言 霊ことだま の えにし   




『声』には。
『言葉』には。
『チカラ』がある。
これを古来より、『言霊ことだま』と言いならわしてきた。
此処は、『日本国』。
人も魔物も、言葉にえにしを結んできた『国』。
そして、それは――――――――今も、なお。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


ゆっくりと、しかし確実に。
丁寧に、しかし大胆に。
ファイは『余波』を『分解』していく。
少しずつ、少しずつ。
そのあまりにも強大な力は、少しでも油断すればこちらが呑まれてしまうほどの大きさだった。
(さすがは『ツバサを統べる者』のみが遣えるというだけの事はある。)
しかし、今は感心している場合ではない。
(急がなければ。)
『余波』はそのスピードを徐々に早め、仕掛けた術者に――――――――リアンに向かっている。
リアンが『消え』れば、『余波』もまた『消え』る。
しかし、それでは意味がない。
その身体を、その姿を。
自分たちに取り戻さなければ。
そうでなければ、自分たちは一生後悔し続けるだろう。
そして。
黒き疾風かぜは、永遠に苦しみ続ける事だろう。
そんな目にあわせたくない。
その一生が、自分よりもはるかに短い時間であるとしても。


丁寧に、丁寧に。
紡がれた呪文を、解していく。
その綾なす魔法の糸を、的確に。
魔法杖を持つ手が震え、その額に汗が浮かび。
秀麗な顔に、疲労の翳りを濃く落とし。
その眉根は苦しげに寄せられる。
今ファイが背負っているものは、あまりにも大きい。
「・・・ファイさん・・・・・。」
為す術も無く、ただ見守るだけ、というのは、とてつもない苦痛を伴う。
しかし、だからといって、何が出来るわけでもない。
小狼は唇を噛みしめ、握り拳に力を込めた。


百里の道を行く時は、九十里をもって半ばとせよ。


古来より伝わる言葉がある。
あと少しだと思って気を抜くな、と。
まだ半分なのだと思え、と。
(そう、此処で気を抜いたら終わりだ。)
『自分』を食いつぶす力をまだ、『余波』は有している。
あらかたは分解し終わったが、まだまだ予断を許さない。


自分の持てる力の全てをかけて。
自分が出来る事を。
自分にしかできない事を。
為す、と決めた。
ただその1点のみを心に刻んで。


己が願う事を為すことが『出来る』。
それだけのチカラを己自身が有する。
(これはきっと幸せな事だ。)
見ているだけ、は本当に辛い。
今、皆は手出しが出来ぬままに苦しい想いをしているだろう。
(一番苦しいのは黒たんだろうけど。)
なまじ魔力を持つがゆえに、知世姫もまた、苦しいだろう。
そう――――――――これは。
あまりにも規模が違いすぎるのだ。
『日本国』1つに結界を張るなどというレベルのものではない。
次元転移を繰り返す、という域でもない。


もっと、もっと、高く。
遙かな、遙かな高みの、そのまたさらに高みの。
全ての根源にも通ずるほどの域に、これは存在するモノ。
それに干渉しうる力を持つ自分を、ファイは生まれて初めて『誇らしい』と思った。
ただ呪い、忌み嫌うばかりだった、己の『チカラ』を。
(あのままセレスに居たなら――――――――。)
おそらくこんな感情は持ち合わせる事などありえなかっただろう。
旅に出てよかった、と心の底から思える。
(オレ、変わったよね。)
黒鋼に指摘されて、初めて気付いた己自身の変化。
『他人』を心から思い遣る事が出来るようになった『自分自身』。
(だから、やるんだ。)


その命の全てをかけて。
その持てる魔力の全てを注ぎ込んで。


とても高い波長の音が皆の耳朶を打った。


「・・・・これで・・・・最後の『カケラ』の分解終了・・・・・。」


白き魔術師ウィザードは、今まで見せた中でも最上の笑顔を向けた。


「・・・消えたよ、『レジェンドホーリー』の『余波』・・・・全部ね。」


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もう立っているのも億劫で。
魔法杖に縋るように座り込んだファイに、サクラがそっと手を添える。
大丈夫だよ、という視線を返して。
二人は氷の壁に目を遣った。
それは尚も厚く。
氷の中に『時』を――――――そして、『白き翼の天使』を封印して。


「・・・・くそっ!!」


およそ、らしからぬ声が出た事には。
先ほどから蹴りを繰り返していた小狼は、ぐっと唇を噛みしめた。
どれほど鋭い蹴りを加えようと。
如何に全身の力を込めようとも。
『氷』はびくともしない。
(『緋炎』の炎で溶かしたら?)
その考えは自分で否定する。
(そんな事をしたら、中に居るリアンさんがどうなるかわからない。)
『自分を防御できる』状態でないであろう事は容易に推察されるので。


