「 夢 」 の 対 価




「何を・・・何を・・した・・・・?」
「『対価』を払ってもらう。唯それだけだ。」
口元に浮かばせた、その笑みは。
満足げで。
凄絶なまでの凄みを伴って。
「誉れに思うのだな。お前は『誰も知らぬ魔法』によって『対価』を支払うのだ。」
「どういう意味だ!」
気圧されて、思わず飛王は声を荒げた。リアンは顔色一つ変えない。
「如何なる魔法書も、何人の記憶にも伝わらぬ。『時の魔女』と共に甦りし『3大魔法』の一つ。」
「・・・何・・・・?」
「お前の知らぬことではあろうが。」
くっ、と。
喉が微かな笑い声を立てた。
「『諏倭』に張った『イレイザーウォール』。私自身の回復のために使った『リバイバルコクーン』。・・・そして。」
すい、と腕を伸ばし、飛王を指差す。


「今、お前に仕掛けた。これで3つ全てが揃う。」


「だから、『何』をした!!」
飛王は苛立った声を上げた。
解らない。
『何』をされたのかが理解できない。
(これがお師匠との『魔力』の差なのか。)
魔力の『低い』者が、『高い』者の仕掛けた術を見破るのは難しい。
自分の魔力が、人より劣っているとは思わない。
『不世出の魔術師ウィザード』と賞賛された、かのクロウ=リードに比べても、遜色ないと自負している。
だが。
(お師匠は。)
自分が想像していたよりも、もっと、高く。
予想だにできぬほどの高みに在ったのだと。
今、改めてこの身に実感される事になろうとは。
荒げた声が、虚勢であると自分でもわかるというのに。
じわじわと。
『何か』が自分を浸食していく。
それは『畏怖』であり。
それは『恐怖』であり。
しかしそれを認めるには、彼はあまりにも走りすぎていたのかもしれなかった。


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「この魔法の発動条件は3つ。・・・1つは、仕掛ける相手に接触している事。」
「・・!『間合い』を詰めるために『剣』で戦いを仕掛けてきたというのか!!」
飛王は愕然とした。
これが、『魔法戦』を仕掛けなかった『理由』。
『魔法戦』なら遠距離攻撃が可能。しかしそれでは間合いを詰めることは出来ない。
しかし『剣』で切り結ぶとなれば、自分の身に危険が及ぶが、『接触』は可能―――――。
リアンは、笑った。
その笑みは、さらに凄みを増していて。
「それの為でもあるがな。他の条件をも満たすためには有効な手段なのだ。」
如何なる条件が、必要なのか。
「2つめは、『仕掛けられる者』が、『定点』を『順』に通過して『魔法陣を描く』という事。」
「な・・・?」
「お前の『剣を交えながら通った軌跡』は魔法陣となっているのだよ。そしてそれは『完成』している。」
「・・・まさか!!」
思わぬ展開に、飛王は声を失った。


その瞬間!


『黒い魔法陣』が突如として出現した。それは、『闇の魔法』にふさわしい、色で。
そしてその上に何十箇所か、黒い光を放つ点が存在していた。
『魔法陣』を『後から』展開する事が出来る、リアンだからこそ出来た事なのかもしれない。
その『意図する所』を誰にも知られる事無く、『目的』を果たすという事を。
口元に微笑みを浮かばせたまま、手にした『蒼氷』を見遣る。
「その為の『蒼氷』・・・・よくやってくれた。」
掲げた『蒼氷』は満身創痍―――――無数の刃毀れにその煌きを綾なしていた。


まさか、その『定点』の場所に『追い込まれていた』とは。
中途半端な殺気は、この為だったのか。
飛王は、呆然として黒い光を、そして己が師匠を見た。
この人には。
『師匠』であり、『時の魔女』でもあるこの人には。


(・・・・所詮、『勝つ』事は出来ぬというのか・・・・。)


絶望を漂わせ始めた視線に、気付いて。
リアンは、静かに笑って、言葉を接いだ。
「3つめは・・・・・。」
羽根が、舞った。
「『3大魔法』のうちの2つまでを既に発動させている事。」
『イレイザーウォール』は今なお諏倭を護って在る。
その諏倭で、自分の回復のために『リバイバルコクーン』を使った。
この『為』に?
そこまで計算して魔法を使ったというのか。
今此処で、飛王に『第3の魔法』を仕掛けるために。


