「『あれ』は、気配を掴むのが非常に難しい。十の内、九は取られる。」
「でも、『一』は掴めるんだな?」
「『次元を切り裂いて出てくる』その一瞬の気配が読めれば、勝機はある。」
「・・・上等だ。・・・・・・絶対に読み取ってやる。」
―――――――――――――― * ―――――――――――――
あの時、自分が宣したとおりに。
幽かな気配を見事に読みきった。
禍々しき凶刃は銀光煌く白刃に食い止められ。
己が命に危機が迫っていたと知らされた2人の魔術師は、驚きに目を見開いた。
「・・・・いい度胸してんじゃねぇか・・・・・。」
ぎり、と口元から音を発して。
「俺たちの―――――――いや、この『俺』の目の前に、『その剣』を出そうたぁなぁ!!」
その紅玉の瞳が、捕獲者の色に揺らめく。
やっと、見つけた。
探し続けてきた、仇。
あの時、弱った身体で必死に結界を張っていた母を、容赦なく貫いた、あの『剣』。
『巫女の祷り場』に侵入を可能とした、その魔力の大きさ。
「伝えておいたよな・・・カイルって奴に・・・・・。」
それは、エステリアランドで。
「その首、ちゃんと洗っておけってなぁ!!」
ギィン!!と剣を弾く。
『手』は、慌てたかのように『空間』に引っ込んでいく。
「逃がさねぇよ!!」
猛然と。
凄まじい突きを繰り出す。
空間の向こう、微かな手ごたえがあった。
(ちぃっ!!)
このままでは、逃げられてしまう。
自分もその空間に飛び込もうとした、その瞬間。
「うおっ?!」
思わず声が出た。
目の前を無数の羽根が飛び交う。
邪魔をするな、といいかけた黒鋼は、羽根の向こうに現れたモノを見てぎょっとなった。
「・・・・・・・・五芒星・・・・。」
かつて、『魔界への入り口』を固定したのと同じ。
5つの羽根が輝線を描き出し、『切り裂かれた次元の裂け目』が、消えることなくそこに囚われていた。
「・・・下手に離れた所で人質などに取られるのもいささか困る。」
自分の手の届かない所で、危険な目に遭わせるわけにもいかない。
かといって、そちらの防御に『チカラ』を割く事も出来ない。
ならば。
「不本意ではあるが・・・・ご同行願おう。桃矢王、雪兎神官。」
「サクラが行くのなら、俺は何処へでも行くぞ。」
「サクラ姫を『1人』にするのはあまりにも危険だ。否が応にも来てもらわねば困る。」
「じゃあ、何の問題もないだろう。」
不敵なまでの笑みを浮かべる。
この若き王は、自分の力量を知っている。
だが、『護る』事に何のためらいもない。
彼もまた、『護り手』なのだ。
軽く、頷いて。
黒鋼の方を見遣った。
「この結界、斬れるか?」
一瞬、何を言われたか解らなかったが。
すぐに『龍玉』のチカラであると思い至る。
『龍玉』のチカラ。
父と母が命かけて護り、『選ばれなかった弟子』が得る事のなかった、『チカラ』。
―――――――それは。
如何なる結界をも砕くチカラ。
《 我の『波長』とお前の『波長』が合致した時、『如何なる結界をも切り裂くチカラ』となる。 》
『龍玉』は確かにそう言った。
(『波長』。)
実際に体験してみて初めて解る、とも言った。
『波長』を合わせる――――――精神を同調させる事だと解釈した。
す・・・・・と。
目を閉じて。
銀竜を構え、精神を統一する。
その切っ先に、その1点に、心を集中させる。
長い時間のようで。
しかし、それは実は短くて。
元々『精神』の鍛錬をしていた者なればこその集中。
桃矢王も、ファイも、小狼も。
思わず背筋に冷たいものが走るのを覚えた。
(この『気』は。)
『戦う者』である桃矢王にははっきりと解る。
この力量。
もし『敵』ならば、大いなる脅威となるであろう事が容易に推察された。
(このものが『国を統べる者』――――いや、『敵』でなくて良かった。)
それは、大きな、安堵となって。
1点に。
ただひたすらに。
集中していた、その『心』の内に。
『何か』がそろり、と寄ってきた。
敵意はない。
試すように、推し量るように。
そろそろと。
