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心地よい風が吹く。
初夏の風は、とても爽やかなはずなのに。
中庭に集った白鷺城の面々は。
声1つ、咳1つ発せられないでいた。
その視線は。
ただ1人中庭に佇む、異国の姫に向けて。
いや。
類い稀なるチカラをその身に有した――――――――。
「・・・・・・・所詮は、『異端なモノ』――――『化け物』だ。」
呟くような、独り言。
しかし、それは心に大きく突き刺さって。
だが。
どのような言葉を連ねれば。
この人の心を癒やせるのだろうか。
どれほどの言葉を重ねれば。
皆の心を鎮められるのだろうか。
バサッッ・・・・・・。
微かな羽撃きの音が耳を打つ。
鳥、と認識した時。
それこそ無数ともいえるほどの鳥たちが次々と舞い降りてきた。
それは先を争っているかのように。
その人の。
腕に。
肩に。
頭に。
思わず少し曲げた背に。
鳥たちは乗って羽撃きを漣のように走らせる。
その顔を。
その身体を摺り寄せるように。
鳴き声は、甘えの色を見せて。
鳥たちは囲んで離れない。
『翼を統べる者』の許に、集い来た翼の者たち。
それがざあっ!と退いた――――――――。
一際大きな羽撃きがして。
さっと黒い小さな影がその腕に舞い降りた。
「・・・・ありゃあ、『疾風』じゃあねぇのか?」
その質問は剛真に。
「・・・あぁ・・・そうだなあ・・・・・。」
思わず茫洋として呟く。
『疾風』は剛真が訓練している隼だった。
「・・・あいつは、きかん坊なんだが・・・・・。」
「・・・にしちゃあ、甘えてねぇか?あいつ・・・・。」
それは猛禽類である隼とは思えぬ仕草で。
嘴を擦り付けてみたり、腕の上で踊るような動きをしてみたり。
「あ!いかん!!」
剛真は慌てて叫んだ。
「あ?」
「『小手』も何も着けておられぬ!腕に傷が・・・・!」
「・・・・・まぁ大丈夫なんじゃねぇか?『疾風』も遠慮してるみてぇだし。」
本来なら鋭いその爪で傷つけるはずなのに。
踊るような仕草は、腕に体重をかけないように止まっているからで。
バランスを崩しかけては体勢を立て直そうとしているのだった。
見かねて黒鋼は声をかけた。
「おい、『疾風』!いーかげんてめぇの飼い主の所に帰れ!」
見据えてくる目は、猛禽類特有の、捕食者の目。
「・・・・気にいらねぇってか?」
紅玉の瞳と絡み合う。
「隼にケンカを売ってどうするんだ、お前は。」
苦笑いして。
小手を巻きながら剛真は歩み寄った。
「失礼をいたしました。その隼は私が調教しているものです。まだ若いので無礼を働きました事をお許し下さい。」
丁寧に頭を下げ、腕を出す。
『疾風』は翼を大きく広げ、ケーン!と声高く鳴いた。
「これ、駄々をこねるな。」
まるでいやだ、とでも言うようなその仕草に、苦笑しつつも驚いて。
(何故これほどまでに懐くのか。)
初めて出会ったはずなのに。
実はこの『疾風』は、かなり強情な性格だった。
普通、捕らえた鷹や隼などに対しては、調教すべき者、例えば鷹匠との間に、隷属的な関係を結ぶことから始める。
絶食させて極限まで追い詰め、屈服させる事もある。
『疾風』は、ほとんど死ぬ直前に至るまで、剛真に心を許さなかったのだ。
そして、今なお完全に『服従している』とはいい難い。
それなのに、この人には、『疾風』の方から膝を折った。
(不思議な方だ。)
そう思いながら見ていると。
つ、とリアンの左手が滑るように動き。
少し宙を彷徨って、ようやく隼の頬に触れた。
「そなたを愛しんでの事。行くがいい。」
クゥ、と。
懇願するような声を上げるが、優しく頬を撫でられて。
ようやくふわりと剛真の手に移った。
「そなたが信ずるに足る方であろう。安心するがいい。」
それはまるで諭すかのように。
『疾風』はまるでシュン、としたかのように小さくなる。
剛真は空いた手で、よしよし、とその羽を撫でてやった。