それは。


『必然』という名の『作為』。


「『3大魔法』は相互に関係を持つ。」
その強大な力故か。
「『イレイザーウォール』が維持されている事により、『第3の魔法』には『持続性』が付加された。」
魔法同士の相互関連。
ファイは初めて知るパターンに思わず目を瞠った。
「『リバイバルコクーン』の使用により、闇の力は増幅される。」
『闇への隷属』を対価とした魔法であるが故に。
黒き魔法陣が醸しだす『闇の気配』は、今まで感じた事もないほどの大きさだ。
「そして3つの魔法が出揃った事により、それぞれに『永続性』が付与される。・・・たとえ、この私が『居なく』ても。」
諏倭の『イレイザーウォール』が消える事はない。
しかるべき時に、黒鋼が銀竜と龍玉の力をあわせて『斬る』までは。
それは――――――――諏倭を『護る』為と。
消えゆく者が最期に残す、『ネガイ』。
その凄絶なる想いは、どう受け止めればいいのか。
心が、彷徨う。
皆の顔に浮かぶ困惑と逡巡。
それすらも―――――――――解っていたかのようで。
「もちろんその『永続性』にも『対価』は必要。・・・それは私が既に支払った。」
「『永続性』の『対価』だと・・・・・?」
「そうだ。」
その身から放たれる『凄み』が、『悟り』に変わるかのような。
「『対価』は、『仕掛ける者』の『血』を魔法陣に注ぎ込む事。・・・故に『剣』での戦闘は不可欠だった。」


一体誰が、こんな事を予想できただろうか。
いや、こんな方法を取るなどと、予想できるはずもない。
これは、命ぎりぎりの。
いや、完全に、といってもいいほど『命を捨てた』行動。
剣を合わせることによって、『その定点の場所』へ確実に『追い込んで』いった。
間合いを詰め続ける事でその腕を捉え、『接触した上での発動』をかけた。
今日この日の事を予測して、『先に』他の2つの魔法を使った。
さらに自らを貫かせる事で、『魔法陣に血を注ぎ込む』条件をも満たした。
――――文字通り『肉を斬らせて骨を断つ』の戦法で。


『闇の魔法陣』は、その『黒い光』の中に飛王を捉えて放さない。
それと見て。
白き衣を纏ったまま、『魔女』が、笑った。


「さあ、『対価』を払ってもらおう。」


その微笑みは、柔らかくて、しかし背筋が凍るようで。
「お前が流した『血』の分『涙』の分、『対価』はきっちりと払ってもらう。・・・・無論。」
その凄みは、『魔女』のモノ。
「『命』などで簡単に支払わせはせぬ・・・・『死ぬ事』は許さない。」
「な・・・・?!」
「・・・『人』の『命』は尊いモノ。故に『人』は二度とない命を悔いなく生きねばならぬ。」
その表情かおに、哀しさと寂しさの色を垣間見せて。
「その『命』を奪えば、その『命』の分も己が背負う事になる。・・・『人の命』は、何よりも重い。」
ふと、天を振り仰ぐ。
「この事は・・・・お前にも、そしてクロウにも、何度となく言い聞かせた事であったはずだがな。」
「・・・それは・・・・。」
確かに、聞いた。
昔日、僅かな間とはいえ、この人に師事した時に。
「飛王。」
それは、何処か哀しそうな。


「・・・お前は何故、その手を血に染めた?」


「・・・私は・・・・。」
飛王は、己の両手をじっと見つめた。
「・・・・・・取り戻したかった。」
「『消えた』モノは『戻らぬ』、と言っておいたはずだ。」
「それでも取り戻したかった。」
『息子』だけではない。
今まで自分が失ってきたものを、全て。
叶わぬ『夢』。
届かぬ『夢』。
頭では解っていても。
尚も求めずにはおれなかった『夢』。
何を犠牲にしても、取り戻したかったのだと。
『願う』だけなら、まだ良かったかもしれない。
だが、彼は『闇の魔王』の『声』を聞いてしまった。
己の『願い』を叶える事が出来るかもしれない術を知ってしまった。
その為に。
『人』としても道を外れようとも。
それを悔いる事を忘れてしまった。
それならば。
彼もまた。
『闇の魔王』にその生き様を歪められた、哀れな被害者であったのかもしれなかった。


しかし、だからといって、己のした事が拭い去られるわけではない。
その手に纏わり付く『血』が勝手に消えるはずもない。
己のした事は、己に帰る。
それは、メビウスの輪を巡るように。
因果応報。
そのことわりもまた、絶対不可侵の因果律。


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「お前はこれから『誰も居ない』世界に住まう事になる。」
「何だと!!」
「何も見えない、何も聞こえない。一切の気配は絶たれ、自分の声も、身体の在り処すら判らない世界。」
「・・・何・・・・・。」
「『自ら死ぬ』事は出来ぬ。魂の底まで狂いはて、永遠に彷徨い続けるがいい。」
『死の宣告』かくあるや、と。
予想をはるかに越えた、『対価』。
見開かれた目に浮かぶのは、『恐怖』か。
―――――――――それとも?


