空間に。
『人が浮く』というのを初めて見たような気がする。
しかも。
そこに確固たる床が在るがごとくに。
壁の高い所、『あの』紋章の前で。
リアンは『立って』いた。
そして――――――。
「――――――――サクラ!!」
桃矢王の叫びもむべなるかな。
サクラは、『あの時』と同じように、『あの紋章』の前に『浮いて』いた。
その背には。
光の『ツバサ』。
「・・・天清浄、地清浄、六界清浄、時空清浄・・・・。」
低く、呟くような。
『翼を統べる者』が紡ぐ、継承の呪文。
皆はただただ呆然として見つめるのみ。
(やっぱり違う。)
小狼には解る。
『あの時』のサクラとは、明らかに状態が異なっている。
『あの時』には、サクラはあやうく紋章の中に取り込まれそうになっていた。
しかし今度は。
紋章はサクラを取り込むことなく、えもいわれぬ光を放って包み込んでいる。
(これが『正しい継承』。)
「クロウって奴が投げ出すほどの『チカラ』なのか?『ツバサのチカラ』ってのは・・・・?」
黒鋼がふと口にした疑問。
ファイは、そして小狼ははっとした。
《 それは違う。 》
答は『龍玉』が出した。
《 『ツバサのチカラ』は『行方を指し示すチカラ』だ。あくまでも水先案内の為にしかすぎぬモノ。 》
「・・・・じゃあ・・・・・?」
《 その『不世出の魔術師』ですら怖れた『チカラ』・・・・それは。 》
「それは?」
《 ・・・・・『世界を変えるチカラ』、だ。 》
「世界を変える・・・・。」
呆然とする以外に何が出来よう。
『世界』を。
『人間』が『変える』?!
《 『翼を統べる者』の出現によって具現化した『チカラ』だ。その類い稀なる魔力を持って成し得るもの。 》
「しかしサクラ姫にはそれほどの魔力は無いと思うのですが?」
雪兎神官が問えば。
『龍玉』は微笑むが如き気配を合わせて答を返す。
《 この姫の場合は、『魔力』ではなく、その『天性の資質』で遣うようだ。それに、共に遣うべき者は別に居る。 》
「『共に遣う者』・・・・・・。」
黒鋼とファイが小狼を見る。桃矢王と雪兎神官は、その視線の意味を知った。
「・・・この小僧が・・・・?」
黒鋼は桃矢王を視界の隅に捉えてふと口元を綻ばせた。
(この王も『小僧』と呼ぶのか。)
奇妙な共通点に苦笑する。
《 この者は、『チカラを発動させる資質』を切り離して作られた『鏡の虚像』。サクラ姫と『共に在る』運命の者。 》
「『鏡の虚像』・・・・・。」
最初に会った時から。
感じ続けてきた『違和感』。
そのように解説されれば、そうだったのかと合点する。
思考は、眩いばかりの光に遮られた。
「?!」
振り仰げば。
サクラの背に輝く『ツバサ』は、この世ならぬ光を放ち。
花びらのようにサクラを包み込んでいく。
まるで蕾のように。
そしてその周りを帯状に包むように、光が走っていく。
(あ。)
ファイはその光の帯の中に、『魔法文字』が織り込まれているのを確かに見て取った。
そういうタイプの魔法なら、自分も遣った事がある。
しかし、そこから感じる波動の強さは、比較対象にならないほど強い。
(これが『翼を統べる者』の『チカラ』なのか。)
微かに『畏れ』をも感じるのは、致し方の無い事だろう。
『時の魔女』が見せた、過去の幻影。
かつての魔道宮でリアンが放った雷撃の強さは、予想だにしないものだった。
自分には。
(あのレベルの雷撃を連発するのは絶対に無理。)
自分の魔力の量は解っている。
自分の頭上に『立つ』その人が、いかに『魂が半分』の状態であるとはいえ。
それだけの『チカラ』を持つことを――――――――。
(羨ましいなんて思ったりはしない。)
その『チカラ』を呪いこそすれ。
分不相応な力は、その身を滅ぼす元になる。
(サクラちゃんに、『世界を変えるチカラ』は重過ぎないだろうか?)
