魂 の 呪 縛    




私は、必要のない存在です。
ただ、『災い』を撒き散らすために生まれてきた、『悪魔』です。
生まれてきてはいけなかった『モノ』です。

でも、私は自分で自分を『消し去る』ことが出来ません。

もし、貴方に私の事を少しでも想う『心』があるならば。


――――――――どうか、私を『消して』下さい――――――――。



―――――――――――――― * ―――――――――――――


凄まじい音を立てて。
氷壁に亀裂が走っていく。
(『封印』が解けた――――――――!!)
『声』という『鍵』によって。
(やっと、取り戻せる。)
心弾むのをどうして押さえられようか。
封印の氷は今、その中に封じた天使を解き放って――――――――?


「――――――――何?!」


思わず声がでた事には。
確かに氷は砕け散った。
何の障りも無いはずなのに。
『その人』は、宙に浮いたまま。
のみならず。
「・・・『糸』・・・・・・?」
まるで蜘蛛の糸のように。
細く微かに煌く糸が無数に絡みつき、今もなおその空間に留めている。
「・・・これは・・・・?」
小狼も黒鋼も、その糸に触れてみるが、これが意外な硬度を持つことに驚きを隠せなかった。
「・・・小僧、どいてろ。」
黒鋼が銀竜を構える。
『気』が纏わり付いたのを感じて、小狼は数歩下がった。


「天魔・空龍閃!!」


ある意味稀有な『技』――――――『空間を自在に曲がって走る剣戟』は、その『糸』に襲い掛かる。
が、しかし。
「?!」
剣戟は嫌な音を立てて弾かれ、『消えた』。
「・・・・な・・・・・?」
「何なんですか・・・・?」
はっと振り返ってファイを見る。
しかしファイもまた、驚いた表情をしたまま、首を横に振った。
「『時の魔女』さん・・・・・これ・・・・『何』・・・・・?」


『 ・・・・・だから、言っただろう。 』
『取り戻せない』、と。
『 この者を取り返すことは「不可能」なのだ・・・・。 』
「・・・どうして・・・・・?」
サクラの肩が震える。
何故?
一体、どうして?
皆の事――――――――『嫌い』、ですか?


私は、必要のない存在です――――――――。


************************************************


『 ――――――お前たちに「見せなかった」映像ビジョンがある。 』
それは、少しだけ、苦しそうに。
『 「龍玉」よ、お前も辛き事とて、「見せなかった」事に言及しなかったな。 』
《 ・・・・・・・・・・・・・。 》
ビクリ、と。
『龍玉』が、震えた。
それは、遠い、遠い過去に。
叩きつけるわけでもなく。
ただ独り言のように紡がれた言葉――――――――。


あの時に。
『光の檻』から出て、父王の元へ赴く、その道すがら。
微かに、微かに。
その人が負うた心の傷を、如実に示した、その『言葉』。


同じ言葉を。
『時の魔女』もまた聞いたのだろうか。


『 「氷」は砕けぬ、と思っていたから、見せる必要は無いと思っていた。 』
だが、『人間』は、『無限の可能性』を持っていた。
それゆえに、かえって――――――――。
『 ある意味「叩きつけられた真実」とでも言おうか・・・・私に対しても、な。 』
「それで、なのですね?」
知世姫がいかにも納得といった風情で頷きながら言う。
「『会話』が『噛み合っていない』、と思っていましたの。・・・意図的に『抜かれて』いたのですね?」
「会話が?噛み合っていない?」
蘇摩はキョトン、とした。
皆も同様の顔をしている。
知世姫は苦笑した。
「『疲れたから眠りたい』と言ったら『自分の所に来るがいい、独りにはしない』と貴女が言われた・・・・。」
思い起こせば。
「それに、『行けない』と言ってから、いきなり『絶対零度』とやらの話になりましたわね。」
確かに。
そう言われれば、前後に繋がりが『無い』。
「・・・『龍玉』。お前には、解っていたのか?」
責めている口調ではないが、『龍玉』はまるで肩を竦めたかのようだった。
《 こういう事は『解ってしまう』ものなのだ・・・・・。とりあえず、付き合いは長いほうなのでな。 》
「・・・・・・・・・・・。」
糸が。
煌いた微かな音を、立てた。