『遠慮』という文字は、『闇の眷属』には存在しないかのように。
『黒い魔法陣』はその『黒い光』を増幅させた。
僅かに細めた、その目に宿る光は。
万感の想いをこそ込めて。
ゆっくりと、その手を差し伸べる。


「永劫の闇、万謐の静寂、の者を包み、裁きのことわりを知らしめん。汝死するを許さず、永遠に彷徨うものなり。」


魔法陣の黒い光はその激しさを増し、飛王を包んでいく。
リアンは、静かに言葉を紡いだ。


「我は願う、我は祈る、我は誓う、我は紡ぐ・・・汝我が『命』を『対価』として、その力、我に示せ・・・・。」


呪文の詠唱を、しばし止めて。
「我もまた、『この魔法』のために『対価』を払うものなり。」
差し伸べた手、その掌に、浮かぶ『光』。
やがてそれは、1つの『砂時計』の形を成した。
以前にも、見た、それは。
(たしか『命』そのもの。)
『イレイザーウォール』を張ったとき、一掴みの『砂』を抜き取った。
見れば、砂時計の『上』の部分には、もうほとんど『砂』が残っていない。
『落ちきる』事は、『死』。
如何にすぐ転生しようとも。
『落ちるべき』砂を減らしてしまえば、だんだん短命になっていくはずだ。
『魂の半身』をかつての魔道宮に残してきてしまっている。
『時の魔女』があれほど焦っていたのは、もはや転生したとて、さほどの『時』を生きられない、という事なのだろう。
それをさらに『減らす』というのか。


皆は、それを見た衝撃を、決して忘れる事はないだろう。


『砂』をつかみ出す、という事はしなかった。
そんな、『甘い』対価ではなかった。
人をそれほどの所に封じるが故に、その対価もまた、『苛酷』なものでなければならなかったのだ。
『対価』とは、『釣り合う』モノ。
解っているつもりでも、解っていなかったのだと、皆は思い知らされることになった。
そして、この人が、『どんな考えをしているか』ということも失念していた。


『命』など。
『要らない』のだと。
『対価』として差し出すのに、何の躊躇いも無いのだと。


砂時計の『下』、流れ落ちる砂を受け止める『入れ物』は。


一瞬で握り潰された。


一言も口に上せず。
顔色一つ変えず。


その手に微かに残る、『命の砂』。
砂時計の砂は、もはや留まる事を知らず、落ちゆく先から散っていく。


誰一人として、そう、飛王ですら。
かけるべき言葉を見つけられないでいた。
動くのは――――――呪文を紡ぐ、その唇だけ。


「我押し開くは封印の扉、我紡ぐは禁断の言の葉。我が声によりて、永劫なるモノ、静寂なるモノ、かの者を包みて闇へといざなえ。」


茫洋として。
表情を無くした男の目が、『最後』に見たのは。
―――――――――かつて師と仰いだ人の、慈しみに満ちた目であったと。


「『降魔・時空封滅陣』・・・・・『サイレスノアール』。」



音も無く、黒い光は弾け、後には何も残ってはいなかった。



―――――――――――――― * ―――――――――――――


ただ、呆然と。
立ち竦むしか出来ない。
視界には、もはや飛王も―――――――そしてリアンの姿も無かった。
「・・・何処に・・・・・?」
行ったのか。
サクラの呟きは、突如として起こった地震に遮られた。
「うわっ!!」
「な・・なんだ?これは?!」
咄嗟にサクラを庇いつつ、桃矢王が叫ぶ。
玖楼国でも体験した事のないような揺れだ。
「この『世界』が崩壊を始めてる・・・!」
ファイの言葉は正しいのだろう。実際、瓦礫のようなものがバラバラと降り、足元には幾つもの亀裂が走る。
「・・・白まんじゅう!次元移動、できるか?!」
咄嗟の叫びに。
モコナは慌てて答えた。
「やってみる!!」
うーーん!と念を込める。皆の足元に、見慣れた魔法陣が浮かび上がった。
「やった!出たよ、魔法陣!!」
これで『移動』は可能。ついで黒鋼はサクラを見遣った。
「姫!『ツバサのチカラ』を使え!!」
「・・えぇ?!」
サクラは仰天した。今まで魔法などというものを遣った事が無いのに、いきなり言われても。
「・・大丈夫だ。『信じれば、必ず願いは叶う』。」
「・・・黒鋼さん・・・・。」
「サクラちゃん、オレも補助をするよ・・・それくらいなら何とかなりそうだし。」
よろよろと杖に縋りつつ、ファイが立ち上がった。
慌てて支えた小狼に、ふっと微笑みかける。
「『絶対大丈夫』だよ。サクラちゃん。」
「及ばずながら、私もお手伝いいたします。」
雪兎神官が柔らかな笑みを浮かべる。
「ここには小僧もいる。姫、お前なら『出来る』。」
ファイが小狼の手を取って、サクラの手に重ねさせた。
暫し、見つめ合って。
サクラは黒鋼を見た。
「・・・やってみます。・・・いえ、『やります』。」
黒鋼は満足そうに頷いた。
サクラは静かに心を集中させる。


