファイさん?」
「あのね。」
おそらくは理解していないであろう、『魔法を使えない組』に、ファイは説明をする。
「『次元移動』は、『1点』から『1点』に向かって発動する。・・・・『羽の召喚』は。」
ちらり、とリアンを見て。
「『1点』と『多数の点』をそれぞれ結ぶ。『羽』はまだまだあるようだからね。」
「あと13枚だ。」
「そーですかー・・・・。」
13枚。
本来なら、さらに時間をかけて巡り、手に入れなければならない物を、今此処で。
「『羽』1枚と此処を繋ぐ『糸』は1本。『羽』は複数。つまり、『糸』も複数。」
「・・・それは・・・・・。」
知世姫の声が、心なしか震えているのは。
ファイはまた、大きくため息をついた。
「こんな事、リアンさんでなきゃ出来ないよ・・・『次元移動魔法』の『複数同時発動』なんて。」



―――――――――――――― * ―――――――――――――



それは、『人が一生のうちで1回できるかどうか』が限界だという。
それほどの『魔力』を必要とする、『次元移動』。
それを今。
13も同時に発動させようと言うのだ。
《 1つ、お尋ねしてもよろしいですかな。 》
『龍玉』の声に、我に返る。
「なんだ。」
《 この『イレイザーウォール』は、『如何なるものの侵入をも防ぐ』はず。 》
「そうだ。」
《 ではどうやって、『羽』を『此処』に『呼び込む』ので? 》
確かに、そうだ。
どうやって、『中』に入れるのか?
その答は、それの持つ、恐ろしいほどの意味を感じさせぬほど平静に紡がれた。


「『イレイザーウォール』の『一部』を『一時的』に『組み替える』。」


その時起こった『風』は。
白き魔術師ウィザードが大地を蹴った故と知る。
その勢いのまま。
ファイはリアンの肩に掴みかかった――――――――その蒼き双眸を見開いて。


「自分の言ってる事の意味・・・・解ってるよね・・・・・・?」


皆は訳も解らず、ただ驚くばかり。
「無論だ。」
そのいらえに、ファイは爆発した。
「何で!何で『そこまで』するの!そんな『必要』、何処にあるの!!」
がくがくと肩を揺さぶって。
しかし、返ってきたのは。


「この手を離せ。一切の口出し無用。・・・これは『命令』だ、ファイ=D=フローライト。」


「・・・・・・・・。」
その顔が悲痛に歪む。
『刺青』と『魔法杖』の対価は、『命令への服従』。
ファイは、しかし手を離さない。。――――――まるで、『今』離せば、『一生』後悔する、とでも言うかのように。
その玲瓏たる顔を伏せて。
絶望に満ちた声を上げた。
「・・・どうして・・・・・『命を捨てよう』とするの・・・・・!」
「!それってどういう・・・・・。」
小狼の問いに、ファイは顔を伏せたまま答え得ない。『龍玉』が代わって答えた。
《 既に展開している魔法の『一部を組み替える』という事は、例え一時的にせよ、発動時よりも大きな魔力を必要とするのだ。 》
あの『封殺結界』を張った時。
背中が『裂けて』、リアンは倒れ、『転生』した。
つまり―――――――。
『死』。
《 ・・・今の貴女様に、転生しているいとまはない、と推察いたしまするが? 》
しんば『転生』したとしても。
消耗した『魔力』と『体力』の回復は完全ではない。
『そんな』状態で、『次』の『戦い』に赴くのは―――――――あまりにも危険、だ。
しかも、回復に要する時間も不透明。
『意識を失うレベル』でも7日7晩眠り続けた。
『死に至るレベル』では?
まさに、予測不可能。
「転生はしない。お前の言うとおり、そのようないとまなどない。」
《 では、どうされる、と? 》
「『リダクションエリア』を使う。」
その瞬間。
すさまじい空を裂く音がして、皆は思わず耳を押さえた。
「耳が痛い!」
モコナとサクラが悲鳴をあげる。
『龍玉』の『意識の波動』だと理解するのに、ずいぶん時間がかかった。
《 ・・・何ということを・・・・・! 》
「『リダクションエリア』って・・・・?」
その名は記憶にはない。ファイの質問にはリアンが答えた。
「この術式の中では、魔力の消費量はほぼゼロに近くなる。したがって、どれほどの魔法でも使用可能となる。」
それならば。
『イレイザーウォール』の一部を組み替える事も。
『次元移動魔法』を同時に複数発動させる事も。
十分に可能だろう。
しかし、それならば。
――――――――――『龍玉』の、この『反応』は?
「『龍玉』とやら。」
天照が声をかけた。
「何をそれほどに心波立たせる?我らには皆目かいもく解らぬのだ。」
《 ・・・『知らぬ』、という事は、まことに『幸せ』なものかもしれませぬな。 》
そこに『揶揄』はない。むしろ、『哀しみ』すら匂わせて。
《 『リダクションエリア』の効果は先ほどの言葉どおり。・・・しかし、その『対価』は。 》
「『対価』は?」
『龍玉』が。
深い、深いため息をついた。


