かろうじて。
『心』を掴んだのは、褒められるに値するだろう。
だがその白き痩躯は、凍れる3つの目に射抜かれた。
「その『目』・・・貰うぞ。」
悪魔のごとく『手』が伸びてくる。
しかし白き目をも持つ『小狼』は、ピク、と手を止めた。
それは、逡巡するかのように。
その手が彷徨うのに比して、2つの凍れる瞳を持つ『シャオラン』は。
容赦なくその『手』を蒼き『目』にかけた。
「――――――――ッ!!」
声にならない悲鳴が。
ファイの口から、そしてサクラの口から洩れた。
途端に床に咲く、大輪の赤き花。
がくん、と膝を突き、ファイは床に倒れ伏した。
床に、赤い染みが広がっていく。
「・・・・。」
唇を噛みしめて。
漆黒の兵と戦い続けるリアンは、ファイに近寄る事が出来ない。
近寄れば、刺客たちをも引き寄せてしまうから。
如何に雪兎神官が防護シールドを張っているとはいえ、刺客たちをサクラの元にこれ以上送るわけにはいかない。
事実、その網の目を潜り抜けるかのように、何人もの刺客がサクラの元に向かい、桃矢王に倒されている。
自分で受け止められる限りの刺客をひきつけておかねばならないのだ。
(すまない、ファイ・・・・・。)
その声は、白き魔術師に届いただろうか?
同様に黒鋼も、ただぎりぎりと歯を食いしばる事しか出来ないでいた。
彼もまた、無数とも言える刺客たちを相手にしていた。
目当てはもちろん、『龍玉』の『チカラ』。
すでに『世界を変えるチカラ』はサクラに継承されたとはいえ、『龍玉』の『チカラ』が『美味しい』物であることに変わりはない。
しかも、襲い来る刺客たちを『殺さないように』手加減し続けなければならない。
何も考えず、ただ斬るだけでいいのなら楽だが、それでは自分にかけられた『呪』が発動する事になる。
こんな『雑魚』を相手に、自分の『強さ』が削がれるのは、不本意以外の何物でもない。
何とか加勢しに行きたいが、それもままならぬ自分に、ただ歯がみするのみ。
「『魔力の源』・・・・・。」
『シャオラン』は、その手に青く光る『モノ』をもち、それを口に含もうとした。
「・・・・!!」
凄まじい衝撃が走り、『シャオラン』は『それ』を取り落としてしまった。
まるで、ファイの意思で、『シャオラン』を拒絶したかのように。
冷たき双眸が見下ろす中、『小狼』は『それ』を手に取り、口に含んだ。
そしてそれをそのまま嚥下する。
すると、白かった右目がゆっくりと色を変えた――――――白き魔術師の目の色に。
(やはり、「やる」しかないのか。)
それが苦渋の選択であると『彼』もまた知っていた。
だから『心』を失わせまい、と必死になったのだ―――――。
しかし、すでに。
(矢は、放たれた。)
自らも覚悟を決めて。
無数の羽根が、『小狼』と『シャオラン』を包んだ。
周りを見て。
何の感情も持たぬ3つの黄玉と1つの藍玉が、自分たちに向かってくる『時の魔女』の姿を捉える。
『小狼』は、すう、と人差し指を立てた。
瞬間!!