ただ、『災い』を撒き散らすために生まれてきた、『悪魔』です――――――――。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


ふっと。
『幻』が浮かび上がった。
「偽りの命、偽りの『時』・・・・さすがにもう、『疲れた』。・・・・『眠りたい』。」
俯いて。
「もう・・・・『独り』でいるのに・・・・・疲れた・・・・・。」
何もかもを『諦めて』。
その苦しみから逃れるために『眠る』事を望むのは、いけない事とは言い切れない。
そしてそれを口に上せる資格も、無い。
永遠ともいえる、『時』の重圧。
自分も多少長く生きてはいるが、しかし。
やがて自分の身にも降りかかるであろうそれに、ファイは思わず身震いした。
自分もまた。
その重さに押しつぶされていくのだろうか。


『 生きていれば、良いことも多々あるであろう。・・・そう、これからは。 』
何よりも、己を想ってくれる人たちが居るではないか、と。
しかし、ゆっくりと首を横に振る。
「今度は私が『置いていく』番になる。・・・苦しませたくない。」
『命の砂時計』の砂は、本当に残り僅か。
『 確かに百年、二百年の時を刻むのはもはや不可能であろうがな。 』
長き『時』を生きる魔術師ウィザードなればこそ。
『 二、三十年の時は何とかなろう。「人間」の寿命としては短くはないとは思うが? 』
『長く』はないだろうが、それくらいなら。
『想い』をかけた人と共に在るには、まずは十分とは言えずとも納得はいくのではないのだろうか。
『自分』も、『彼』も、そして『皆』も。
『 セレスの魔術師ウィザードは、お前のみならず他の者にも「置いていかれる」。これは仕方のない事だ。 』
(まぁ、はっきり言ってくれちゃって・・・・。)
ファイは思わず苦笑する。
(解ってますよぉー・・・・。)
それが『不可抗力』である事くらいは。


「『愛別離苦』は人の常。今さらだろうが。・・・『置いていく』のも、『置いていかれる』のも。」
静かな声が、静寂しじまを破る。
「確かに俺の目の前で死なれるのは辛い。・・・だが、それが『不可抗力』ならばどうしようもねぇだろう。」
人の生き死にまでは、『人のチカラ』では変えられない。
ましてや、『死んだ者』は『還らない』。
絶対不可侵の、因果律。
この世界に住まう以上、それから逃れる術は無い。
だが。
「あの時『可能な限り最後まで一緒に居てくれ』って言っただろう?お前はそれに納得したじゃねぇか。」
『あの男』の居た世界で。
「それがたとえ一瞬でも、『共に在って欲しい』と願うのは、いけない事なのか?」


『糸』が、1本、切れて落ちた。


――――――――生まれてきてはいけなかった『モノ』です。


************************************************


『 何故だ?! 』
『時の魔女』の問いかけに、応えは無い。
『 ・・・他にも何か、あるのか? 』
顔を伏せたまま。
少しだけ視線を向けて、また伏せた。
「私は・・・『異形のモノ』だ・・・。」
『 「異形」の「モノ」・・・・? 』
答の代わりに。
その『翼』が、ばさり、と羽ばたきの音を立てた。
「『日本国』にせよ、『玖楼国』にせよ・・・そこに住まう者に『翼』は無い・・・・。」
『 ・・・・それが、どうした? 』
「『翼がある者』は『異形のモノ』――――――――『魔物』と同列だ。」
『魔物』と敵対し、『狩る』者である存在が、『魔物』と共に在るのは――――――――。
「不可能、だ。」


