天 譴てんけん の 翼    




「ずいぶんと性急だな。」
玉座に座した王が言う。
その前には、ナーガが立ち、懸命に熱弁を振るっているようだ。
「かの国は超大国。その国が『第1王子』を差し出すとの申し出、まさに千載一遇の好機にございます。」
しかし、その声が何処か震えているのは。
「『第1王子』は21歳。『姫』は今年で18歳、真によろしき『ご縁』と心得まする。」
18歳。
幽閉されてから、既に6年が経過しようとしていたのか。
しかし――――――――。
「これって・・・・『政略結婚』・・・ですよね・・・・・?」
小狼の問いに、『龍玉』は苦笑した。
《 そうだ。・・・・これしか方法が無かった・・・・・。 》
『光の檻』から、『生きて』出るには。
「『道具』として扱ったとの謗りは免れぬもの、と覚悟をいたしております。しかし、もう他には『道』がございませぬ。」
何時しか『扉』の前に立ち。
その『扉』は『開いて』いた。
「貴女様が『見ず知らずの相手』と婚姻を為し、子を生して、王位を継がしめる。・・・どうか、ご堪忍を。」
じゃら、と鎖の音がした。
「それでこの『魔道宮』は存続できうるのか。」
「かの国が滅びぬ限りは、安泰でありましょう。」
「・・・・・・・解った。」
自らの運命を甘受し、『道具』として生きる事を、自ら『選んで』。
『幽閉された姫』は、『外』の世界に戻ってきた。
「・・・姫・・・・・・。」
6年の歳月は、『少女』を『女性』に変えていた。
背は高くなり、髪も膝のあたりにまで伸び。
しかしその顔には、表情が『無かった』。
「・・・どうぞ、陛下の御前に・・・・。」
応えは無く、ふわりと風が巻き起こる。
耳障りな鎖の音がしんとした空間に響き渡った。
「・・・しばしお待ちを。」
そう声をかけて。
念を込めて、鎖を解き放った。
「良いのか、私は罪人つみびとぞ。」
「この老いぼれに、もはや怖いものなどありませぬ。」
「・・・・・。」
黙って歩を進める。ナーガはその後に続いた。
王の座す、『玉座の間』は、指呼のかんにある。
今しも、王の前に出ようとした、その時。


姫の足が、止まった。


「如何されましたか?姫?」
ナーガが心配そうに覗き込む。
少し顔を伏せ、目は半眼にし。
言葉静かに、しかし大きな『チカラ』を感じさせて、言葉を紡いだ。


「―――――――――――そは、誰そ。」


誰に向かって言っているのか。
思わずナーガは、そして皆は、辺りを見渡した。
「姫、如何なされました?」
つい、と手で押しのけて。
今度ははっきりと顔を上げ、玉座の斜め後方を見遣った。
「そは誰そ。余人は知らぬが、この私をたばかれると思うたか。だとすれば、よほどの愚か者だな。」
『何も見えない』空間に向かって語るのを見て、重臣たちは声を潜めて囁きあった。
やはり。
狂うておられるか。
致し方ない、あのような仕打ちを受けてはのう・・・。


「名を名乗れ。『人外』の『気』を持つ者よ。」


《 さすがは『翼を統べる者』。よくぞ見抜いた。 》


地の底から這い上がるような声がして。
刹那の時を隔てずして、『何も無かった』空間に、どす黒い『闇』が浮かび上がった。
「―――――――あれは!!」
間違いない。
五芒星に捉えられた『入り口』。
あの川面に現れて、無数の鎖を放ってきた『空間』。
ファイの記憶に明らかな、それは。


