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急速に『周り』が崩れていく。
地鳴りのような振動は絶え間なく響いてくる。
バラバラと音がして。
何かが顔に当たった。
頬に微かな痛みが走る。
(切れたのか。)
だがそんな事はもう、どうでもいい。
砂時計の『砂』は、もう本当に僅か。
身体に力が入らない。
動かす事はもとより、目を開けることすら億劫で。
忍び寄る『最期の時』。
やがてこの身も瓦礫の中に埋もれていくだろう。
しかし、それは。
(待っていた。この時を。)
長い、長い間。
『こうと決めた』、その時から、一体どれほどの『時間』が流れたのか。
命を削り続けて、幾星霜。
本当なら、『転生』する度に命の『砂』は1粒ずつ減っていく。
だがそれを待つことは出来なかった。
―――――――――『自分で命を断つ事が出来ない』。
『光の檻』に幽閉された時に、己にかけられた永続魔法。
それさえなければ、可能な限り、自分の心臓に剣を突き立て続けただろう。
それほどにまで求めた、『最期の時』。
(やっと『ネガイ』が叶う。)
―――――――――それは?
次元移動の気配がした。
(ソエルか。)
行き先は?
弱いが『ツバサのチカラ』も感じた。
サクラがチカラを発動させたのだろう。
(ファイがサポートしているのか。)
添うように支えるファイの魔力を感じる。
もう1つのは、雪兎神官のものか。
(あの2人なら。)
任せて大丈夫だろう。
雪兎のチカラは、かなりのものがある。
ファイのチカラは既に知っている。傷ついている事を割り引いても、今は十分だろう。
ならば、行き先は。
(・・・玖楼国か・・・・。)
クロウと魂を同じくする別の存在が作り上げた国。
クロウがこの国を選んだのは、『正しい』選択だったのだろう。
玖楼国は。
『チカラ』を護り、伝える場所としては、真に最適だった。
『チカラ』の継承者たるサクラを慈しみ、育んだ国。
(これで全て委ねる事ができる。)
あの『チカラ』は。
『翼を統べる者』と共に具現化した、あの『チカラ』は。
『自分』が『居なくなれば』、枷が外れ、暴走する事が予想されていた。
だから、必ず『誰か』に伝えねばならなかったのだ―――――――。
(間に合ってよかった。)
もう、『待てなかった』から。
玖楼国で。
皆はどんな日々を過ごすのだろうか。
サクラは兄の庇護の下、変わらぬ笑顔を振りまくのだろう。
小狼は、そんなサクラにわたわたしながら、優しい視線を投げかけるのか。
ファイは改めて目の治療をし、『指導』が終わったらセレスに赴くだろう。
彼の『旅』を終わらせる為に。
――――――――そして。
(・・・・きっと、ソエルが送ってくれるだろう・・・・。)
彼の、故郷へ。
今はもう、自分には届かない、『故郷』へ。
(・・・『これ』を返しそびれてしまったな・・・・・。)
『蒼氷』を。
『彼』の元へ。
『蒼氷』がただ一人の主と定めた者の元へ。
(すまないな・・・・『最期』まで、付き合ってくれ、『蒼氷』・・・・。)
ふと、肩に。
『温かさ』を感じた気がした。
それは、とても大きくて。
ふわり、と身体が漂う。
温かさに、包まれて。
それは、とても心安らぐような。
『移動』が止まり。
ふと、目を開けた。
「・・・・・・・・。」
その眼に映ったのは。
―――――――――信じられないモノ。
「何で・・・・此処に居る・・・・・?」
紅玉の瞳が、柔らかな光を湛えて見下ろしていた。
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気配は微かではあったが、掴む事が出来た。
それを辿っていく。
バラバラと瓦礫が降り、空間が崩れていく。
その『世界』の片隅に、目指す『その人』は、いた。
瓦礫に埋もれるかのように。
宙を飛んで近づけば。
壁に凭れて、足を投げ出して。
糸の切れた操り人形を連想させる、その姿。
力なく流れる腕に、その頬に。幾筋かの血が見える。
崩れ落ちてくる瓦礫から、カケラが飛び散り。
互いにぶつかってあらぬ方向から飛んでくる。
黒鋼もまた、頬にカケラを受けた。
血が流れたようにも思うが、そんなことよりも。
やっと見つけた『この人』を、ともかく少しでも安全な場所に移動させなければならない。
―――――――『安全な場所』など、この世界にはもう既に何処にもないのだが。
とにかく移動を、と、そっと抱き上げれば。
腕に予想される程度の重さが感じられる。
それでもこの身長にしては軽い方だとは思うのだけれど。
かつて、『意識を失った』状態であった時、『この人』は重さが『無かった』。
意識して『存在しよう』としない限り、『影』なのだ、と少年は語った。
では、今は。