炎も。
チカラも。
この氷には通用しない。


「黒鋼さん、『破魔・竜王刃』は?!」
その声に、黒鋼は力なく首を横に振る。
「小狼さん、黒鋼は今どの『技』も遣えないのです。」
蘇摩の説明に、え?!となる。
「・・・・・遣えないって・・・・・?」
「はい。」
蘇摩もまた。
薬師くすしであるが故に、苦しい思いをしていた。
自分が『治せた』なら、こんな事には。
「・・・黒鋼の『技』は、『言霊ことだま』の『チカラ』を借りているのです。」
「『言霊ことだま』・・・・・?」
小狼は首を傾げた。
『言葉』の――――――――『精神スピリット』?
「古来より、『言葉』には不思議なチカラが宿るとされています。それを我らは『言霊ことだま』と呼び習わしています。」
知世姫が説明する。
「黒鋼の『技』は、己の『気』を『言霊ことだま』に乗せて放出しているのです。・・・・でも、今は・・・・。」


『チカラ』の源たる『言葉』を発する為の――――――――『声』、は。


「『声』が失われた以上、黒鋼にはもう『技』は遣えないのです。」
「・・・・・黒鋼さん・・・・・。」
サクラはその手を握り合わせ、黒き大きな背中を見遣る。
それは、やるせない哀しみと苦しさを滲み出して、氷の中の想い人を見て。
「黒様・・・そこ、どいて・・・・・。」
絞り出すようなファイの声に、皆はその人を見る。
ファイはよろよろと立ち上がり、魔法杖を構え直した。
「・・・衝撃波・・・・・出すから・・・・・離れて・・・・・。」
「・・・・・!」
数歩、氷とファイを繋ぐ直線上から後退する。
大きくため息をついて。
ファイは息を整え、魔法陣を展開した。
今の自分にはかなり辛いが、そんなことは言っておれない。
衝撃波なら、自分でも詠唱破棄が可能だ。
よくよく見定めて、一気に衝撃波を放った。
「うわっ!!」
小狼の悲鳴は――――――――『跳ね返ってきた』衝撃波が所以、と。
ファイの魔力で作り出された衝撃波は、氷の表面に到達はしたものの、その目的を果たせぬままに乱反射した。
それは周りに居た皆にも襲い掛かる。
銀竜の一振りで知世姫や天照に向かった衝撃波は跳ね飛ばされ。
蘇摩は横っ飛びに飛んで逃れ。
小狼はサクラを抱えて飛び退った。
「・・・・だめか!!」
がくり、と膝をつく。
今のファイにとっては、これが限界。
ファイの衝撃波も効かない。
小狼の蹴りも効果がない。
黒鋼の技は遣えない。
「これじゃ・・・打つ手無しって事・・・・・?」
氷は絶対の永久氷壁となって、自分たちを阻んでいる。


目指す人は。
『そこ』に居るのに。


『 この「封印」は、もはや解けぬ。 』
『時の魔女』の声も、何処か哀しみを滲ませて。
何も出来ぬ自分自身への。
『 この氷の中で、何時かは朽ち果て、消えていくだろう。・・・この者の「時間」は流れている。 』
『消えた』のは、『回りの時間』。
リアン自身の時間は流れ続けているのだ。
――――――残り少なくなった、命の砂時計の砂は落ち続けている。


このまま、たった一人で。
永遠の時の流れの中に消えていくのか。


************************************************


「『鍵』は何処にあるんですか?」
唐突な質問に、皆は疑問符を周り中に飛ばした。
「・・・姫?」
小狼が顔を覗き込む。
しかしサクラの顔は真剣だ。
「この『氷』は『封印』なんですよね?」
『 そうだ、砂漠の姫よ。 』
「じゃあ、その『鍵』は何処にあるんですか?」
「!!」
この『氷』が『封印』ならば。
確かに『鍵』が存在するはずだ。
「『時の魔女』さん!知ってるんでしょ?!『鍵』の・・・・・。」
『 既に失われた。 』
それは、残酷なまでの響きを伴って。
「・・・『失われた』・・・・・?」
『 そうだ。 』
「その『鍵』とは、一体『何』だったのだ?」
もしかしたら代替があるやも知れぬ、という僅かな希望を滲ませて。
しかし天照の思いを『魔女』は一蹴する。
『 聞けば、お前たちは永遠に苦しみ続ける事になるだろう。 』
「それは、『我ら』にゆかりのある物、という事か?」
『 ・・・・そうだ。 』
天照は、微かな笑みをその口に上せた。