そしてそれは、確かに黒鋼の手に、重ねあわされた。
「・・・・・・・・!!」
小狼は思わず声を上げかけて、慌てて口を押さえた。
銀竜が。
えもいわれぬ光を放つ。
畏れすら抱かせるような、光。
すう、と切っ先は天に向けられた。
そして。
黒鋼は閉じていた目を、カッと見開いた。
「破魔、竜王刃!!」
凄まじい『気』と共に、銀竜は振り下ろされた。
剣戟が、今までに感じた事もない気迫を伴って、『次元の裂け目』に襲い掛かる。
眩いばかりの光が満ち。
『何か』が砕けるような音がした。
かろうじて見遣れば、五芒星に囚われた『次元の裂け目』がさらに大きく裂け、壁のようなものが崩れていく。
「見事だ。」
言葉こそ短いが、それは掛け値なしの賞賛。
リアンの目は、ただ1点、砕かれた『壁』の向こうを見る。
今。
『玖楼国の遺跡の地下』と、『かの者の在る所』とが、僅かの隔てもなく繋ぎ合わされた。
ゆらり、と。
微かな気配が動く。
「久しぶりだな・・・・『お師匠』。・・・・いや、『時の魔女』よ。」
「お前には本当に言いたい事が山のようにあるな。・・・飛王。」
暗がりの向こう、蝙蝠の文様を模った背もたれを持つソファの前に。
『不肖の弟子』―――――飛王=リードが立っていた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「・・・オレの『やると決めた事』が出来ないよぉー・・・。」
それはかなり悔しそうに。
「え?何なんですか?」
「オレさぁー・・・。」
魔法杖に縋るように座り込むファイは、大きくため息をついた。
「『おっさん』に会ったら、『いの1番にぶん殴る!』って決めてたんだよぉー・・・。」
確かに今のファイには、『ぶん殴る』事は出来ないだろう。
自分の身体すら、立たせておく事が出来ないのだ。
「あ、もちろん小狼君のせいじゃないんだよ?」
慌てて手を振るが、実際原因がそれなだけに、言い逃れもごまかしも出来ない。
小狼はただ黙って俯くのみ。
どういう言葉をかけるべきか。
さすがのファイも考え込んだ。
「・・・じゃあさー、代わりに・・・・。」
おっさんぶん殴って?
そう言おうとしたファイは、小狼の背後の影に目を見開いた。
途端にズキンと痛みが走る。
だが。
「小狼君、後ろ!!」
『命』と『痛み』のどちらが重いかなんて、考えるまでもない。
ファイの叫びに、気配を殺して近づいてきていた漆黒の兵を、振り向きざまに蹴り飛ばした。
「来るなら、来い!」
すかさず剣を抜き払った桃矢王が叫ぶ。
サクラを包むように、雪兎神官とファイ。
3人を囲むように、桃矢王、小狼、黒鋼。
護りは、これで任せて良いだろう。
改めて、リアンは飛王に向き直った。
忍び寄ろうとした漆黒の兵は、何か畏れの様なものを感じてか、近寄る事も出来ない。
「今だに解らぬか。『世界を変えるチカラ』は、『お前の望むチカラ』ではない、と。」
「如何様にお師匠が言われても、こればかりは譲れぬわ。」
飛王は、睥睨するかのような視線を投げてくる。
「『失われた』モノは、如何なる『チカラ』をもってしても、『再び戻す』ことは出来ぬ。」
「できる。あの『チカラ』さえあれば。」
「・・・・・・・『時』を。」
その顔が、何処か曇ったのは。
「『止める』ことも、『巻き戻す』ことも、『出来ない』のだ。」
「だが、お師匠はそれを『為す』ことが出来る。」
小狼を『再構築』したように。
「元々『貴女が持っていた』チカラだ。なれば、この身に使えぬはずがない。」
胸に当てた手に、決意と自信が垣間見える。
リアンは、寂しいため息をついた。
「『時』のチカラは、『世界を変えるチカラ』ではない。――――――――私、が。」
少しだけ、言葉を選んだ。
「この『世界』に『存在しえぬ』、『異なる世界』の存在だからだ。」
「『異なる次元』と言いたいのか?」
ならば、次元を渡ればいいのだ、と。
リアンは頭を振った。
「たとえ『次元』を越えようとも、我の在った世界に赴く事は出来ぬ。」
「何故だ?」