「そんな事、どうだっていいだろう!!」


思わず声を荒げて。
それは『幻』に――――――――そして『糸』に絡められた『その人』に向かって。
「どうしてもってんなら、『翼』なんて畳んじまえばいいだろう!!どうせ使わねぇんだからな!!」
「そ・・・そうですよ!!『魔道宮』でだって、いつも『翼』を出していたわけじゃないでしょう?!」
「こんなにきれいな『翼』をどうして忌み嫌うんですか!!」
「モコナにも『翼』はあるんだよ?!モコナは『魔物』なの?!」
「『白き翼』があるのは『天使』――――――――崇高な神の使いなんだよ、セレスでは!!」
「『翼』が有る者を阻害し排斥する『国』だと思われるのは、心外以外の何物でもないな。」
天照は憮然として言う。
自らが治める所の『瑞穂の国』がこのように思われているのは、むしろ腹立たしい。


「『翼』が有ろうか無かろうが、そんな事は関係ねぇ!!『お前』は『お前』だ!!」


キン!と。
高い音を立てて、また糸が、切れた。


でも、私は自分で自分を『消し去る』ことが出来ません・・・・・・・・・・・・。


************************************************


「足手まといにはなりたくない・・・・。」


思わぬ言葉に皆は目を剥く。
――――――――足手まとい?
『異形のモノ』である事が?


『 対価、か・・・・・・。 』
『幻』は、微かに頷く。
何の事か皆にはわからない。
――――――――『対価』?
――――――――一体『何』の?


『 「レジェンドホーリー」の「対価」か。・・・・だが。 』
静かに首を横に振る。
そして、ス・・・とその手を目に遣った。
「・・・・な・・・・!」
思わず皆は絶句した。
そこにあったのは。


あの黝簾石の煌きは。
あの夕闇色の瞳は。


あるべきものはそこには無く。


深遠の闇が。


永劫の絶望が、そこに在った。


「『レジェンドホーリー』はその対価として、『術者の光』を求める。解っていた事だ。」
『 だが、それが何故「足手まとい」なのだ? 』


「光を失くした者は、足手まとい、だ。」


「・・・日本国に、目の見えねぇ者が居ねぇってんならまだ話は別だがな。」
それは微かな怒りすら含んでいた。
「目が見えねぇからって、その者は生きることすら許されねぇのか?」
それは、生まれつきのものもあろう。
病で光を失う事もあろう。
事故で、あるいは戦いなどで闇の世界に入らざるを得ない者もあろう。
その全てに生きる資格が無いというのか?
いや、そんな事は決してない。
命を授かった瞬間から、如何なる者も生きる権利がある。
そして。
どれほどのものを天に返しても、なお生きるということは。
むしろその者に、何か為すべき事が天より与えられているのだ。
それを見つけ、それを為すべきであるのだと。


では。
今この『光』を失った、この人は。
――――――――『何』を為すべきなのか?


「お前は、生きて――――――――『皆と共に時を刻む』べきなんだよ。」


はらり、はらり、と
糸が切れて、落ちていく。


もし、貴方に私の事を少しでも想う『心』があるならば――――――――。


************************************************


細かな糸が切れて、落ちていく。
その『魂』を縛める『呪縛』は、少しずつ解されていった。
――――――――しかし。
『糸』の中でも、一段と強く、太いものが、しっかりと絡みついたままになっている。
まだ。
『後ろ』を向くに足る『理由』があるのか。


『 躊躇うな。わだかまりを捨てるには、「全てを言葉に上せる」ことも必要だぞ。 』
必要な事も、時には言葉にせず、自分の中に抱え込むその性格ゆえに。
いわば魔術師ウィザードとしての宿命でもあるのだが。
促されて。
それでも、その顔には、苦しそうな表情しか浮かばない。
言葉にするのが怖いのだ、と言わんばかりに。
『 ・・・・・代わりに言葉にしてやっても良いぞ? 』
それは、その心のうちを知る、と。
「・・・・・・・・・・・・。」
『 ・・・・お前は、懼れている。 』
死刑宣告を受ける囚人のような表情を見せて。
『 お前の「チカラ」は、稀有なるモノ。 』
それは、『翼を統べる者』の『チカラ』。
『 日本国最高の術者たる知世姫を遙かに凌ぐ「チカラ」だ。 』
それは、此処に居る皆が知るところではあるが。
『 「強すぎるチカラ」は、人の心に恐れと不信を抱かせる・・・・。 』


