風 待 ち 人 




「準備はいい?」
「はい!」
「行きましょう!」
「じゃあ行こうっか〜。」


―――――――――――――― * ―――――――――――――


さやさやと、葉ずれの音が耳に心地よい。
時は5月。
新緑の季節。
若葉と古葉が互いに綾なす調べは、天上の音楽にも似て。
それだけで、心は天空を舞うような錯覚すら覚える。
初夏の日差しは、まだ柔らかく、木洩れ日は、ただただ温かい。
大きく枝を張った桜の古木。
その枝の1つに、黒い影がまるで栗鼠のように止まっていた。
風を受けて時折なびく外套マントが、その者に命有りきと感じさせる。
その穏やかな時間を、微かな声が現実に引き戻す。
「―――何処にいるのだ?姫様が―――お呼びだぞ―――。」
どこかで呼んでいる声がする。
(蘇摩か。)
忠節心の塊のような女忍者の蘇摩。
命じたのは、『姫』というからには、『知世姫』か。
(俺が此処に居る事くらい解ってるだろうが。)
そう、『いつもの事』なのだ――――――――。
それでも。
『呼ぶ』という事は、周りから、今自分が居る枝は見えないのだろうか。
毎日同じ枝に居るわけではない。
その日その日によって、気分次第だ。
では、やはり見えないのだろう。
桜の木の下で。
どうやら探しているらしい気配がする。
だが。
(何だか眠いなぁ・・・・・。)
身体が、動くことを拒否している。
呼ばれても。
『姫』が呼んでも。
『ここ』でもう少し、まどろんでいたい。
樹齢千年を数えるといわれる、白鷺城の『ご神木』―――この桜の木の枝の上の、この場所に。


しかしそれがそうそう許される事ではない、と解っているのもまた事実。
(しょうがねぇか・・・・。)
よっ、と身体を起こした時、先刻の声の主――――蘇摩がやってきた。
どうやら上ってきたらしい。
「こんな所にいたのか!・・・姫様が・・・。」
(あー、解ってる、解ってる・・・・。)
億劫そうに手を振って、蘇摩を制する。
十分、解っている。
これ以上とどまっては、蘇摩が困るだけだ。それを知っているから、起き上がっただけの事。
びく、とした。思わず肩が震える。
「痛むのか?!」
眉間に皺を深くして。
しかし首を横に振る。
(いい加減に認めたらいいのに・・・・・。)
蘇摩はそっと独りごちる。
どれほどに、その態度を取り繕ったとしても。
それは嘘であると。やせ我慢でしかないと、既に知れているというのに。
自らの弱みを決して認めようとしない。本当に負けず嫌いだ。
『あの頃』と変わってはいない。
ただ『強さ』のみを求めていた、『あの頃』と。
だが。
以前の彼から常時放たれていた凄絶な殺気は、今の『彼』からは殆ど感じられなくなっていた。
『旅』とは、ここまで人を変えるのか。
別人か?とも思えるほどに。
そして。
僅かに眉根を寄せたその横顔に、受けた傷の深さを知る。


あれから3ヶ月の時が流れた。
轟音と共に突如として荒れ狂った嵐に包まれて、彼は『帰って』きた。
あたり一面に烟る血煙と、むせ返るような血の匂いを身に纏って。
満身創痍のその姿に、侍女達は悲鳴すらあげずに卒倒した。
自分の身体に走った戦慄を、蘇摩は忘れることができない。
それでも身体が動いたのは、自らの『薬師くすし』としての使命感か。
それとも。
魂が哭くような、彼の叫びを聞いたからなのか。


その微かにぎこちなさの残る足の運びを見ていると、命を取り留めただけでも僥倖だったのだと思わざるを得ない。
あまりにも深い、そしてあまりにも多いその傷は、まだ『完全に』癒えてはいない。
とこはようやく払えたが、『忍者』としての仕事をこなすには、まだまだ程遠い。
忍頭しのびがしらは、『筋肉が二回りは落ちている』と言っていた。
実際かなり小さくなったようにすら思える。
少しずつ鍛錬を始めており、それ以上衰えるのはどうやら防いでいるようではあるが。
午前中鍛錬に費やせば、大抵午後からはもう動けない。
それでも『此処』で安静にしていてくれればよいのだが。
気が付けば彼方此方うろうろしている、というのがどうにも困りものなのだが。
そしてそれをよい事に、あれやこれやと理由をつけて呼びつける主達にも、薬師くすしとしては、本当は困っているのだが。
主達―――そう、知世姫のみならず、天照も、事ある毎に呼びつけるのだ。
もちろん大した用があるわけでもない。
それは『3時のお茶』であったり。
『双六』などの遊びの相手だったり。
戦術論を戦わせる相手だったり。
面倒くさい、と顔一杯に書いて、しかし相手になる彼―――黒鋼は、きっと『優しい』人なのだろう。
以前の彼からは想像もつかないが、今はそう思える。
『旅』が彼を変えた。
いや、あるべき姿に引き戻したと言うべきか。
『旅』が?
時折教えてくれる、『仲間たち』が?


