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とても美しいんです。
辺りの景色まで、花の色に染まるんです。
そして風が吹いたら、その風に乗って花吹雪が舞うんです。
風も、花の色に染まるんです。
そして地面も変えていく。
薄いピンクの花びらが、一面に降り敷いて。
人は、これを『儚いもの』といいますが。
私はそうは思いません。
己を知り尽くした、毅然としたものを、感じます――――――――。
――――――――だから、先生・・・・貴女にも、これを見せたかった。
私は、『桜』が好きです・・・・・・・・・。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「・・・は〜〜〜・・・・冗談じゃねぇ・・・。」
ようやく、針のムシロともいうべき中庭から離れて。
黒鋼は大きく息をついた。
いきなり走ったからか、リアンも肩で息をしている。
「・・・大丈夫か?」
眼の見えない者を引きずるようにして連れてきたのだ。
不安度は計り知れない。
手首を掴んだままだったのに気付いて、慌てて、しかしそっと放しもしたのだが。
その事には気付いてもいないかのようだった。
「・・・・ここは?」
見上げる先には――――――――桜の樹。
「あぁ、これは『ご神木』だ。」
「『ご神木』・・・・?」
「白鷺城の象徴みたいなモンだ・・・・。樹齢千年を越えるっていう桜だ。」
「『桜』・・・・・。」
ふっと。
あの面差しが脳裏をよぎる。
嬉しそうな顔で、満開の桜を見せようと、次元の魔女・侑子の店に自分を誘った、『弟子』の顔が。
メガネの奥の、あの優しい目は、今日のこの日の事を知っていたのだろうか?
「この桜が咲いたら、本当に綺麗だ・・・・・もっとも、今年はどういうわけか咲かなかったんだがな。」
「・・・・・そうか。」
一人合点したような返事に、ん?となる。
「そうか、って?」
「・・・・『瘴気』が澱んでいる。」
「・・・・え?!」
白鷺城の象徴たる『ご神木』に、瘴気が澱んでいるなど、それは本来あってはならぬ事だ。
しかし。
「・・・・・俺の中の瘴気を、毎日少しずつ浄化してくれていたから、か・・・・・?」
何といっても、『闇の魔王』直々の瘴気。
ただの瘴気とはわけが違う。
さすがの『ご神木』といえども、そしてたとえ僅かずつであったといっても、『浄化しきれなかった』という事なのか。
そしてそれは澱のように少しずつ溜まっていく――――――――。
何時かは大変な事になっていたであろう事は、容易に推察される。
「『優しい』樹だ。」
「え?」
「この樹は、もはや寿命。」
「・・・・『枯れる』って事か?!」
「・・・既にその内部は空洞となっている。」
愕然として黒鋼は桜の樹を見上げた。
毎日その枝に居たのに。
(・・・気付かなかった・・・・・。)
それは自分の力が衰えていたが故なのか。
それとも。
「だが、その内部に、既に2代目となる若木が大きく生長している。」
「・・・もう代替わりしてるのか。」
軽く、頷く。
「本来なら、今年の元旦に表面が砕けて、その若木に代わる筈だった。」
ちょうどやってきた知世姫も、天照も、その会話に耳を傾けた。
「しかし代替わりをすれば、一時的にせよ力は衰える。それは花が咲いても同じだ。」
それは、何となく理解できる。
「それをしてしまえば・・・・瘴気の浄化はできない。だからこの桜は、自分の『時』を止めた。」
「!!・・・まさか、俺のために?!」
「この桜、僅かだが先見が出来るようだ。」
その僅かな『チカラ』で見えた『未来』。
そのために、自分の『時』を止めることを選択した『ご神木』。
黒鋼は思わずその頭を垂れた。
「・・・・・ありがとう・・・・・大変な思いをさせたんだな・・・・・。」
自分は。
あらゆるものに『生かされている』。
改めて、その事が己の心に染みとおる。
「この樹の役目は終わった。瘴気を浄化し、『時』を流すが、よろしいか?」
その問いは、背後に立つ天照と知世姫に。
二人は静かに頷く。
「蘇摩。皆の者に、ご神木の周辺より離れるように伝えよ。」
「はっ。」
蘇摩が走っていく。
リアンは静かにご神木に歩み寄った。
黒鋼は、ただそれを見送る。
そう。
人には相応の本分がある。
時にはそれは、他者による干渉を許さぬほどの。
たとえそれが、ずっと傍に在りたいと願う人であったとしても。
今の自分には、手出しは許されない。
瘴気の浄化も、『時』を流す事も、自分には『何もできない事』なのだから。
つい、と伸ばした手が。
幹に触れた。
瞬間!!
