ツバサの「ユメ」・蝙蝠の「ユメ」




「ごめんなさい・・・・・・・ごめんなさい・・・・ファイさん・・・・・・。」
ファイの前に、土下座というよりは突っ伏して。
泣きながら。
小狼は詫び続けていた。
「・・・俺は・・・・俺は・・・・大変な事を・・・・・。」
「・・・もういいよぉー・・・小狼君、自分を責めないで・・・・。」
それが無理な相談であることは、よくわかっているのだけれど。
ファイを支える雪兎神官とサクラは、困ったような顔をして。
モコナもピョンピョン跳ねるのをやめて小狼をじっと見上げ。
桃矢王と黒鋼はむっつりとした顔で視線を投げ。
蝙蝠の文様を持つ『小狼』は、ただ平静にその姿を見下ろす。
そしてリアンは、さすがに疲れたのか、皆の傍には帰らず、壁にトン、と凭れて目を閉じていた。
どれほどの言葉を連ねて『許し』を請うても。
どれほどの言葉を綾なして『許し』を与えても。
その『心』が癒やされる事は無い――――――小狼の『性格』から考えたならば。
ファイはため息を1つ、ついた。
「じゃあね、小狼君。・・ちょっと目を閉じてて?」
「・・・・?はい・・・・・。」
言われるがままに涙に濡れた目を閉じる。
その瞼に、ファイの白い手がふっと触れた。
「!!」
びくっとして。
小狼は身体を固くした。
いや。
(目を抉られたって文句は言えない。)
自分の『した』事を。
目には目を、歯には歯を。
歴史の彼方のどこかの国に、そんな法律があったのを思い出す。
しかしファイの指は、小狼の右目を静かに撫でていた。
「・・・・『また』、見えないんだね・・・・・。」
小狼は驚いて目を開けた。
そう。
かつて『心』が封印されるが故に見えなかった『右目』。
今は封印されてはいないが、しかしやはり右目は『見えなかった』。
再構築されても、右目に『光』は戻らなかったのだ。
「これは、君の『対価』だよ。」
「『対価』?」
「そう。」
ファイはゆっくりと微笑んだ。
「『再構築』されて、君は『再び』『命』を得た。・・本来なら、それは有り得べからざる事なんだ。」


失われた『命』は還らない。


その絶対不可侵の因果律。
リアンはそれのぎりぎりの事をした。
『時間』を遡り、『最初』の状態に戻してから、もう一度『再構築』する。
最初の状態に戻した段階で『心』、すなわち『命』は失われていなければならない。
それを『再び』、『戻した』。
『闇の眷属』であるリアンが為した事だから、まだ『許されて』いるのだと。
しかしその『対価』は、小狼自身も負わねばならない。
それが『右目の光』なのだ、と。
「君は『支払うべき物』は『支払った』。これからは自信を持って前に踏み出せばいいんだよ。」
「・・・・・ファイさん・・・・。」
「『やると決めた事はやる』んでしょ?小狼君?」
「・・・・・はい。」
やると決めた事。
サクラの羽は既に集まった。
後は『世界を変えるチカラ』を継承したサクラと共にあって、その『チカラ』を正しく発動させる事。
それが、小狼の『使命』。
「オレも『前』を向いて歩くよ。小狼君も、ね?」
「・・・・・解りました、ファイさん。」
小狼はファイの手を握り締めた。
新たな涙が頬を伝う。
「ハイ、もう泣くのは終わり〜〜。」
笑顔で諭せば。
泣き笑いの顔が恥ずかしげに俯く。
それは、とても少年らしい、純粋な、『心』で。


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「・・・・・おい。」
音も無く。
歩みよって声をかけてきた忍者を、閉じていた目をゆっくりと開いて見遣る。
「・・・・何だ。」
「何だ、じゃねぇだろう。」
その眉間の皺は、深い。
少し億劫そうに見上げた顔は、何が言いたいのか、と言わんばかりに。
黒鋼は、小さくため息をついた。
「お前は何処まで無茶をしたら気が済むんだ?」
「『無茶』はしたつもりは無いが。」
眉にピク、と怒りが走る。
少しだけ背後の皆に意識を向けて。
誰もこちらに気を向けていないと見て、それでも声を低めて言葉を継いだ。
「・・・・・『治せた』のか?・・・・」
「・・・・・・。」
少し、表情が変わった。
それは、気取られたと知ったからか。
「・・・・・『背中』・・・・・『裂けた』んじゃないのか?」
「・・・・・・・・何故・・・。」
少し、言葉を探した。
「何故『そう』思う?」
「小僧を『再構築』したのは、『光』の魔法だろう。」
「・・・・・・・・・・。」
「最初に魔法陣で光を『捻った』時、『闇』の気配だった。だが、小僧の身体が現れたとき、『闇』の気配が消えていた。」
魔力を持たぬ者が、此処まで感じ取れるとは。
「『闇』で無いなら『光』だ。だが、お前が使える『光』は『ツバサ』のチカラだけのはず。」
記憶力のよさと、それを駆使したカンのよさ。
「『目的を違えた使い方は両刃の剣になる』・・・そうだったな。」
じっと見るその視線が交錯する。
互いに何を想うのか。
少なくとも夕闇色の瞳は何の感情も読み取らせない。
紅玉は。
『護りきれぬ』自分に苛立っているようで。
「よく覚えているのだな。」
「・・・・・・・・・。」
お前の、事だから。
「それに、よく『見て』いるのだな。」
「・・・・・・・・・。」
お前、だから。
言葉に出来ない、その逡巡。
リアンはゆっくりと壁から離れた。
途端にバラバラと何かが落ちる。
それは。
かつて魔界から帰ってきた時に見たのと同じ。


