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人間というものは。
本当に『無限の可能性』を持っているのだな。
この世界に来て。
その事を知っただけでも、私にとっては良い事であったのかも知れぬ。
望みも夢も、何もかもを断たれたと思っていたが。
やはり『お前』に出会えた事は、大いに喜ぶべき事であったようだ。
あの『次元の魔女』の言葉を借りるなら。
これもまた、『必然の出会い』であったのだろうな。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
『 「それ」を持っているといい。 』
ファイの目の前に。
1枚の『黒い羽根』が現れた。
「?」
キョトン、として。
その『羽根』を手にしたものの、目を丸くしている魔術師に、『時の魔女』は苦笑交じりに言った。
『 ――――――――「気付かれる」のではないのか? 』
「・・・・あ!!」
およそ完全に失念していた事には。
思わずファイは苦笑いを浮かべた。
そうだ。
『これほどのチカラ』を遣えば。
まず間違いなく、『あの人』に――――――――。
『 それを持っていれば、お前の「気配」を散らす事が出来る。・・・といっても、短い間だけだがな。 』
遅かれ早かれ、『何とか』しなければならないのだ、と。
「・・・解ってます。どうやらケリ付いたみたいだし、後はオレのやるべき事を、やります。」
ニコリ、と笑って。
「でもちょっと疲れたんで・・・・回復する間はありますか?」
『 それくらいは大丈夫だ。 』
「ありがとうございます。・・・じゃあ回復したら、オレはセレスに行きます。・・・『旅』を『終わらせる』ために。」
その微笑みが――――――――至上の笑みと知る。
「・・・・ファイさん・・・・・。」
「大丈夫。オレ、『負けない』から。」
心配そうに見る小狼に笑って見せて。
サクラの頭を優しく撫でた。
『 では、お前たちの世界に送ろう。・・・・名残惜しいがな。 』
それは、紛うかたなく『本音』であると。
『 ――――――――黒鋼。 』
最後に『魔女』は呼びかけた。
「・・・なんだ?」
『 今まで共に在ったゆえ解るのだがな。 』
その『口調』が何処か『楽しそう』なのは?
『 なかなかに強情で、言い出したら肯かぬからな。しっかりと掴まえておかねば、何処ぞかに飛び去ってしまうぞ。 』
「・・・・・・・・解ってらぁ。」
少し憮然として。
「『何処の姫』も、皆『言い出したら肯かねぇ』よ。」
知世姫も。
サクラも。
そして――――――――。
腕の中の、その人も。
『 解っておるならよい。・・・お前たちが、安らかな時を刻める事を祈っていよう。 』
静かに、静かに。
進むべき道は2つに分かれていく。
――――――――それぞれの、『在るべき場所』に向かって。
―――――――――――――― * ―――――――――――――
さやさや、さやさや。
若葉と古葉が奏でる調べは、何処までも柔らかく。
穏やかな風に乗って、それは流れて。
蘇摩は読んでいた医術書から、目を上げて窓外を見た。
(今日も風が穏やかだ。)
今の時期、初夏の風はとても心地よい。
ページをめくろうとして、ふと気が付いて。
(・・・まったく・・・。)
苦笑交じりに声をかける。
「たまには入り口から入ってきたらどうなんだ?」
それを絶対にしないのはわかっている。
そう、『毎日のように』蘇摩の部屋を訪れるのは――――――。
(要らざる噂の種だからな。)
およそ噂をすることに事欠かぬ公達や侍女たちの手前。
わざわざそのネタを撒き散らすような事は出来ない。
もっとも。
『目的』はまったく違ってはいるのだが――――――。
元来忍者は無音の移動をもって身上とする。