少しでもこの世界に『存在しよう』としてくれているのだろうか。
瓦礫を避け、再び宙を飛んで。
今はもう去っていった『仲間たち』が居た空間に戻った。
ここの崩壊はまだましなようだ。
そっと床に下ろす。
と、身じろぎをして、ゆっくりとその目を開いた。
夕闇色の、黝簾石が己と視線を合わせて。
光が焦点を結んだ時。
その顔に驚きの色を浮かべて、問うてきた。
「何で・・・・此処に居る・・・・・?」
返事は、唯1つ。
「『日本国』に、帰るぞ。」
「・・・・何故皆と一緒に行かなかった。」
「あいつらは『玖楼国』に帰る。俺の帰る先は『日本国』だ。白まんじゅうも同時に2箇所には送れねぇからな。」
「・・・バカだな。たとえ一旦は玖楼国に戻ったとしても、いずれは日本国に帰れるものを。」
『ツバサの力』はサクラに継承された。
サクラさえ、『それ』を使いこなせるようになれば、日本国に送ってもらう事など容易いだろう。
だが。
「・・・お前を放っといて行けるかよ。」
ぼそりとつぶやいた、その言葉には。
嘘も偽りもなく、唯『本音』だけ。
こんな所に、置き去りにするほど、自分は『強く』ない。
「俺はお前を『護る』と決めたんだ。『安全な場所に連れて行く』のが当たり前ってもんだろう?」
正確には、『連れて行ってもらう』のだが。
リアンは首を横に振った。それは、呆れを含んで。
「全くもって馬鹿げた事を・・・・・私の命数はもはや尽きたも同然なのだぞ?・・・それに。」
「それに?何だよ?」
「・・・私には、もう『チカラ』は残っていない。『次元転送』がどれほどの魔力を使うか、知っているのか?」
「悪いが・・・知らねぇな。」
その口元に浮かばせた笑みは、唯『お前を信用している』、と。
「帰るんだ・・・『日本国』に。それだけだ。」
リアンは、小さなため息をついた。
「・・・・わかった。そこに、立て。」
自分の前の空間を指す。
黒鋼はその指の示す先を見、次いでリアンに視線を戻した。
「・・・何とか・・・・『お前1人』だけなら送る事は出来るだろう・・・・『日本国』へ。」
無言でその顔をじっと見つめて。
その指し示す指を、手を、そっと握り締めた。
―――――――包み込むように。
「だめだ。・・・お前も一緒に『帰る』んだ。」
「・・・・・・・・『無理』だ。」
力なく首を横に振る。
「『1人分』ならまだ制御できる。だが『2人分』では―――――私にはもう『チカラ』を制御するだけの魔力は残ってはいない。」
「『制御できない』と、どうなるんだ?」
「制御を失った『チカラ』は・・・その『術者』に牙を剥く。命の保障は、一切出来ない。」
「・・・上等だ。この身がバラバラになったって構やしねぇ。」
不敵な笑みを、口元に浮かばせて。
「『必ず帰れ』と命令された。主君の命令は絶対だからな。・・・・『必ず、帰る』。」
そこにあるのは、絶対の信念。
口元には、微かな笑み。
「・・・それに、もう1つ、命令されてるんだ。」
瞼に浮かぶのは――――知世姫の、微笑んだ顔。
それは、何だかとても楽しそうで。
(帰って命がまだあったら、ぜっってぇ文句つけてやる!!)
心の中での誓いはさておき。
「『護ると決めた者の手を取って放さずに一緒に帰ってこい』ってな。」
だから、『この手』は絶対に放さない。
必ず『一緒』に帰る。
リアンは今度は少し大きくため息をついた。
「・・・・やはり、バカだ。」
「バカバカばっかり言うなよ。『命令』に忠実、って言ってくれねぇか?」
「バカ正直にもほどがある。もっと己を大事にしたらどうなのだ?」
「その台詞、お前にだけは言われたかねぇなぁ。」
己の命を削ってきた者が何を言う、と。
その肩を抱いた手に力を込めて。
「・・・・諏倭に、行きてぇんだ。」
「・・・諏倭に?」
「あぁ。」
目をぱちくりとさせるのは、仕方のないことだろう。
唐突な話題の転換に、思考が付いていかない。
頭の上に疑問符が一杯浮遊しているような顔に苦笑して、言葉を継いだ。
「・・・墓参りがしたいんだよ。方が付いたって報告しなきゃならねぇからな。」
『諏倭の若』と『巫女』の、あの笑顔が脳裡に浮かぶ。
「・・・あそこにゃ、お前が居ねぇと入れねぇだろう?」
それが言い訳でしかないと、知っているのかどうか。
「諏倭に張った『封殺結界』は、『龍玉』と『銀竜』があれば斬れるが?」
「あれは・・・結界は斬らねぇ。」
「何故?」
「俺は・・・まだ、帰れねぇ。」
自分は『白鷺城の』忍者。主たる、知世姫を生涯掛けて守ると誓いし身なれば。
『諏倭に帰る』―――それは『諏倭の領主になる』という事。
『主の元を離れる』――――『主を捨てる』という事。
それは。
己の誓いし事に背くという事。
だから―――――『帰れない』。
だがもしかしたら、何時の日か――――主の許しがあれば『帰れる』やも知れぬ。