凄まじい衝撃波が辺り中を襲った。
「これってファイの魔法だーっ!!」
モコナの言葉は、正しい。
今やファイの魔力を取り込んだ『小狼』は、何のためらいもなく魔法を駆使してリアンに対して牙を剥いた。
だがその風も、『羽根』に阻まれて届かない。
それと見るや、『緋炎』を抜刀し、魔法の力を練りこんで一気に炎を叩きつけた。
今まで感じた事もないほどの、炎の重圧。
(小僧の力だというのか、これが。)
違う。
半分はファイの『魔力』。
自分がかつて見た、『氷のように冷たい存在』は、小狼自身の中にいた。
いや、それというよりも。
(これが、本来の姿。)
『鏡の虚像』だと自ら語った。
『氷のように冷たい存在』が『鏡の実像』なのではなかった。
そして、『本当』の『小狼』は、これほどまでに―――――――。
思考は、不思議な『音』に断ち切られた。
緋炎の炎をも軽くいなしたりアンは腰に差した『蒼氷』を抜刀し、『小狼』と打ち合った。
そこへ横合いから、『シャオラン』が猛烈な蹴りを繰り出す。
さすがに避け損ねて、リアンは壁に叩きつけられた。
「・・・・くっ・・・・!」
衝撃に顔を歪めて。
それでも続く第2撃は、すんでの所でかわし切った。
相手は何の意思も持たぬ、戦う『機械』。
その戦闘能力は、今までの『小狼』の比ではない。
それを2人同時に相対せねばならない――――――如何に『戦う術』を身につけた者とて、かなり不利であることに変わりはない。
咄嗟に体勢を建て直し。
その指先に光を紡いだのと、まさに時を同じくして。
「雷帝招来!!」
凄まじい雷撃があたりに満ちた。
凍った目が、ゆっくりとその発信源を見遣る。
そこに居たのは―――――――。
「・・・小狼君・・・・・?」
「・・・・・蝙蝠の文様だと・・・・?!」
それはサクラと黒鋼の口から同時に発せられて。
足元に魔法陣を浮かび上がらせ、左目に眼帯をし、蝙蝠の文様のついた服を纏った『小狼』。
剣を両手に構え、雷撃を放った『小狼』は、ふっとその顔を曇らせた。
「―――――――間に合わなかったのか・・・・。」
その呟く声は、悲しみに満ちて。
「―――――何故、来た。」
リアンもまた。
険しい顔で問う。
「何故これ以上関わろうとする。お前は十分に対価を払った。『時間と自由と関係性』――――――元の世界に、何故戻らぬ。」
「俺を鏡に映した『虚像』で『魂の入れ物』が作られました。」
その声の『確かさ』故に、彼には『心』が有ると知れる。
「でもそれでは魂が『大きすぎ』た。だからもう1つ、『資質を切り離して収める為の虚像』が作られました。」
だから『鏡の虚像』は2人。
「2つ目の『虚像』には、『羽を絶対に集める』という使命があった。だから俺は『心の半分』を彼に埋め込みました。」
それは――――――『願い』。
「・・・俺は、その時に決めました。『俺が与えた心』が離れても、彼自身の『心』が芽生えていてほしい、と・・・・。」
すう・・・・と、剣の切っ先を『小狼』と『シャオラン』に向ける。
「もしそれが叶わない時には・・・『俺』の手で『彼』を・・・・・。」
凍れる視線は、その告白を聞いてなお、揺るがない。
それどころか。
さらに戦気を迸らせて、二人に向かってくる。
「退がれ、『小狼』!!」
リアンの制止を聞かず、前に飛び出した。
『小狼』が振り下ろす『緋炎』を、手にした佩剣で受け止める。
それをすり抜けるように繰り出された『シャオラン』の蹴りは、かろうじて身体を回転させてしのいだ。
3人の『小狼』が、交錯する。
「・・・桃矢。」
ボソ、と呟くように。声を低めて雪兎神官は呼びかけた。
「・・・なんだ?雪。」
「今なら・・・・あの魔術師をこっちに取り込める。」
「・・・!わかった!」
声よりも早く。
桃矢王は飛び出した。向かってくる刺客たちをなぎ払いつつ、ファイに駆け寄る。
がしっと引っつかみ、踵を返した。
たちまち殺到してくる刺客たちを、無数の羽根が迎撃し、仆していく。
「桃矢!早く!!」
「兄様!ファイさんを!!」
転がり込むように2人の元に戻った桃矢王を確認して、リアンは『小狼』達に目を戻した。