「『闇の魔王』!!」


初めて見る知世姫たちは、目を大きく見開いている。
『闇の空間』は、禍々しい気を放って、更なる言葉を運んできた。


《 お前の『チカラ』、貰い受けに来た。 》


瞬間。


『闇の空間』から、無数の魔物が飛び出してきた。たちまち辺りの人々を襲い始める。
一瞬にして、広間は阿鼻叫喚の坩堝と化した。
ナーガにも魔物が襲い掛かってくる。


『雷光』が奔り。


広間の魔物は『全て』消滅した。
地に伏せた人々が、驚いて顔を上げた、その視線の先には。
広間の中央に、高々と手を上げ、その雷光を放った人の姿があった。
その姿は――――――誇りと威厳に満ちた、『護り手』の姿と知る。
重臣たちは我知らずその額を地に擦り付け、拝跪した。


「ナーガ!総員に退避命令!王宮より全員を避難させぃ!」
「・・・御意!!」
再び現れた魔物は、手にした『魔法剣』で、一刀両断に切り伏せる。
「魔物が・・・街に!!」
誰かの叫びに目を遣れば、城下の町に魔物が襲い掛かっている。
その目を悔しげに細めて。
「国の民全てを国外へ!」
それだけ言い捨てて。
今や『護り手』の任を負うた『姫』は、窓辺に走った。
そのままの勢いで、空間に躍り出る。
「危ない!!」
サクラとモコナは同時に声を上げた。窓は地上からずいぶん高い所にあった――――――。


バササッッ・・・・・・・・・。


その背なに。
純白の『翼』が現れた。
そしてそれは大きく羽ばたき―――――城下の町に襲い掛かる魔物に向かって突っ込んでいく。
「『有翼人種』・・・・!」
《 故に、『翼を統べる者』なのだ。 》
だから、この人の元には、鳥たちが集まってきていたのか。
自分の『翼』で『飛びたい』と。
願ったのはこれ故か。
(こんな形で『願い』が叶うなんて。)
これを『哀しい』と思わない者は果たして存在するのだろうか。


凄まじい雷撃が空を奔り。
魔物が次々と消滅していく。
縦横無尽に飛び回りながら、雷撃で、あるいは魔法剣で、次々と倒していく。
(中々の戦闘能力だ。)
天照は、そう踏んだ。
自分もまた、『国の護り手』なのだから。


「国外へ!国の外へ避難せよ!早く!!」
声をかけつつ。
休むことなく魔物を攻撃していく。
民衆は、ある者は飛び、ある者は地を走り、続々と国外に逃れ出ていく。
かなり上空まで上り。
一気に『チカラ』を紡いだ。
「うわっ!!」
思わず声を上げた小狼を、誰も責められまい。
上空から放たれた雷撃は、凄まじい威力を持って、全ての魔物を殲滅した。
かつて見た、あの『サンダーストーム』の威力を遙かに凌駕している。
(今までに見た、あの魔法の威力が『魂が半分』の状態でのものならば。)
思わずファイは身震いした。


この『翼を統べる者』の『本来の魔力』は一体どれほどの物なのだろうか。


上空から見下ろす『魔道宮』は、確かに小さな『都市』だった。
急降下して、街を飛び回る。
辻々で止まっては通りを覗き込み。
残った者が居ないか確認して回る。
小さな小路で、猫のような動物が鳴いていた。傍らで親らしいものが死んでいる。
そっと掬い上げて。
頬を寄せ、頭を撫でて、羽根を1枚、背中に置いた。
ポウ、と光がシールドのように包み込む。
「お行き。どうか無事で居て。」
ふっと消した。安全な国外に『送った』のだろう。
上空にまた、魔物が現れた。
ぎり、と唇を噛んで。
再びその翼を大きく羽ばたかせた。
周辺の魔物をなぎ払い、目指すのは――――――『王宮』。
(そうだ。)
天照は心の中で頷く。
戦いは、『王手』を打ったものが勝つ。
瑣末にとらわれず、中枢を討たねば意味がない。
中枢は――――――――あの『闇の空間』。


王宮の中には、再び魔物が満ちていた。
その全てを殲滅していく。
そして―――――――――――。


両の手で『光』を紡ぎ、『闇の空間』に向かって放とうとした、その時!!