凄まじい風が吹き荒れた。
それは、まるでご神木から吹き出すかのように。
ついで、根元に白い魔法陣が現れて。
さながら幹に輪を通すかのように、枝末の方へ駆け上がっていく。
魔法陣が、樹上に抜けた、その時!
ざあっ!!と。
音をたてて葉が落ち、舞い始めた。
元来桜はそのほとんどの種類において、その葉を全て冬将軍の到来する前に落とす。
しかし『時』を止めた桜は、今なお古葉をその枝に留めていた。
周りにある、数本の別の桜の若葉とは対照的な姿となって。
それが今。
一斉に散り始めた――――――――。
「・・・・ご神木が・・・・!」
知世姫の悲鳴はむべなるかな。
白鷺城の象徴とも言うべき、樹齢千年を数えるという桜は今、無数の亀裂をその幹に走らせて砕け散っていく。
破片は烈風の中に乱舞し、周りの皆にも襲い掛かる。
しかしそれは、これまた無数に舞う白き羽根がその破片の全てを受け止めた。
黒鋼ははっとした――――――――。
『皆を羽根で護る』という事は、『自分への防御が薄くなる』という事。
かつて、それ故に魔界に連れ去られる結果となった。
あの時と同じ想いは、もう、二度と。
思考するよりも先に。
己が想い人を、その外套に包み込んでいた。
放したくない。
失くしたくない。
――――――――護りたい。
その想いが解ったのだろうか。
ただじっと、その腕の中にいる。
そのとき囁くように紡がれた言葉を。
『時の彷徨い人』は、生涯忘れる事はないだろう。
そして、黒き疾風もまた。
微かに頷いて応えとした、己が想い人の風になびく髪を。
その最後の瞬間を越えてなお、魂の記憶に留めている事だろう。
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幹が砕け散り。
視界が急に広がった。
『時』の光が収まりゆく、その中から現れたのは――――――。
「・・・・桜・・・・・・?」
大きさこそ、かつてのご神木の3分の1にも満たないとはいえ。
『樹の内部』で枝を張ったせいで、どうにもこじんまりとしているとはいえ。
そこそこに立派な桜の若木が、すっくりと立っていた。
そして、その枝に――――――――。
「おぉ・・・・・!」
それは誰の声であったのか。
いや、この光景を見ていた、誰もの声だっただろう。
公達も。
侍女も。
忍軍も。
陰陽寮も。
兵も。
皆が陶然として見惚れた事には。
次々と開く、桜の花。
時を少し違えたとはいえ、『今年咲くはずだった』桜の花は、今を盛りと咲き誇り始めた。
薄い桃色の花びらは、若々しさに満ち満ちて。
――――――――しかし。
「この花は、明日には皆散ってしまうだろう。」
それは、『時』を急激に流したが故に。
「・・・いつもならこの桜の花は、大体一ヶ月ぐらい咲き続けるんだ・・・・。」
今年はあくまでも、『異例』。
早や散り急ぐ花をただ見つめる、その光無き『目』に映るものは?