「『聞かずに後悔する』よりも、『聞いて苦しむ』方を、私なら選ぶがな。」


決然と、言い放つ。
日本国の護り手、『帝』たる天照は、真に心強き者であるのだと。
改めてその認識を心に刻む。
『 ・・・お前たちに、その覚悟があるのか? 』
その問いは、黒鋼を中心に向けられて。
サクラはこっくりと。
小狼は力強く。
ファイも疲れきった顔ながら頷いて。
そして。
黒鋼もまた――――――静かに頷いた。
『 私はお前たちが如何に「悲しもう」とも、それを癒やす術は知らぬ。・・・それでも良いな? 』
「くどいぞ、『時の魔女』。」
微かな苛立ちを見せて。
天照の言葉に『時の魔女』はその『心』を決めた。
『 先ほども言ったが・・・・「鍵」は既に「失われたモノ」だ・・・・。 』
それは、罪状を読み上げる警吏のような。


『 「この者」が「人間の世界」で「最後に聞いた声」――――――それが、「鍵」だ。 』


―――――――――――――― * ―――――――――――――


『最後に居た世界』。
『人間の世界』。
それは。

――――――――『日本国』。

「最後に『聞いた』声・・・・・。」
記憶の糸を辿り。
天照と知世姫と蘇摩は、同時に声を上げた。
「・・・・・あ!!」
黒鋼もまた。
その目を見開き、そして、瞑目して天を仰ぐ。


これが。
『失われた鍵』。
それを『知る』――――――――『覚悟』。


「・・・あの時・・・・黒鋼が・・・・『名前』を呼んだ・・・・・・。」


何処か苦しげな、天照の声に、皆は驚愕の面持ちで黒鋼を見遣る。
めったな事では、その人の『名前』を呼ぶことはない、その彼が。
その全ての想いを込めて呼んだであろう、『その名』が。
まさか『封印の鍵』であったとは。
そして、それが。
よもや『失われて』いようとは。
(とことんまで打つ手なし、という事なのか。)
天照にしてみれば。
こんな事になるとは思ってもいなかったので。
苦しい想いをさせてしまった、黒く大きな背中を見遣る。


その肩が。
揺れた。


「?」
ヒュッと。
風を切るような音がする。
何度も、何度も。
(何の音だ?)
その音源を探して。
『ソレ』を認めた皆は、言葉を失った。


「・・・・・・・〜〜〜・・・。」


黒鋼が。
必死で声を出そうとしていた。
苦しいのか、その眉を顰め。
眉間の皺は常よりもさらに深くなり。
喉に手を当てながら、必死で声を出そうとしている。
その肩が震え。
じっとりとした汗がポトリ、と落ちた。


「――――――――だめだ!!やめるんだ、黒鋼!!」


蘇摩がその腕を捉える。
振り向いた黒鋼は、首を横に振る。
しかし蘇摩は、それでも引き下がらなかった。
「いいか、よく聞け。お前の喉は、医学的には何の問題もないのだ。」
蘇摩は早口でまくし立てた。
「それでもなお声が出ぬのは、心理的要因によるものと判断される。・・・・だが。」
自分が薬師くすしである事を、今ほど悔やんだ事はない。


「無理に声を出そうとすれば、その喉が裂けて、本当に二度と声が出なくなってしまうぞ!!」


だが、それでもなお。
黒鋼は声を出そうとし続けた。
苦しそうに。
喉が締め付けられ、焼けるような痛みが走る。
それほどの苦しみを受けても。
その喉から洩れ出るのは――――――――風の音、だけ。


自分にしかできない事を。
自分だけができる事を。
成す為に。
そのために努力する事を厭うほど、悟りきっているわけでもない。
むしろ、その逆に。
その一途な想いがゆえに。
後先を顧みないのだと。
解っているが――――――――。


「・・・・・・・・・!!」


ゴホゴホと。
激しく咳き込んだ。
口に当てたその手の、指の間から鮮血が滴り落ちる。
(喉が裂けた――――――――?!)
今はまだ僅かな裂け目だろうが、このまま続ければ、取り返しのつかないレベルにまで達してしまうだろう。
それでも彼は――――――――決してやめないのだろうけれど。
「もうやめるんだ、黒鋼!!」
蘇摩の手を振り払う。
口元を拳の甲でグイ、と拭い、再び声を出そうと試みる。
それでもやはり――――――――洩れ出てくるのは風の音。


「黒鋼!!」
再び激しく咳き込んだ、その背をさする。
今の蘇摩にはそれしかしてやれない。
指の間からは、唾液も混じってではあろうが、鮮血が迸るようにあふれてくる。
喉の傷は、かなり深くなっていると予想される。
このままでは。
『本当に』声が出なくなってしまう――――――――。