ファイの危惧する所はそこにある。
ましてやサクラは、今まで魔法というものを遣った事は無い。
『声無き者の声を聞く』のは、その天性の資質によるものだ。
『魔法』ではない。
そのサクラが、『不世出の魔術師』と称せられたというクロウ=リードとやらですら、投げ出したチカラを継承する。
その危険性を、リアンが知らぬはずがない。
それでもなお。
『伝えねば』ならないのか。
『人間』に。
ファイの想いを他所に、『継承の儀式』は滞ることなく進められているようだ。
トランス状態であるかのようなサクラは、光の羽に包まれ、壁の紋章からすう、と浮き出るように前に出た。
もちろん宙に浮いたままだ。
その眼前、『見えない床』に立つリアンは、静かに両の手を広げた。
「・・・・・・・・・・・・・!!」
声もなく。
感嘆を含んだ悲鳴をあげそうになった皆を、誰も責められまい。
紋章が。
壁が。
柱が。
床が。
全てが光り輝き始めたのだ。
その、言葉に言い表せぬほどの、光。
自分たちをも包みこんであふれる、その『光』に、魔力を持たぬ黒鋼でさえ、『大きなチカラ』を感じる事が出来た。
「・・・これは・・・・・。」
「・・・これが・・・・『世界を変えるチカラ』・・・・・。」
桃矢王も、小狼も。
ただ呆然として辺りを見渡すのみ。
しかし――――――――。
「どうした?雪?!」
思わず膝をついた2人の魔術師。
その目は驚愕に見開かれ、息は荒く、尋常ならざる様を見せる。
「ファイさん?!」
「・・・・大丈夫・・・・・。」
「・・・じゃねぇんだろ、魔術師にとっては。」
その眉間に皺を深くして黒鋼が呟くように言う。
『チカラ』を遣う者にとって、過度な『チカラ』は、いわば両刃の剣。
未熟なものにとって、『刀の鞘を払うこと』が危険であるのと同じように。
その『チカラ』は、護るべき者や自分自身をも傷つけかねないから。
この雪兎神官は、サクラと小狼を次元の魔女の元に送った人物。
当然その魔力は非常に大きいものであると言っていいだろう。
ファイも、おそらく『全力』で魔法を使ったなら、相当な力を持つことが十分予想される。
その『大きなチカラ』を持つ二人が、思わず膝をつくほどの影響を受けた。
何もしていないのに。
ただその場所に『居る』だけなのに。
この辺りを埋め尽くさんばかりのこの『世界を変えるチカラ』の大きさが知れようというものだ――――――。
いや。
それは、『予測不可能』。
おそらくは継承するサクラにしか解らぬもの。
そして、今。
光は壁や床、柱などから離れ、包み込むようにサクラに向かっていく。
そのさらに周りを、魔法文字を織り込んだ光の帯が包んで。
それはまるで―――――――。
薄衣を身に纏うかのように。
ふんわり、と。
光の衣はサクラを装い、光の帯で纏いとめられた。
「・・・・汝この『チカラ』を今、受け継ぐものなり・・・『ツバサのチカラ』もて、正しき道、正しき方向にこの『チカラ』を遣わんことを・・・・。」
サクラは、ゆっくりと目を開けた。
自分の身に纏われた光の衣を見て、微かに怯えを含んだ目でリアンを見る。
その肩に。
そっと手を添えて、額をコツン、と付き合わせた。
「貴女の心より闇を払わんことを。闇は『道』を歪めるもの。・・・貴女は信じればいい。『共に歩む』運命の人を。」
「『運命の人』・・・・・。」
それは――――――――小狼。
「一人では担いきれぬ重い荷物も、二人で分ければ担えるようになろう。・・・・クロウには、『分ける者』が居なかった。」
だから、その重荷に耐え切れなくなったのだと。
「私は信じる。・・・あなたが正しき道を進む事を。その『チカラ』を正しく遣う事を。」
「・・・私には、まだ何が何だか、解りません。どうしていいのかも・・・・・でも・・・。」
その手を握り合わせながら。しかし、決意に満ちた目で。
「小狼君と一緒に、必ずあなたの期待に沿えるように頑張ります!・・・『絶対、大丈夫』です!!」
その小さなガッツポーズを見て。
見つめるその視線がふと、柔らかくなった。
「・・・『無敵の呪文』だな。」
「・・・・はい!!」
「これで『チカラ』の継承は全て終了だ。・・・・『下』に降りよう。」
「え?・・・きゃっ!!」
今まで自分が『宙』に浮いているという感覚がなかった為、思わずその首にかじりつく。
苦笑しながら。
今まで『あった』、『見えない床』が消えたが如くに、リアンはゆっくりと下降し始めた。
そっとサクラの腰を抱き、勝手に落ちていかないようにして。
静かに床に、その足が着くか否かの、その時!