「まこと人間などよりも、物言わぬ鳥たちの方が、このお方の事をよぅく解っておるようじゃ。」
ひたり、ひたり。
元来無音の移動を持って身上とする忍者なれど、そこは眼の見えぬ者に対して故か、少しだけ足音を立てて。
静かに歩み寄ってきた忍頭は、リアンの足元でその額を地に擦り付けて拝跪した。
「御身は・・・・・・・?」
「忍軍を束ねまする、忍頭でござりまする。」
「どうぞ面を上げられよ。御身にそのような礼をとられる覚えがない。」
「いや。十分にござりますれば。」
忍頭は身体を起こしたものの、跪いたままで言葉を継いだ。
「理由は2点。・・・まずは、黒鋼をお救いいただいた事。」
「当然の責務を果たしたのみ。礼などには及び申さぬ事なれば、どうぞお気遣いなさらぬよう。」
「・・・・黒鋼は。」
そこで少し、懐かしむような口調になった。
「諏倭を離れてこの白鷺城に参ってからこの方、我が子、我が孫のように心に留め、鍛え上げてまいりし者。」
ただ一点、『強くなりたい』とだけ言い切った、少年を。
「多少道は外れ申したが、その力、忍軍第一を誇るまでになった、大事な部下でござりまする。」
その『道に外れた振る舞い』も、『旅』で大いに矯正されたようで。
「その命をお助けいただきましたこと、忍軍の長として御礼申し上げるは当然の事と存じ上げ奉りまする。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・今ひとつは。」
忍頭は、ニィ、と破顔した。
「これほどの術を拝見できるなど、まさに冥利に尽きるというもの。長生きした甲斐がござった。いや、眼福、眼福。」
実は数ヶ月前に体調を崩し、一時は危なかったので出た言葉だったが。
もちろんリアンも、そしてファイたちもそれを知らない。
黒鋼だけは剛真から聞いてはいたのだが。
忍頭の好々爺然とした笑顔は、辺りの空気を瞬く間に解していった。
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忍軍の筆頭と2番格のこの態度は、周りの皆に、少なからず影響を与えた。
ざわざわと、ざわめきが広がる。
「何だか夢を見ているようだったな。」
「ああ、あれこそが神にも等しき御技よな。」
「これほどのお方にお越しいただければ、この白鷺城、いや日本国は安泰ぞ!」
「知世姫様にもゆっくりお休みいただくことも出来ような。」
「数多の民草も、心安んじて日々の暮らしを過ごせようぞ。」
パチリ!と。
扇子が音を立てて閉じられた。
「まこと見事であった。目の覚める思いがしたぞ。」
にこやかに微笑み浮かべて、天照も中庭に降りてきた。
「さすがは我が『友』。感服いたしたぞ。」
「『友』・・・・・・?」
「まさか約定を違えるつもりはあるまいな?」
楽しむような、その目の光。
「こなたははっきり申したのだぞ?『全てが終わってまだ命があったら、私の許に友として来る』、とな。」
積年の願いが叶うのだ。
やっと、『友』を手に入れることが出来る。
この千載一遇の好機を逃すほど、自分は愚かではない。
そしてこれは――――――――おそらく二度とないのだろうから。
初夏の風が、芳しい香りをも運んでくる。
「あ、それとな。」
思い出したかのように天照は言葉を継いだ。
「お前の役職はもう決めたぞ。」
「・・・・役職?」
「そうだ。この日本国に居る以上は、働いてもらわねばな。」
口元に、さも愉快だといわんばかりの笑みを浮かべて。
「さりとて、『こき使う』のも、我が欲する所ではない。故に、我が近習に取り立てる。」
「近習・・・・・・?私は・・・何も・・・・。」
出来ないはずだ。
『近習』としての勤めは。
何よりもその目が――――――――。
「いやそれはそれなりに、お前は有用なのだ。色々な意味でな。」
どうせつまらん事を企んでいるに違いない、と口元を歪める黒い影を面白そうに見遣って。