『何者か』が、その肩を捉えた。
「?!」
思わずバランスを崩す。
そして次の瞬間には、床に叩きつけられていた。
『何者か』は、『姫』の頭を床に押さえつけ、翼を捩じ上げた。
「―――――――――・・・・!!」
声にならない声で、苦悶の叫びをあげる。相当な痛みなのだろう。
追い討ちをかけるように、声が降る。
「これ以上は、動くな。動けば、この翼を折るぞ。」
『姫』は、信じられぬ声を聞いたという風に、目を見開いた。
そして。
自分を押さえつけている『何者か』を見上げて――――――愕然として呟いた。
「・・・・・父上・・・・・・。」
『姫』を押さえつけ、翼を捩じ上げているのは、紛れも無く、『王』。
《 ――――――バカな! 》
当時は既に脱出し、その場に居なかったであろうナーガ―――――『龍玉』もまた、愕然として。
《 王が・・・・何故!! 》
答は王自らが語りだした。
「お前を差し出せば、『大いなるチカラ』が甦るという・・・・もはや『人間の国』に頼る必要も無い。」
「・・・何と・・・・。」
「『魔界』の力さえあれば、この『魔道宮』は永遠に安泰だ。」
「何を・・・・愚かな事を・・・・・!」
「『愚か』ではない。『崇高』にして、『最も有効』な道ぞ!」
くぐもった笑いが王の口から洩れる。その目は、『闇』に囚われた者の目に転じて。
『闇の空間』からは、魔物が次々と飛び出していく。


「――――――この『翼』を折るがいい、『王』よ。」


抑揚の無い、何の意思も持たぬ声がかけられた。
王が思わず声の主を探して辺りを見渡したほどに。。
「この『翼』が折れれば、『私』は死ぬ。・・・死ぬ事が『出来る』。」
永続魔法ゆえに、自ら命は絶てないのだと。
「私の持つ『翼を統べる者』の『チカラ』故に、この『魔道宮』は未曾有の危機に直面した。」
その目を哀しく閉じて。
「全ては、この『チカラ』故に・・・されば汝、『国の護り手』として、これを討つべし。」
「・・・何を・・・・・?何を言っている・・・・?」
「この私が在る故の災厄、『王』はこれを討って国の護りとならん。汝が務め、今こそ果たせ。」
「・・・お前は・・何を言って・・・・?」
「私は・・・・・『存在してはいけないモノ』だ・・・・故に、これを討て、『王』よ。」
呆然として。
王はその手を離した。
ゆっくりと首を横に振る。
「何だ・・・?何を言っている・・・?余には解らぬ・・・・。」
横たわったまま。
抑揚の無い声は微かに紡がれた。


「私には、『存在理由』が無い・・・生まれてきた意味など・・・・何処にも無い・・・・。」


閉ざされた目から、涙が零れ落ちた。
かつてその『存在意義』を否定され。
今また家畜か何かのように、魔界への贄に差し出されようとしている。
一体何処まで。
堕ちてゆかねばならないのか。


《 なればその『意味』、我が手によって与えてやろう。 》


『闇の魔王』の哄笑が響き渡った。
倒れ伏した『姫』の周りに、どす黒い魔法陣が展開する。
「・・・な・・・・・・?!」
王は目を見開いた。
魔法陣からあふれ出す『瘴気』が、『姫』の身体を包み込んでいく。
喉をかきむしるように。
魔界の瘴気に侵されて、『姫』は苦悶の声を上げることさえ出来ずに、もがき苦しみ始めた。
「ま・・・待て・・・何を・・何をするのだ?!」