「おまえの『目』には、この桜はどんな風に『見える』んだ・・・・?」
その、『答』は。
ただ静かに、流れるように紡がれて。
しかし、それは。
永劫の哀しみと絶望をも呼び込んで。
「・・・柔らかな『香り』・・・花の開く『音』・・・風のさやけき『調べ』・・・・・。」
この人には、『匂い』や『音』としてのみ、感じ取れるのだと。
深遠の闇と化したその『目』には、もはや何も『映らない』――――――――。
ただ哀しくて。
ただ苦しくて。
包み込むように抱き締める事しか出来なかった。
その、哀しげに寄せられた眉間の皺に。
苦しげな表情に。
いつもなら声高に冷やかしたり、揶揄したりする輩もまた。
無限の哀しみに囚われて、声1つその口に上せる事が出来ないでいた。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
「――――――『念』のチカラで、僅かだが『見る』事は出来る。」
微かに微笑んで。
それはまるで安心させるかのように。
「・・・『見える』・・・のか?」
「夕闇の中に居るのに似ているかな。」
それでは輪郭などははっきりとつかめないし、色も解らないであろうが。
『全く』見えないよりは、まだマシかもしれない。
「『念』と『気配』で、歩く事も、走る事も出来る。・・・文字を読んだりは出来ないが・・・・。」
「そんなのは要らねぇ。俺でも蘇摩でも、誰でもいい、読んでもらえばいい。」
「食事を作ったりは・・・まあ出来るとは思うが・・・・。」
「無理しなくたっていい。そんなこたぁ、何とでもなる。」
「『近習』か・・・・務まるのだろうか?」
「天照がとんでもねぇ事を言い出さなきゃな。」
ジロ、と背後の天照を見れば。
そ知らぬ顔の、美しき帝が艶然と微笑む。
「『無理』はさせぬつもりなのだがな?」
「どうだか。」
今迄から考えれば、それは絶対に『ありえない』とわかっているので。
かといって。
『家』にずっと閉じ込めておくのも本意ではない。
ましてや、この人の『能力』は、『魔力』だけではない。
『国を統べる者』としての知識――――――すなわち『帝王学』をも身につけている。
『国の護り手』としての『戦闘能力』も、また。
日本国の帝、天照の補佐を務むるに最適な人材であるともいえる。
そう。
適材適所、この人の能力を大いに発揮できる所にこそ必要なのだと。
――――――――『道具』でないレベルで。
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「眠りから醒めたばかりなのに、大仕事であったな。ご苦労であった。ゆるりと休むが良いぞ。」
天照の声に、ああそうだった、と思い至る。
微かな微笑みは、大した事ではない、と言っているのだが。
「部屋を用意させよう。・・・蘇摩、そなたの隣、空いていたな?」
帝の御座所のある一角は、『清涼殿』と呼ばれている。
蘇摩を始め、忍軍や陰陽寮の主だった者は、帝や月読の警護の為に、その傍に部屋を与えられていた。
妻帯者などは別に家を構えていたりするが、一人身の者はその部屋が全てだ。
無論黒鋼もそこに私室を持っていた。
もちろん蘇摩達、くの一などの女性たちとは棟が違う。
蘇摩の隣室の者は、戦いで命を落としていた為、空き部屋になっていた。
その事を告げ、不吉ではないかと危惧する蘇摩に、天照は大きく笑った。
「祟りや亡霊など、リアンの前に跪くか、裸足で逃げ出すかのどちらかだな。」
「・・・・亡霊に『足』があるかよ。」
ぼそっと呟いたツッコミに、当の天照が先に反応し、確かにそうだ、と笑い飛ばせば。
皆にも笑いの渦が広がっていく。
「日本国の亡霊って、『足』が無いんだー。」
いたく感心したかのようなファイの言葉に、驚いたり、吹き出したり。
「えー?だってセレスじゃあ、『幽霊』とか『亡霊』って、ちゃんと足あるんだよー?」
玖楼国もそうだよね?!と賛同を求められて、小狼がわたわたしたりするのが、どうにもおかしくて。
鈴を転がすような、日本国を統べる姉妹の笑い声が『ご神木』の周りの空気を温かく染め上げていった。
天照は、さらに『爆弾』を落とす。
「それとも、何処かに『家』を与えた方がいいか?・・・黒鋼と一緒に。」
「じ・・・冗談じゃねぇ!!」
顔を真っ赤にして、声を上げて。
途端に飛び交う野次に、が――――――っ!と怒ってみせて。
「なんだ?『嫌』なのか?」
「ち・・・・違う!!」
絶対に『遊ばれて』いる。
それが解るのに、いなせない自分にも腹が立つが。
『こういう事』にはとんと疎くて、不器用な忍者は、お約束どおりの反応を返すしかない。
口惜しいが、そういうキャラなのだ。
「祝言挙げるまでは手は出さねぇよ!一緒になんか住めるか!!」
それが『失言』であると思い知るのは、そう遠くない未来の事ではあるが。
さっそく賭けの対象にし始めた忍軍の若い衆に怒鳴り込みに行き。
蘇摩は、『もう1人の当事者』が全く平静な様子を見て、自分が顔を赤くしているのが何だか恥ずかしいようにすら感じていたのだが。
しかし『平静』であったその理由が、『全然解っていない』故であると知るのは、実に数年が経過してからの事だった。
そしてその言い放ってしまった、『失言』である所のその言葉を。
律儀に守ったのも、彼らしいといえば彼らしい事なのだった。
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