だから窓から吹き込んできた黒き疾風もまた。
音も、気配も見せなかった。
「まだ『眠って』おられるよ。」
目覚めたら真っ先に知らせる、と言ってはあるのだが。
それでもどうしても気になるのだろう。
毎日必ずこうやってやってくる。
いじらしくもあり、可笑しくもあり。
蘇摩は微かに笑いながら、奥の部屋への扉を開けた。
黒い影はスッと入る。
中にしつらえられた牀台には、今なお眠り続ける『翼の人』――――――。
「・・・・・・・・・・・・。」
翼が邪魔にならぬよう、横を向いて寝かせられて。
しかしそれでは肩や背中と掛け布との間に隙間が開いてしまう。
冷やしてはいけないし、と困った蘇摩は別の掛け布で翼ごと覆った。
まるで掛け布に埋もれるような形になってしまったが、風邪を引かれるよりはマシだ。
その呼吸は規則正しく。
それはその人の眠りの深さをも示していて。
頬にかかる髪を、そっとかき上げれば。
寝顔を見た事が無いわけではないが、それは今まで見たことも無い、安らいだ表情だった。
毎日こうやって。
ただその寝顔を見て、すい、と消えていく。
実際それ以上どうこうできるわけでもないから、ただその眠りが終わるのを待つしかない。
忍は『待つ事』に慣れてはいるが、これはとても心落ち着かぬものであろうと。
再び消えていった黒い影を見送って、蘇摩は深いため息をついた。
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「黒鋼さん!何処ですか?」
サクラの声がして。
黒鋼はご神木の枝の上でその身を起こした。
「おぅ。」
一言だけ、答えて。
すと、と降りてきて。
そのまま根元にもたれて座り込んだ。
「今日は街でお煎餅を買ったんです!」
「モコナも選んだの!!」
「これなら黒鋼さんも食べられますよね?」
にこにこと。
満面の笑顔で、持参した茶器で茶を淹れ始める。
ここの所、毎日のように見られる光景だった。
午前中は鍛錬をしているものの、午後からは瘴気のせいでご神木の所から離れられない。
退屈だろう、とサクラがモコナと一緒にやってきては話し込むのだ。
それもしっかりとお茶とお菓子を持参の上で。
本当は眠っていた方が回復するのだが、サクラがあまりにもニコニコとしているので付き合っている、と言うのが正しい。
それも本当なら枝の上にいるのだが、わざわざ根元に下りてくる。
これはサクラが来たその日に、黒鋼の居る枝の方に上ってこようとして一騒動になったためだ。
お約束のようにずり落ちたサクラを、上に居た黒鋼が慌てて支え、小狼が駆けつけてようやく下ろした。
それでも次の日も上ってこようとしたので、黒鋼の方が根負けして降りてきたのだ。
よくこれだけ話のネタがあるものだ、と思うくらい、サクラとモコナの話は尽きない。
それでも何かの弾みで話題が途切れれば、黒鋼の方から何か質問のようなものをする。
するとサクラは顔を輝かせて、また話を始めるのだった。
「『お父さん』は大変ですわねぇ?」
知世姫が笑いを零して。
思いっきり眉間に皺が寄ったのは、致し方の無い事だろう。
そして今日も今日とて。
サクラの今日の話題は、『兄王が珍しく雪兎神官に叱られた話』だった。
思いっきりヒートアップして話すサクラに、苦笑混じりに聞いていたが。
ふと、視線がサクラの背後に流れた。
「?」
それに気付いて。
サクラも背後を見遣る。
――――――――そこには。
「――――――――ファイさん!!」
「おっはよー、サクラちゃん――――――。」
「ファイ――――――――!!もういいのー?」
「おはよーモコナー♪もうすっかりいいよー。」
ファイもまた。
帰ってきてからずっと『眠って』いたのだ。
今までに無いほどの力を遣った、その魔力の消耗度は大きい。