服や身体に付いた『血』が結晶化した―――――『血』のカケラ。


「・・・その『キオク』と『目』で、皆の事、頼む。」
すう、と。
傍らをすり抜けて歩み去る。
その背中には、もはや傷の片鱗さえもうかがえない。。
だが。
そのもたれていた壁には、微かに血の跡が残っていた。
やはり、『裂けて』いたのだ。
『2度目』なので、まだ耐えることが出来たのだろう。
誰にも、気取らせないように。
壁を、そしてその背なを見つめる、紅玉のヒトミ。その眉間に、また皺が増える。
《 ・・・届かぬな、『姫』には。 》
「・・・・・・。」
『龍玉』の声もまた、何処か哀しげで、そして悔しげで。


届かない。
届かない。
護りたいと思う、この気持ち。
危険な事から引き離したいと思う、この衝動。
だがその何れも、夕闇色の瞳には届かない。
無力な、自分。
(どうすれば。)
それを為す事が出来るのか。
(どうすれば。)
この想いは解ってもらえるのだろうか。
紅玉の揺らめく光は、苦しい心、そのままに。


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歩み寄れば、小狼が桃矢王と雪兎神官に詫びている所だった。
仏頂面の桃矢王が、しぶしぶ諾を与え、雪兎神官が苦笑する。
小狼がふと、振り返った。
「・・・・・・・・・。」
やはり言葉にならない。
どう言えば。
この人に自分の『心』の全てを伝えられるのだろう。
言葉を捜して逡巡する小狼の、栗色の髪をクシャリ、と撫でた。
「あ・・・・。」
見上げれば。
優しい瞳。
ぽふ、と肩に手を置いて。
静かに視線を外していく。
言葉は無くとも、確かに通じたのだと。
小狼は胸が痛くなるのを確かに感じた。


「――――――――行くか。」


その問いは、『蝙蝠の文様を持つ』小狼に。
「はい。」
その答は、力強く。
その胸元に、羽根を1本、挿した。
「?」
「今後『あの男』がお前に干渉できないように。」
十分すぎるほどの犠牲を強いられた。
せめてこれからは、心穏やかに、と。
『小狼』は、羽根に手をやっていたが、ふと顔をあげて訊ねた。
「俺が『元居た世界』に帰ったら、この羽根はどうなりますか?」
「こちらでの決着が付けば、自動的に『消える』。」
役目を終えるのだと。
「『残す』事は出来ますか?」
「何故?」
「忘れないために。」
『小狼』は、胸に手を当てた。
「写し身を2回も取られ、しかも『心』を半分にしたせいで、俺の『チカラ』も半分になってしまいました。」
忌まわしき、過去の現実。
「回復のために、『時間』と『自由』と『関係性』を対価にした・・・・・。」
ふと、その表情が翳る。
「『俺の世界のさくら』は、俺の事を―――――――『覚えていない』。」
「―――――――!!」
小狼ははっとして『小狼』を見た。
彼もまた。
『さくらとの関係性』を対価にしていたのだ―――――――。
「でも、こいつを見てよく解りました。たとえ過去の記憶が無くとも、新しい『キオク』を作る事は出来る、と。」
「新たな『時』を刻むか、『お前のさくら』と。」
「はい。」
その顔には、自信と決意。
「必ずさくらを取り戻します。・・・この手に。そして一緒に時を紡ぎます。」
「お前にならできるだろう。その信念と心の強さが有れば。」
「・・・でも。」
ふっと顔を伏せて、自嘲気味に。
「・・・きっと『辛い』と思ってしまう事もあると思う・・・そんな時に、この『羽根』を見れば、きっと思い出せる。」


信じ続ければ、いつかきっと願いは叶う。絶対、大丈夫。


よすがにしたいのです。自分を強く保つために。」
「お前には必要ないとは思うが・・・いいだろう。『消えない』ようにしておく。」
「ありがとうございます。」
ぺこり、とお辞儀をする所は、小狼にそっくりだ。
いや。
小狼の方が、『小狼』に似ているのか。
「では、送る。」
『小狼』の足元に、魔法陣が現れた。
懐かしさすら感じさせる、次元移動魔法の風。
「ありがとうございました。」
リアンに向かって頭を下げるのに、少しく頷いて、応えとする。
「・・いつかきっと何処かで・・・!」
「・・・あぁ・・・会えたらいいな・・・・。」
『小狼』と小狼。
『鏡の実像』と『鏡の虚像』。
お互いに見合って、微笑み交わして。
『小狼』は、『彼の元居た世界』に帰っていった。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