その喉に。
ス、と手が添えられた。
「?」
その手の主を見遣って、黒鋼は驚いた表情を浮かべる。
砂漠の姫は、その小さな手を静かに喉に当てた。


「・・・・?!」


その目が驚愕に見開かれた事には――――――――。
(・・・・痛みが・・・消えた?!)
まさに『手当て』の語義そのままに。
サクラの手が当てられた喉は、その痛みを散らし、締め付けるような苦しさも消えている。
何処かくすぶっていたかのような『熱』も退いて。
(何だ・・・・?・・すごく・・・『楽』になった・・・・?)
それは、サクラの『チカラ』なのだろうか。


「黒鋼さん、『絶対、大丈夫』です。」


この自信は何処から来るのか、と普段ならツッコミを入れるのだろうが、今は。
サクラはにっこりと笑った。


「信じれば、必ず『ネガイ』は叶います!!」


そうだ。
そうなのだ。
今まで、『信じて』きた。
『信じる』ことで、先の見えない不安を払拭してきた。
何時終わるとも知れない、次元を渡る旅。
何時帰れるかどうかさえ杳として知れぬ旅の空に。
『信じる』ことで、『ネガイ』を叶えてきたではないか。


(そうだ・・・なんで忘れていたのか。)


『信じる』ココロ。
それが持つ、無限の『チカラ』。
それを、サクラは思い出させてくれた。
(・・・・ありがとう。)
喉元に当てられた、その手をそっと握り、微かに微笑んで頷く。
サクラもにっこりと微笑み返した。


信じれば。
信じ続ければ。
いつか『ネガイ』は叶う。
この『想い』は必ず届く。
――――――――かの人、に。


再び立ち上がり。
今度は静かに、声を出してみる。
「・・・・・・・。」
相変わらず出てくるのは、風の音だけ。
だが、もう締め付けられるような痛みはない。
喉にあった違和感もない。
すぅ、と息を吸い込んだ。
(必ず、『ネガイ』は叶う。)
もう一度。
そして、何度も。


「――――――――あ?!」


モコナが思わず声を上げた。
「モコちゃん?」
サクラと同じように、皆がモコナを見遣る。
――――――――黒鋼以外、全員が。
「・・・今・・・・『声』が聞こえた・・・よ・・・・・?」
「え?!」
驚いて問い返そうとした小狼の耳に。
皆の耳に。
微かな『音』が響いた。


「・・・・・・・リ・・・・・。」


「?!」
「声が・・・?!」
信じ続ければ。


「・・・・・リ・・・・・ン・・・・・。」


願い続ければ。
ただひたすらに。
そうすれば、いつかきっと。
――――――――ネガイは叶う。


「・・・・ン・・・・・リ・・・・・ア・・・・・・ン・・・・。」


途切れ途切れに。
しかし、確実に。
『声』が戻ってきていた。
(もう少しだ!)
(黒鋼さん!信じて!!)
(もう少しだよ!!)
(あと少しで・・・!)
(願い続けるのですわ!!)
(黒ぽん!頑張って!!)
(奇跡よ、起これ!!)


『心』の声が、聞こえた気がした。
すう、と呼吸を整え。
喉に、手を遣る。
(痛みはない。)
『心』を落ちつかせるために。
胸に手を当てた。


平静な心で。
ただひとつの『想い』と共に。


《 お前の『声』を紡ぐのだ! 》


『龍玉』の声に後押しされるかのように。
その口から。


それは、あの時に。
最後に呼びかけた、『声』。
己が想いの全てをかけて。
かの人に届けと叫んだ、あの『声』。


それを、今。
黒き疾風かぜに乗って、『声』が奔った。


「――――――――リアン!!」


―――――――――――――― * ―――――――――――――


その瞬間!!


ドクン!!と脈動するかのように。


地響きのような衝撃が伝わってきた。




――――――――『氷』の『内側』から。






第7章ー5に戻ります 第7章ー7へ 『時の翼』目次へ




なーーがーーかったーーーー!!

何でこんなスランプに陥らねばならんのかと自己ツッコミを入れつつ。
・・・・苦しかった。
黒様も苦しかっただろうけど、私も苦しかったよぉ〜〜〜。
しかもとうとうぶった切ってしまったし。
でも自分に納得いかないものをUPするのはどうにも・・・・。
この第7章がどんどん増えていくのはもはや避けられない(苦笑)。
あ〜本当はこの第7章、4で終わりだったんです。
でもすでに6。しかも終わってない。
こうなったらとことん長くしてやる!!(やめれ)



裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.09.28UP

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