雪兎神官がファイの手当てをしている。
魔法の力で血は止められ、その秀麗な顔からは血の跡が拭い去られたが、その失われた左目だけは如何する事も出来ない。
雪兎神官は服を細く裂き、包帯のようにその目を覆って巻いた。
少しでも衝撃などから護れるように。
「ファイさん・・・・。」
あふれる涙を拭おうともせず、その頭を膝に乗せ、サクラはファイの右手を握り締めた。
自分のせいで。
自分が『チカラ』を継承したから。
自分を『連れて行こう』としたから。
だから『小狼』はファイの『目』を――――――――。
いつしか刺客たちは『消えて』いた。
黒鋼が駆け寄ってくる。
「おい!しっかりしろ!こんな所で死ぬんじゃねぇぞ!!」
「・・・・わかってるよー・・・・。」
その声自体が、既に地獄の底から響くようではあったのだけれど。
ファイはゆっくりと、億劫そうに目を開けた。
途端に痛みが走ったのか、身体が揺れて肩に力が入る。
「ファイさん!」
「・・・大丈夫ー・・・。」
口元に微かな笑みを浮かべて。
ファイはサクラに左手を伸ばした。
遠近感が狂い、その手は宙を彷徨う。
サクラは自らその手を取り、自分の頬に当てた。
「ファイさん・・・・。」
「サクラちゃん、見――っつけたー・・・・。」
その手に、サクラの目からあふれた涙が伝う。
「サクラちゃん、何を泣いてるの?オレなら、大丈夫だよー?」
「ファイさん・・・・ごめんなさい・・・・私のせいで・・・・。」
「サクラちゃんのせいじゃないよー・・・これはオレの『対価』だから・・・・。」
「『対価』・・・・・?」
「オレのした事への『対価』・・・。」
ファイが浮かべたのは、自嘲の笑み。
「オレは理由はどうあれ、魔物を送って黒たんの故郷を滅ぼした。皆が色々な物を『失った』のに、オレだけ何も・・・・。」
「てめぇだって、色々失くした筈だ。それに―――――『心』も傷ついた。」
それで『十分』なのではないのか、と。
ファイはふふっと笑い声を立てた。
「黒たんはご両親と故郷。サクラちゃんは記憶。皆何物にも代えられない大切なもの。」
「小僧は・・・・『関係性』、か・・・・・。」
「うん。」
頷いて。また走った痛みに眉を顰める。
『あの時』、リアンは『小狼とサクラの関係性』を返せ、と次元の魔女に言わなかった。
『銀竜』と『刺青』と『魔法杖』を求めたのみで。
それは『必ず失わなければならないモノ』であったという事なのか。
「でもオレだけ何も、だった・・・・これで皆とお相子ー。」
それは、何処か嬉しそうに。
「・・・・やっとオレ・・・・皆に近づけた・・・・・。」
「ファイさん・・・・・。」
サクラはとうとう泣き崩れた。ファイは、つ、と手を伸ばし、サクラの頭を優しく撫でた。
それは、慈しむように。
「――――――ぅぁあっ!!」
その声は、苦悶の響きを伴って。
はっとして見れば、凍れる眼差しを持った『小狼』と『シャオラン』が、それぞれに無数に飛び交う羽根に包まれている。
足元には、見たこともない魔法陣。
「・・・待ってくれ!」
必死の懇願は、『蝙蝠の文様』をつけた『小狼』から。
ダメージを受けたのか、床に這い蹲るようにして叫んでいる。
「まだ『望み』はある!これを・・・・『心』を取り戻せる方法が、きっと・・・・!」
手にしているのは――――――『小狼』の右目から離れた『心』。
「『この世界のさくら』の哀しむ顔を見たくないんだ――――――――っ!!」
その哀しげな叫びは。
「―――――お前が、お前の愛する『さくら』と魂を同じくする者を哀しませたくない、というのは理解する。」
その声に、何の感情も見えず。
「だが、もはや後戻りはできない所まで来てしまった。」
「でも、まだ・・・・!」
「『世界を変えるチカラ』の正しい発動も含め、全ての為に、『これ』は為さねばならぬ。」
ざあっ、と。
『黒い』羽根が辺り一面を覆う。
凄まじいまでの『闇』の気配に、蝙蝠の文様をつけた『小狼』は、思わず後退りした。
「『時』を『巻き戻し』、『小狼』を『再構築』する。」
その言葉が示す意味を。
理解できないのは、責められるべきではあるまい。
『時』を『巻き戻す』?