私は。
私たちは。
玖楼国に『帰りたい』。
次元の波を越えて、母なる国へ。
玖楼国の、王宮へ。
皆と共に。


皆の心が一つになり。
『ツバサのチカラ』は弱いながらもその『行方』を示し始めた。
玖楼国へ。
想いを馳せる国へ。
モコナの次元移動の光と風が皆を包み始めた。


「―――――――出ちゃ駄目だ!!」


それは白き魔術師ウィザードの叫び。
はっとして見れば、魔法陣の『外』に、黒き疾風かぜが佇んでいた。
「黒鋼さん!!」
「黒りん、魔法陣に戻って!!」
「・・・・・・行け。」
小狼とモコナの叫びを遮るように、低い声が紡がれた。
「お前たちの帰るところは『玖楼国』。俺の帰る所は―――――『日本国』だ。」
「・・・でも!!」
「おめぇだって、2ヶ所に同時に送れねぇだろう?」
その視線は、モコナを『責めてはいない』。
むしろ、慈しむかのように。
「俺は『あいつ』に『日本国』に送ってもらう。お前たちは『玖楼国』に行け。」
「・・無理だ!!もう、『あの人』は・・・・!」
言いかけた言葉を、ついと手で遮った。
ファイははっと口を噤む。
「てめぇも、しっかり治療しろ。そして姫に教えてやれ。・・・『ツバサのチカラ』の使い方を。」
「黒たん・・・・・。」
「『指導できる』のは、てめぇぐらいのもんだろうが。」
ニヤ、と。口元を歪めるような笑みを浮かべる。
それは、いつも見ていた、あの笑み。
ファイは、力なく頷くしかなかった。
「小僧。」
「はい。」
一途な瞳がまっすぐに紅玉の瞳を見据える。
その意思の確かさだけは、今もなお。
「姫を、『護れ』。」
「全力で、必ず。」
短いが、それは満足な答。
黒鋼は笑って頷いた。
「・・・姫。」
頬を流れる涙を止めようともせず、濡れた瞳で見返してくる。
「しっかり修行しろ。・・・・そして。」
その姿と声を、皆は決して忘れまい。


「『ツバサのチカラ』が遣える様になったら――――――――『日本国』に、来い!!」


微笑み浮かべたその顔に。
優しい光を浮かべた紅玉の瞳に。
サクラはしっかりと顔をあげた。
「・・・はい!!」
「必ず・・・必ず、行きます!!」
「待っててよ、黒様!!」
「黒鋼!モコナは絶対行くよ!!」
次元移動の光は皆を包み込む。
つい、と黒鋼は腕を伸ばした。
拳を握り。
小狼に向かって差し出す。
驚いたかのように見ていた小狼は、にっこり笑うと、自分も腕を突き出した。
空間を隔ててはいるが、確かに『心』は突き合わされた。
我、汝らと再会を約す、と。


「―――――――必ず―――――行きます―――!!」


サクラが。
小狼が。
ファイが。
桃矢王が。
雪兎神官が。
そして―――――モコナが。
光と共に、彼方の次元へと去っていく。


後にはただ、黒き疾風かぜだけが残された。





第6章ー7に戻ります 第6章ー9へ 『時の翼』目次へ




やっと・・・・・!(苦笑)
やっと、飛王篇の終了です。これでおっさん書かんで済むんだー♪(愉悦)
これで『起承転結』の『転』が終了。
次から『結』に入ります。
・・・・といっても、実は書き足りない、と思っていることがありまして。
スペシャル(?)として、第6章ー9を書くことにしました。
これを書かんと第7章に行けないので・・・・・。
いえ、行こうと思えば行けるんですが、上記のように書き足りない部分が・・・・・・
もちろん第7章で、回想シーンみたいにすることも出来ますが。
が、しかし。(笑)
このままでは不完全燃焼のままになってしまって、筆が止まることが十分予想されるもんですから。
書きたい物は全部書く!!
精神の安定&気分すっきりの為には、それが一番です。

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.08.19UP

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