さりとて、その日が来るのか。有るや無しやと問うても、誰も答えられまい。
それならば――――――――。
「今あの結界を斬ったら、諏倭を守るものは・・・誰も居ねぇ。」
遠い日の、記憶の中の故郷は、あくまでも美しくて。
「魔物から守る領主も、結界を張る巫女も居ねぇ。だったら、あのままの方がいい。」
あの炎に包まれた故郷は。
「あの結界さえあれば、人にも魔物にも、あの国が荒らされる事は絶対に無ぇからな。」
「・・・そうか・・・・。」
遠い日に。
自分が寿いだあの二人は、もう居ない。
自分が招いてしまった、『あの男による干渉』の為に。
時は、戻らない。
「それに・・・奏してさしあげてくれ・・・母上に。・・・『龍笛』を。」
龍笛を奏する事。
死者との『約束』。
何物にも優先される、崇高な『約束』。
「・・そして・・・俺にも、奏してくれ。・・・・・・・・俺の、為に。」
心から。
そう願った。
夕闇は、遙かな追憶の風に揺蕩う。
「・・・お前も魅入られたか・・・母と同じに、あの『音色』に・・・・。」
「・・・かも、な・・・・。」
立ち上がろうとしたが、やはり身体に力は入らない。それでも何とか自力で座り込んだ。
自由になった手を、つい、と伸ばす。
「?」
頬を滑る手の意味をつかみかねて、紅玉の瞳が疑問符を浮かべる。
「・・・怪我・・・・している。」
「あぁ、これか・・・こんなもん、かすり傷にもならねぇよ。」
さっきカケラを受けた傷の事だと思い当たる。
「お前だって人の事言えるか。女のくせに顔に傷作りやがって。ちっとは気ぃ遣いやがれ。」
こっちも空いた手でその頬の傷をなぞる。自分のよりは浅いが、気になる事は確かだ。
「・・・もう・・・気を遣う必要もない・・・・・。」
もうすぐ『消える』のだから。
黒鋼の眉間に皺が増えた。
わかっている。
砂時計の『砂』は、本当にあと僅かだった。
しかも、『次の転生のための命』である『下の器』は既に砕かれてしまった。
もう、転生は出来ない。
1度きりの命。
―――――――『先』の見えた、命。
「・・・お前も、『すり抜けて』いくんだな・・・・・。」
『護りたい』と思った者が。
為す術もなく、この手からすり抜けていった時の、あの喪失感。
母の命を繋ぎとめられず。
父の死に目にも会えなかった。
そして、今。
初めて―――――そう、『初めて』想いをかけた人も、また。
だから、せめて。
「『最後の一瞬』まで・・・・傍に、居てくれ。」
自分の『最後のネガイ』を。
どうか、聞いて欲しい。
―――――――だが。
「・・・これ以上、『嘘つき』にはなりたくない・・・・。」
「『嘘つき』?」
「天照殿に・・・・嘘をついた。」
「天照に?」
「『全ての決着』をつけて、まだ『命』があったなら―――――御身の許に罷り越そう。・・・・『友』として。」
もう、それを『守る』事も出来ないのだと。
しかも、それは。
「・・・解っていた事なのだ・・・・。」
いらざる期待を抱かせてしまった、その『罪』は、重い。
だから。
もう『嘘』は言いたくない。
『最後の一瞬』には、自分は。
『傍』に居る事は、不可能なのだ――――――――。
「・・・・・・・・・・・・。」
言葉も無く。
目を伏せた、その顔を、その頭を。
抱え込んで己が胸元に押し付けた。
「未練がましいとは思うがな・・・・許される限りでいい。『可能な限り最後まで』、傍に居てくれ。」
それならば。
まだ『可能』かもしれない―――――――。
腕の中で。
微かに頷いたのを感じた。
「商談成立だ。・・・『帰る』ぞ、『日本国』へ。」
―――――――――――――― * ―――――――――――――
『魔法』というものは。
まさに『両刃の剣』なのだと。
初めて身に沁みて実感させられることには。
「・・・ッツ・・・・!」
『風』が、スパン、と身を裂いていく。
今まで感じた事も無いような『凶風』。
『制御し得ない』チカラとは、これほどのものなのか。
周りに吹き荒れる、魔力の嵐。
それは禍々しいまでに凶気を帯びて。
「!」
ピシッと音を立てて、リアンの腕の部分の服が裂けた。
それも連続して。
このままでは。
五体全てが切り刻まれてしまう―――――――。
(俺が、護る。)
自分のマントにその身体を包み込み。
可能な限り抱き寄せて表面積を小さくする。
これならば、『まず』裂かれるのは『自分』だから。
今まで、ずっと『護られてきた』。
今度こそ、自分が『護りたい』。
想いの全てを込めて。
吹き荒ぶ風から覆い隠す。
『護る』と決めた人を。
ただ、ひたすらに。
次元を渡る風は嵐となり、怒号を上げて渦巻いた。
「帰るんだ―――――――――『日本国』へ!!!」
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