ファイは、にっこりと笑った。
「お早う、黒様。」
「『お早う』って時間かよ。7日7晩だな。目ぇ溶けるぞ。」
「溶けませんー!!」
ムキー!!と反論する。
(あ〜、この感触、懐かしい〜〜・・・・。)
このツッコミ。
『声』を失っているときには、『これ』が無かった。
「やっぱり黒様にはこの『ツッコミ』が無いと!!」
「・・・・はぁ?!」
何だそれは、と問い詰めようとした時。
「あ、黒鋼さんー。」
小狼が少し離れた所の階から声をかけた。
「何だ?」
「帝がお呼びです。中庭に来い、と。」
「天照が?中庭??」
何の事かさっぱり解らないが。
呼ばれたなら、行かねばならない。
黒鋼は、よっ、と腰を上げた。
「・・・・!」
一瞬、ぐらり、と。
視界が回転するが、何とか堪える。
「黒鋼さん?」
サクラには気付かれなかったようだ。
いや別に、と小さく呟いて、歩き出す。
魔術師の横をすり抜けたとき、微かな声がした。
「無理・・・しすぎだよ。」
そう言った所で、どうする事も出来ないのだが。
「サクラちゃんー、オレたちも行ってみよっかー?」
声をかければ。
「あ、はいー。」
慌ててお茶の道具を片付けて、サクラはパタパタとやってきた。
黒鋼を追うように、二人は歩みを進める。
時折すれ違う侍女や公達といった者たちの目が見開かれ。
あるいはその頬が赤く染まるのは。
金糸に光を宿す異国の佳人を見たからだろう。
ざわめきを後ろに背負って。
皆は中庭にやってきた。
「・・・・・・何だ・・・・・・?」
その声が呆れを含んでいるのは。
広い中庭を囲むようにひしめく集団を目にしたからで。
「忍軍だけじゃねぇな。」
忍装束の者たちの中から、「よー、黒鋼ー。」などと声がかかる。
「おい、何なんだ、これは?」
「いや、何か面白そうなものが拝見できるらしくてな。」
呼ばれたのは忍頭だけだが、と戦頭の剛真が笑った。
「早い話が『ヤジ馬』かよ。」
口をへの字に曲げて。
とても上役に対する言葉遣いではないのだが。
そこに居るのは忍軍の、おそらく非番の者全てと。
兵たちの、これまた非番の者全てと。
そして、陰陽寮は、全員が顔をそろえていた。
「帝の御出座にございます。」
その声に、皆はいっせいにひれ伏す。
相変わらず黒鋼は礼すらしないが。
しつらえられた玉座に座った天照は、中庭の光景を見て苦笑した。
「またこれは、大賑わいだな。」
「帝、お召しにより、陰陽寮全員打ち揃いましてございます。」
陰陽司が奏すれば。
「お召しにより、参上いたしました。」
これまた忍頭が頭を地に付けて言上する。
「まったく、私が呼んだのはそなた達のみなのだがな。」
苦笑いのままに。
天照は黒鋼を呼んだ。
「黒鋼、此処へ参れ。」
「?」
訳がわからん、という風ではあるが、とりあえず天照の前に出る。
「皆に紹介するのかなー?」
モコナが、合流した小狼に訊ねた。
確かに他の皆に正式に紹介されてはいない。
ましてやファイはずっと眠っていた。
どうだろうか、という思考は天照の声で遮られた。
「ついでといっては何だが・・・・よい機会だ。皆に紹介しておこう。」
手招きをして。
サクラたちは天照の前に進み出た。
ザワ、とざわめきが起こる。
そのほとんどはファイの容姿に向けられていた。
「この者たちは、黒鋼が修行の旅の途中で出会い、共に旅をした者達だ。」
異界に『飛ばされた』ということにはなっていないらしい。
「こちらがサクラ。玖楼国の姫君で、王位継承者であられる。」
おぉ、と声が上がり、皆が礼をする。
サクラも慌ててピョコン、とお辞儀をした。
「この少年は小狼。考古学者の卵で、サクラの許婚だ。」
「えぇ?!い・・いえ・・・まだ・・・そんな・・・・・・・・!!」
真っ赤になって、大慌てで。