「・・・・・!!」
悲鳴は声にならず。
ただその人の首に縋りつく、己の手に力を込めるのみ。
一瞬で横っ飛びに逃れたその残像を、数本の槍が貫いた。
「サクラ!!」
桃矢王が剣を抜き払う。黒鋼は地を蹴り、今まさにリアンとサクラに向かって槍を繰り出さんとする漆黒の兵をみねうちにした。
第3撃は、リアンの『羽根』が迎撃する。
「桃矢王、サクラ姫を!雪兎神官、ファイ!防護シールド!」
それだけ言い捨てて。
『羽根』は雷光を帯び、再び現れた兵たちを薙ぎ払う。
小狼も。
『緋炎』を抜刀しようとした――――――。
「・・・小狼君・・・・?」
サクラ姫の声に、皆ははっと小狼を見た。
呆然とした顔で、小狼は動きを止めていた。
そして―――――――。
その足元に。
『魔法陣』が現れた。
その光は小狼を包み込み、『右目』を怪しく光らせた。
「右目が?!」
「・・・まずい!!」
ファイは思わず飛び出した。
「たとえ『与えられた物』でも、小狼君の『心』を失くしちゃいけない・・!!」
「ファイ!やめろ!今近寄ってはいけない!!」
それが何を意味するのか。
余人がそれを知るには、あまりにも酷い現実がそこにあるのだと。
そしてそれを知りえたのは、時の魔女と闇の御子だけであったのだと。
皆が見たのは。
拭い去る事の出来ない、現実。
小狼の『右目』に見たこともない魔法陣が浮かび上がり、そこから光る『玉』が現れた。
そしてそれが小狼から離れる寸前、ファイが『魔法』を発動させてそれを押し止めた。
その『手』を。
突如として現れた『別の魔法陣』から現れた人影が、凄まじい殺気を伴って掴み、捩じ上げた。
「あ・・・ぐぅっ・・・・・・!!」
思わず漏らした苦悶の声。
何者かと見上げたファイの目が、驚愕に見開かれた。
「・・・小狼・・・君・・・・?」
氷の如き双眸は、白き魔術師を冷たく見下ろす。
コン、と音がして。
ようやくそちらに目をやったファイは、愕然とした。
陰陽の模様が刻まれた、その『玉』は。
「・・・小狼君の・・・・『心』・・・・・・。」
右の目が白く成り果てた『小狼』は、ゆっくりとファイに向き直った。
『3つ』の目が、白き魔術師を、その視界に収める。
「『羽』は全て集まった。」
「『チカラ』もサクラに受け継がれた。」
「『連れて行く』には、『魔力』が必要だ。」
同じ台詞が。
僅かの時も違えずに、『2つ』の口から紡がれる。
凍った『3つ』の黄玉の瞳が、ファイを射抜いた。
「その『目』が魔力の源か・・・・・貰うぞ。」
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