「異なる因果律、異なる時間体系。『全く違った』世界なのだ。・・・・お前が『存在する』事は、不可能だ。」
「・・・・では、お師匠は、『何故、この世界に存在している』?」
「解らぬか、飛王。」
苦笑いは、自嘲の色。
「この私が、『この世界に存在している』と思っていたのか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
さすがの飛王も、しばし言葉を失った。
目の前にいる、彼の『師匠』は。
『確かにここに居る』のに。
かつて、共に在った時間にも。
そして、今も。
「・・・・・・・お師匠。」
その目が、ぎらぎらしている、と思った。
まるで、飢えた猛獣のような。
「ならば何故、『此処に居る』?」
「――――――――――『我』は。」
ふっと、笑ったように思えたのは、気のせいなのだろうか。
「『我』もまた、『闇の魔王』に囚われしもの。かの者の眷族に『された』がゆえに、此処に在る。」
「それは、お師匠の『世界』が、『闇の魔王』とは異なる世界であるということか。」
「そうだ。」
それは、まるで『よく出来ました』と言わんばかりに。
「私は、『幻』のようなものにすぎぬ。所詮は『存在せぬモノ』だ。いわば―――――――『夢』。」
すう、と気配が変わる。
リアンの周りの空気が、戦気を帯びた。
その手が、腰の後ろに差した蒼氷に伸びる。
「『夢』は終わらせねば、な。」
瞬間!!
リアンの足が地を蹴るのと、蒼氷を抜刀するのとは、まさに、同時。
凄まじいまでのスピードで間合いを詰めた蒼氷の一閃を、飛王はかろうじて蝙蝠の大剣で受け止めた。
「お前には、『対価』を払ってもらわねばならぬ。」
「『対価』だと?!」
「・・・そうだ!」
今は脇差ほどの長さとはいえ、蒼氷は黒鋼も認めたほどの『業物』だ。
右に、左に、と。
その立ち位置を変えつつ、蒼氷を振り下ろす。
飛王は防戦一方ながら、かろうじてその重圧を受け止めていた。
金属音は、その澄んだ音色を心に打ち込む。
それは、皆に剣戟の熾烈さをこそ知らしめて。
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ギイィン、と金属の打ち合う音が響く。
何処までも、澄んで。
何処までも、熱くて。
剣戟の音は何時果てる事もなく続いていた。
「・・・・おかしい・・・。」
同時に紡がれた、呟き。
サクラが、モコナが、小狼が、それぞれに声の主を見た。
「?!どういう・・・・・?」
漆黒の兵は間断なく襲ってくる。それに対し、小狼は『緋炎』を使わずに足技で対抗していた。
自分はまだ『緋炎』の鞘を払う資格が無い、と小狼は考えていた。
『緋炎』はもう、抜刀しても『炎』を吹かないのだけれど。
それは、『心』を失っていた時の事とはいえ、リアンに剣を、炎を向けた事を気に病んでいて。
あの人は、許してくれるだろうが、しかし自分は許せない。
自分の心の整理が付くまで『緋炎』は封印しよう、と小狼は心に決めていた。
その振り返った目が、ファイを見る。
ファイは、険しい目を、剣を交える二人に向けたままで呟いた。
「何で・・・・『剣』で戦ってる・・・・?」
「え?」
サクラには何の事かわからない。
「リアンさんの剣の腕は、そんなに凄い訳じゃない。そうだね、小狼君と同じ位だと思う。」
「それに関しては同感だ。」
振り向きもせずに黒鋼が同意した。
「なのに、何故、『最初から』剣で対戦してる?本来なら『魔法で』戦うべき相手なのに?」
「・・・・。」
言われて見れば、確かにおかしい。
リアンは、魔術師。
飛王も、魔術師。
『魔法戦』はある意味当然の成り行きであり、誰もが納得する展開だ。
だが。
あれほどの魔力を持つリアンが、何故『魔法』を使わないのか。
その違和感は、誰もが感じるところ。
おそらくそれは、飛王自身も感じていることだろう。
「リアンさんはその気になったら、おっさんの心臓なんか、一瞬で止められるのに。」
―――――――――何故、そうしない?