『小狼』を『再構築』する?
「これは、『賭け』だ。」
すう、と。
指を2本立て、左腕を真横に伸ばす。
闇色の羽根が『小狼』と『シャオラン』を包み込み、2人の身体は蛍のように光り始めた。
「経年変化による成長のみならば、再構築は出来ない。だが、もし、『新たに生まれたもの』があったなら――――――。」
全ての深奥を見そなわすか、闇の眷属よ。
その哀しき結末をこそ知る、と。
「その場合、あの魔術師の目はどうなる・・・?」
「既に取り入れられたものなれど、それは『外部』からの異物。故にこれは排除される。」
「・・・!じゃあ、それをあの魔術師に戻す事は出来るのか?!」
「・・・残念だが、それは出来ない。」
その声は、氷のように。
「命と同じく、『既に失われた』物を戻す事は出来ぬ。・・・・・だが。」
静かに歩み寄る。
折りしも『小狼』の右目から、光があふれ出し、すう、と空間を滑ってリアンの前に止まった。
「・・・・・ファイ。」
その『光』を手にして問う。
「この『魔力』、『義眼に収める』事は出来ぬが、魔法杖に『移す』事は出来る。・・・・どうする?」
「・・・・・・・。」
「お前の『魔力』は、お前にしか御す事も、維持する事も不可能なものだ。」
それはもしそのまま『小狼』が持っていたら『危険』であったということ。
「・・・答は・・・・もう1つしかないでしょー・・・?」
哀しげな微笑みを浮かべて。
ファイの言葉に、リアンは床に落ちていた魔法杖を手に取った。
手にした『光』を添えれば。
魔法杖は眩い光を放ち、その光が消えた時―――――。
「形が変わった・・・・?」
かつては蝶が羽を開いたがごとくに煌々しくあった魔法杖は、ずいぶんとシンプルな形に変わっていた。
大きな『魔石』をその中心に浮かび上がらせているのは変わりないが。
その『魔石』が帯びる光は、今まで見たものとは明らかに異なっていた。
蒼い、七色。
ファイの瞳の色をベースにグラデーションを描き出す『魔石』は、それだけでも強大な魔力を秘めていると知れる。
「他の何人がそれを手にしたとて、この『チカラ』を使うことが出来ぬように。」
魔法杖に術式を埋め込み、ファイの手にそっと握らせた。
ファイだけが使うことの出来る魔法杖。
「・・・ありがとー・・・・。あ、ついでにねー、後でいいから、義眼もよろしくー。」
まるで簡単な料理を作ってくれ、と頼むかのように。
『軽い』頼みに、リアンはふと口元をほころばせた。
「後で、な。」
「はいー。」
その『後』が、『すぐ』ではなかったと、今の彼は知る由もなかった。
そして、それは、皆も、また。
************************************************
光り輝いて。
その身体が『光』に溶けていく。
経年変化による、いわゆる『成長』のみならば、『小狼』は消えてしまう。
だがもし―――――――。
(頼む。)
蝙蝠の文様を持つ『小狼』は祈るように見つめた。
(どうか、俺が渡した『心の半分』以外に、自分自身の心が生まれていてくれ・・・!)
そうでなければ―――――――。
ふと、『この世界のさくら』に目を滑らせる。
自分が愛した存在と魂を同じくする、砂漠の姫。
その祈れる心。
その『彼を想う』心。
(どうか、皆の思いを受け止めて・・・!)
辺り一面に光が満ちた。
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