《 術式の終了と同時に、本来負うべき『負荷』が一時に押し寄せ、その者の『命』を奪う。『対価』は――――『命』。 》


命かけて。
過度な魔法を使わねばならない時にだけ、『最後の手段』として使われるのだと。
いわば、『捨て身』の術式。
《 転生はしない、と、つい今しがた、ご自身で申されたではないか!! 》
「死にはしない。『リダクションエリア』の終了と同時に『リバイバルコクーン』を発動させる。」
「『リバイバルコクーン』・・・・?」
これも聞いた事はない。
『龍玉』も、同様であったらしく、戸惑ったような気配がする。
「それって・・・どんな魔法・・・?」
「『復活の繭』。どれほどの死に至るダメージを受けても、これに入れば、短時間で『完全復活』できる。」
「・・・すごい・・・・。」
それは、『知らぬ』が故の、感嘆。
「魔法って・・・すごいんですね・・・・。」
感心しきった風のサクラに、ファイは首を横に振った。
「違うよ、サクラちゃん。」
「え?」
「『無理』だよ、そんなことは。」
その顔が。
絶対零度の凄みを漂わせて。
「無理、って言うより、これは『やっちゃいけない』事だよ・・・・『蘇生魔法』なんて。」
「『蘇生魔法』・・・・・?」
「『死者』を『甦らせる』魔法。」
それは。
この世を知ろしめす、絶対不可侵の因果律に反すること。


『死者』を『甦らせる』事は『出来ない』。


「『物語』とかの絵空事なら有り得るかも知れないけど、実際に生きてるオレ達には絶対に無理な事。」
「・・・・・・。」
「いくら『時の魔女』だからって、『刹那の時も隔てずに転生する』ったって、やっていい事と悪い事があるんだよ。」
肩に掛けた手に、力を込める。声にしたとて、『自分』には止める術は無いのに。
抑揚の無い声が降る。
「厳密には『回復魔法』だ。『蘇生魔法』ではない。」
「『詭弁』、だよね。」
「異なる因果律の元でのみ『存在する』者に、この世界のことわりをなぞらえる事は出来ぬ。」

自らを。
『この世界』では『存在しない者』と。
何処までも、この人は。
――――――――自分自身を蔑み、貶めるのか。

「『対価』は何?」
その声は、どこか震えて。
ファイの問いに、答はあっさりと投げられた。
「『闇』への隷属。」
「な・・・・・!」
それは、自らを『闇』に貶めるという事。
「さして問題にもならん。」
吐き捨てるように。