《 この者を依り代として、我が眷族を復活させる。 》


「『依り代』?!・・・それでは、姫は・・・!」


《 『贄』に差し出したのは、お前だ、王よ。 》


「ま・・・待ってくれ!それでは話が違う!『大いなるチカラ』が甦る、と言うたではないか!!」


《 そうだ。我が眷属―――『時の魔女』と共に、秘められし3大魔法が甦る。 》


「待ってくれ!これでは『姫』の命が・・・!」


《 そのような事、与り知らぬ。 》


「――――――やめろ!!・・・・・姫は・・・・・・余の、『娘』だ!!」


最後に『父親』である事を取り戻しただけ、救いがあるのかもしれない。
嘲笑うかのように、『黒い稲妻』が、王に落ちた。
雷に打たれた王は。
一瞬で灰と化し、風にさらわれて消えていく。
『闇の魔王』は、笑った。


《 所詮は『小物』よ。愚かしいものだ、『人間』というものは。 》


目の前で。
『父王』を殺された。
自分のせいで。
そして、自分もまた、今まさにその命を奪われようとしている。
悔しげに唇を噛み。
苦しげな表情で、しかし、決意を見せて。
胸元に手を当てて、光を紡いだ。
(?!)
何をしようとしているのか。
やがて光は体の中からあふれ出すかのように手に集まり、1つの小さな水晶玉になった。
その中には、小さな『羽根』。


《 ――――――――あれだ!! 》


『龍玉』の叫びに、はっとする。
《 あの『羽根水晶』こそ、『魂の半身』!! 》
『――――――あれか!!』
『時の魔女』は愕然としたように呟いた。
『という事は、「魂の半身」は「魔道宮」にあるのか!』
それだけでも『取りに行く』のは困難なのに。

――――――『魔道宮』は、その力を維持するために『魔界』の結界の中に封印された――――――。

かつて自らそう語った。
『魔界の結界』の中に、そう容易く入れるものではあるまい。
しかも、さらに絶望させるような事を、過去の幻影は見せつけた。


苦しみながら。
おそらくは今可能な限りの力を込めて。
その『羽根水晶』を。
『床』に押し付けた。

その瞬間!!

『羽根水晶』は光り輝き、1つの魔法陣となって広がり、消えた。


《 ・・・・な・・・・・・・! 》
『「術式」にして埋め込んだだと・・・!』
これでは。
『取りに行く』事は、もはや『不可能』。


何の為に?
何の目的で?
『自分の魂』を『半分』にしてまで?


『何故だ・・・・「この者」の思惑、理解が出来ない。』
思わず天を仰いで。
『時の魔女』は絶望の声を上げた。
『この者は――――――何のためらいも無く――――――自分の「命」を削ってきた・・・。』
諏倭に『封殺結界』を張るために、『対価』として『命の砂』を使ったように。
『砂時計の砂は、残りあとわずか――――――――もう・・・僅かの「時」しか残されてはいない。』
「・・・・!それって・・・!」
『「魂の半身」を取り戻さねば、この者の命火は「消える」。だから探していたのだ。だが・・・・・。』


『もはや時が――――――無い・・・・・。』



去りゆく『命』。
悲運の『姫』が背負った重荷を思うと、ただ唇を噛みしめる事しか出来ない。
そして、『消えていく』事も、止められない。
絶望と。
無力感と。
如何表現していいか解らぬほどの『哀しみ』と。


逝ってしまうのか。
何もかもを置き去りにして。
今度は、皆を置いていく方に回るのか。
――――――――自分の、この手を、『また』すり抜けて。


黒き影は、その拳を握りしめた。




第5章ー6−1に戻ります 第6章ー1へ 『時の翼』目次へ




初めて2Pに分割になりました。読みにくくて申し訳ありません。
前代未聞の長さでぶっちぎりました。今までの最長は29KB、今回のは1つにすると35KBあります。
さすがに30KB超えたら分けようと思っていましたので、こういう事になりました。
それでも22KBと17KB・・・・何でこうなるねん。^^;(足し算が合わない)
長いですわ、お嬢様。(苦笑)

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.07.06UP

copyright ©2006 時の翼 all rights reserved
inserted by FC2 system