ブンブンと首と腕を振る二人に、皆から笑いが零れる。
なんと微笑ましい二人か、と。
「こちらはセレス国の魔術師、ファイ=D=フローライトだ。」
「名前長いんでー、ファイと呼んでくださいー。」
その人あたりのよい笑顔でへにゃり、と笑う。
ざわめきが起こったが。
それが2種類であることを黒鋼は感じ取った。
多くのものは、その容姿と、意外と砕けていそうだというむしろ喜びに満ちた感情で。
しかし。
陰陽寮全員と、忍軍の中でも手練れである者数名は。
全く異なる感情を持ってファイを見ていた。
(これが、『嫌』なんだよね。)
ファイはそっと独りごちる。
『あの人』も言ったではないか――――――――。
「―――――人々に、恐れ憎まれ、忌み嫌われてまで、在ろうとは思わない―――――。」
ファイの持つ『魔力』の大きさを。
敏感に感じ取って。
そしてそれが、知世姫をも遙かに凌ぐと知って。
怖れと猜疑を含んだ感情が見え隠れする。
それを振り払うかのように。
天照が宣した。
「今より、黒鋼の中にある『瘴気』を『全て』浄化する。」
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はっきり言って、『聞いていなかった』ので。
当事者である黒鋼も目を丸くした。
当然周りの皆も、又。
「・・・・お待ちください。」
ようように声を絞り出したのは。
「陰陽司には、何か異存の向きがあるのか。」
「いえ決してそのような・・・ただお尋ねいたしたき事が。」
「何だ?」
顔を上げて。
その鋭い眼光を黒鋼に注ぐ。
「黒鋼のうちにある『瘴気』は、恐れながら知世姫様のお手にも余りしモノでございます。」
「そうだ。」
「我ら陰陽寮の総力をもってしても、『浄化』は叶いませなんだ。・・・それを。」
成し得ると言うのか。『全て』の『瘴気』の『浄化』を。
「それは・・・『そちらの方』が・・・・?」
陰陽司の視線はファイに移る。
この者から感じられる『魔力』ならば、もしかしたら――――――――?
「出来るのか?」
意外な問いかけは、ファイに向けられた。
苦笑しつつ。
少し小首を傾げてファイは答えた。
「無理ですねぇ〜〜〜。」
「出来ぬか。」
「えっと・・・・・・『微妙』なんですよねえ。」
その答に疑問符を浮かべる。
「?どういう意味だ?」
「・・・・黒様の中にある『瘴気』は、『闇の魔王』直々の瘴気です。」
「確か、そうであったな。」
「『ご神木』のように、ゆっくりと時間をかけて『浄化』するか、あるいは。」
その目に宿る冷徹なまでの煌きに、陰陽司は思わず背筋が凍るのを覚えた。
「『一気』に『浄化』するか――――そのどちらかしかないんです。中途半端な『浄化』は、かえって身体を傷つけてしまう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
黒鋼の体内にある『瘴気』の大きさを思う。
その身を蝕み、苛み続けるその『瘴気』と。
「・・・では・・・・・『誰』が・・・・・・?」
陰陽司の問いの答は。
『旅の仲間』は皆、知ってはいるのだが。
しかし『その人』は、まだ――――――――。
「帝。・・・・お連れしました。」
蘇摩の声がして。
暗がりから光の中に、その姿が現れた。
その『手』に――――――――。
「・・・・あ・・・・・・・。」
思わず口元を手で覆い、感極まった声を上げたサクラを、誰も責められまい。
蘇摩が『手』を取る、『その人』は。
「そっちもお目覚め、だねー・・・・・?」
柔らかな、初夏の風。
それは、優しく吹き抜けて。
白き衣にそれは映えて。
深い紺色の髪が、風を受けて流れた。
ふわり、と。
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