「この私をこれ以上『闇に染める』事が出来るなら、やってもらいたいものだな。」


まさに、『確信犯』。
既に『闇』である者は、それ以上『闇』に落ちる事はない。
だから、『対価』を払っても、現状には何ら変わる所が無いのだと。
思わず浮いた『手』を、静かに振り払う。ファイは『手を離してしまった』事に愕然とした。
――――――――この『手』は、離しては『いけなかった』のに。
サクラは、おずおずと、問いかけた。
「あの・・・・・。」
「何か。」
「・・あの・・・『此処』でやらなければならないんですか?どこか・・・別の所なら・・・・。」
少なくとも、結界を組み替える必要はない。魔力の使用量は格段に違うはずだ。
しかし、リアンは首を横に振った。
「『此処』でなければ駄目なのだ。・・・何者の侵入をも許さぬ、『此処』でなければ。」
「何故・・・・・。」
「『あの男』にも、『奴』にも、『エサ』をくれてやるわけにはいかぬ。」
その目は、厳しく。
「『キオクの揃ったサクラ姫』、『龍玉を得た銀竜』、その二つがあれば、『あのチカラ』は手に入る。」
「・・・あ!」
「クロウも、私も、『あのチカラ』を護ってきた。今此処で横から攫われては話にならぬ。」
「でも・・・『奴』も動き出しちゃったよね・・・・?」
ファイの言葉に、軽く頷いた。
「だから、『急がねばならない』のだ。」
「・・・でもね。」
ぽつん、と紡がれた、モコナの声に、皆は小さな白い生き物を見た。
大きな耳をしおれさせて、うつむいて。
「クロウは、『そんな護り方』をしても喜ばないと思うよ。」
「モコちゃん・・・・。」
「前にね、侑子が言ってたの。」
まっすぐに、リアンを見た。
「この世のミンナ、何かと関わって生きてる。自分の自由になるモノなんて1つも無い。」
その声は、流れるように。
「侑子の所のバイト君もそうだったの。他人が傷つくのは厭うのに、自分は傷つける。・・・でも。」
ポロリ、と涙がこぼれた。―――――――おそらくは、彼方の地にいる片割れの、ラーグも、また。
「傷ついたアナタを見て、アナタを大切に想う者がどれほど傷つくか、解ってない。」
「この私如きを、そこまで慮る必要も無い。何故『存在せぬモノ』を想う必要がある?」
「リアンは『ここ』に『存在してる』よ!」
モコナは叫んだ。
「どうしていつも『存在してない』ってばっかり言うの!皆と一緒に、『此処』にいるのに!」
モコナの抗議にも動じない。その瞳に揺らぎは見えず。
それと見て。
眉間の皺をさらに深くして、黒い影が紡ぎだした言葉は。
「・・・何でいつも『自分ひとり』で抱え込もうとするんだよ・・・お前にだって・・・・。」
くぐもった声。必死で感情の爆発を抑えている、声。
「お前だって解るはずだろうが・・・・。『残された者』がどんな想いをするかって事が・・・。」
時を渡り続けるが故に、『置いていかれる』のであれば。
立場こそ違え、それは『共通』の『想い』のはず。
そしてそれは、過去の―――――『楔』。
拳を握りしめ。
『想い』は、迸る。