「――――――――人々に、恐れ憎まれ、忌み嫌われてまで、在ろうとは思わない――――――――。」


「・・・・な・・・・・・?」
さすがに予想だにしなかった言葉に、ただ言葉を失うのみ。
忌み嫌われるくらいなら。
『自ら消え去る道を選ぶ』方がどれほど楽な事だろう――――――――。
だから『余波』に『消される』事を望んだのか。
ファイは、ふっと顔を伏せた。
そうだ。
『強すぎる』チカラは、ただ恐怖の対象でしかない。
妬み。
嫉み。
恐怖。
憎しみ。
それは、『実際に受けた者』にしかわからない、どうすることも出来ないもの。
自分が。
笑顔を取り繕うようになったのは、他ならぬそのせいではなかったか。
(わかるよ、その気持ち。)
人々の視線の痛さは――――――――耐え難い物なのだから。
自分は。
まだ『地位』があり、王の庇護があったればこそ、かろうじて『自分』を保てたが。
この人は。
『日本国』では、何の後ろ盾もないのだ――――――――。


「・・・そんな事言う奴がいたら、片っ端からぶっ飛ばしてやらぁ。」
ちょい、と鼻の横を掻いて。
「誰にも文句は言わせねぇ。・・・たとえ天照、お前でもだ。」
「他の状態でなら、不遜極まりないと手討ちにするところだがな。」
少し声に怒気すら滲ませて、天照は口の端を歪めた。
「お前の決意の程はこの天照、ようく心に刻んでおこうぞ。」
「上等だ。」
絶対国主に対する言葉遣いではない、とはらはらする蘇摩を尻目に。
黒鋼は言い放った。


「『護る』と決めた者を『護って』、何が悪いよ?」


「全くもって『ごちそうさま』という所だな。」
半ば呆れ顔で天照が呟く。
知世姫は袖に笑いを隠し。
蘇摩はただオロオロと。
小狼は苦笑いを浮かべ。
サクラとモコナはパアッと顔を輝かせ。
ファイは果てしなく『黒い』微笑みを口元に浮かばせた。


そして。
『最後の糸』が。
静かに『消えて』いった。


――――――――どうか、私を『消して』下さい――――――――。


―――――――――――――― * ―――――――――――――


今まさに。
傷つき果てた『魂』の呪縛は解き放たれた。
全ての『糸』は消え。
その身体は、ふわり、と宙を舞う。
そして。
ぽすん、と。
天使は黒き疾風かぜの腕の中に納まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
やっと。
(やっと取り戻せた・・・・・。)
ずっと求め続けた、この人を。
この3ヶ月。
どれほど『長かった』事か。
しかも、腕には『重さ』をも感じられて。
それは、その人が『此処に確かに存在している』と。
(もう、何処にも遣らねぇぞ。)
それは、誰に対してでもなく。
ただ自分に向けた、誓い。


消さねぇよ。
誰が『消す』かよ。
――――――――大切な、『お前』を。



今なお意識を失くしているかのように眠り続ける、その頬に。
涙が、一筋。
静かに流れ落ちていった。






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3ヶ月かー長かったなー。(他人事)
いやまったく。
ほとんど誰かさんの呪いではないかと思えるぐらい、苦しみました。
文才が無いのはこの際因果地平の彼方にすっ飛ばしまして。
とりあえず、一言だけ言っておこう。

お帰り、お嬢。(笑)


裏話、小ネタはこちらから。

               作者・シュウ    2006.10.02UP

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