「陰陽寮に配属すると、他の者全員が失職する事になるのでな。」
陰陽寮の術師たちから苦笑が洩れる。
「忍軍でも良いかと思うたが、それも問題が多々あろうからな。」
くつくつと。
喉の奥から笑いを零す。
「そなたに頼る事はしない。この『日本国』を護るのは、私と知世、そして皆の使命だ。」
天照は語りかけた。
「それでも、どうしてもそなたの『チカラ』を借りねばならぬ事になった時は、協力してくれればいい。」
「天照様・・・・。」
「誓おう。此処に居るすべての者の前で、いや、『日本国』全ての民の前で。」
目を閉じて天を振り仰ぎ。
はっきりとその目を開いて、ひた、とリアンの顔を見つめた。
「己が本分は、己の誇りと矜持にかけて、必ず全うする。そなたに全てを負わせて、自分達だけ安穏とするような事は決して致さぬ。」
そう、その『チカラ』におんぶに抱っこ、などという事はしない。
ほんの少し、手を貸して欲しい時に動いてくれればそれでいい。
それは『道具』としてではなく。
『一人の人間』として、存在して欲しいのだ、と。
少し小首を傾げて、微笑み浮かべて。
天照はリアンの手を取った。
「これからも、居てくれるな?――――――――この『日本国』に。」
少し伏せた、その目には。
微かに煌くものがある。
(やっと、自分にも。)
居るべき場所が。
存在を許された場所が。
長い長い『時』の流浪の果てに、ようやく得る事が出来たのだと。
「御心のままに・・・・・天照様。」
微笑みを浮かべて。
しかしその『笑み』が、『泣き笑い』のようにも見えるのは、気のせいなのだろうか。
積年の願いの叶った、2人の『国の護り手』。
天照は少しだけ自分より背の高い、『初めての友』の首に手を回した。
「『約束』だからな――――――――我が『友』よ。」
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「もう1つオマケにな。これは皆に申しておかねばならぬ事がある。」
天照は、之ほどの物はないといわんばかりの笑みを浮かべた。
「この者はな、黒鋼の許婚だからな。皆の者、手を出すなよ。」
一瞬の間をおいて。
起こった鯨波を責める事は出来ないだろう。
「あ・・・・・天照!!・・・余計な事を・・・・・!!」
さすがに顔を真っ赤にして。
思わず声を上げた黒鋼を、天照はコロコロと笑い飛ばした。
「余計な事?ではほかの者が言い寄っても良いというのだな?」
「・・・そ・・・そうじゃなく・・・!!」
(許婚って・・・・・まだ、『求婚』してねぇよ!!)
完全に硬直した黒鋼を尻目に、忍頭は、ひょい、とリアンの手を取った。
「これからも、この『言う事を聞かない黒いの』を、よしなに願い奉りまする。」
「・・・・ちょっと待て、じいさん。」
思いっきり眉間の皺を寄せて。
「『それ』は一体『誰』の事だよ?!」
「お前以外の誰が居る?」
ふぉっふぉっふぉっと笑い声を立てる忍頭に、リアンも微かに微笑みを浮かべた。
「・・・てか、冗談じゃねぇ!これ以上見世物にされてたまるか!!」
それは、明らかに照れ隠しで。
「天照!もう用は無ぇな?!」
「あぁ。これで終わりかな?」
その言葉を聞いた瞬間に。
黒鋼はリアンの手首をつかんでいた。
「来い!もう此処に居る必要は無ぇ!!」
「・・・え?」
返事する間もあらばこそ。
異国の姫を引きずるように連れて、中庭から逃走した黒い影を見て。
天照と、知世姫と、ファイの大笑いが中庭に響いて。
続いてどっと笑いの渦が巻き起こった。
「あの野郎――――――『修行の旅』なんかじゃねぇ、『嫁探しの旅』だったのかよ!!」
誰が言ったのか――――――――忍軍の誰かであったことだけは確かだが。
そしてその『誰か』が、のちにきっちりと『お礼参り』された事も、また後日談。
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