「『護りてぇ』って想ったものが、この手からすり抜けていった時の気持ちがよ!!」


『母』を。
『父』を。
『諏倭』を。
護れなかった、『少年の日』。
あの日刻まれた『心の傷』は、今なお癒される事無く、血を流し続けているのだと。
見つめる目が、すっと細められた。
「・・・その『想い』を『させた』のは、この私だ。故にその重さ、この身の全てをかけて償わねばならぬ。」
「そんなもの、要らねぇよ!」
「それでは分が立たぬ。これ以上言わせるな。」
「そんなの関係ない!モコナはずっと一緒にいて欲しいの!」
「では、その『記憶』は消さなくてはならないな。」
氷のような一言に、モコナは身体を震わせた。
「記憶を・・・・消す・・・・・?」
「『今回』の一件が片付いたら、皆の記憶から『私の存在の記憶』を消去する。元より『覚えている』必要など無いものだ。」
「いや!」
「いやです!」
「そんなの、やめて下さい!」
「冗談じゃないよ!」
「何考えてんだ、てめぇは?!」
口々に、しかし同時に。
上がった非難の声に同調するかのように、『龍玉』もまた言葉を険しくする。
《 『記憶』というものは、絶対不可侵なるべき尊いものですぞ。それに手を加えるなど・・・・。 》
「神への冒涜、許されざる行為、か?・・・私は『闇』の眷属故、そのような事は厭わぬ。今更の事を言うな。」
《 それと、これとは、話が違いましょう! 》
「ナーガ。」
声音が変わった。
ぞくりとするほど、冷たく。
「我は『諸悪の根源』、『全ての始まり』ぞ。」
《 ・・・しかし・・・! 》
「『羽』を全て『呼び寄せる』という事は、『羽』のある世界を『変える』という事だ。」
《 ・・・・・・。 》
「中には『羽』のおかげで生き長らえている世界もあろう。そこからも容赦なく『奪って』来るのだ。」
天を仰ぐ、その顔には、何の逡巡も見えず。
「我はこれほどにも罪深き者なれば、記憶にとどめるに値わぬモノぞ。」
《 ・・・何故そこまで己を卑しめられるのか? 》
「忘れたのか。・・・・何故『魔道宮』が『滅びた』のかを。」
《 ・・・それは・・・! 》
「『翼を統べる者』たるわれが存在した故ではないか。よもや『違う』などとは申すまいな?」
《 ・・・・・・。 》
「これ以上、『消えゆく我』に『想い』をかけるな。・・・いや、『かけてくれるな』。己が苦しむだけぞ。」
「熨斗つけて、断る。」
黒鋼ははっきりと拒絶した。
その顔は、怒るでもなく、ただ平静に。
「どう『想おう』が他人にどうこう言われる筋合いはねぇ。てめぇなんざの指図は受けねぇよ。」
「・・・・・・。」
「『護る』と決めたものを『護る』のに、何の遠慮がある。自分が『成すべき事をやる』だけだ。」
その口元に笑みを浮かべて。
「俺は『お前』を『護る』と決めた。誰が何と言おうと譲らねぇ。『忘れる』のも、『消される』のもお断りだ。」
皆も頷く。モコナは、リアンの前で飛び跳ねた。
「もし他の誰が『想わなく』ても、モコナは『想ってる』!心にちゃんと刻んでるよ!」
モコナのこんな叫び方を。
―――――――聞いた事があっただろうか?
「モコナはずっと想ってきた。侑子の事も、ケルベロスの事も、ユエの事も―――――――そして、クロウの事も。」
流れるのは、『キオクのナミダ』。
「モコナは忘れない。ずっと心に刻んでる。楽しい事も辛い事も、出会った事も―――別れる事も。」
脳裏に浮かぶ、優しい微笑み。
「モコナたちは眠っていたから、クロウが『逝ってしまった』時の事は知らない。・・・でも。」
眼鏡の奥の、慈しむような光。
「そのとき吹いた風の音も、木々の嘆きも、皆の心の漣も、皆聞こえてきたの!」
もう、届かない、自らの創造者の。
「モコナは―――――『ソエル』と『ラーグ』は、絶対にクロウの事忘れないの!――――そして、リアンの事も!!」
自らを。
初めて『ソエル』と称して。
そこに『決意』と『誠意』を見る。
ふと、微笑み浮かべた『弟子』の顔が見えた気がした。
『彼』もまた、『自分』によって苦しみを負うことになった。
しかし、彼はそのことに一切愚痴も言わず、ただ従容として運命に立ち向かっていった。
(クロウ。)
今は答など無いと知りつつ問うてみる。
(お前は『こうなる事』を知っていたのか?)
いらえは、無い。