「それに、戦い方が、『妙』だ。」
桃矢王もまた、疑問を口にする。
「いくら剣を合わせるといっても、『間合いを詰めすぎている』。」
「『詰めすぎる』といけないの?」
「お前には解らんだろうが。」
妹の言葉に、ふっと目を和ませる。
「『間合い』というものは、『詰めすぎ』ても、『離れすぎ』ても、己の利にはならない。」
漆黒の兵に斬りつけ、立ち上がれない程度の傷を負わせる。
「緩急織り交ぜて、『間合い』に踏み込むものだ。それなのに、ずっと『詰めた』ままだ。」
(『肉を斬らせて骨を断つ』、という事か?)
それならまだ納得がいくが、それでも剣での戦いの理由には程遠い。
「―――――――――『殺る』気がねぇ。」
黒鋼がぼそりといった言葉は、皆を驚かせた。
「黒たん、それって――――――?」
「『殺気』が、中途半端だ。」
銀竜の一閃で、数人の兵が膝を砕かれた。
もちろん『殺し』はしていない。
「・・・十分『殺気』は向けられていると思うが?」
桃矢王が反論する。黒鋼は首を横に振った。
「・・・ほんの微かだが・・・・・殺気がぎりぎりの所で『止められて』いる。」
『殺気』が止められている。
この言葉の意味を理解するのに、皆はかなりの時間を必要とした。
「それって、リアンさんには、おっさんを『殺す』意思が無いって事―――――――?」
「おそらくな。」
簡単に、答えて。
しかし、それはすぐに真実だと思い当たった。
「『不肖の弟子』―――『飛王=リード』に、『己のした事への対価』を払わせるのだよ。『師』であるこの『私』の手で、な。」
『対価』を支払わせる事が目的なら。
確かに『命』は奪うまい。
でも。
では、何故?
『刀』は命を奪う『道具』だ。
何故、それを遣う?
何故それで切り結ぶ?
ぼんやりとした思考は、とても嫌な音で否が応にも覚醒せざるを得なかった。
それは―――――――――――。
『肉』を貫く音。
振り返った皆の目に、脇腹を『あの剣』で刺し貫かれたリアンの姿が映った。
「!!!」
それは、完全に貫通し、白い服を見る見るうちに赤く染めていく。
「・・・いやぁぁ―――――――――っ!!!」
サクラの魂消る悲鳴が空間に響き渡った。
飛王は、勝利を確信して、ニヤ、と口元を綻ばせた。
そして―――――――――――。
リアンも、また。
「・・・!何を笑う?!」
飛王の叫びと、リアンが動くのとが同時だった。
がしっと左手で己を貫く剣を持つその腕を掴み、次の瞬間、右の掌に浮かばせた光を顔面めがけて叩き込んだ。
「・・・ぐおっ!!!」
思わずのけぞり、剣から手を離す。顔を押さえてよろよろと数歩下がった。
リアンは、ゆっくりと剣の柄に手を掛け、想像だにしない力で一気に引き抜いた。
「・・・血が!!!」
サクラが悲鳴をあげた。
本来なら治療するまで抜いてはいけない剣を抜かれ、その傷口からは多量の血が流れ始める。
だが、何故かすぐには止めようとしない。
その服は半身が赤く染まりぬき。
床にもかなりの量が流れて、そこでようやく『止めた』。
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黒々とした床に流れる『血』。
白い服の下半身は、既に赤きモノに転じている。
赤と。
白と。
黒と。
見事なまでのコントラストに、血の気を失った蒼い顔が、凄絶な闇を呼び寄せる。
何時しか無数の羽根が、2人を含む空間に舞っていた。
そしてそれが、『闇の色』に変化を始めた―――――――。
「・・・・・『出るな』。これは、『私』が『為さねばならない』事だ。」
その呼びかけは――――――――――。
『時の魔女』に。
『闇の色』に変わり始めていた羽根は、再び白きにその色を戻す。
少し大きなため息をつき。
心と体勢を立て直した。
「飛王。」
その声に。
労りの影を見出したのは、ファイの――――――――錯覚だったのだろうか?
稀代の。
不世出の。
有史以来初めての。
如何なる言葉で表現しても足りぬ、その類い稀なる力。
『翼を統べる者』である、最強の魔術師は、微かな笑みを浮かべた。
それは、凄絶で。
それは、諦めの色を見せて。
そして―――――――それは、何処か満足そうで。
「時は満ちた。・・・・・『対価』を支払ってもらうぞ、飛王。」
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