キオクの羽は、全て集められた。
サクラ姫は『世界を変えるチカラ』を継承した。
全ては、思惑通り。


だが。


その『チカラ』を手元に引き寄せるために送り込んだ小狼は、己の手を離れた。
『シャオラン』は、大切な『魂』と共に消えてしまった。
『実像』である『小狼』は、自分に手出しできぬシールドを身にまとって、元居た世界に戻ってしまった。


(何故だ。)


自分の手に入るべき物が入ってこない。
そのために己の手を血に染めてきたというのに。
ずっと傍に居た星火も―――――――。


「我が手で処断したのに。」


背後の壁に縫い付けられるように、深々と剣を突き立てられて、星火が絶命していた。
「あ奴を次元の魔女の元に送るなど、余計な事をしおって。」
『シャオラン』を小狼たちの所に送り込んだ時。
星火は隠れるように『小狼』を次元の魔女の元に送った。
星火は、ただ1回だけだが次元移動のチカラを使うことが出来た。
だが、小狼たちの場所には、なおも強固なシールドがあり、それを越えるチカラまでは持ってはいなかった。
故に次元の魔女に『小狼』を託したのだ。
次元の魔女はその心を汲み、『小狼』を小狼の元に送った。
だから『シャオラン』と『小狼』の到着にずれがあったのだ。


星火は。
自分の運命を予見していたのだろうか。
『1回』しか出来ぬ次元移動を、『小狼』の為に発動させた。
おそらく命の危険も顧みず。
その時呟いた言葉を、今は誰も知ることは無い。


『夢』は、終わらせなければ。


そのことを知って激昂した、その『手』には、『蝙蝠の飾り』の付いた剣が握られていた。
その身に剣を受けた時。。
星火の目には、一体何が映ったのだろうか。
光か、それとも絶望か。
あるいは――――――ようやく得た、安息か。


ずるり、と剣を引き抜いた。
既に魂を失った、ただの『身体であったモノ』は、ズルズルと床に崩れ落ちる。
ブン、と一振りして、血糊を払う。
少し念を込めれば、残忍なまでの光が甦った。
その煌きに、満足する。
(さて、誰が良いか。)
自分は、あの『チカラ』が欲しい。
サクラと小狼はその『チカラ』の発動の為に必要。
『龍玉』の力も欲しいが、今は黒鋼を相手にするのは愚であると考えた。
(―――――あの魔女、は。)
たとえ命を奪っても、刹那の時も隔てずに転生するのだと知った。
では今、手を下しても意味がない。
(『危険』なのは。)
2人の魔術師ウィザード
雪兎神官も、次元移動の力を持つ。
その魔力は相当なレベルだ。
ファイは、セレスの王位継承者。『闇の御子』の二つ名を持つ稀代の魔術師ウィザードだ。
今は弱っているとはいえ、その魔力は計り知れない。
(狙うは、あの2人。)
鏡に映し出された映像を見、綿密に位置を決める。
気取らせないように。
しかし、確実に。


口元に歪んだ笑いが浮かび、その唇から呪文が紡ぎだされた。
それは、地を這うかのごとくに。
少しずつ、少しずつ。
『次元』が切り裂かれていく。
『無』の気配と共に。


************************************************


誰からも、見えない。
まさに絶妙な位置。
しかもそれは、絶対の確実性をも持ち合わせて。
その魔手は、雪兎とファイを確実に捉えた。


ガキィィ・・・・・・・ン!!


耳障りな金属音に、皆ははっと気配を強張らせた。
桃矢王はすかさず剣を抜く。
「・・・・・・な・・・何なんだ、これは?!」
『何も無い』空間が切り裂かれ、そこから伸びた、『手』。
その手に握られているのは――――――――。


「黒鋼さんのお母さんを刺した剣!!」
「エステリアランドで黒様を刺した剣!」
小狼とファイの声は同時に発せられた。
蝙蝠の飾りの付いた剣は、今まさに雪兎とファイに襲い掛からんとし―――――――。


眩く煌く銀光に阻まれていた。


「・・・・・掴んだぜ。」
その口元に、残忍とも取れる笑みを浮かべて。
しかし、それは何処か満足そうに。


「『後ろ』なんざ取らせるかよ・・・・掴んだぜ。『十の内の一』をな!!」






第6章ー5に戻ります 第6章ー7へ 『時の翼』目次へ




出た――――――――ッ!!(笑)
名前こそ出していませんが、もうお分かりですよね?
ようやくおっさん登場です。
予定では後2つで、この第6章を終わる・・・・・はず。
『短くしよう』キャンペーン続行中なので(苦笑)もうちょい伸びるかも。
『起承転結』の『転』の最後です。『飛王篇』。
『転』は『魔界接触篇』『諏倭篇』『玖楼国篇』『飛王篇』の4つで構成されています。
細かい分類はそれぞれに書いてきましたが。
この『飛王篇』だけは1つです。


本編もいよいよ佳境!!最後まで気合入れて頑張ります!!

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.08.09UP

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