************************************************


「・・・約束して下さい・・・・。」
その声は、躊躇いがちに、しかし確固たる意思の確かさを持って。
リアンは、声の主――――サクラを見遣った。
「貴女がこれからしようとしている事、私たちには『止められない』し、『口を挟む事も出来ない』。」
「そうだ。」
「でも・・・1つだけ・・・・。『記憶』を消すのだけは、『絶対に』やめてください。」
「『苦しむ』だけなのだぞ。」
「もう『記憶』が奪われるのは、嫌なんです。」
既に、『取り戻せない記憶』もある。
これ以上、『記憶』を―――――『想い出』を失くしたくない。
サクラの想いは、皆の心に重く圧し掛かった。『砂漠の姫』が負った心の傷に、改めて思い至る。
リアンも、また。
静かに目を閉じ、かすかなため息をついた。
「――――――わかった。」
サクラが安堵のため息を漏らす。
(『人を変えるチカラ』とは不思議なものだ。)
独りごちて。
改めてサクラに向き直った。
「・・・・『羽』が貴女に帰る時、今までに無い衝撃を伴う。さすがにそこまで配慮する余裕は無い。」
サクラはきゅっと手を握り合わせた。
「耐えてもらわねば困るが・・・できるか?」
「・・・・やります。」
それが自分に出来る、唯一の事ならば。
これほどの『犠牲』を払ってまで、自分の『羽』を全て集めようとしている。
それに比して、自分は。
何が出来るのか。
『耐えろ』というのなら、耐えてみせる。自分に払える『対価』がこれしか無いのなら。
少なくとも、今まで『命』をかけてくれた、その礼だけは。
「・・・・・・。」
サクラが『その気』なら、もう誰にも口を挟む余地はない。
いざなわれて、指定の位置に立つ。
「では、始める。」
リアンの足元に、見たことも無い魔法陣が展開した。円形ではなく、八角形を構成している。
(これが『リダクションエリア』の魔法陣。)
それは摩訶不思議な光芒を放ち。
その中に立つ、リアンの背に、再び『ツバサ』の光が現れた。
『ツバサ』のチカラ。
『行方を指し示す』チカラ。
それは今、彼方の次元にある13枚の羽の在り処を示すチカラとなって。
八角形の上に、新たに出現した魔法陣が、えもいわれぬ光芒を放つ。
「時の彼方、次元の彼方、我は呼ぶ、記憶のカケラ。そのチカラ天を裂き、地を砕き、一切を解き放ち、我が元に来たれ。」
さすがに呪文の詠唱は必要だったと見える。紡がれたチカラが、大地を震わせる。


「天魔・招来陣!・・・『アルティメット・サーム』!!」


声と共に満ちた光芒は。
天空に伸び、『イレイザーウォール』にかすかな変化をもたらした。
『魔法』の『一部分だけ』の『組み換え』。
ざわざわと、剣呑な『気』を孕んだ、風が頬を打つ。
「・・・・めきょっ!!」
モコナの目が大きく見開かれた。
「サクラの『羽』だ!!」
光芒の中に。
光と共に現れて、やがて形を成していく、それは。
次元の彼方、未だ集められる事のなかった『13枚』の羽。
それが今、次々とその姿を現していく。

そして。

『それ』は次々と、サクラに向かって『突進』してきた。
「!!」
サクラは思わず身構えた。
今までとは違う。
今までは、溶け込むように自分の中に帰ってきた『羽』だが、この『召喚された羽』は。
まるで突き刺すかのように入り込んでくる。
胸に激痛が走った。
「・・・・・!!」
ぎゅっとその手を握り締めて。
(『耐える』って『約束』したもの―――――!!)
『自分』が、今。
『出来る事』――――――『やらなければならない事』。
苦しげに眉を顰めて、必死で耐えるサクラに、皆は何も出来ない。
(・・・7・・・8・・・9・・・。)
ファイはサクラに吸い込まれていく『羽』を数えていた。
全部で13枚あるという。
数字は、『12』で止まった。
「?」
『最後の羽』が来ない。
「・・・・この『羽』、正当なる持ち主の元に返す。・・・・貰う、ぞ。」
何時しか歩み寄り。
『そこに現れた人影』に声をかけた。
「・・・・・お前は・・・!」
黒鋼が驚きの声を上げ。
「あらー・・・また『会っちゃいました』ねー・・・?」
口調の軽さとは裏腹に、その視線を険しくし。
小狼は、声を上げた。