砂漠の『姫』と。
とても一途な『小僧』と。
決して内面を見せない『ヘラい魔術師』と。
旅を続けさせてくれた、お茶目な『白まんじゅう』と。


彼が教えてくれた、『仲間たち』。
その時の、彼の表情は―――。
心から懐かしんでいて。
心から気遣っていて。
今もなお、心に掛けている。


――――――――あいつら・・・ちゃんと『帰れた』だろうか・・・・?


その度に、知世姫はにっこりと微笑んで、『大丈夫ですわ。』と答える。それを聞くと安心するようだが。
たとえそれが『少しだけ』であるとしても。


「?」
じっと背中を見つめている視線を感じたのか、訝しげに振り向く。
蘇摩は思考を振り払って、そこはさりげなく、にっこりと微笑んでみせて。
「早く行かねば、また何を言いつけられるか判らんぞ?」
「・・・・・・・。」
こめかみにぴくぴくと。
口元も『へ』の字に歪む。
今まで散々そういう目に遭ってきた彼ならではの反応だ。渋々といった表情で歩みを戻す。
その様が何処か可笑しみすら覚えさせて、蘇摩は笑い出しそうになるのを必死でこらえた。


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「やっと来ましたわね。」
涼やかにコロコロと笑う。『やっと来た』黒い影はぶすっとしている。
「いい顔ですこと。本当に、『ご挨拶』ですわねぇ?」
全く意に介さない。表面の幼さに惑わされるが、その内面は実にしたたかだ。―――『姉妹』揃って。
「全くだ。少しは神妙な顔でもしたらどうなのだ?」
楽しむような口調で声が降る。
「お姉様がまたこんな所で油を売って、政務はいいのかと心配してくれていましてよ。」
「おぉ、それは大儀。心配するな。もう終わった。」
「・・・・・・・。」
眉間に皺を寄せて。拳に四つ角が浮いているようで、それがまた2人の笑いを誘う。
(以前よりも、さらに磨きがかかっているような・・・・。)
黒鋼が『旅』に出る前よりも、絶対。
全くもって、この『日本国』の『帝』と『姫巫女』は。
『美しき悪魔』なのだと、思う事は間違いではあるまい。
ちら、と見遣れば、もはや諦めたような不機嫌そのものの顔が目に入る。
きっと損な性格なのだろう、と同情を禁じえない。
蘇摩のため息を知ってか知らずか。
玉座の間に、鈴を転がす笑い声が2つ、何時までも流れていく。


「お遊びはこれくらいにいたしましょう。・・・・・・・・予見さきみ、ですわ。」
表情を改めた知世姫に、黒鋼も少し表情を変えた。眼差しが真剣なものに一瞬で変わる。
主に仕える、『忍者』の目に。
「見えましたの。・・・おいでになりますわ。」
「・・・・・・・・・・・?」
――――――――『誰』が?
『誰』が来るというのか?
知世姫は、にっこりと微笑んだ。
「そう、『約束した方たち』が。」
そういって移した視線の先に、ユラ、と陽炎が立ち昇った。気配が変わったのを感じて、はっと銀竜の鍔に手をかける。
しかし、この気配は。
どこかしら、懐かしさを感じさせて。
(俺は・・・知っている・・・?)


そんなはずはない、と心のどこかが否定する。
でももしかしたら、と心のどこかが期待する。


そして。
現れた魔法陣に、思考は止まった。



「日本国に、到着ぅ――――!!」





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いよいよ最終となりました。『起承転結』の『結』、第7章です。
更新が早い?と思われた方。とっても正しいです。(笑)
実はこの第7章ー1と2は、既に書いたものを手直ししています。
以前とは設定が変わった部分があるので・・・・。
元があるので当然早いんですが(笑)
でもその後はまた新規分なので(爆)
更新が遅れる事は必至です。(自爆)


理想としては、9月中には本編を終了し、『夜魔ノ国篇』に入りたいと思っています。

裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.08.23UP

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