「―――――星史郎さん!!」



―――――――――――――― * ―――――――――――――



『双子の吸血鬼』を探して。
『次元の魔女』に対価を渡して、『次元を越えるチカラ』を手に入れた男。
ゲームの世界とはいえ、桜都国を、そして桜花エドニス国を混乱させた男。
小狼の『師』として、黒鋼の『好敵手』として存在した彼――――――星史郎は、目の前の『人』を驚愕の目で見つめた。
(『こんな人』は予見できなかった。)
相変わらず『映らない』が故に。
しかし、すぐに状況を読み取る。
「もし、『嫌だ』といったら、貴女はどうされるんです?」
「お前は『拒まない』。しかるべき『対価』は用意している。」
「ほぅ・・・どんな?」
「その『目』の魔法具、回数限定だな?」
右目を指差して。
「えぇ、そうですよ。」
偽りやハッタリが効きそうにない相手と見取る。
口元に、かすかな笑みを浮かべて、星史郎は問うた。
「だから、何です?」
「その『使用回数を初期値に戻す』という対価ではどうだ?」
「・・・・・・・・。」
さすがに予想だにしなかったか。星史郎は大きく息を呑んだ。
既にかなりの回数を『消費』していた。その事を考えると、実に大きな『対価』であると言わざるを得ない。
「『此処』に呼び込んだのはこちらの勝手。故に、『お前の望む世界』に送る、と言うのも付けよう。・・・・どうだ?」
「とても『美味しい』話ですねえ・・・・。」
ペンダントをチャリ、と鳴らし。
「『私の望む世界』は、『双子の吸血鬼が居る世界』ですけど。」
「彼らの消息は不明だが、最後に確認されたのは『東京』だ。そこで良ければ送る。」
「・・・・・・・いいでしょう。」
『交渉』は成立した。星史郎は『羽』を取り出し、リアンに渡す。リアンは『羽根』で、星史郎の右目に触れた。
「行くがいい、『追う者』よ。」
魔法陣が星史郎の足元に展開する。次元移動の光が星史郎を包み始めた。
「星史郎さん!」
「小狼、また、何処かで会おう。」
にっこりと笑って。小狼の背後にいる黒鋼にもふっと笑いかけ。
星史郎は次元の彼方に去っていく。


『最後の羽』がやってきた。


リアンはサクラに歩み寄った。
「よく耐えた、サクラ姫。・・・これが、『最後の羽』だ。」
静かに、『羽』はリアンの手を離れ、今度はいつものように静かにサクラの中に溶け込んでいった。
ぐらり、として。
慌てて小狼が支える。
しかしサクラはもう『眠らなかった』。


キオクの『羽』が、今。
全て、揃った。




第5章ー4に戻ります 第5章ー6へ 『時の翼』目次へ




『自分で自分を褒めるキャンペーン』実施中(笑)。
いや、マジで。
残り半分から煮詰まって、もう此処でぶった切ってUPしちまうか?!と何度思った事か。(苦笑)
でもそうすると『タイトル』に困るので(オイ)結局突っ走りました。
まーた長いですな〜〜。^^; ベスト3に入りました。長い順で。
第5章ー4がぶっちぎって長いんですが、この第5章ー5は第5章ー1とほぼ同じです。
もう絶対『長いのがウリ』だ、間違いなく。(悲)
もし携帯から見ている方が居られましたら、本当にごめんなさい。(平伏)

何気に告っている人がいますが、告った当人も告られた方も、全然解ってませんので完全スルーです。(爆)
は〜〜〜どうしようか、こいつら。*o_ _)oバタッ

更新スピードがどうにも遅く・・・申し訳ないですー。

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.06.20UP

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